Coolier - 新生・東方創想話

ゆかれいちゅっちゅっ【冬】

2011/03/03 14:42:47
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 冷たい北風が頬を撫ぜていく。
 その度に、憂鬱で仕方なくなる。

「……冬、か」

 神社の石畳を掃く手を止めて、霊夢は遠くを見る。博麗神社から見渡す幻想郷はひっそりと静まり返っているように見えた。
 どっかの氷妖精は「もう直ぐレティに会えるよ大ちゃん! わぁーいわぁーい」と、冷気を盛大に発して大喜びし、その傍らで大妖精が苦笑していても。
 どっかの秋の神達が「秋が終わっちゃったよぉ。お姉ちゃぁん……秋がぁ……」「また来年も秋は来るから。ほら、そんなに泣かないの」と鬱全開だったとしても。
 河童が「冬の川に入るのは勇気がいるよね~」とかと遊びに来た厄神に話していても。
 どっかの門番とメイドは冬も関係無しに、初夏寄りの常春な空気とハートをばら撒いていても。その上司である吸血鬼も魔女とイチャつこうとして、でも抜群の安定感でカリスマブレイクされていたとしても。
 どっかの魔法使いが、人形遣いであるクーデレと見せかけたただの天然ボケ魔法使いに、今日も孤軍奮闘しているとしても。
 どっかの天狗が良いネタを探して、幻想郷中のあっちこっちを飛び回って「霊夢さん、今日はご機嫌いか」「ウザいから帰れ」「ちょっ、開幕夢想封印とかあべしっ!!」とかなんとかやっていたとしても。
 寺の尼僧が苦行と称して皆が止めるのも聞かずにわざわざ滝に打たれていたとしても。
 竹林の診療所がインフルエンザ患者でパンク寸前で、薬師兼ヤブ医者がてんてこ舞いになっていたとしても。
 地底の妖怪たちが冬の祭りの準備をしていたりしても。
 そうやって、幻想郷はいつも通り賑やかでうるさい筈なのに。
 なのに、幻想郷自体はひっそりと静まり返っているように、博麗の巫女には見えた。

 北風がまた頬をなぜる。
 霊夢の黒い髪を揺らす。

「……何よ。あんた、さびしいの?」

 誰にともなく、幻想郷に問い掛ける。
 答えなんて返っては来ない。
 ただ、冷たい風が吹くだけだった。

「……寒い」

 秋が終わった。
 寒い寒い冬が、やってきた。
















ういんたーしーそると味















「もぉ~、こう寒いと神奈子様が炬燵から出てきて下さらなくて」

 幻想郷の近況の事で、先程無かった守矢家のことを早苗さんが教えてくれる。
 早苗さんは溜息をつかんばかりの顔をしていたが、恋する乙女の眼差しが「そんな神奈子様も可愛らしいんですが」とかと語っていた。

「わざわざ惚気る為に家に来たのか、っつーの!」
「みぎゃっ!?」

 そんな早苗さんに炸裂する安心と信頼の夢想封印。
 霊夢は、無意識なのか意図的なのかは分からないが、とりあえず惚気ているという事実には変わらない早苗を、寒風吹き荒ぶ曇り空へとぶっ飛ばした。
 苦痛の呻きが混じった悲鳴を上げながら、空高く舞う早苗。自分の力で飛んでいるのではなく、ぶっ飛ばされて虚空を舞っている風祝。
 早苗さんは「やっぱり冬の霊夢さんはおっかない」と心底身に染みているのに、どうして毎年こんなことしてるのかな~。とか、昨日は魔理沙さんが派手にぶっ飛ばされたから、順番的には私なんですよねぇ。明日は咲夜さんか……大丈夫かな。あの人、恋愛とかに対しては物凄い不器用だし、うっかり惚気てぶっ飛ばされないかなぁ。あー絶対にうっかり惚気ちゃうって。一日の三分の二くらいを門番さんと一緒にいるんだもんなぁ……などと他人の心配をしながら、まるでスローモーションのようにゆっくりと迫って来る、固くて冷たい石畳を見詰めた。
 絶対に痛い。痛くない方がおかしい。そうは分かっていても受け身を取る余裕なんてない。他人の心配をする余裕はあるのに、はたさて何故だろうか。
 早苗は石畳との物理的な意味で衝撃的な出逢いをする事になるであろう近い未来に備えて、覚悟だけはしておいた。
 怪我をしたらしたで、それを口実に「神奈子様とイチャイチャ出来るからノープロブレム☆」と、そうポジティブシンキングして、にやにやしないように気を付けながらぐっと目を瞑った。
 数瞬の後に訪れるであろう激しい衝撃は、しかし数秒待っても来ず、早苗は不審に思って目を開いた。
 目の前に広がったのは冬の寒そうな曇り空。なのは当然だが、違ったのは、そこに上品なフリルがついた日傘が加えられている事で。

「お怪我はありませんか?」

 咄嗟に声を発する事が出来ず、自分の今の状態をろくに確認する事も出来ず、ただ動揺することしか出来ない。
 だって、今目の前にあるのが、顔を覗き込んで来ているのが、透き通っているのに深過ぎて底の見えない、そんな不明瞭だが美しい紫紺色の双眸だったからだ。

「ゆ、ゆか、ゆかりさっ!」

 慌てふためいて手足をジタバタさせる早苗に、紫は「おっとっとっ」と両腕を動かしてバランスを保とうとした。
 そこで早苗は漸く現状を理解する。この妖怪がその両腕で己を抱き止めてくれたんだと。

(ま、まずくないですか!? それって非常にまずくないですか!?)

 霊夢にもう一度ぶっ飛ばされる。いや、ぶっ飛ばされるだけじゃ済まない。きっと世界の果てまでぶっ飛ばされる勢いで、ブッ飛ばされる。手加減されても多分地球半周くらいはブッ飛ばされられてしまう。
 早苗は恐る恐る霊夢がいるであろう方向を見た。鬼の形相の巫女様がそこに立っているかと思いきや、

「ゆか、り……?」

 そうではなく、霊夢は突然現れた妖怪を見詰めて呆けていた。ぶっちゃけ早苗さんなど居なかったという事にされていて、霊夢の瞳にはその妖怪しか映っていなかった。
 早苗はこのチャンスを逃せば命が無いと、急いで紫の腕から降りた。勿論「大丈夫です。助けて下さってありがとうございました。私はもう帰りますので、後は二人でゆっくりしっぽりして下さい」と言うのも忘れない。
 色々と突っ込まれる前に、早苗が脱兎の如く逃げて行く。
 それから数秒後。霊夢が漸く動いた。
 ゆっくり近付いて行って、妖怪の前に立つ。

「……もう、眠ったんじゃないの?」

 静かに問う。

 だってもう冬だから。
 冬は紫が眠る期間だから。
 紫には会えない季節の筈だから。


「初雪までは、起きていようと思って」


 紫の手が伸ばしてくる。
 北風に冷やされた霊夢の手をそっと握った。

「ゆ、き……」

 紫の手を握り返して、空を見上げた。
 曇り空が幻想郷を覆っていた。幻想郷の初雪は結構早く降る。あの雲が、いつ雪雲に変わるかも分からない。
 けれど。

「それまで……ここにいんの?」

 少しだけ無理をして、もう数日起きているという妖怪に、また問う。
 握り返した手を、少しだけ自分の方へと引っ張った。

「貴女が良ければね」
「……バカ」

 断る筈がないでしょ。

 霊夢は嬉しさを隠せずに、笑った。


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