【現代:命蓮寺】
「…よし」
「なぁにが「よし」ですか」
「っ星…いたの?」
時は現代所は幻想郷が命蓮寺
夜のお茶を入れ直しに来た寅丸星は、自室で月明かりを頼りに巻物になにやら認(したため)ている聖白蓮に後ろから声を掛けた
「聖が毘沙門天様に対処法を尋ねた辺りから」
「あらあら…」
筆を置き、目元を擦る
庭先の空ではが錨でキャッチボールをしている村紗と一輪(と雲山)が満月の光で黒い陰になっていた
危ないからやめなさいって言ってるのに
「あとは魔界に封じられてからの話だけなんだけど…禅に徹してばかりで、どう書いたものかしら」
「…じゃなくて こんなもの書いて、誰かにバレたりしたらどうするんですか」
聖白蓮が魔界に封じられ、千年程の時間が経った
現世と隔離され妖怪から“若さ”を受け取らなくなったせいか、聖はもう乱暴な雑念を抱かなくなったそうです
(本人は「貴女達からのお仕置きが聞いたのよ」と言っているが)
それから千年間、現世での粗相を悔いる意味でも聖は己を一から律し直した
封印の地に選ばれただけあり、魔界は禅に打ち込むには最適だったそうな
そしてつい数月前、ようやっと封印を解く事が出来たと言う訳だ
周囲とはまだまだこれから関係を気付いていく段階であるが故、慎重にならなければならないと思うが
「そうなってしまった時は、全て正直にハッキリと説明しましょう? “あの時”の様に、不要な不安を生まない為にも」
バレないに越した事はありませんけどね、と 口元を隠して苦笑い
「…はい」
聖にとってだけではない
“あの頃の過ち”は、星にとっても隠していたい事実であり
だからこそ、学ぶべき点も多い教訓だった
「それに、これは私が忘れない様にする為のものよ」
乾いた巻物を丸め、光る紐で縛り、指を当て、小さく何かを唱えて封とした
「勿論忘れようも無い出来事だけど…歳を取ったら、嫌でも忘れてしまうかも知れないからね」
掌についた墨を指で擦り、眺める
「…聖」
「私は」
座椅子に寄り掛かる
背中で挟まない様背もたれの後ろに流された長髪が揺れる
「魔界にいる間…魔力を生命力に変える術を見つけました」
星は黙って続きを待った
「もう妖怪の方々から施しを受ける必要は無くなりました 私に魔力が湧き出る限り、私が望む限り、私はこの命を繋げられ」
区切る
「望めばすぐにでも、朽ち果てる事が出来ます」
「……」
「ですが、まだ死ねません 人妖共存の世を作る夢もそうですが…“私は死にたくありません”」
きっぱりと断じた
「聖…」
肩に手を置くと、少し力が入っていたのが分かった
「…千年閉じ籠った位では、人間そうそう変われないわね」
もう人間でもないけど、と
「だからっ」
静座の姿勢から卓についたまま逆立ちをする様に、腕のバネだけで軽やかに星の頭を飛び越える
星が慌てて振り返ると
「これは、私と貴女だけの秘密ですッ」
顔を両手で挟まれ、ニカッと笑い掛けられた
布教や読経に際して、参拝者達には見せない笑顔だ
「お付き合い頂けますか?毘沙門天様」
首を傾げ、おどけて尋ねる
…人間達の言った通り、とんだ悪魔様やも知れない
「…神仏として見過ごせぬ」
柔らかい笑顔と軟らかい喉元から視線を外す
「あん」
「ですが、寅丸星としてなら…いつまでも」
「…はい!」
悩みがあれば相談すればいい
解決しなければ一緒に抱えてもらえばいい
そんな相手と語らえばいい
たったそれだけの事だった
そこに聖が至れたのは、相談し、抱えてくれる者が現れたが故
そうした過去を真正面から受け止めてくれる、この世界に蘇ったが故
「その代わり、村紗や一輪達との“秘密”は星にも内緒ですよ?」
…今気付いたが、卓の脇に白紙の巻物が山と積んである
「、まだ書かれるので?」
「それはそうよ 皆が皆、貴女と同じく大切な事を教えてくれた人達なんだから」
全員分書ききるまで何年掛かるかしら、等と恐ろしい事を仰られた
「…しばらくは死ねませんね」
「だ、か、ら」
後ろ手にふわりと浮かび上がり、縁側へと移る聖
「まずは気分転換に、運動といきましょう」
…雲山の投げた錨を、村紗が気合いを入れて受け止めた
「…聖が、あれを?」
「弾幕ごっこでもいいわよ?」
にっこりと、年頃の娘の様に笑う聖は
あの夜の様に綺麗で、楽しそうだった
「知ってる星? この時代ではスポーツと言って、運動をする事で雑念を発散する概念があるらしいのよ?」
…あぁ、そうか
「そう考えると、スペルカードルールによる競い合い…人妖が争わずに済む理由として、中々理に叶ってるかも知れないわ!」
狂暴な本能と自称した聖の雑念とやらは、こうしてはしゃぐのが本来の姿だったのか
「…お付き合いします」
やれやれと星が賛同すれば聖は満足そうに笑い、月夜の二人の元へ飛び立った
後から続く星の耳には、それはそれは素晴らしい歌声が届いたそうな
「上手い具合に締めたつもりの所で済まないんだが、ご主人様」
「?はい?」
踏み切ろうとした星の背後から登場、小さな賢将ナズーリン
「歯、磨いた方がいいぞ」
「はぃ?」
「生臭い」
「……ぉわ」
「昔とは違うんだぞ」
群衆とぶつかってこそ聖だと思ってましたが、そんなもの眼中になかったご様子で
聖が楽しそうで何よりでした
場面々々で残心を得る事はありました
浅ましき聖の我欲は心底気持ち悪さを催し
夕陽を背景に御使いとの対峙は網膜に張り付き
恋人との離別を経て寅丸が見せた決意には痺れさせられた
しかし厳しく言えばドラマティックな構成に対し作者の力量が追いついていない部分は多い
それでも長編に臨み、書き切った事実があって、一読者としては感想が書ける訳で ありがと。
とても面白かったです。
こういうダークサイドにのまれそうになる魔法使いの話は大好きです
魔法使いが魔法使いらしくて素晴らしいかったです
ダークサイドとなってしまえば相対的にダークサイドにはならず唯の昔の自分が知らなかった道になるので求道者程案外道を外しやすいのかも知れません だから道に拘り過ぎることに警戒感があるのかも知れませんね
宗教や哲学に対する嫌悪感というか
道を求める故道に迷い外道に嵌るかも知れません
いい意味で中2していたと思います
正気を失った白蓮の考えが大乗仏教のあり方・成立や、宗派である真言宗の諸々の事情(主に理趣経がらみ)を(否定するという観念から)全く考慮していない…というのはストーリー背景からある種当然とも補完できるので良いとして、
毘沙門天やらナズーリンからは分からないのを良いことに侮蔑的な歌を堂々と歌っているのを責められているのに、星がそれを途中から、その指摘を詭弁とすら思わず単にすっぱり忘れているように見えるのは少しモヤモヤが残ります。
そして「他力本願」はかなり痛いミスと捉えています。聖が封印された頃には絶対存在していない(ことが有名な)言葉である上、本編での使い方はお坊さんに「この坊主頭」と罵倒するようなもので、
俗語を俗語になる前の状態になってしまうような状況で使っているので、意味が通るような通らない様な非常に曖昧な状況なのです。
重箱の隅を突くような感想ですが、逆に言えばキャラクターの負の面を創作した作品としてはそれぐらいしか分かりやすいミスが無かったともいうことでもあります。
十分に納得し、楽しませていただきました。