博麗神社は、何も変わっていなかった。境内から眺める幻想郷の風景も相変わらず美しい。
紫は石畳を踏みしめ、神社の裏手にある母屋へと向かった。
「うぉおおおぉお……うわぁぁあ……」
すると、母屋の庭先から泣き声が聞こえきた。泣き声というか、嘆き声に近い。
紫はひょこっと顔を出すと、そこには二本の角を生やした幼い容姿の鬼が地面に顔を突っ伏して泣いていた。いや、鳴いていた?
「萃香?」
鬼が泣くなんて、余程辛い事があったんじゃないだろうか。
紫は心配する気持ちに訝りを混ぜながら声を掛ける。
すると萃香は「へぁ?」と鼻水を垂らしながら顔を上げた。そうして紫の顔を見るなり、また泣き出した。
「うわぁあああぁ、ゆ゛がり゛ぃいいぃぃ!」
涙と鼻水で顔がグチャグチャになっている。
紫は膝を負って萃香と視線を近くすると、スキマからハンカチを取り出してその顔を拭ってやり、ついでに鼻もかんでやった。
「一体どうしたの?」
「うっ、ひっぐ……うっ、れーむが……れいむ、が」
「霊夢が?」
霊夢に何かあったんだろうか。
途端、心臓が落ち着きを無くして不気味に脈打つ。
「れーむ、が……うぅっ、わたしのっ、ひっ、うく、う……私の、瓢箪をぉ……質に出しっ、う、うわぁぁ」
「……はい?」
不安になって損をした。物凄い損だ。なんというか、割と恥ずかしい。
だが萃香にとっては一大事な事で、だからこうして泣きじゃくっているわけで。
「瓢箪って、伊吹瓢の事?」
コクコク頷く萃香。
あの瓢箪は意外にレア物だ。何せ鬼が全力で振り回しても壊れないのだから。それに鬼が使っていたと垂れ込めば、それなりの額になるかもしれない。
「ん~と……」
紫はスキマの中に手を突っ込み、瓢箪を探す。
幻想郷に質屋と言えばそう多くないので案外あっさりと見つける事が出来た。
店主には後で自分からお金を返しに行こうと思いながら、瓢箪を掴んで取り出す。
「はい。もう売られないようにね?」
「うぉおおぉ!」
歓喜の雄叫びを上げながら、萃香は紫から瓢箪を受け取った。
萃香は嬉しそうに頬ずりをして、蓋を開けて中身を確認する。酒虫も無事らしく、ほっと胸を撫で下ろしながら瓢箪を腰に括り付けた。
「ありがとうな、紫!」
「へ?」
突然萃香が大きくなる。頭身はそのままに、本当に大きさだけ。
紫の身長の三倍くらいの大きさになって、萃香は紫を両手で掴んで抱き上げた。
「いやぁ、本当に助かった! もうどうなる事かと」
高い高いの要領で抱き上げ、萃香はわーいと天に向かって紫を持ち上げる。
どうやら、感謝とか喜びを全身で表現した結果らしいが、なんだかライ●ンキ●グっぽいなと思ったのは内緒だ。
「す、萃香……」
「あっはっはっ! それにしても起きて来たんだなー。いやぁ、良かった良かった。これでゆっくり酒が飲めるねー。あ、宴会開こう! 花見をしなくちゃ!」
「それは良い案だけど」
先に下ろして欲しいんだけど。とお願いするが、宴会宴会とはしゃぐ萃香は聞いちゃくれない。
そよ風に吹かれて、スカートがひらひらとする。紫は手で押さえるが、捲れたスカートから膝小僧が見え隠れした。
「うっさいっ!」
と、騒ぐ萃香にイラついた声が投げ付けられ、ついでに音速に近い速度で陰陽玉も投げ付けられた。
「ぐふっ!?」
陰陽玉は萃香の側頭部に鈍い音を立てて、ぐりっとめり込む。
その刹那、萃香はまるで風船が弾けるように散り散りに砕け、小さな小さな萃香となって地面に散らばった。
「あらあら」
紫はふわっと着地して、わーきゃー言いながら地面の上をバタバタと掛けるチビ萃香の群れを眺める。
痛いとか、逃げろーとか、鬼巫女だーとか、そんな事を叫びながら小さな萃香の群れはバタバタと走り回って逃げて行く。
「お金が無いんだからしょうがないでしょっ。いい加減うじうじすんのは止め」
それから、障子を乱暴に開けて縁側に出て来る少女が一人。
その女の子は紫の姿を見た瞬間に言葉を無くし、表情を無くし、感情を無くし。ただ見開かれた目に紫色を映し込んだ。
夕焼けの真紅が表面に塗られているような黒い瞳に、紫紺色の夜が差す。
「ゆか、り……」
名前を呼んだ。
ぱくぱくとぎこちなく動く唇で、ただ呼んだ。
「おはよう、霊夢」
紫は頬笑みを浮かべて、博麗の巫女を見た。
まず始めに、髪が少し伸びたなと思った。
それから、冬に別れた時よりも霊力が増している事に気付いた。
冬の間中、幻想郷の猛者とずぅっと遊んでいたのだから、それは良い修行になったんだろう。
それになんとなく精悍な顔付きになっている気がする。力があるというか、頼もしいというか。
なんだか雰囲気も、ちょっと逞しくなったかな。
でも、可愛らしいのは変わってなくて。
「ゆかりっ!」
「わっ」
霊夢は縁側から素足のまま飛び出して来て、そのまま全力で駆けて飛び付いて来た。
両腕を伸ばした霊夢に体を囚われて、紫は後方へとバランスを崩す。
「い゛っ!?」
ごちんっと後頭部を打った。
思わず変な声が出てしまい、視界が滲む。
そんな視界で見上げたからか。霊夢の瞳が潤んでいるように見えて、次の瞬間にはその瞳が霞むくらいに近くなっていた。
「れい」
最後まで呼ばせてくれる事無く、唇を塞がれる。
食まれて舐められて、吸って、噛まれて。また舐められて吸われて。
もごもごと唇を深く合わせて、口腔を霊夢の舌が侵食する。
喉まで蹂躙するような、肺の中の空気を奪われて、そのまま窒息死してしまうんじゃないかというくらいに、激しい。
苦しいくらいに、必死に唇を貪って来る。
(ふふっ。おかしいわね……)
苦しい筈なのに、その必死さが愛おしかった。
頬を両手で包まれ顔の角度を固定されて、霊夢は必死にただ激しく口付けを続ける。深く深く唇を重ねる。
(あ、そういえばここって外よね……)
霊夢のされるがまま、霊夢の好きなようにさせている最中(さなか)、そんな事実に今更ながら気付いた。
唇を離そうと軽く霊夢の肩を押してみるが、霊夢は逃げられるとでも思ったのか、息を乱しながらもっと必死に唇を重ねて来た。
可愛い。と思ってしまった自分は、多分相当春の陽気にやられているんだろう。
大丈夫だと伝えるように霊夢の頭を撫でる。撫でながら「まぁ、いいか」と楽観的に思考し、そのまま好きにさせる。
だが、霊夢はごそごそと手を動かして、首許の留め具を外してきたのでそうも言ってられなくなった。
首許から外気が入って来て、ちょっとひんやりする。
「んっ、ちょっ……れいっ……」
「はっ、んん……は、はっ……」
漸く唇が離れる。
霊夢は紫の細い腰に跨って上体を起こした。
目にいっぱいの涙を溜めていて、今にも泣き出しそうな顔で、紫を見る。
「霊夢……」
そんな顔をしないで欲しい。
泣かないで欲しい。
紫は霊夢の頬に手を伸ばそうとしたが、霊夢がいきなり自分の胸元のリボンをしゅるりと解いたので、伸ばした手は中空で止まった。
「はっ、はっ、ぁ……脱いでいい?」
「いや、ダメだから!」
いきなりどうしたの!? と問う暇もない。
霊夢は紫の言葉を半ば無視するかのように、服の中に手を入れてサラシを緩め始める。
「ダメだってば! ここ外だから、おんもだから!!」
「ヤダ、脱ぐ」
「ヤダじゃないでしょう!」
「じゃあ脱がす」
「なっ」
霊夢の手が再び首許の留め具に伸びる。
止めるが、結局鎖骨辺りまで露出してしまった。
「もぉ、ダメだって」
紫は霊夢の両手を掴んで、上体を起こした。
そのままお姫様だっこして、立ち上がる。
「とにかく落ち着」
今度も最後まで言わせてもらえなかった。
霊夢は紫の首に腕を回して、ちゅっちゅっと唇を吸って来る。
「ちょっ、危ないから」
「紫、ゆかり……」
一度目は切なげに、二度目は嬉しそうに。
そんな風に呼ばれたら、何も言えなくなってしまう。
「もぉ……」
紫は苦笑交じりに呟いて、霊夢の濡れた唇を舌先でぺろっと舐め上げた。
「お家に入ってからね」
「うん、うん……」
「でもその前にお説教ね?」
「うん。それでもいい」
「……妙に素直ね?」
お説教なんて絶対に嫌がるのに。
そう訝ると、霊夢は春の花が風に揺れるような、可憐な笑みを浮かべた。
「紫の声、聞けるからいい」
「…………」
紫は頬を赤らめないように気を付けて、なんとなく視線を右上の方へと逸らした。
(どうしましょう……霊夢が物凄いデレ期だわ……)
照れ隠しにそう思考する。
そんなことをしていたら、また霊夢が唇を寄せて来た。
顔中を啄ばまれて、睫毛を吐息で揺らされて、とてもくすぐったい。
「分かったから、ちょっと待って」
「ヤダ。待てない」
「……困った子ねぇ」
霊夢が待てないと文句を言うし、ちゅーされ続けたまま歩くのは危ないので、紫はスキマを開いて横着をすることにした。
霊夢が出て来た部屋へと戻って腰を下ろす。ついでに開け放たれている障子は、スキマから手を出して閉めて。
「それでね、れい」
顔を霊夢の方に向き直すと、霊夢の顔が思いのほか近くにあって思わず言葉を途中で止めてしまう。
霊夢は紫の膝の上に座って、紫の首に腕を絡めて至近距離で紫の事を見詰めた。
「……近いわよ?」
「うん」
嬉しそうな笑みを浮かべる霊夢。
退く気も離れる気も無いらしい。
「……」
「……」
思わず無言で見詰めあってしまっていると、霊夢が先程と同じようにちゅっとしてきた。
「こら」
ふざけちゃいけません。
そう咎めたいのに、無邪気に「えへへ」なんて可愛らしい笑顔を浮かべらたら、怒れない。
「困ってる?」
「えぇ。とっても」
「なんで?」
「貴女が可愛いんだもの」
「くすくす。ばか」
またちゅっとされる。
そのまま唇を擦り合わせるようにすりすりとされて。
霊夢は唇をくっつけたまま「はぁ」と涙で湿った吐息を漏らした。
「ゆかり……やっぱ、お説教後にして……」
小さな声でお願いされる。
涙声になりかけている声だった。
「……だめ」
「……いじわる」
むっと口を尖らせる。
そんな顔を可愛らしい。なんて思っていたら、また唇を重ねようとして来たので、意地悪ついでにその唇を人差し指で制した。
「むむ?」
「お話が先」
「むぅ~……」
眉間に皺を寄せて不満を表して来る。
紫は苦笑して、霊夢の背中と腰に手を回した。すると、幾分かは眉間の皺が緩和された。
「一つ教えて欲しいんだけれど……どうして幻想郷中があんな風になっていたの?」
「あぁ、紅魔館とかがぶっ壊れてたり、永遠亭が全壊してたり?」
「そう。あれは、貴女の所為?」
「別にあたしの所為じゃないわよ。暇だったからそこにいる奴とテキトーに遊んで、そしたら壊れたってだけ」
「一体どんな遊び方をしたらあんな風になるの……」
紫が溜息を吐こうと開いた唇を、霊夢がぺろっと舐め上げた。
「……お話が先って言ったでしょう?」
「一回答えたから、一回オッケーでしょ?」
にこにこと霊夢は笑う。
誰もそんなルールを設けた覚えはないけれど……とは思ったが、そういうご褒美があった方が霊夢はやる気を出すタイプだ。
紫は了承して、次の質問をする。
「遊んでばかりで、お仕事はちゃんとしてたの?」
「結界の管理くらいちゃんとしてたわよ」
「……本当に?」
結構緩んでいた所が多かったけれど……と、霊夢を見詰める。
霊夢は最初は目を逸らさなかったが、数秒後には目を若干泳がせていた。
「……霊夢?」
「もっ、ちゃんとやってたってば! ただ、その……」
霊夢は顔を背けて、ごにょごにょと何かを曖昧に呟いている。
紫が素直に話すように視線で促すと、霊夢はおずおずと紫に向き直った。
「……怒んない?」
「内容に寄るわね」
「うっ……じゃあ、きっと怒る……」
罰が悪そうに顔を伏せる霊夢。
紫は「そんな大変な事をしたの?」と問うと、小さく頷いた。
「いや、してはいないけど……なんていうか、未遂っていうか……」
なんとなく予想はつくが、紫は自分からは言わずに、敢えて霊夢に言わせる事を選んだ。
「何をしようとしたの?」
なるべく優しい声音で再度問う。
霊夢は紫の胸辺りに視線をうろうろさせながら、ごにょごにょと紡ぐ。
「その、だって紫が全然起きて来てくれないから……」
「だから?」
「だから……幻想郷の結界を、その……」
「……緩めようとしたの?」
「ち、ちがっ! 緩めるっていうか、ちょっと攻撃して刺激したら、って……」
どっちにしても危険な行為だ。
紫は予想通りの答えに、深く溜息を吐いた。
「貴女は博麗の巫女でしょう?」
「……ゴメンなさい」
でも、霊夢そうさせてしまった原因は自分にあって。
だから霊夢を責めるのは間違っているわけで。
紫は悲しそうな顔をして、目を伏せた。
結局、妖怪は。いや、私は。
誰かの『毒』にしかなれないのだろうか。
心の隙間に毒を与える事しか出来ないのだろうか。
薬とまではいわない。
でも、その人の心を病ませる毒になりたいわけじゃない。
痛みを与える棘にもなりたくもない。
ただ、愛しいだけなのに。
愛しいから、大切にしたいのに。
「あ、ゆか……もっ、そんな顔しないでよ……ゴメンってば……幻想郷傷付けて、ごめん……」
「……霊夢?」
霊夢は紫の機嫌を取るように、というよりは、宥めるように唇を顔へ寄せて来る。
額に瞼に、こめかみにほっぺに、鼻の頭に、頤に。
「ごめん、ごめんなさい……あたし、良い子で待ってらんなかった……」
「……ん」
「大丈夫だって思ったの……紫もちゃんと寂しいって想ってくれてるんなら、眠りながらでもあたしのコト想ってくれてんなら平気だって、そう思ったの……」
「……うん」
「でも、ダメだったの……これでも頑張ったのよ? でも……紫に逢えないの苦しくて、声が聞けないのも辛くて……」
「…………」
「紫の体温を忘れちゃいそうで……さびしくて……」
宥めるような口付けが、いつの間にか甘えるような、縋るような口付けに変わって降って来る。
顔中に、たくさんたくさん。
だから、気付いた。
このキスは、自分が霊夢によくしているものだって。
「……ふふっ。くすぐったい……」
「ぅ~。ごめん……」
「そんなに謝らないで……原因は私でしょう?」
「別に紫の所為じゃ……」
「それに、未遂って事は寸でのところで思い留まったんでしょう? なら」
「いや、思い留まったっていうか……全力で阻止されたっていうか……」
「……え?」
どういう事? と純粋に疑問に思って尋ねる。
霊夢は躊躇いながらも「あのね」と前置いて、
「藍とか幽々子とか、それから永琳と幽香と神奈子と白蓮とか……皆に止められたっていうか……」
「…………」
それって幻想郷の強者(つわもの)というか、化け物ばっかりよね? と、豪華過ぎる人選に紫はパチパチと瞬きを繰り返した。
「よく無事だったわね」
霊夢の体を改めてよく見る。
傷は一つもなく、ピンピンしていた。
「そりゃそうよ」
心配する紫を余所に、霊夢は得意げな笑みを浮かべて見せる。
まぁ、霊夢だしね。とその言葉に納得しそうになるが、まだ続きがあったらしく。
「だって、あたしに傷を付けたら、あんたが怒るもの」
霊夢は紫を見詰めて笑みを深める。
まるで「常識でしょ?」というニュアンスで紡がれた言葉はあまり予想していかなったもので、紫はきょとんとした顔をした。
「違うの?」
「それは、霊夢に傷を付けたら怒るけど……」
「でしょ? 本気で怒ったあんたなんか、誰も敵に回したくないわよ」
あたしだって嫌だもの。と付け加えて、霊夢は嬉しそうに笑う。
紫は苦笑しながら、内心で霊夢の言葉を吟味した。
霊夢がもし傷付き倒れたら、と想像してみて想像したくない自分を発見する。
しかし色々な人間を見て来た脳みその想像力は逞しく、一瞬でそんな霊夢を脳内に像として結び……寒気がした。
怒るとか怒らないの前に、それは確かな恐怖として心の寝底を不気味に這った。
(……いつかは来るものなのに、ね………)
いつか、そう。いつか。
そんなに遠くない未来に。
「ゆかり……」
まるで猫が甘えるように、ほっぺを胸に擦り寄せて来る。
紫は「ん?」と短く聞き返して、その頭を撫でた。
「ゴメン……全部、八つ当たりだった……」
「……」
「幻想郷に、八つ当たりしたの」
「……霊夢」
「だって、冬だって関係無しに、幻想郷は紫の結界に守られてるでしょ? 幻想郷になんかあったら……あんたは冬だって起きてるでしょ?」
「……そうね」
誤魔化す事もできたけれど、紫は肯定した。
霊夢が拗ねたような顔をする。
「ばか」
「えぇ。本当にね」
上目遣いで睨まれて。でもそれが可愛かったから、紫は霊夢の唇をちゅっと吸った。
「ん……ゆかり……」
首に絡んだ腕に引き寄せられる。
片手が髪の中に潜り込んで来て、後頭部に当たられる。もう一方の手は肩に回った。
今度は紫から、何度も口付ける。
その度に「ゆかり」と甘えた声で呼ばれる。
「ゆかり……ゆかりぃ……」
あぁ、霊夢だ。って思ってしまった。
指先から舌先から、唇から吐息から、体温から匂いから、手から声から。
霊夢を感じて、溜息が洩れた。
「霊夢」
「うん……んっ……」
呼ぶと嬉しげに笑う。
逢いたかったよって、その笑みが伝えて来て、切なくなる。
「へへっ。春だぁ……」
笑いながら、霊夢の瞳からぽろぽろと雫が零れて行く。
肩が震えて、背中が震えて、声が震えていた。
震えながら「ゆかり」と呼んでくる。
その涙に口付けた。
霊夢の涙は、微かにしょっぱくて、でもとても甘い。
甘いものが全般が苦手だけど、この甘い涙だけは好きだと思う。
胸の奥が苦しくなるほどに切ない味で、どうしようもなくなるけれど、嫌いとは言えなかった。
「……春ですよ」
口付けながら、霊夢の涙で濡れた声で紡ぐ。
霊夢は泣きながら笑って「春だね」と頷いた。
本当は、泣いて欲しくないのに。
どうしてか、いつも最後は泣かせてしまう。
泣かせたくないのに、どうしてだろうと、いつも考える。
答えは出なくて、いつも苦しい。悲しい。
泣いているよりも笑って欲しい。
その涙が嫌いなわけでも、その泣き顔が嫌いなわけじゃないけれど。
でも、笑って欲しいと切に祈る。
泣かれると、こっちまで悲しくなるから。
「……れいむ」
紫の睫毛は、霊夢の涙で濡れていた。
きらきらと光る金色の睫毛を見て、霊夢は照れ臭そうにはにかんだ。
「そんな顔しないでよ」
「そんな顔って?」
「泣きそうな顔」
「だって、霊夢が泣いているんだもの」
「しょうがないじゃない。嬉しいんだから」
「なら……」
――ねぇ、笑って?
切に祈る。願う。
妖怪が、祈る。願う。想う。
幻想郷にとても甘く、愛しい者達にとても甘く。
誰かの笑顔に弱く、誰かの涙にはもっと弱く。
そして、人間の涙にもっとも弱い妖怪が。
祈る。
願う。
想う。
「貴女の涙には、勝てる気がしないわね」
紫は心底困ったような声で言って、でも淡く笑った。
「そりゃあね」
霊夢が得意げに笑う。
こつりと額を合わせる。
赤く燃える命の火のように美しい夕焼け色。その赤を纏った黒曜の原石みたいな霊夢の瞳。
暮れなずむ夕焼け空が、うるうるしていた。
「やっと……春が来た……」
「うん」
「……おはよう」
「おはよう」
ゆっくりと紡ぐ、春の挨拶。
紫は、春を告げる緑色の美しい小鳥の鳴き真似をしてみせた。
霊夢は紫の吐息にくすぐったそうに笑って。
「はーるよ、こいっ」
歌った。調子っぱずれに、でも陽気に。
『来い』と呼ばれたので、行く。
唇をそっと重ねる。
「ふふっ。苺と涙の味がする」
「うっ……まぁ、ね……」
本当に嫌な程食べさせられたから。
そう言うと、霊夢は「丁度苺が食べたかったからいいよ」と返事をして、もっととねだった。
(もしかして、本当の元凶は霊夢だったのかしら?)
『苺が食べたい→じゃあスキマ妖怪が起きて来たら苺攻めにして苺味にしてやろうぜ→霊夢大喜び』
なんて構図が浮かんだが、だったらそれは大成功で。皆にしてやられたと、唇を重ね合わせながら紫は苦笑した。
「紫、春の味がする」
「そう?」
「うん……」
霊夢が笑ってくれたから、苺の事を嫌いにならないで済みそうだ。
紫は変に安堵して、苺でいっぱい春色の幻想郷を連想してしまった。
なんだか酷く可愛らしくて頬が自然と緩んだ。
「れいむ」
耳元で囁く。
春色に染まった吐息で、そっと。
「逢いたかった」
「……うん」
幻想郷が待っていた春が来る。
皆が待ち侘びた春が来る。
楽園の巫女がずっと待っていた、春が来る。
甘い香りの春風が、そっと吹く。
幻想郷が幸せそうに吐いた、溜息のようにそっと。
おしまい
ピクッ
愛が凄い伝わってくるお話でした!
けどそのおかげで最後の凄まじい甘さがあったわけで…
くそっ!俺は紫に対して怒りを覚えればいいのか、
よくやったと言ってあげればいいのかわからなくなった。
でもるみゃが二人いてみすちーが行方不明になっていたところが残念
そろそろ霊夢も妖怪になって、ゆかりんと一緒に冬眠すればいいと思うよ。
あるいは、紫はもう神社で寝なさい。
ただでさえもふもふ天国が羨ましいのに。
この霊夢はもう紫と同棲するといいよマジで。
妖幼女お願いします。
次回作も期待してますね。
でれいむマックスハートと愛されゆかりんのタグがそのまんま過ぎて作者様GJとしか
言えないw
シリーズの終わったのは寂しいけどとても楽しめたよ!
で、藍と小さい紫様の心温まるお話とか、ドSな幽香お姉ちゃんと紫ちゃんの心温まる(笑)
お話は期待していいんですね?
スピンオフも書いてくれるって信じてるとも!!!
いちごこわい・・・・・・・
ゆかれいむに恥じないすばらしい作品です!GJ 次回作期待してます~。
命蓮寺だった者はスキマの中へと飲み込まれ 物は
あれ?糖尿病になってる・・・?
さすがの仕事と言わざるを得ない!
シリーズ2周目希望!
最後まで読ませていただきましたが、どうにも腑に落ちないというか不快感があったので此の点数。
霊夢の冬場の不機嫌さは天災レベルと、これまでの作品に明示されているのは存じて居りますが、それにしてもしっくりこない。
余りに各方面への被害が大きすぎて、私は笑って居られなかった。
ハッキリ言ってドン引きです。
レミリアの羽が折られて未だ完治せず包帯が巻かれているくらいなら笑えるけど、紅魔館をはじめ各勢力の根城までもがことごとくボロボロにされている様は痛々しく、コメディに相応しくない。
特に別作品で守護者としての美鈴を強調して書かれている貴方がこの様な描かれ方をなさると痛々しさ倍増。
此の作品を読む限り、霊夢が誰かに封印や監禁をされても、紫でさえ文句は言いそうにない。
それだけの悪事を霊夢がした様に、私は思えた。
その様な幻想郷全体にとって害悪となった者がまるで無罪放免な様子では、どうにも収まりが悪いと私は思いました。
お前の性格が悪いからそう思うんだろ…、と言われればそれまでですが……。
二次のゆうかりんやフランでさえやらないような理不尽な暴れっぷりですね
正気を失っていたとか言う訳でもなく、しかも散々物や人は傷つけて自分は綺麗な神社で反省もせずふて寝
挙げ句私に怪我させたら紫が怒る発言
どんだけDQNスイーツに描けば気が済むのかと
筆者様はひよっとして霊夢がお嫌いなのかと邪推してしまいました
ひょっとして霊夢アンチなんじゃないかと思いました