* * * * *
「今日は寒いわね」
二人で炬燵に入って丸くなる。
丸くなるといっても、別に二人揃って丸まっているわけじゃなく、霊夢は紫に背を預けて、紫はそんな霊夢の背中を支えて、霊夢のお腹のところで手を組んでいるという体勢だったけれど。
「……そうね」
霊夢は紫の言葉に半ば生返事を返していた。
外は寒くても、家の中は石油ストーブで温められていて、炬燵も温かくて、紫の体温も心地良くて、ぬくぬくしていたから。
ストーブの上に置いた薬缶からシュンシュンと蒸気が上がって、適度な湿気を部屋の中へと吐き出している。
その音を聞きながら、霊夢は「ぬくい」と呟いていた。
「なんか……」
「うん?」
「……ううん」
なんとなく口を噤んで、首を横に振った。
炬燵の上に置かれたみかんの山に手を伸ばす。一つ手にとって皮を剥く。白い筋取りは面倒なので大雑把にこなしていると、そのみかんをひょいっと紫に取られてしまった。
「ん?」
僅かに振り返って紫を見上げる。紫は「取ってあげる」と微笑んで指先を動かした。すらりとした細い指は実に器用に動いて、みかんの筋を取っていく。つるんっというか、ぷるんというか。筋が全て取り去られたみかんは、より一層美味しそうに見えた。
紫はそれを一房取って、霊夢の口へと運ぶ。
「あーん」
「んぁ」
パクリと食んで、奥歯で噛み締める。
冬のみかんは蜜たっぷりに丁度良く熟れていた。秋の食べた時よりもずっとずっと甘い。つぶつぶとした瑞々しい果肉が口の中で弾けて、一つ一つから甘さが広がって行く。
「んまい」
このみかんは紫が何処かの店から買ってくれた物(しかも箱で)だから、まぁ、美味くて当然なんだろうけれど。
紫がもう一個口許に運んでくる。同じようにぱくっと食んだ。
「そういや、なんで今年は起きてる事にしたのよ?」
霊夢は与えられるがままにみかんをもふもふと頬張りながら尋ねる。
いつもならとっくに眠ってしまっている時期だ。今更な気がしなくても無い質問だが、今疑問に思ったのでしょうがない。
「だって、去年みたいな事があったら大変でしょう?」
そうすると、思い出しているのか楽しげな響きを持った声音で返答する紫。
霊夢は逆に、去年の事を思い出してちょっと苦笑してしまった。
去年は、どっかの白黒な魔法使いがプレゼントだのなんだのと言って、幻想郷に異変もどきを起こしたのだ。
それで案の定冬眠中のスキマ妖怪を起こす事に成功し、その妖怪をリボンで簡易簀巻き状態にしてここに落っことしてきて。嬉しかったけれどちょっとやり過ぎだったので、その後ハーフフルボッコにして置いたというのは内緒だ。
「綺麗だったわね」
災難に見舞われた筈の紫が嬉しそうに笑う。
霊夢も「うん」と素直に頷いた。
「だから、というわけでもないけれど……今年もね、霊夢と一緒に雪が見たいと思ったから」
「……そう」
そんな調子の良い事言ってると、これから毎年一緒に見なくちゃいけなくなるわよ。
と、照れ隠しする前にまたみかんが口許に運ばれる。反射的にぱくっと銜えてしまい、言い損ねた軽口がみかんと一緒に口の中で転がった。
食べ終わると、また一個。そしてまた一個と、みかん自動食べさせ機になった紫の手が口にみかんを放り入れてくる。
美味しいからいいけれど、これじゃあ、
「雛鳥みたいねぇ~」
思った事を先に言われてしまった。しかもなんだか楽しそうだ。
「じゃああんたは餌を運んでくる親鳥なわけ?」
そんな紫に悪態を吐くが、紫は「そうなるわね」とのんびり頷くだけだった。
「あのねぇ……」
ちょっと否定して欲しかったのに。
霊夢は溜息を小さく吐く。
紫と一緒にいると、親子っぽいと言われることは結構ある。紫はその度に嬉しそうに笑っているが、こっちとしては納得がいかないというか、悔しいというか。そんな気持ちにいつもなったりする。嬉しくないわけじゃないけれど、嬉しいよりもそういう気持ちの方が強く心を占める。
(だって……)
霊夢はまた運ばれてきたみかんを銜える。でも今度はそのまま口に入れてしまわずに、ぐっと首を後ろに倒した。後頭部が紫の胸に埋まるけれど、柔らかくて気持ちいので、じゃなくて、とりあえずそこは気にしないという事にして、紫を見上げる。
逆さになった視界の中で、紫がきょとんとしているのが見えた。
「ん」
銜えたみかんをそのまま差し出す。紫は「やると思った」と苦笑を漏らした。
笑ってないで早く来いと、紫の頬を両手で包んで引き寄せる。唇で、みかんを上手に半分こにした。
「親子でこんなことしないでしょ」
「そう? 餌を半分こくらいはするんじゃない?」
「むっ。そーじゃなくて」
「はいはい」
紫はそう返事をしながら、ちゅっとした。
言葉を中途半端に封じられて、もがっという不思議な音が漏れる。
「唇へのキスは……それなりに特殊な親子じゃ無ければしないわね?」
至近距離で、紫がくすくすと笑う。
「んな普通じゃない親子になった覚えはないっつーの」
なんでそんな遠回しな言い方しかしないかな、たく。
そう思うけれど、自分もストレートには言わないから、お相子ってことにしておいた。
もう一回紫の頭を引き寄せる。みかん果汁百パーセント味の唇に吸い付く。
秋に食べたみかんは酸っぱくてちょっと苦かったけれど、今はとても甘かった。
そのまま紫の頭をぎゅっと抱いて、みかんの味なんてしなくなるまで続けて、紫の味しかしなくなっても続けた。
(おかしいな……)
秋にあんなに食い溜めておいたのに。
「は、ぁ……」
溜息を零して、唇を離す。
今の体勢が辛くなって、もぞもぞと動いて紫の膝に頭を置いた。
「……あつい」
でも、炬燵にすっぽりと収まるには体が熱くなっていて、またもぞもぞ動く。
炬燵からは出て、結局、紫の膝の上に座る形で落ち着いた。
「寒くないの?」
紫は霊夢の腰の後ろで手を組む。霊夢は、紫の首に腕を絡めて、手を組んだ。
「……ん」
短く頷きながら、コツリと額と合わせる。
ぐりぐりと軽く擦り合わせると、紫は笑いながら軽く痛がった。
「なんかさ……」
額を合わせたまま、目を閉じる。紫が「ん?」と穏やかに聞き返して来る。
さっきなんとなく噤んだ言葉が、自然と口から出て行った。
「なんか、冬って感じしない……」
「……そう?」
「だって、あんたがいるし……」
寒くないんだもん。
あったかいんだもん。
……嬉しいんだもん。
「……冬飛び越えて、春が来ちゃったんじゃないかって……勘違いしそう……」
目を開けると、紫が困った顔をしていた。
そんな顔をして欲しかったわけじゃないけれど、大丈夫だと笑える勇気が無くて困った。
紫の手の平が、優しく霊夢の頬を撫でる。
霊夢はその優しい感触に、また目を閉じた。
寒くないように。泣かないように。
その為に、秋にあんなにたくさん紫に甘えておいたのに。
こんな風にあったかいと、より一層寒さを感じそうで怖かった。
「冬が逃れられないように……春もまた逃れられないわ……」
困った顔のまま、紫が微笑む。
まだ見ぬ春の色が、その瞳に映っている気がした。
「……うん」
霊夢は微かに口角を上げて頷く。
日が沈んで夜が訪れるように、日がまた上って朝が来るように。
一緒に居る時間が過ぎてしまうように、居ない時間も確実に過ぎていく。
外をチラッと見ると、空が重たそうな顔をしていた。