長身の鬼である星熊勇儀は居酒屋の戸を開ける。いつものように肉と酒の混ざった臭いが室内中に漂い、最早常連である自分を見ても他の常連客の妖怪達は会話を止めることもない。前とは逆だな、と思いながら勇儀は一人の妖怪だけが座っている座敷に腰を下ろした。
「よぉ勇儀。いいなぁここ。料理も美味い、酒も美味い」
「気に入ってくれて何よりだ。しっかし、私が来るのを待ってたにしては、少し呑みすぎじゃないかい?」
もう一人の鬼である伊吹萃香と勇儀が挟んでいる机には様々な酒瓶や徳利が置かれている。角の席だけあって、充満した酒の臭いもより鼻に衝く。
「遅いお前が悪いんだよ。私は仕事で忙しいんだ」
そうかい、と勇儀は言って、店員に酒を注文する。
「あんた、ここ数日いなかったけど何処行ってたんだい。地上に戻ってたのか?」
「だから仕事って言ってるだろ? 紫の大会の会場造りを手伝ってるのさ」
「なんだい。『あれ』、あんたもそこにいたのか」
勇儀が八雲藍から大会について聞かされてから数日、地底の外れに怪しげな建造物が造られていると噂された。彼女が行ってみるとそこには八雲藍がいて、大会の会場を造っていると教えられた。
「紫に言われて仕方なく、ね。まぁ、いい運動にはなるよ」
勇儀の元に酒が置かれ、共に置かれた洋盃には注がず、直接口に流し込む。
「やっぱ甘いなこれ……まぁいいか。ところで萃香、あんた、大会について式神から何か聞いてないかい?」
何処までなら教えていいのかと腕組みしつつ、萃香は口を開く。
「まぁ、参加人数くらいならいいか。トーナメントっていうのは式神から聞かされただろ。で、その人数は三十を超えたらしい」
「三十か……!」
三十二人入れば、トーナメント方式では必ず最大五回戦うことができる。
「五回しか戦えないのはちと微妙だが、ま、対戦相手でどうにかなるか」
摘み物として出てきた胡瓜の漬物を齧りながら、勇儀は話し続ける。
「で、目ぼしい奴の名前でも聞いたかい」
「そうだねぇ。霊夢も紫も参加しないから私達の一方的な戦いになるかと思ったけど、そうでもないな」
空き瓶の中で僅かに残っていた酒を飲みながら、萃香は楽しそうに笑う。
「まずは八雲藍。これはあんたも知ってるから飛ばすとして。亡霊――西行寺幽々子。冥界屋敷の主人をしている亡霊だよ。今回は弾幕以外なんでもありだから、こいつの一撃必殺は厄介かもね」
「一撃必殺?」
「こいつは死を操るんだ。詳しい事は分からないけど、こいつの手に触れた瞬間御陀仏、って可能性がなくもない。私達のように丈夫さに自信がある奴ほど、ぽっくりやられちまうかもね」
口が寂しくなったのか、萃香は枝豆を二人前注文した後に話を再開する。
「次は永遠亭の姫――蓬莱山輝夜。こいつは強いか弱いか分からない」
「なんだそりゃ」
「私の能力で覗こうと思ったけど妙な術が掛かっててね。実力は霊夢と紫越しにしか聞いてないんだ。弾幕勝負の時は、自分は動こうとせずひたすら相手を弱らせていくって聞かされた。しかしあの霊夢と紫のコンビを苦しめた奴だ。相当の実力者かもしれないぞ。で、次はそのお姫様の喧嘩相手である人間――藤原妹紅」
「あれ、確か人間は参加できないんだろ?」
「そう、こいつは元人間だ。何て言えばいいのかね。まぁ……不老不死ってやつさ。スペルカードルールじゃないから、きっと勝敗の方法は相手を倒すか降参させるか。死ぬ事がない――殺される恐怖がないから、まずは倒す方法から考えないといけないかもしれないな」
「殺さずに倒す、か。面倒くさいかもな」
「他は……天狗だな、射命丸文」
「あの野郎か」
「あぁ。前に私達の写真を散々とって見事逃げおおした天狗だ。こいつはとにかく速さが売りだ。まぁ、一度捕まえたら後は地に降ろすだけだけどね」
「是非とも当たりたいな」
「天狗で思い出した。山の神二人――八坂神奈子に洩矢諏訪子」
「あぁ、片っぽ聞いた事があるね。たしか、地上と此処を繋げた奴なんだろう?」
「そうだね、大体あってるよ。で、こいつらは曲がりなりにも神だ。八坂神奈子の力と洩矢諏訪子の呪術。もしかしたら、あんたと私のそれに匹敵するかもね」
「はっ、私と互角の力か、そりゃあ面白いや!」
話しの途中で枝豆が運ばれ、萃香はそれを一つ掴み、頬張る。
「あんたに匹敵するといえばあれさ。地霊殿の地獄鴉、出て来るぞ」
「それは私も聞いたよ。しかしあれはどちらかというと、ただの馬鹿力だからなぁ」
「そうは言うけど、私達とほぼ互角の力ってだけで大したもんじゃないか。機会があって戦った事はあるけど、センスは中々だったね。さて他は……。あれだね。寺の住職――聖白蓮と、そいつとよくつるんでいる妖怪狸――二ッ岩マミゾウ」
「あいつもいたじゃないか。聖なんとかって奴と戦ってた、髪が逆立ってる――」
「豊聡耳神子。そいつと聖白蓮は最近復活した奴らで、二ッ岩は外の世界から来たらしい。前の二人は人里で見た通りだ。身体能力を爆発的に高める能力と、自分への声援を糧に力を上げる能力。特に豊聡耳は、妖怪ばかりが集まるとはいえ、こいつにばかり声援を向けさせられたらまずいかもね」
「……そのくらいかい?」
「そうだね。あと一人誰か上げるとしたら……あいつだ、天邪鬼」
「ああ。最近騒ぎになってたらしいな」
「こいつはまぁ、私達の実力なら指一本で倒せるんだけど……。最も怖いのはこいつの能力だ」
「天邪鬼……だいたい予想はつくね」
「こいつがどれほど能力を操れるのかは分からないけど。私達とそいつの戦力差をひっくり返されない方法を何か考えておかないとね」
まぁ、こんなところだな、と言って萃香は酒を口に付けた。
「なるほど。まぁ、格闘大会って名前だけど、一つだけ使える武器ってのも、十人十色だ。私達鬼にとって致命傷となるような武器を使うこともできるのか」
「そういうこと。怖気づいたか」
萃香の言葉が堪えきれなく、酒を噴き出した勇儀は高笑いする。
「そいつらの内の五人勝てばいいんだろ? 負ける道理が見つからないよ!」
「だな!」
他の客がいることも構わず、二人は可笑しそうに大声で笑いあう。
「分かってるだろうね、勇儀」
「あん?」
「私と戦うまで、負けんじゃないよ」
「ぷっ! まだ言うかい。そっちこそ、決勝まで負けるんじゃないよ」
「そして、決勝まで行ったら」
萃香は右腕で握り拳を作り、勇儀の前に出す。
「久しぶりに戦おうじゃないかい」
勇儀も作った右手の拳を萃香のそれにぶつける。
「それはそうと……」
何かに気付いた勇儀は、一つの疑問を投げかける。
「私とあんたって、決勝でしか戦えないのかい?」
勇儀の問いに暫し呆けたような表情になる萃香は、一度しゃっくりをすると、途端に笑い出した。
「そーいやわっかんないや!」
「あっはっはっはっは! 何恰好つけてんだい。これで私達が一回戦とかになったら、後がつまらないじゃないかい!」
「本当だよ! あっはっはっはっは!」
既にお互い出来上がっているのか、萃香に至っては小柄な体でごろごろと畳を転がる。
「よーし景気付けだ、潰れるまで付き合ってもらうぞ」
勇儀は適当な洋盃に自分の酒を入れ、萃香に差し出す。
「おいおい、私達が潰れるまで飲もうと思ったら、大会終わってるぞ?」
「そりゃそーか。あっはっはっはっは!」
「はっはっはっはっ!」
けたたましく響く鬼の笑い声は丸一日続く。店の前を歩く他の地底妖怪達も、鬼の笑い声を聞くと四日後に訪れる格闘大会がどうなるのか期待に胸を膨らませずにはいられなかった。