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白玉楼でも罰ゲームを受けた紫は、その後に庭の修復の手伝いを妖夢に申し出たが、妖夢はそれを丁重に断った。自分の力が至らなかった所為だから、と。だからせめて、自分でどうにかしたいんだと。そう、頼もしく笑ったので、紫は今度こそそんな真っ直ぐな妖夢の頭を撫で、白玉楼を後にした。
そして結界の修復をしながら次に向かった先の天界でも、罰ゲームを受けた。それはツン成分が皆無のデレデレてんこ、じゃなくて天子による暑苦しいを通り越したちょっとウザいくらいの抱擁と甘えん坊な態度と、苺と桃のフレッシュジュースによる歓迎だった。
「桃と苺は総総領娘様が搾ったんですよー」と優しげに微笑む衣玖に「つまり搾っただけね」とは突っ込めず、「ねぇ、おいしい? おいしい?」と抱き付いたままの子犬のような無邪気な態度で聞いてる天子に「甘いものはあんまり好きじゃないの」とは言えず。天子とジュースの甘ったるさに辟易しながらも、なんとか飲み干した。例に漏れず天界もメチャクチャになっていたが、天界人は暇を持て余しているので、修繕作業は任せてくれと言われたので、なかなか離してくれない天子をどうにか説得し、紫はその足で彼岸へと向かった。
流石に彼岸までは被害に遭っていなかったようで、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、小野塚小町が負傷して寝込んでいるという情報を耳にしたので、見舞いに行こうと自宅に足を伸ばしたのはいいが、そこでまさかの幻想郷担当の閻魔様とバッティングしてしまい、「ジャッチメントぉ!」とお説教を喰らう嵌めになってしまった。閻魔様の言葉の後に小町が「ですのぉー!」と何故か付け加えていたが、それに「それって台詞? それともデスノートの事? まぁ、凄い。死神繋がり!」とか突っ込む暇も与えられるに正座してお説教されること半刻。漸く解放されたと思えば、小町の為に作ったという苺プリンをお裾分けされて、「今貴女に出来る善行です」と食べる事を勧められた。いや、命令された。まさかここでも罰ゲームを受ける事になるとは思わなかったが、閻魔様の手作りと言う事もあって断るわけにもいかず、いい加減吐きそうになりながらも紫はプリンを胃に押し込めたのだった。
そんなこんなで彼岸から戻った紫は、とある森の中にいた。
「っ……ぅ~」
木に凭れて、苦しげに呻く。
カロリー取り過ぎていい加減死んじゃうんじゃないかな。というか何故全て苺のお菓子で統一されているんだろうか。そんな事を考えて思考を紛らわし、気持ち悪さと破裂しそうな胃からくる不快感を誤魔化そうとする。
胃に収めた筈の食べ物や飲み物が、胃の許容範囲を越えて喉元まで競り上がってきている気がした。吐いてしまえば楽になるだろうが、そんなことをするのは勿体なかった。今まで食べさせられた物は、どれもこれも愛情(いや、憎悪かもしれないが)たっぷりの手作りの品だったのだから。それを吐き出すのは申し訳ない気がしてならない。
「…………」
でもヤバい。ちょっと吐きそう。
紫は顔は真っ青になっていた。胃が痙攣して嘔吐してしまう前に、境界を操って胃を一時的に拡張する。ついでに胃酸の分泌率も操っておく。
ちょっとは楽になって、ふぅーと息を吐いた。
胃酸の分泌率は後でちゃんと元に戻しておかないと胃の粘膜に穴が開くので、気を付けよう。そう思いつつ、森の中から次の目的地を見上げる。
山が見えた。天辺と中腹辺りが禿げてしまっている山だった。
「あれでは山の動物も妖怪も困っているでしょうに」
呟いて、足を動かす。
飛んでもいいが、胃の中身がシェイキングされそうだったので、ゆっくりと歩いて向かう事にした。
最終ステージまで胃が持つかなと、それだけがちょっと心配だった。
* * * * *
森の中を歩いていた紫は、チルノ、ルーミア、ミスティア、リグル、大妖精という、仲良しちびっ子五人(匹)組と遭遇した。例に漏れず歓迎を受けたが、子供らしい無邪気な歓迎の仕方で頬が緩んでしまったり、遊べと強請られたりした。でも紫は、今日は体調が(主に糖分と苺の所為で)良くないので、また後日にと遊ぶ約束だけしておいた。残念がる幼い妖怪と妖精の顔に心が痛んだが、「絶対だぞー!」とか「楽しみにしてる~」と笑ってくれたので、紫は頷いて笑みを返せたのだった。
去り際、みんなで収穫したという木苺で作ったジャムを大妖精から差し出され、紫は「ありがとう」と受け取った。相変わらず大妖精は健気で心優しい。チルノはおバカで無邪気で良い子だ。ルーミアは食欲旺盛で素直で可愛らしい。ミスティアは忘れっぽいが明るく陽気で見ていて和む。リグルはクールに振舞おうとして、でも出来ていなくて、そういう不器用な所が可愛い。
幻想郷は、こうやって可愛らしい子達ばかりだから困ってしまう。
守りたいと強く思い、愛しい強く想ってしまうから。
「さてと……」
大妖精から貰ったジャムをスキマへしまい、紫は先程見上げた山を、妖怪の山をもう一度見た。
紫は山に踏み入り「そういえば」と、とある事実に気付いた。朝から全く天狗の姿を見ていないからだ。今なら幻想郷中が特ダネで溢れているから、こんな機会をあの天狗が逃す筈はないのに。
「小町のように負傷して寝込んでいるのかしら?」
その可能性は充分に有り得るように思えて、紫は呆れるよりも、ただ苦笑した。
「まったく……どんな暴れ方をしたのかしらね」
九尾や化け猫を怖がらせたり、紅魔館を壊して、主である吸血鬼を疲労させ切ったり。永遠亭を全壊させ、不死の者達の精神を摩耗させたり。白玉楼の広大な庭を荒らしたり、庭師を負傷させたり、亡霊のお姫様の機嫌を悪くしたり。天界まで壊したり、死神を寝込ませたり、山が禿げていたり。
「困った子ね……」
でも、そういう困った子でさえ愛しいのだから。
まったく、笑ってしまう。
「もうちょっと待っていて……」
サブイベントを全てクリアして、ちゃぁ~んとハッピーエンドを迎えるから。
紫は春の風に笑みを返し、荒らされた山の中を進んだ。