「毘沙門天様…」
「毘沙門天様…?」
「おぉ、毘沙門天様!」
地上から歓声が上がる
「毘沙門天様が白蓮を封じたぞ!」
「毘沙門天様が作られた隙をついて僧侶達がやったんだ!」
「聞いたか!?あの天をも砕く咆哮を! 見たか!?あの荒ぶる立ち回りを!」
「なんと強き御方よ!正に戦の神だ!」
「毘沙門天様万歳!毘沙門天様万歳!」
誰も彼もが、毘沙門天を讃えた
「…?星?」
「ナズー、リン…」
その様を、寅丸星はわなわなと震えて見下していた
「何故、彼らは…あんなに、嬉しそうなんですか?」
昨日まで、聖がいなければ生きていけないとばかりに慕っていたのに
「何故彼らは…あぁも容易く私を信じているのですッ…か?」
叫び、爪と牙で暴れ回り、邪悪と恐れた聖白蓮の喉元を喰い千切り、打ち倒した…どう見ても妖怪の類にしか見えない筈の私を
聖の傍にいつもいたのだから、真っ先に同等に疑うべき私を!
「嬉しそう、か」
「ぇ…?」
「よく見てみろ」
言われて再び視線を降ろす
人々が歓声を挙げ、踊り、祝っている
……
汗だくになり、息を荒げ、がむしゃらに
「人間達も気付いてはいるさ “もし毘沙門天までもが自分達を裏切ったら”…と 爪や牙の血も見えてない筈がない」
狂った様に、恐慌に陥った様に、祝いの宴が続く
「そこから目を逸らしたいんだ 何としても…“二度も裏切られる筈は無いに決まっている”、と “あの神様は妖怪ではなく神様なんだ”と」
歓声が絶叫じみたものに変わった頃には、宴の広まる地上も星には地獄の底かと目眩を起こしかけた
「無論、今のお前は彼らを裏切る事は出来る 封印の解除、人間達の惨殺…“あの詩”を彼らに聴こえる様に詠って聴かせるだけでもいい」
遣いの姿勢はそれを許す様には見えなかったが
「その時彼らは思うだろうさ “やっぱりあいつもだったのか”“信じるんじゃなかった”と」
「……」
「それが、人間だ」
信じるだけ信じ、寄り掛かり
都合が悪くなれば省き、別を当たり
今度こそは大丈夫だろうと安易に思う傍ら、不意の裏切りに怯えながらすがりつく
必死なまでの他力本願
…自分はそうではなかったのか?
「…ナズーリン、妖怪達は?」
「…足を止めていたが、…引き返して行ったな 自分達に破れる封印ではないと判断した様だ」
遠くの山の鬼火が遠ざかり、減り、消えた
薄情者、とは言わなかった
自分にその資格があるのか?
「僧侶達には、代えの寺が建つまで見張りについてもらおう 信者達には…聖について私から話さねばな」
「…寅ま…」
予想と違う、星の建設的な意見にナズーリンが声を掛けようとしたが
「ナズーリン」
突然ナズーリンの手から宝塔が飛び出し、寅丸星の左手に納まった
その輝きは、ナズーリンが持っていた時の比ではない
「人々の前だ、弁えよ」
顔を向けた星は牙も爪も引っ込み、出血や傷痕だけが残っていた
…否
今までに無かった気迫も纏っていた
「立て直すには人手や手間が要る… しばし手伝って貰うぞ?」
弱り、泣き喚いていた時とも違う
猛り、暴れていた時とも違う
理性と“格”に裏打ちされた、毅然とした眼差しだった
「……失礼しました、“毘沙門天様”」
ナズーリンが頭を垂れ、ネズミ達が髪や服の中に逃げ込む
「降りるぞ…あのままでは彼ら、腕が飛ぶまで万歳を繰り返すぞ」
寅丸星毘沙門天代行が地に向かう
妖怪達が去り、人間達が歓迎し、聖白蓮が眠る大地に
口の中で、聖の血肉を一滴一片残さず咀嚼しながら
(人間も妖怪も、私が導いてやる…)
聖の封じられた今、それを出来るのは自分だけだから
(人間も妖怪も、神も仏も関係無い…!)
聖が封じられ今、寅丸星には野望があった
(聖…!)
もう一度、あの人に逢う為に