Coolier - 新生・東方創想話

Zigzag Correspondence

2016/07/30 23:14:54
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           科学世紀

 カウベルが乱暴に鳴って、それでわたしは振り返るまでもなく、蓮子が到着したことを察する。喫茶店のドアを押し開けた蓮子は帽子を片手で押さえて息を切らしているはずだ。ぐるりと首を回して私を探すと、まだ私が帰っていないことにほっとした表情を浮かべて、テーブルを縫って近寄ってくるのだ。足音が近づいてくるので、私はドアに背を向けた椅子に腰かけたまま、わざとらしくコーヒーカップを取った。口に運ぶ。肩に手が届くくらいの距離になるとスキップするように歩調が跳ねて、テーブルに両手を突いて「ごめん、メリー」と言うはずだ。これが私たちの恒例行事のようになっている。そして、遅刻されることに目をつぶれば、私たちが重ねた時間がこのように、ある種の約束を作ることの心地よさは嫌いではなかった。
「メリー今すぐ出ましょう」
 ぐい、と腕をつかまれる。待って、の一言を発する前に私は無理やり立ち上がらされていた。

 蓮子がカウンターに伝票と千円札を叩き付けるのを横目で見ながら、私は、ああ、差額でコーヒーをもう一杯飲めるのになあ、とのんきなことを考えていたのだが、そんな私に頓着せず、蓮子は私の腕を放そうともせず扉を押し開けて左右を見回している。蓮子が到着したときと同じようにカウベルが慌ただしく鳴った。
「ねえ、どうしたの蓮子」
「いいからついてきて、あとで説明する」
 どのようにして選んだのかはわからないが、蓮子は左へ進むと決めてかつかつと歩き出した。引っ張られている私も、それにつられて歩くことになる。後ろで急ブレーキの音が響いたのはちょうど一ブロック歩いて、角を曲がろうというところだった。
 振り返ると、私たちが出てきた喫茶店の前に、斜めに白いライトバンが止まっていた。二台目のライトバンが現れたのを見たところで、私たちは道を折れた。

 数十分後、私たちは蓮子の部屋にいた。
「説明してくれるよね?」と私は聞いた。そのころには、私にも事態の異常さは理解できていた。この部屋にたどり着くまで、蓮子は人通りのなるべく多い道しか通らなかったからだ。
「ええ、ええ。でもどこから話したらいいのか」
 蓮子は麦茶を一口飲んでから答える。その目が大事に抱えていた鞄に注がれるのを見て、私も鞄に注目する。そこで初めて、私は蓮子の鞄から大学ノートがはみ出しているのに気付いた。これは、どちらかといえば見かけを気にするタイプである蓮子としては珍しいことだったから、それが今回の話に関係しているのだろう、ということは見当がつく。
「そのノート、見てもいい」と聞くと、蓮子はあっ、というような顔をした。
「そうね、これを見てもらうのが最も説明が早いわ」と言って、蓮子はノートを取り出す。ずいぶんと古びたノートだった。今では電子ノートを使う人が多いから、現物にお目にかかることは少なくなったけど、それでもその表紙が、新品のものとはかけ離れて色褪せていることはわかる。表紙に書いてある文言をそのまま読み上げた。
「『秘封倶楽部活動日誌』? 私たち、こんなもの作ってない」
「おばあちゃんの書庫から見つけたの」と蓮子は言う。蓮子の家族には、一年ほど前にあいさつに行ったことがあるが、そのときにはおばあさまにはお会いしなかった。失踪して、今でも見つかっていないのだ、と聞いた。
「その、おばあさまの書庫にあったそれが、どうしてここにあるの」
「私も今朝まで忘れていたのよ。ここを読んで」と蓮子が指さすページを見る。そこの文面を読んで、私はあっと声をあげそうになった。秘封倶楽部、宇佐見蓮子、マエリベリー・ハーン、誘拐、そして、今日の日付。
「これって」と私が言いかけたとき、チャイムが鳴った。私たちは顔を見合わせる。世界から音が消えたような錯覚があった。世界には私たちと、ドアの向こうの誰かしかいないのだ、というような。蓮子がそっと立ち上がって、窓のそばの壁に背中を付けた。カーテンのすき間から外を伺って、それから、ゆっくりと首を振った。
 ぴーん、ぽーん。
 と、もう一度チャイムが鳴る。今度はそれに続いて、かちゃかちゃと、金属と金属が触れ合うような音がする。錠前が半回転するのを私たちは、呆然と眺めていた。
 ドアノブが回る。
 ドアが開く。


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