Coolier - 新生・東方創想話

■俗物 (前編)■

2014/05/07 22:31:42
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【数年後:命蓮寺】





厳粛

その一言に尽きる


冬の冷たい木張りの床にズラリと居並ぶ老若男女

その最前列で、老若男女達に向かって座り経文を読み上げる女

そして、そんな彼らの横顔を背に庭を眺める、元雌の女

女の名は聖白蓮
命蓮寺の住職である

元雌の名は寅丸星
毘沙門天の代理人である


聖白蓮は尼僧であった
清楚で美しく敬虔、素行もよく人格者そのものであった

そんな住職が布教をすれば、それだけで人が集まると言うものである

命蓮寺には連日、共に仏の教えを学ぼうと人々が集った


そんな人望の厚い尼が、七福神が一人毘沙門天(の代理人)を招き入れたと言うのだから言わずもがな

命蓮寺での信仰心は揺るがぬものとなった


(その代理人は、何も出来ないんですけどね…)


毘沙門天としての任を受けた星が聖から承った役目は、“それらしく振る舞え”である

知恵をつけ、人の姿を得て、聖から仏の道を学び、仏神のなんたるかをなんとか頭に入れた寅丸星 法力の類も多少は心得た

だが、聖からの提案でもあるのだが、具体的に力を見せつけるよりは堂々と佇み、人智の及ばぬ何かを秘めていそうにしていればいいとの事

結果、住職と修行者達が真剣に経を読む中、私はのんびりと、しかし気を抜かず歩を踏み締めフラフラ徘徊していると言う訳だ

成程、仏門の修行の場でこんな事を出来るのは他でもない仏だけだな うん、説得力がある


あとはたまに宝塔の力で小さな奇跡を、しかし確実に起こしておけば、仕上げに聖の人柄で誰も疑わなくなる

聖の人柄が占める重要性の割合が多分に過ぎる気はするが、まぁいい



要するに、私はお飾りと言って差し支え無かった



「…今日はここまでにしておきましょうか」


涼やかな、聞いただけで穏やかな気持ちになれる声が、場の緊張を解き解す

皆が一礼をし、こちらに会釈をして微笑む聖に私もゆっくり頷き返す

よし 今のは威厳があった 筈だ
決して聖の微笑にニヤケたりしてない 筈だ


達成に満ちた溜め息が溢れ、あちこちから会話が始める

聖は頭の固い人ではなく、こうした適度に寛容な部分も人気の一因であった

お喋りをする者達もその点を踏まえて大声では話さない
極々僅かな退出する人達や、手を合わせて聖と言葉を交わす人々も場を騒がさない様配慮が行き届いている


当然私に拝みに来る人達も沢山いるが、私は目を閉じ黙して受け止めるのみだ 仏神とはそう言うものだ

まさかこの偉そうな仏神が「すっごい緊張する」「泣き喚いて走って逃げたい」等々弱音を堪えているとは信者達も思うまい


「……」


そうして一通り私達の傍から人が減り、法衣に袈裟を纏った聖がしずしずと歩み寄って来た


「…御苦労、だった 白蓮よ」


噛んだ

この人に対して上から目線になる(真似)事だけは緊張や恥ずかしさを堪える事より難しい

信者達には“仏の庇護にあやかりそれを教え説く住職”と言う構図に見えるのだろうが、私からしてみれば威厳も何も全て聖が勝っており、私が敬われるのはあまりに滑稽にしか思えず、心底居心地が悪い


ましてや、名前を呼ぶだなんて


「此度の冬も死者を出さず、無事に越せました…喜ばしい事です 全ては毘沙門天様の御加護故…」


深々と頭を下げる聖 いやいやと静かに頭を横に振る私
首がギシギシ軋んだ音が聞かれてはいまいか 大汗をかいてはいまいか

と言うか聖、分かっててやってるでしょ


「私は只の象徴…仏像や札絵と変わらん 私は何もしてはおらんよ」


いや…わざとではあるか

未だ多くの人々がその場に残り、住職と毘沙門天の一挙一動を盗み見、耳をそば立てている


「全ては日々を堪え忍んだ人々と…それを支えてあげた貴女の、人の手で成された事だ」


人格者である仏と僧は盗み聞きされてる等と人を疑う様な事をしない

ましてや、それに付け入って印象を誘導する様な事は絶対にしない


人間ならそう考える


「ですが、炊き出しに回せる糧食を確保出来たのは秋に豊作をもたらして頂いたが故…」


聖白蓮は人格者である そこに疑いは無い

かと言って、お人好しや間抜けでは無かった

毘沙門天の加護があったのは事実
聖白蓮の献身的活動も事実
個々人の努力も事実

それらを公然と讃える事で人々を勇気付け、ついでに信仰心も高まると言うのなら、これくらいのちょっぴりズルい手段は取れる人だった

現に、もう帰ってもいい筈の信者達は立つも座るも厳粛な顔をして相槌を打っていた


…そうして聖が私だけに見える様に向けたのは、多少負い目を感じていないでもない苦笑いだった


「…白蓮」


肩に手を …置こうとするも、肘すら動かぬ内に取り止めてしまう


「尊敬に、値する」


噛み締める様に、あるいは緊張した様に言った

ただし、せめて視線だけは絶対に外さなかった


聖は一瞬だけ目を見開き、すぐに柔和な笑顔に戻り、そして頭を下げた


その一連のやり取りすらも星の頭や顔に灼熱をもたらすものであり、聖が顔を上げるのを待たずに庭へ向き直ってしまう




“Requiem eternal…♪”



そうしてまた、あの詩が聞こえてきた

私は勿論、今度こそ全ての人々が鎮まりかえる



“Bullets ride through the sternum…♪”



小さく口ずさみながら、私の背後からゆっくりと歩み寄る聖

並び立った時、聖はお腹の前で手を合わせ、静かに目蓋を閉じていた

ただ、形の良い唇から詩が流れ続けた



“Lullaby to hell babe…♪”



教えを広め、寺を持ち、信仰を経て
その中でも、聖はあの詩を詠い続けた

寺で、庭で、村で、町で、山で、川で、人混みで


信者達はこぞって聖に尋ねた
『それはどんな意味の詩なのですか?』

少し前までの、聖に対する私の様に

そうして信者達は、やはり少し前までの私の様に、彼女の柔らかな笑顔でやんわりとはぐらかされてしまうのだ

毘沙門天と言う立場上、信者達がおいそれと私に同じ質問を出来なかったのは幸いであった


信者達は誰一人として意味を知らず、本尊の私も知らず、唯聖だけが詠っていた



“reaper's got your name…♪”



微かに開いた目蓋の隙間から、確かに悪戯げな横目が視線でもって私を射抜き、腰が砕けぬ様死力を尽くさねばならなくなった



美しき住職が詠う詩は、意味こそ分からずとも音だけは密かに記憶され、書き留められ、人々の間で広まり、詠われた

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