夢
董子は自分の記憶を呼び起こす。いつか、未来の秘封倶楽部は、喫茶店で、無理やり車に乗せられ、白昼堂々と拉致されるのではなかったか。そうだったはずだ。ノートにもそう書いたし、なにより、こんな間違いはしないだろう。『女子大生が拉致されて行方不明になったニュース』と、『女子大生が部屋で変死したニュース』では、毛色が違いすぎる。
董子は目眩を感じる。
「どう思った」と、読み終わるのをじっと待っていた霖之助が、聞いた。
「どうもこうもないわ」と答える。「この間と全然違う」
「僕にもそう感じられる」と霖之助はメガネの位置を直す。
天地神明に誓って、他の本とのすり替えなんてせこい真似はしていない、と霖之助は言った。天地神明という表現があまりに仰々しかったので、董子は笑ってしまいそうになったが、今では「本当に天地神明に誓えるの?」と聞いてみたいほどだった。
「本当に、天地神明に誓う」と、霖之助は真面目腐った顔で言った。
「では、本当に、印刷された記事がさし変わったの?」と董子は聞いた。
認めがたいことに、と霖之助は言う。「そういうことになる」
董子は頭痛を感じて眉間を押さえる。
「そんなことってある?」
「外の世界の印刷物が、そのような現象を起こしたのは、初めてだ」
「そう」と、董子は相槌を打つしかない。
「非常に興味深いね。幻想郷にあるからか、それとも、君が関わったからか。どちらにしても面白い。過去に言伝を送ることができるのなら、僕なら綱吉公に送りたいね。生類憐みの令を取り消させるんだ。僕は犬が嫌いだから――」
霖之助の瞳が好奇心に輝くのを見て、董子は内心でため息をついた。目が覚めたら、日誌には付け加えなければならない。雑誌に起こった変化のことと、そして、記事の内容とを。
霖之助を無視して、董子はもう一度記事を開いた。
「霖之助さん」
「昔、噛まれたんだ。……なに? アフリカ? 麻雀?」
「言っておくけど、私は、アフリカへ行ったことは、ない」と董子は念を押す。
「アフリカは遠い」と霖之助が言った。
「知ってるの?」
「歩いていける距離ではないことは、知っている」
「世界には歩いていけないところのほうが多い」
「それもよく知ってる」
「他に知っていることは? 特に、この未来新聞について」
「ないね」
こんなに内容がない会話があるだろうか、と董子はあきれ果てる。この、新たな記事についても、書く必要があるだろうか、と董子はひそかに悩んだ。