Coolier - 新生・東方創想話

■俗物 (後編)■

2014/05/25 10:49:25
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「あぁ!毘沙門天様!!」

「毘沙門天様ぁ!!」


「!?なん…!」


激しく痛む首から上はあまり動かしたくなかった
それでも立ち上がり振り向いたのは、それが人間の声だったからだ


「毘沙門っ…!!あぁ、なんて事…!!」

「御顔が…! 聖白蓮め!何と言う事を…!」


気付かなかったが、星は寺の入り口の門を背にする位置まで転がされていた

その門の前に集まった人間達は手に手に松明や刃物を持ち、その中には杖をついた僧侶達も混じっていた

毘沙門天を気遣う声、聖白蓮を呪う声、これ以上近付いてはならんと制止する声が耳に障り、星は前に向き直った


「Margaret is greek you geek, It means a pearl, I'm a pure girl… Boys♪」
『マーガレットは“奇人”であなたは“オタク”、真珠の様に純粋な女の子なのよ 坊や』


星を殴り飛ばした白蓮は、遠くで右脚を振り上げていた

普段は法衣姿や正座によって隠れていた、実は長く美しく艶かしい脚部は、今は短い裾と長い足袋の間に太股を覗かせつつ、前のめりに倒れそうな姿勢で足の裏を月に晒していた


「!!にげっ…ろォ!!」


人々に叫び、腕を重ねて防御の姿勢を取る

それでも感じた、間に合わないと


「cannot crack this oyster shell, So go on,♪」
『カミサマの境地に至る事は出来ないわ だから…』


蹴り下ろされた足が、地面を蹴り上げた

その衝撃が、手入れの行き届いた庭地面を抉りながら寅丸星に襲い掛かった


重ねた腕諸ともに、全身を切り裂く痛み

それでも脚を踏ん張り、倒れまいとした


(…何で…)


しかし攻撃は止まらず、星の身体を貫き、背後の人間達に襲い掛かった


(何で私は…立って、庇ってるんだ…?)


聖を見限る様な薄情者達じゃないか

今更庇った所で…


「Another hero, Oh please?♪」
『誰かが助けてくれるのを待ち焦がれなさい!』



ギィィィィン…!


「!?」


自分をも貫いた衝撃が人肉を砕く音を覚悟したが、聞こえて来たのは硬く甲高い音だった

再び振り替えると、顔を庇う人々の前に透明に輝く壁が立ち塞がり、聖の一撃を防いだ様だった
障壁を境にクッキリと地面が抉れている



その人混みの先頭から、よく通る声が響いた


「人々よ畏れるな! 毘沙門天様の御加護が我等をお守り下すっている!」


子供だった
袴…とは違うが、知的な服装に身を包み、灰色掛かった髪を後ろで束ねている


「そしてこれ以上歩を進めるな! 毘沙門天様の足手まといになるだけぞ!」


その足元や髪からはネズミが顔を覗かせ、手には輝く宝塔を携えていた…!


「…私の言った通り、聖白蓮と毘沙門天神の取っ組み合いの最中だ これで少しは信じてもらえただろうか?僧侶諸君」


夕刻に宝塔片手に星の前に現れた童…ナズーリンを、同じく先頃まで子供と侮っていた僧侶達が気まずそうに顔を伏せる


「いえ、そのッも、申し訳ありません…今しがたの法力と併せ、貴女が毘沙門天様の御遣いである事、疑う余地もありません…」


当の御遣いは僧侶達には見向きもせず、星の方を見ていた

あのつまらなそうな表情のまま…の筈だ


「僧侶諸君 君達は寺を囲む様に陣を組み、外からの妖怪達に備えたまえ」


…え?


「聖白蓮が封印されるとなれば、妖怪達も黙ってはいないだろう そう刻を置かず、聖に恩がある妖怪達が押し寄せて来る」


応える様に、山の方から地を這う様な、しかし力強い気配が列を成してやって来るのを感じた

続いておぞましい咆哮も届き、人間達がどよめく


「では、村人達を避難さ」
「ならん」


やはり星を見やったまま、眼差しは険しいものとした


「毘沙門天様による悪僧聖白蓮の討滅、この場にいる全ての人妖に見届ける権利と義務がある」



戦え、と

正義の毘沙門天が、虚偽雑言の限りを尽くした邪悪な聖白蓮を下し、封印し、その威光を立ち合った人間や妖怪達に記憶させ、知らしめろと

聖を説得する事も、心中する事も許さないと

お前は配役に則り、台本の通りに踊っていればいいと

そう言いたいのかナズーリン


(そう仰るのですか毘沙門天様!?)


こんな茶番を仕立て上げ! 何としてでも聖を晒し首にし! 絶対の神として君臨しろと!?

そうまでして信者を従えたいか!?
そうまでして戒律を厳に知らしめたいか!?
そんなにも信仰が大切か!?


(私には…自分の意志でものを考え、動く事は許されないのか…)


星の膝が揺らいだ

頭がズキズキガンガンぐちゃぐちゃぐずぐずする

こんな時に頭を撫でてくれるあの人が、その手で与えた痛みだ

こんな痛みも圧し殺して加護を与えた信者達が、その信仰心で与えた痛みだ


私のして来た事はなんだったんだ?

野山で苔蒸していた所を拾われ
お堅い教えを頭に詰め込んで
虎が毘沙門天の威を借りてふんぞり返り
詩の上下品ごときで動揺し
親しいと思っていた人の真実すら知らず
人間も妖怪も、説得する事も裏切る事も出来ず
使命に殉じる事も逆らう事も出来ず
挙げ句、痛ぶられてもやり返す事も出来ない

自虐でも謙遜でも無い
寅丸星は、本気で自分の存在意義を見出だせなかった


(あの時…)


あの晩、聖に出会わなければ…
不相応な知性も力も権威も得ず、立場や決断に悩む様な事も無く、他者と分かり合えない苦しさや、大好きな人を想う気持ちも知らずに済んだのに


嗚呼…こんな事ならあの日、さっさと野兎を獲って立ち去っていればよかったのに…!



“私は未来の貴方を…もしかしたら、本来の貴方を奪ってしまったのかも知れません…”



(……)


 …聖…?


「whip around that sword like you're the best? It's such a bore♪」
『頑張って近づいてごらんなさい? 無理でしょうけど』


詩声が遠い

弾かれた様に顔を上げれば、いつの間にか聖は元いた屋根の上に立っていた

満月が、大き過ぎる


(聖…?)


まさか…いやそんな馬鹿な 思い上がりも甚だしい

しかしもしそうだとしたら、ある程度の合点はいく

いや、だが…あまりに、あまりにも自分勝手な推測だ

あまりにも、自分よがりな妄想としか思えない

だが…


“聖は…他人を傷付けるのが…”


先程の後ろ向きな思考が改めて、しかし強い色を持って闊歩し出した


(…聖!)



人々の切望を背に受け、しかし当の本人はそれらを一切意に介さず、破裂しそうな頭の痛みもかなぐり捨て、星は全力で月目掛けて跳んだ

大好きな、あの人の元へ

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