Coolier - 新生・東方創想話

■俗物 (前編)■

2014/05/07 22:31:42
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【その後:帰り道】





(……聖)


夕陽も半ばまで沈んだ夕刻時

人気の無い田んぼ道を、寅丸星は引き回される囚人の様に俯いて歩いていた

自分が毘沙門天の代理人である事などまるで覚えてなかった


(聖、聖、聖…)


思い返されるのは、今日まで聖と共に在った日々ばかり

字の読み書きに四苦八苦する私に、嫌な顔もせずに付き合ってくれた聖

ようやっと人の姿に化ける事が出来た私に、抱き返す事が出来る幸福を教えてくれた聖

入信者の手を取る聖、妖怪の暴力を毅然と受け止めた聖

二人きりの時、訳もなく私を眺めて、声を掛ければ悪戯がバレた子供の様に笑ってはしゃいだ聖

聖 聖 聖
私の半生…と呼ぶには短過ぎる数年間は、いつも聖が一緒にいてくれた


そして聖は、いつもあの詩を詠っていた

嬉しい時も、悲しい時も、何もなくても


あの、愉快で切なく悲しい音色の 下劣で凶暴な詩を


聖の笑顔が、浮かんでは押し潰されていく

押し潰しているのは、他ならぬ自分自身の不安だった


「…聖」


どうして
どうしてあんな詩を、笑いながら

私も人間も妖怪も、皆あの詩が好きだったんですよ?

あの聖白蓮が、笑いながら、幸せそうに詠っていたから
きっと素晴らしい詩なんだと、疑いませんでしたよ?

こうして詩の正体を皆が知ったらどう思われるか、貴女は分かっていたんですか?


「……」


ただでさえ牛歩の歩みだった足が止まる


本来なら、こんな事を悩んでいる場合ではない

聖が妖怪達と通じている事が明るみに出た今、聖に対する信用は地に落ちたと見ていい

もうこの地にはいられない
そうで無くても今の聖の知名度は最盛期とも言える程 そうした人々にもこの話は伝わるだろう 悪い話なら尚更だ

まずはそれに対処しなければならないのに
詩がどうこうは遥かに後回しにすべきなのに

まずは聖にこの一件を伝え、ほとぼりが冷めるまでは山にでも隠れ、そうして遠くの…


(…どうして、こんな…)


思考が続かない


聖の詩の件は、あくまで聖の(世間一般から見た)悪行を引き立てる話の一つに過ぎない

なのに、星の中ではその件こそが主題となっていた

“大僧正を騙る聖白蓮の犯した悪行の一つ”として片付けるには、星はあの詩を聴き過ぎた
聖に出合ってからの人生の大半を、あの詩を聴いて過ごした
音だけ追う分には誰よりも口ずさむ事が出来る程だ

そんな詩が懸念事項に上がり、星の頭の中ではうなされる様に歌声が鳴り響き続け、止められない 考えないと言う事が出来ない

楽しげな調子だった筈の詩は、星を嘲笑うかの様に頭の中で喚き散らした


(聖…ひじ りぃぃ…!)


なんで

なんでそんな、私達を騙す様な事を…!




歯軋りに唸る牙を剥いて吠え出しそうになったのを寸での所で止めたのは、小さな人影だった



いつの間にか目の前に立っていた少女は、一言で言えば乞食だった

服や被り物、伸び放題の髪等、全身が泥だらけの皮脂まみれのボロボロで

蝿がたかるに相応しい悪臭を放ち、挙げ句の果てに裸の足下には五、六匹のドブネズミまで引き連れていた


聖と星の寺では孤児を引き取る活動もしており、こうしたゴミの様にくたびれた子供を清め、糧を与えていた

しかし
星の目の前にいる子供は、彼女が見た事の無い程に強い意志を宿した瞳をしていた

夕陽を背負う形で陰の濃さが殊更に強くなった乞食は、現実味が無い程に力強く、不気味だった


「…あなた、は…」


毘沙門天の格好に不釣り合いな、参った眼差し相応の覚束ない声


「ナズーリンと言う」


乞食の格好に不釣り合いな、強い視線相応のハッキリとした声


「毘沙門天様の勅命を伝えに参った… 寅丸星、心して聞くように」


その手には、命蓮寺に置いてきた筈の、私や聖でなければ反応もしない筈の宝塔が、眩く輝いていた


「、っは…!」


その輝きと、何より星の名を知っている事が悪戯でない証だ

腐っても聖と共に仏門に身を置く寅丸星は、咄嗟に方膝を折り頭を垂れる

『乞食に跪く毘沙門天』と言う、端から見れば理解不能な光景

しかし、血の様に真っ赤な夕陽に照された景色には、毘沙門天の遣いと代理人の二人しかいなかった


…もしかしたら、事態を察した毘沙門天様が私達に知恵を御貸




「『聖白蓮、常闇に封ずべし』」



(……は?)



声にも出せなかった、そんな感想

もしやこの童嘘を言ってからかっているのではないか
さっき打ち消したばかりの疑いが改めて浮かぶ程に短く、単純で、分かりやすいく呑み込み難い、仏の言葉


「『聖白蓮、常闇に封ずべし』」


聞こえなかったか?と言わんばかりの、抑揚の無さが変わらない復唱


「な…何をッ、仰いますか…!?」


末端の遣いでしかないと分かっていても、目の前の童に聞いてしまう

ただしくは、その向こうの毘沙門天に


「聖を封ッ、そんな… 聖が妖怪を助けていた事を、断ずると仰るので!?」


なにがしかの神罰は覚悟したが、よもや封印等と

殺されずに済んだ、等と考える余裕は無い


「それは毘沙門天様も最初から御存じであり…その姿勢に感銘すら感じておられた」


あらかじめ星の言葉を予想していたかの様な、用意していた文章を読み直す様な返答


「では!それが人間達に知られたからで!?」


「それ自体は問題では無い まぁそれについて人間達が何を想い、しでかすかまでは預かり知らぬ所だがな」


乞食の姿は人目を忍ぶ為のものか
言葉の端からも、星を越える知識や思慮深さが染みて来る



「…やはり、あの詩ですか」



特別感情を込めて視線をぶつければ、ナズーリンと名乗る灰色の童は僅かに眉根を潜めた


「…『不道徳な内容の、異国の言葉であるが故に誰にも真意の分からない詩を経の様に詠い広め、多くの者達に不快な思いをさせたのだ 彼女自身も、何の説明も無く』」


ナズーリンの裾から脚を這い上がったドブネズミが、服の中から肩口に登った

ドブネズミが、虎を睨み付けた


「『教えを説く者にあるまじき、己の言葉と他者からの信頼に責任を持たぬ、侮辱にあたる行為だ』」


「、…っ…」


返す言葉も無い

言われた言葉を反芻しようとするが、酸味が強く吐き出しそうだ

あの聖が、詐欺師の様に評され、それに反論出来ない

あまりに悔しく、認め難く、認めざるを得ない、しかし受け入れたくない事実


「しかし…そんな、話し合いも無しに…」


「『聖白蓮の行為は人々の仏教そのものへの信頼を著しく損なった この上は厳しく罰し、過ちは教えではなく教えた者のみにあると示さねばならん』」


仏教は関係無く、聖白蓮個人の悪事である と


「だからと言って!こんな急に」

「『急ではない』」


いつの間にかドブネズミ達は皆童に登っていて、襟や髪や耳の中から星を睨んでいた


「『彼女が初めてあの詩を知った時から、この様な事態は予見していた』」


……なんだと?


「…毘沙門天様、は 聖の詩の事を…昔から御存知で…!?」


「『妖怪達を助ける様になるより以前からだ』」


「…詩の、内容は」


「言葉は違えど、意味を与えたのは人間だ 分からずとも…不穏なものを感じ取れはした」


「……」


「『聖が己の欲を抑えられるか、試練として黙認したが…ここまでの事になるとはな』」


掌で喧嘩を始めた二匹のドブネズミ
内一匹の首筋をナズーリンが口にくわえ、引き離す


「『働いた悪事も勿論だが、行って来た善行も又小さくないものであったのは事実であったが故、罰し時を決めかねていた』」


「…たに」


「?寅ま…」


「あなたに!!何が分かるんですか!?」


もう我慢出来なかった 大して我慢をした訳ではなかったが、それすら限界だった

こんなに腹が立つのは生まれて初めてかも知れない

相手の偉大さも忘れ、寅丸星は喚いた


「雲の上から見守ってきたみたいな言い方をして!! 試練として黙認?そこであなた方が諌めていれば!聖も行いを改め!人々も騙されずに済んだかも知れないでしょう!?」


釈迦に説法ならぬ毘沙門天に説教 ですらない、毘沙門天に八つ当たりだ

自分の主張が私情まみれなのは、よくよく分かっていた


「そして!やはり話し合いも無く封印などと納得出来ません!!聖なら、今からでも非を認めて謝罪をする事が出来る位の器量はあります!!」


「『それが出来る者の行動では無い 彼女の欲は止まらん』」


いつかの夜、同じ布団にくるまってはしゃいだ聖

彼女の笑顔が、星の頭に昇った熱で歪む



「あなたに!!聖の何が分かると言うのですか!?」




そこで、いきなり会話が途絶えた

激情に身を任せていた星が戸惑う程に、ピタリと


「…『お前は…』」


終始無表情だったナズーリンの表情が、初めて揺らいだ


「『もしや、お前は知らないのか?』」


憐れみであった


「、なに、を…?」


口にしてから本能が瞬時に後悔した

直感的に、聞いてはならない事の様な気がした


「聖白蓮の命だ」


それでも聖の事ならば、と 耳を塞ごうとするのを堪えた



それが、命取り



「『彼女はとうに寿命を全うしている』」


「『妖怪達との契約により若さと命を留めているのだ 聖白蓮が妖怪達を助けているのは、元はその対価の支払いとしてだ』」

「『彼女の正体は齢百歳をとうに越えた、生きる事に執着する老婆だ』」

「『仏の道を往く所以も、その罪深さを悔いての事だった筈だが…あまりに、我欲が強い女であったか』」

「『何年も一緒にいて気付かなかったか? 彼女が歳を取らない事に』」




「…何も知らなかったのか、お前は」


乞食姿の遣いは、純粋に不思議そうに、憐れんだ巠р
クライマックスの制作に難航しておりますので、ひとまず前半のみ挙げます 後半は一ヶ月前後以内に挙げようかと
知人にあれこれ(主に基礎知識を)指摘され猛省ちう

以下コメント返信(敬称略)
1:ありがとうございます!励みになります! いや今回は特に恐々ですわホンマ
2:すみませぬ、該当個所を見つけられません…orz 見落としてるのか、あるいは寺での説法シーンがほぼ同文で誤解を与えてしまったか、かと
6:申し訳ありませぬぅ(知人にも常々指摘されてんのに…)どうにも予防線を張りたがる癖が… こうした問題点は残しておくべきかも知れませんが、作品の本文ではありませんし少々手を加えました
7:南条君ありがとうございます! 聖は期待されたらちょっと無茶してでも応えちゃう人ですよね…
8:聖みたいな(少なくとも)他人からの印象がいい人が謎な事してるとなんかこう…いいですよね!←
9:ありがとうございました!
10:お待たせしました! そう言えば何ででしょ←←← 星もどこかで英語(和製英語?)を聞いていた可能性がry
14:『どうにも東方のキャラに合わせて書きたくなるのを抑えきれませんでした』等と供述しており

http://id40.fm-p.jp/168/dtjajm/
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コメント



0.230簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
凄く面白かったです
2.90名前が無い程度の能力削除
前日譚ですかな?
二重投稿されてるようです
6.無評価名前が無い程度の能力削除
話自体は悪くないのに前書き後書きのウダウダグチグチっぷりが鼻につきます。
7.100南条削除
すごく面白かったです。
後編を楽しみにしています。

やはり聖は群衆とぶつかってこそ聖ですよね。
8.100名前が無い程度の能力削除
聖がとても魔女らしくていいです
9.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
10.80名前が無い程度の能力削除
ドキドキした
一気に読みたいので
後編が上がるのを待っていました。
星の一人称となる地の文で「スペクタクル」の単語は不自然ではありません?
14.無評価名前が無い程度の能力削除
ここでノーモアが出るとは意外。