四分割された苺タルトを一切れどうにか食べ切り、ストロベリーティーもなんとか飲み干した紫は、次に荒れ果てた紅魔館を修復した。そこで住民達に大いに感謝され、思わぬ喝采と歓声を浴びてしまって思わず困ったり。図書館を修復するついでに焼き払われた本や紛失した本も元通りにして棚に整理整頓もしてあげてしまった事で、使い魔には酷く感謝され、魔女が盛大にデレて対応に大いに困ったり。そして主とその妹に感謝の印の全力全壊なヴァンパイアはぐはぐをされ、メイド長と門番もそれに乗じてハグで感謝を表してきたりして、全身がバキバキになったり、折角胃に押し込んだ苺タルトを戻しそうになりながらも、紅魔館を後にした紫。
早くも満身創痍であるが、ここでお家に帰るわけにもいかず、紫は紅魔館からほど近い人里に足を運んでいた。
「……気持ち悪い」
カスタードたっぷり苺もりもりな、直径十五センチの苺タルトの四分の一というのは結構な量であり、そして別に甘党じゃない紫にとってそれを胃に押し込むというのは結構な試練だった。
お陰で寝起きの胃がビックリし過ぎて半ば拒否反応を示している。
「胃もたれしそうね……」
呟きながら、人里へと足を踏み入れる。
春の陽気に誘われて、わいわいと活気に満ち溢れている筈の人里も、やはり静かだった。
外には人っ子一人歩いておらず、春野菜に喜ぶ顔なんて一つもない。皆家の中で静かに過ごしているのか、紫が愛している人間特有の喧騒なんて何もなかった。
紅魔館のように家が大破している事は無く、荒れた様子は何もない。
ただただ静かで、それがまだ冬の中にいるかのような微かな寂寥を誘った。
「静かね……」
寂しいな、と思う。
今の時期は、みな長かった冬の終わりに笑顔で里内を歩いて、取れたての山菜の天ぷらを片手に花見でも行じていても良い筈なのに。
人里に植えられた桜は満開に咲いているのに、その下には満開の笑顔はない。
折角綺麗に咲き誇っている桜も、愛でてくれる人がいなければ寂しいのか。そよ風にはらはらと花弁を散らせているだけだった。
「今年は皆でお花見はしないのかしら……」
人里での花見ではなく、とある神社で開催される春の大宴会を思い浮かべる。
人も神も妖怪も妖精も入り混じった、騒々しくてとても楽しい大宴会。
その幻影を見るように、紫はとある神社の方角へ顔を向ける。
春風がふわっと紫の髪を揺らした。桜の木に止まった鶯が一声鳴いていた。
「あ……」
声がして、紫は顔を逆に向けた。
家からちょろっと顔を出している幼い女の子と視線が合う。恐がらせてしまったかな思い、苦笑した。
人間は妖怪を怖がらないといけないが、人間好きで子供好きな紫としては、無暗に恐がらせる事はあまり好ましくなかった。
だが、一瞬の間硬直していた女の子の顔は見る見るうちに綻んで、喜色に染まっていく。
女の子は家から飛び出して来ると、紫の目の前まで全力疾走してきた。
「あなた、もしかして妖怪さん?」
「……そうだとしたらどうする?」
妖怪が珍しいのか、それともこの子が変わった子なのか。
女の子は紫が「少なくとも人間じゃないかもね」と言うと、ますます顔を嬉しそうに上気させた。
「もしかして、スキマ妖怪さん!?」
「?」
女の子の無垢な瞳がキラキラと光る。
紫は不審に思いながらもその言葉を肯定してやると、女の子は「やっぱりぃー!」声を張り上げ、満開の桜にも負けない笑みを顔に浮かべた。
「すぐに分かったよ! けーねせんせーが、金色の髪で紫色の目をした、とってもきれーな妖怪さんだって言ってたから!」
「……慧音が?」
あの寺子屋の教師は子供に一体何を教えているんだろうか。と、紫は至極真っ当な事を考えながら、若干顔を逸らした。
こんなキラキラした目で真っ向から「きれい」とか言われるのは、その……結構照れるわけで。そんな顔を見られるのは恥ずかしいから顔を逸らすゆかりん。
そうこうしていると、女の子は紫の手を握ってきた。そのまま人里の中心の方へと振り返って、紫の手を引きながら声を張り上げる。
「みんなぁー! スキマさんだよ! スキマ妖怪さんが起きたよー!!」
「はい?」
口に手を添えて、女の子が叫ぶ。
喜びが滲む大きな声が人里に谺(こだま)し、それはどよめきとうなりになって帰って来る。家の中から人々が飛びだして来た。
「おめぇ、それほんとかー!?」
「スキマさん起きてきたんか!?」
「おっしゃ! これで畑に自由に行けるべ!」
「かぁちゃんっ! スキマさんだってよ! ほれ、はよせぇって!」
などなど、様々な驚きと歓喜が混じる声がして、紫は人里の人々に囲まれた。
(で、でじゃぶ……)
主に先程の紅魔館と。
紫を見た人間達は「うぉおぉぉ」とか「春だべぇー!」とか「ゆかりぃーん!」とか「生ゆかりんわっふるわっふる!」とか「ゆかりん俺だー! 踏んでくれぇえぇぇぇ!」とか歓声を上げた。
若干二つくらい違うような声が混じっているけれど、きっと気のせいだ。
「おぉおぉぉぉ! 春じゃぁあぁぁ!」
「うわぁあぁぁぁぁ春万歳ぃっ!!」
「へ、え? きゃぁ!?」
一際大きくなる歓声、と共に紫の体が宙に浮かんだ。
感極まってテンションマックスになっちゃった人里の方々は「ゆっかりーんっ、ゆっかりーんっ」と紫の胴上げを始めたからだ。
「なっ、なんっ……ちょっ!」
激しく上下する視界。胃の中のほっといちごと苺タルトとストロベリーティーが激しくシェイキングされる。
ゆかりんは嘔吐感とスカートを押さえる事だけで精一杯だった。
「どうしたっ、何があった!?」
と、そこへ歓声を引き裂くように一つの声が響く。
バタバタと走り寄って来たのは慧音だった。
結構高く飛ばされた中空で、紫は慧音の姿を視認する。慧音も紫の姿を認める。そうして、
「八雲殿ぉおおおおぉぉ!?」
慧音は雄叫びのような声を上げて、人垣を掻き分けて胴上げの輪に入ってきた。
助けてくれるのかな、とちょっと安心するゆかりん。
だがそれは間違いだった。
慧音は胴上げの輪に加わって、
「これで平和になるぅううぅぅ!」
どーんと空高く紫を打ち上げた。
紫の悲鳴は、春を喜ぶ人里うぃず慧音てんてーの歓声に混じって消えた。
* * * * *
「いやぁ、すまない。嬉しくてついな」
「……いえ」
似たような言葉を紅魔館でも聞きましたよ、とは言わず、紫はぐったりとした面持ちで慧音に手を引かれて、というか、手首をぎゅっと掴まれて竹林の中を歩いていた。
人里の方々からなんとか解放された後、紫は皆さまから「家の畑で育った野菜を持っててけれ」とか「今朝山でとってきたんだ。これ食って栄養つけてくれろ!」とかと春野菜やら山菜やらをどっちゃりと頂き、それをどっちゃり頂いてしまった苺タルトと同じようにスキマへと格納した。そうして今に至るのだが、
(……力、強いわよ慧音先生……)
掴まれた手首が痛い。血流が滞って手が白くなっている程度には強い。半分獣だから、普通の人間よりは筋力が強い慧音。その慧音に力強く手首を掴まれていては、流石の紫だって痛い。まるで逃がさぬようにと込められた力を緩めてくれる様子は無く、慧音は紫の手を引いて意気揚々と竹林を歩いて行く。
竹林と言えば、永遠亭と診療所が連想的に思い浮かぶが、それに違わず、慧音はどうやらそこへ向かっているらしい。
慧音はスキップでも始めそうな勢いで軽やかに目的地へと向かうが、紫はあんまり気が進まなかった。
だって、ここまでの流れからして、良い事が起こりそうな気がしないからだ。それにあそこには紅魔館のドSぶりがまるで子供の遊びかのように思えるほどの、もっとサディスティックな薬師がいたりするから、尚更だ。
(嫌われているしねぇ……)
そして、その薬師に心底嫌われているので、ますます気が進まない。
(私は嫌いじゃあないけれど……)
意外と癇癪持ちで子供っぽいところがある為、からかって遊ぶのは楽しいのだ。ちょっと油断すればコチラが命を落としかねない程の実力を兼ね備えているし、嫌われているので本気とはいかないまでもそれなりに容赦が無く、スリルがあって大変宜しい。とは、本人には内緒である。そんな事を考えていると、程なくして診療所が……見えてこなかった。
「……ここもなのね」
紫は深い溜息を吐いた。
そこには、丸い窓が特徴的な大きな屋敷である永遠亭も、離れにある小さな診療所も無く、ただ焼き払われて墨と化している木材の破片と、まるで大きな矢にでも貫かれたようなまあるい曲線を描いて吹っ飛んでいる瓦礫があるだけ。その光景は七割損壊していた紅魔館よりも酷かった。何せ、永遠亭は全壊しているのだから。
焼き跡から見れば犯人は妹紅で、曲線を描いた瓦礫を見ればそれは永琳だと分かるが……じゃあ何故こんなことになったんだろうか、という答えは出ない。考えられる可能性はいつも通りに妹紅と永琳が輝夜のことについてまた喧嘩でもしたのだろうくらいだ。
(まぁ、きっとそれ以外でしょうけれど……)
きっと犯人は紅魔館をぶっ壊した者と同一人物に違いない。紫はそう確信めいたものを抱くが、そんなの気のせいということにしておいた。
永遠亭跡地に近付くと、そこには兎達に囲まれて疲れた様子でうつらうつらとしている姫様と、その傍に寄り添ってぐったりと目を伏せている白髪の少女の姿が見て取れた。姫の膝で、人を幸せにできる能力を持った白兎は満身創痍な様子で眠っており、月兎の姿を探すと、まるで戦死者かのように瓦礫の側で横たわっていた。そして薬師はと言えば、うつ伏せで大の字にぶっ倒れていた。
「…………」
どうしてこうなったと、思わず呟きたくなる。紅魔館よりも『死屍累々』としていた。竹林の中が鬱蒼としているから、余計に何とも言えない。
「おい、みんな! 八雲殿が起きられたぞ!」
そんな中、慧音の快活な声が響いた。それに一同の体がぴくんと反応する。一番始めに視線があったのは、月の姫様だった。
「ゆか、り……」
虚ろだった瞳に光が灯る。くるりくるりと微細に色を変える虹彩にも鮮やかな色彩が灯った。満天の星空を刳り貫いて嵌め込んだかのような透き通った漆黒の瞳に、違う夜が映る。綺麗なのに酷く不透明で曖昧で、故に何もかも飲み込み受け入れてしまうかのような闇を内包した、そんな夜を。
輝夜は立ち上がると、ふらふらとしながら駆け寄って来た。その華奢な体を反射的に抱き止めると、しっかりと抱き付いてくる。
「やっと、起きたのね……」
そうして、まるで小鹿ちゃんのようなうるうると潤んだ瞳で、上目遣いで見詰められた。しかも細い指でこっちの服をぎゅっと掴むというオプション付きである。その昔『かぐや姫』と謳われた小奇麗な顔で、打算もなくそんな顔されると、流石の紫だって困ってしまう。
これが裏で計算し尽くされた故に発しているものだったら華麗に対応して見せるのに。
「お前……ったく……」
妹紅もフラフラと歩み寄って来る。妹紅は紫の肩に凭れるようにして腕を引っ掛けて、ははっと軽く笑った。
ぐったりと眠っていた白兎も起きたらしく、披露し切った顔を上げ「ったく、遅かったじゃねーか……」と熱血漫画風に呟いて、またガクンと兎達に埋もれた。
大の字にぶっ倒れていた薬師も、ずるずると起き上がる。充血した灰銀色の瞳に紫を映すと、深い深い溜息を細く吐き出した。
(矢が飛んでこないなんて珍しいわね……)
輝夜の頭をよしよしと撫でても、ヤキモチを妬くとかブチ切れるとかしてこない永琳に、紫は小首を傾げる。永琳は呻きながらも緩慢な動作で立ち上がる。疲労からか、背筋も伸ばせずに猫背となっていた。
「まさか……貴女なんかが起きて来るのを、これほど心待ちにしなきゃいけないなんて思わなかったわ」
永琳はそこで言葉を区切って目を伏せた。はぁーと息を吐き、また紫を見る。
「おはよう」
そうして、微かに笑む永琳。
(永琳がデレた!?)
だが紫は内心で酷く動揺していた。だって、「Hello♪」と顔を出せば「Arrow☆」と数千本の矢(殺傷設定全開)を良い笑顔で飛ばして来るというのがこの薬師の対応の仕方で、その隙間皆無の弾幕を避け切るまでが『ご挨拶』だ。なのに、今のアレはなんだ。永琳が笑ったのだ。あの薬師が、打算も何も無く、ただ自然に。
(こんなの絶対、おかしいよっ……)
ってか、純粋に恐い。思わず、もしかしたら春告げ妖精として有名なリリー・ホワイトの隠された能力『普段デレない者をデレさせる程度の能力(春季限定)』が発動しているのかもしれない、と下らない事を考えちゃうくらいには恐い。
「お、おはよう」
ゆかりんは表情が引き攣らないようにして永琳に微笑み返す。
「春だぁ。うわぁ、やっと春にぃ……うっ、えっぐ」
すると、瓦礫の傍で戦死者ごっこをしていた鈴仙が起き上がったようで、片足を引き摺るようにしてこちらに向かって来ていた。だが途中で転倒してしまい、そこで力尽きてしまったようで、ぐーぐーと安らかな吐息を立てて眠ってしまった。
(『春眠暁を覚えず』とはよく言うけど……何もそんな所で寝なくても……)
紫はスキマ経由で鈴仙を密かに運び、白兎の隣に横たえてやった。
手首を掴んでいた手はもう離れていて、慧音は永琳に駆け寄って、その体を支えてやっている。
「あ、お茶くらい出すからゆっくりしていって」
ふと、輝夜がそう提案してくる。それは、恋する乙女のように頬を淡く染めた顔に、オプションでまだ濡れている瞳でしかも上目遣いで、という全くもって断りにくい提案の仕方だった。隣で妹紅も顔を綻ばせていて、妹紅は輝夜の目尻を撫でて、涙の残滓を拭ってやっていた。
「あー、そうね……」
紫は歯切れ悪く、曖昧に同意する。悪い予感がひしひしとしたからだ。
永遠亭は全壊しているのでお茶なんて用意出来るのかと思っていたら、輝夜は野営していたらしいテントから小鍋と耐熱硝子で出来た透明な茶壷と湯呑みを持ち出して来た。妹紅は薪を集めて手際良く焚き火の準備をし、指先から出した小さな炎で火を付けている。
嫌な予感はするが、でも永遠亭は全壊しているから出てきても買って来たお茶受けくらいだろう、と気を取り直して、焚き火の側へ向かう。何処からか切り株の椅子を持ってきた慧音に勧められて、眠っている鈴仙とてゐ以外の全員でちろちろと燃える焚き火を囲んだ。
物凄くサバイバルだ。なんというか、ワイルドな生活風景だった。原始的といってもいいかもしれない。と思って火を見詰めていると、輝夜はまた簡易テントへと戻って、籠を抱えて出てくる。
「っ……」
が、その籠の上に乗っている物を見て、紫は一瞬息を飲んだ。
「い、いちご……」
ここでもか。と紫は辟易した。それを知ってか知らずか、もしくは知らないフリをしているのか。判別は付かないが、輝夜は上機嫌で籠の上の苺を縦半分に切り分けて行く。火にかけた鍋の中の中で湯が沸騰すると、そこへ薄くスライスした柚子を入れ、蜂蜜を垂らした。
「もこ、弱火」
「おぅ」
火の加減を弱火に調節して暫しそのまま煮、沸騰してきたら切り分けた苺を投入した。輝夜は硝子の茶壷を妹紅に持たせて温めさせながら、苺を煮て行く。再度沸騰すると鍋を火から外し、温めてさせていた茶壷へ。まずは苺を細かく穴のあいたお玉で掬って優しく入れ、次に鍋のお湯を丁寧に濾過しながら茶壷の中に注いでいく。
「妹紅、超弱火」
「はいはい……って、あっつっ!」
その茶壷を再び妹紅の手に戻す輝夜。妹紅は熱がったが、なんとか手の平で包んで煮出しだす。茶壷の中が、優しげなピンク色に染まっている。輝夜は頃合いを見て湯呑みを妹紅へと差し出すと、妹紅は茶壷を手の平で包んだまま、ゆっくりと注いだ。
「はい、いちご茶よ。甘くて美味しいから」
「……いちご茶、ね……」
差し出されたお茶を受け取るわけにもいかず、そして「できれば普通の緑茶(渋め)が飲みたかった」なんて事も言えるわけもなく、紫は大人しく湯呑みを受け取る。
苺を贅沢に使った中国茶風のお茶を見詰めて、紫は眉間に少しだけ皺を寄せた。お腹は先程の苺タルトのお陰で結構いっぱいになっているところに、また甘い物である。
紫は覚悟を決める為のインターバルとして、兎達に埋もれて眠っている鈴仙とてゐに視線を向ける。その隣で永琳は慧音の膝枕されて寝ていた。
紫の視線に気付いた輝夜は、苦笑いを零した。
「鈴仙は主に盾となってくれて……てゐは皆を守る為に能力を全力で使っていたから」
「……そうなの」
紫は頷き「でも、どうして?」と尋ねたが、輝夜も妹紅も顔を背けた。亜音速の勢いでばっと顔を背けた。
「いや、答えてもいいんだけどさ……」
「そうね。でも私たちの口からは、やっぱりね……」
案の定、言えない事情があるらしい。紫は溜息をついて諦め、湯呑みの中の物を見詰めた。
どう見ても甘そうだったが、さっきの苺タルトと比べればきっとなんて事は無い。そう、きっと大丈夫。紫はそう自分に言い聞かせて湯呑みに口を付けた。苺の甘い匂いと仄かな柚子の爽やかな香りが鼻を抜け、苺本来の甘さが贅沢過ぎるほどに口の中に広がった。朝、己の式神に飲まされた『ほっといちご』なる物よりも遥かに飲み易い。何も無い日に飲んだらそれなりに癒されそうな味だ。
(……でも、甘い……)
うん。でもやっぱり甘い。美味しいけれど、塩気や辛味・酸味・苦味が欲しくて堪らないところにこれを頂かなければいけないのは辛かった。
一口飲み終えて吐息を吐いていると、また「はい」と何かを差し出された。輝夜の手に乗っているのは、紙で出来た小さな箱。お茶受けの饅頭でも入っていそうな箱だった。紫は恐る恐る受け取って中身を開ける。と、薄く柔らかな餅に覆われた白い和菓子が入っていた。
「これって……」
「いちご大福よ」
「…………」
普通の大福でもいいじゃない。なんで苺大福なの?
と、紫は心底問いたかったが、きっとそれも「言えない」「話せない」「何も言わずに食え」と一蹴されるだろう。
紫は素直に諦めて、緩慢な動作でもふっと大福を食んだ。