●地底妖怪トーナメント
日の光も届かない地の深く。一人の人物はごつごつとした道なき道を楽しそうに歩いていた。不確かなものであり確信したわけでもないが、『それ』は確実に起きる。彼女は何となく予感していた。
暫く地底の道を歩いていくと、徐々に喧騒が聞こえてくる。そこに住む妖怪が築いた独自の集落である。日の光がなくても問題ないほどに、様々な妖怪が楽しそうに笑う。将棋を打つ者、女を買おうと意気込む者、酔っていざこざを起こそうとする者、しかしそれらは地底では茶飯事の事で、彼女も一切気にせず前を歩いていく。
彼女は小柄な体躯をしていた。一見すると少女、どころかそれを下回る程に幼い見た目をしている。しかしそんな彼女の歩く道をどんな妖怪も遮ることはしない。彼女の倍以上はある屈強な身体の妖怪すらも、目を合わせる事無く横にどいて道を譲っていた。
彼女は待ち合わせをしていた。親友と久しぶりに酒を交わしたく思い地底まで降りてきたのだ。特に場所は決めていなかったが、道を通っている最中で最も酒の臭いが鼻に突いた店の前で彼女は足を止める。
「ここだろうな」
一切の躊躇なく彼女は店の引き戸を開ける。肉の煙と酒の臭いが室内中に充満した中、彼女の求める者は座敷奥で胡坐をかきながら、一升瓶に入っている酒を勢いよく飲んでいる。溜息染みた苦笑いを漏らし、彼女は店の中を進んでいく。奥にいる妖怪も彼女に気付いた。
「よーう。遅いぞ萃香」
小柄な二本角の鬼である伊吹萃香は座敷席に座る。自分とその妖怪以外に座敷に腰を下ろしている者はいなかった。触らぬ神に祟りなしといわんばかりに皆そこに近付かない。もしその妖怪を怒らせればおそらく店ごと吹き飛ばされる程の一方的な喧嘩になり、そうでなくとも酒の飲みあいに付き合わされる。しかし、その者も鬼である。恐らく半永久的に付きあわされるだろう。
「よう勇儀、久しぶり」
一角の大柄な鬼である星熊勇儀と机を挟んで向かい合うように萃香は腰を下ろす。水を持ってきた店員にすぐ酒を注文した。
「わざわざ声を掛けてまで飲もうだなんて珍しいねぇ。天邪鬼でも捕まえる事ができたかい?」
「いや、その件はもういいさ。ま、たまにはいいだろ、こういうのも」
「とか言って。何か持ってきてるんだろう。今にも言いたくてたまらない、って顔してるよ」
萃香は「やっぱり?」と言いながら誤魔化すことなくはにかむ。
徳利に入った酒が運ばれ、萃香はそれを御猪口に注いでちびりと啜る。なるほど、勇儀が居るだけはある。そう納得する程度に店の酒は少し苦いが萃香の口に合った。
「八雲紫が何かを企んでるみたいだ」
「ふーん」
「それも、私達を巻き込もうとしている」
一升瓶を持つ勇儀の腕が止まる。
「どういうことだい?」
「さぁねぇ。幻想郷中を見てる時に聞いた事だから、はっきりとは分からなかったよ。いや、敢えてはっきりとは聞かなかった。面白そうな予感がしたからね」
伊吹萃香は身体を霧にして地上である幻想郷を見渡す事ができる。この世界では、強い力を持つ妖怪ならば誰でも何かしらの能力を有してるのである。
「そうかいそうかい」
嬉しそうに笑う勇儀は一升瓶の酒を飲み干しては畳に叩きつけ、店員に向かい新しい酒の名を叫んで注文する。
「それじゃあ私も、とっておきの話をしようかい」
「あん?」
指で自分の酒を寄越すよう示され、萃香は御猪口に注いで勇儀に渡す。飲んだ御猪口を机に叩きつけ、勇儀は言う。
「八雲紫が地霊殿に入って行ったのを見た奴がいる」
萃香は目を丸くし、徐々に口元が吊り上っていく。地上妖怪の頂点ともいえる八雲紫が、地底でも有名な妖怪のいる地霊殿へ行った。その未曽有の情報だけで、何かが起きるという事だけは確信に至ると理解できた。
「そりゃあ面白いや。きっと何か起きるだろうね」
「それより問題は博麗霊夢だ。八雲紫の事だ。霊夢が怒らない事をあいつがしないはずないからな」
「それは言えてるね。さてどうするつもりかねぇ。買収でもするか、それとも霊夢が見逃す様な事をするのか」
話を肴にしつつ酒を注ぐ萃香は肉の焼ける音を聞き、焼鳥を更に注文した。
日の光も届かない地の深く。一人の人物はごつごつとした道なき道を楽しそうに歩いていた。不確かなものであり確信したわけでもないが、『それ』は確実に起きる。彼女は何となく予感していた。
暫く地底の道を歩いていくと、徐々に喧騒が聞こえてくる。そこに住む妖怪が築いた独自の集落である。日の光がなくても問題ないほどに、様々な妖怪が楽しそうに笑う。将棋を打つ者、女を買おうと意気込む者、酔っていざこざを起こそうとする者、しかしそれらは地底では茶飯事の事で、彼女も一切気にせず前を歩いていく。
彼女は小柄な体躯をしていた。一見すると少女、どころかそれを下回る程に幼い見た目をしている。しかしそんな彼女の歩く道をどんな妖怪も遮ることはしない。彼女の倍以上はある屈強な身体の妖怪すらも、目を合わせる事無く横にどいて道を譲っていた。
彼女は待ち合わせをしていた。親友と久しぶりに酒を交わしたく思い地底まで降りてきたのだ。特に場所は決めていなかったが、道を通っている最中で最も酒の臭いが鼻に突いた店の前で彼女は足を止める。
「ここだろうな」
一切の躊躇なく彼女は店の引き戸を開ける。肉の煙と酒の臭いが室内中に充満した中、彼女の求める者は座敷奥で胡坐をかきながら、一升瓶に入っている酒を勢いよく飲んでいる。溜息染みた苦笑いを漏らし、彼女は店の中を進んでいく。奥にいる妖怪も彼女に気付いた。
「よーう。遅いぞ萃香」
小柄な二本角の鬼である伊吹萃香は座敷席に座る。自分とその妖怪以外に座敷に腰を下ろしている者はいなかった。触らぬ神に祟りなしといわんばかりに皆そこに近付かない。もしその妖怪を怒らせればおそらく店ごと吹き飛ばされる程の一方的な喧嘩になり、そうでなくとも酒の飲みあいに付き合わされる。しかし、その者も鬼である。恐らく半永久的に付きあわされるだろう。
「よう勇儀、久しぶり」
一角の大柄な鬼である星熊勇儀と机を挟んで向かい合うように萃香は腰を下ろす。水を持ってきた店員にすぐ酒を注文した。
「わざわざ声を掛けてまで飲もうだなんて珍しいねぇ。天邪鬼でも捕まえる事ができたかい?」
「いや、その件はもういいさ。ま、たまにはいいだろ、こういうのも」
「とか言って。何か持ってきてるんだろう。今にも言いたくてたまらない、って顔してるよ」
萃香は「やっぱり?」と言いながら誤魔化すことなくはにかむ。
徳利に入った酒が運ばれ、萃香はそれを御猪口に注いでちびりと啜る。なるほど、勇儀が居るだけはある。そう納得する程度に店の酒は少し苦いが萃香の口に合った。
「八雲紫が何かを企んでるみたいだ」
「ふーん」
「それも、私達を巻き込もうとしている」
一升瓶を持つ勇儀の腕が止まる。
「どういうことだい?」
「さぁねぇ。幻想郷中を見てる時に聞いた事だから、はっきりとは分からなかったよ。いや、敢えてはっきりとは聞かなかった。面白そうな予感がしたからね」
伊吹萃香は身体を霧にして地上である幻想郷を見渡す事ができる。この世界では、強い力を持つ妖怪ならば誰でも何かしらの能力を有してるのである。
「そうかいそうかい」
嬉しそうに笑う勇儀は一升瓶の酒を飲み干しては畳に叩きつけ、店員に向かい新しい酒の名を叫んで注文する。
「それじゃあ私も、とっておきの話をしようかい」
「あん?」
指で自分の酒を寄越すよう示され、萃香は御猪口に注いで勇儀に渡す。飲んだ御猪口を机に叩きつけ、勇儀は言う。
「八雲紫が地霊殿に入って行ったのを見た奴がいる」
萃香は目を丸くし、徐々に口元が吊り上っていく。地上妖怪の頂点ともいえる八雲紫が、地底でも有名な妖怪のいる地霊殿へ行った。その未曽有の情報だけで、何かが起きるという事だけは確信に至ると理解できた。
「そりゃあ面白いや。きっと何か起きるだろうね」
「それより問題は博麗霊夢だ。八雲紫の事だ。霊夢が怒らない事をあいつがしないはずないからな」
「それは言えてるね。さてどうするつもりかねぇ。買収でもするか、それとも霊夢が見逃す様な事をするのか」
話を肴にしつつ酒を注ぐ萃香は肉の焼ける音を聞き、焼鳥を更に注文した。