Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

地底妖怪トーナメント・1:『1回戦1・洩矢諏訪子VS雲居一輪』

2014/09/05 16:34:42
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 そして、八雲藍は大会の参加者を集めるために各地を飛び回って行く。

 霧の湖。
「色んな最強の奴らが集まるの!?」
 最強を自負する氷の妖精であるチルノは目を輝かせて藍を見る。
「ああ。妖怪や幼獣、神なども集めて、誰が一番強いか競い合う。楽しそうだろう」
 藍の言葉にチルノは全力で首を縦に振る。
「勿論妖精だって参加できる。お前はどうする――」
「参加する!」
 元気いっぱいに答えるチルノを見て、思わず藍にも笑みが零れた。
「そうかそうか。では一週間後、この辺りにいてくれ」
「? ここで戦うの?」
「いやいや。一週間後に地底へ行くためのスキマが開く」
 スキマとは八雲紫の能力であり、それを使って好きなものを好きな場所に移動することができる。しかしそれさえも、八雲紫にとっては一つの能力でしかない。
「お前も参加するのか?」
「ああ。私も最強の式神だからな。では、一週間後の朝にこの場所にいてくれ」
「ねぇ」
 飛び立とうとする藍を止める様に、チルノは一つ問いかける。
「いっしゅうかんごって、いつ?」
「…………」
 その日を楽しく生きる妖精にとっては、細かい時間の概念などあってないに等しいものなのだった。



 悪魔の住む館――紅魔館。
 八雲藍は主の間にて、館の主と相対していた。彼女は藍から大会の旨を伝えられ、言葉を暫し考えた後に口を開く。
「私は出ないわ。わざわざ地底に行くなんて」
 館の主である幼き吸血鬼――レミリア・スカーレットはそう言い放つ。横に立つメイド長の人間である十六夜咲夜は表情を崩さずただ藍を見据え続けている。
「いや、だから移動は紫様のスキマで――」
「そういう事を言ってるわけではないの。吸血鬼であるこの私を黴臭い地底で有象無象と戦わせるとは。なんて失礼な狐なのかしら」
「……そうか。邪魔したな。失礼する」
 藍は吸血鬼から背を向けて部屋を立ち去ろうとする。
「とはいえ……」
 吸血鬼の言葉は去り行こうとする藍を静止させる。
「地の底とはいえ、強い者を決める戦いがあり、その一人として選ばれた私を招待するために来たあなたの立場も慮らないと無礼だわ」
 振り返った藍は黙って、何かを思いついたように笑みを零すレミリアの言葉を聞き続ける。
「この館から代表を一人出しましょう。私ではないからといって大会に参加できない決まりもないんでしょう」
「ああ。しかし……」
 藍は咲夜と目が合う。しかし、吸血鬼の館でメイド長を務めているとはいえ、彼女は歴とした人間である。
「十六夜咲夜は、悪いが参加できない。この大会は、人間は――」
「聞いてたわよ。それに咲夜を参加させるわけではないわ」
「? では、誰を……?」
「なに、『格闘大会』と聞いて、ちょうど打って付けの者が一人当て嵌まっただけよ」
 レミリアは昼時にも関わらず締め切っていたカーテンの隙間から館の門を見る。話が聞こえていたのかそこにいる一人の門番が目を光らせて、遠く離れているレミリアの部屋を見ていた。
「お嬢様、まさか美鈴を――」
「ええ。最近、あいつの居眠りが目立ってきたからね。雇用継続の試験、とでも言えばいいのかしら。何にせよ私はあいつも紅魔館の一員であると思っている。もし醜態を見せるような事があれば、あいつにはここを立ち去ってもらおう」
 格闘大会に出たい。門番である紅美鈴の思いは叶うことになるのだが、場合によっては門番を解雇される話を聞かされることは一切なかった。



 竹林。
 そこから離れた場所にある永遠亭に住む姫君――蓬莱山輝夜は退屈そうに竹林を歩き回っていた。事実、彼女は退屈であり、前に人里で行われた弾幕合戦が良い気晴らしになっただけで、あとは知人との殺し合いでしか彼女の退屈は解消されない。しかしこうして歩き続けても、見えるのは高く伸びた竹ばかりである。虫の鳴く声がまばらに聞こえるだけで、彼女の退屈は積み重なっていくばかりである。
 しかし、しばらく歩いたある時、彼女はようやく捜していたものを見つける。彼女の【親愛なる】喧嘩相手だ。
「あら」
 ところが、その喧嘩相手は誰かと話しているようだった。輝夜は適当な竹を掴んでしゃがみ、静かに会話を聞き始める。
「慧音は参加しないのか?」
 竹に背を預けて地べたに座る、輝夜の喧嘩相手である人の形をした者――藤原妹紅は向かいの人間に問いかけていた。
「地底の妖怪が出るのでは、私には少々荷が重いな。それに、私はあの妖怪の事を信用できない。参加する義理もないさ」
「ま、そっか」
 仕方がないといった様子で妹紅は頭を掻く。
「妹紅は参加するのか?」
 妹紅の友人である人里の教師――上白沢慧音は尋ねる。
「どーしようかねぇ。決められないから、あの使い魔が三日後にまた来るらしい。けど、慧音が出ないなら、まぁ、私もいいか」
「長く生きてきたお前にしては、判断を人に委ねるんだな」
「最近暇なんだが、そういうのはちょっとなぁ。妖怪にまじって戦うなんて、柄じゃないよ」
 小さく笑って言った言葉を返すように、「そうかしら、化物のあなたには打って付けではなくて?」という言葉が彼女達の耳に届く。振り向いた先には、蓬莱山輝夜がいた。
「なんだ輝夜。お前から竹林に来るのは珍しいな」
「あなた達が気になる話をしていたからね。というより私の所のウドンゲも、参加者として招待されたわ。……あなた達は参加しなくて?」
「ああ。わざわざ、戦うって決めて戦うなんて面倒だ。待ってる内に飽きちまう。戦うなら――」
 妹紅は立ち上がり、炎の力を灯した人差し指を輝夜に向ける。
「戦うと決めたその瞬間だ。そうだろう?」
 妹紅。と、慧音は友人を制しようとする。一方の輝夜は口元を袖で隠し笑っていた。
「たしかにあなたの考えにも一理あるわ。でも、戦いを待つのも楽しいものよ」
「あん?」
「知恵を絞り戦力をかき集める。そうした輩をただ大きな力だけで捻りつぶすその快感。病み付きになるわ」
 どこか分からない方向を向きながらにやける輝夜に気持ち悪さを覚える妹紅だったが、彼女にとってはいつものことである。
「私はお前と違って悪趣味じゃないよ。お前じゃあるまいし、無暗に喧嘩を売ったりもしない」
「じゃあ、私が売ってあげましょうか」
 輝夜は鼻先同士がくっつく距離まで顔を妹紅に近付け、怪しげな笑みで言い放つ。
「私も参加するわ、それ」
「……なんだと?」
「だからあなたも参加しなさい。数が合うように、そこの半獣も一緒にね」
 間合いを戻された妹紅の目は未だ丸くなったままだった。
「本気か、それ?」
「最近、あなたが来ないから暇だったのよ。だから久しぶりに私から宣戦布告してあげる。それとも、色んな妖怪が集まるから怖気づいたのかしら?」
「妹紅……!」
 咄嗟に慧音は妹紅を制しようとする。しかし彼女は既に輝夜の挑発に乗ったのか、怒りの混ざった笑みを浮かべていた。
「面白れぇ。私も退屈してたんだ。確かに最近、お前と戦ってなかったな」
「決まりのようね。で、あなたはどうするの」
 妹紅を見る時とは違い、ついでといった感覚で輝夜は慧音に問いかける。妹紅も何か期待してるような表情で慧音を見る。そんな二人に根負けしたのか、慧音は溜息を吐くしかなかった。
「しょうがない、私も出るよ。兎の相手くらいにはなるだろう。いや、妹紅――」
 慧音は輝夜を見据えたまま妹紅に問いかける。
「私が輝夜を倒してしまっても、文句はないのだろう?」
 その言葉は予想だにしなかったもので、輝夜は目を丸くし、妹紅も開いた口が塞がらなかった。慧音は至極大真面目であり、それが一層、輝夜には耐えきれなかった。
「あ……あははははははっ! はったりもここまで大きいと滑稽ね……」
 言いながら輝夜は空を見上げ、気付いたように言う。
「なるほど。一週間後は確か……。でも、それで私に通用すると思って?」
「さぁな。だが、最近お前達の喧嘩は目に余るものがあるのでな。一教師として説教をしたいと思ってたんだ」
 あくまでも強気な慧音に、思わず妹紅が焦ってしまう。
「お、おいおい――」
「面白いわ。その言葉、覚えておくわよ」
 輝夜は、長居は無用と言わんばかりに背を向ける。
「輝夜……」
「ウドンゲにも本気を出すよう言っておくわ。せいぜい力を蓄えておきなさい」
 捨て台詞を言い、立ち去って行く輝夜は視界から消え、妹紅は慧音に視線を移した。
「どうしたんだよ慧音。お前があいつの挑発に乗るなんて、らしくないぞ」
「なに、説教をしたいと思っていたのは本当さ。それに、やはりあの日が近いせいか、血が騒いでしまうんだ」
 慧音は人間である自分の手を見据え、拳を握りしめる。
「ま、お前が輝夜に勝てばそれまでだ。信用してるぞ」
「……敵わないな」
 言いあう二人は同時に、思わず笑ってしまった。



 死霊の道――彼岸。
 赤色の髪をした死神である小野塚小町は自分の舟に寝転がりながら、数時間前に八雲藍から伝えられた話を思い出していた。
「いいねぇ、格闘大会かい。いい暇つぶしにはなりそうだよ」
 起き上がり、自分が武器として使おうとしている大釜を持ち、煌く刃に映る自分を眺める。
「優勝したら何がもらえるんだろうねぇ。あの八雲紫が主催者なんだ、何でも貰えそうだ」
 小町は自分の欲しい物を想像する。新しい舟、酒。それとも、昼寝の時間。彼女にとっては、どれも満足に足るものだ。
「ま、問題は強い奴をどうやって倒すかだな。弾幕は使えないわけで、その中で強そうな奴……鬼に、あの式神。天狗と……寺の僧侶もこういうのは強そうだな。あとは風見幽香と……四季様……なんてね、あの人が出るわけないか」
「私がどうかしたのですか?」
「いやいや、四季様が格闘大会に出るわけないって話さ。そもそもあの人が出たら、それこそ勝負が成り立た……」
 途端、小野塚小町は一切の動きが止まる。冷や汗もどっと流れた。
 ――今、あたいは誰に返事をした?
 速くなる息遣いと反比例するような遅さでゆっくりと振り向くと、彼女が想定していた通り、三途の河に足を浮かせている上司の姿がそこにあった。
「どうしました小町? 私は質問をしているのですよ。私が地底の大会に出るかどうかという事を仕事もせず考えていたのでしょう?」
「あ、あはは……」
「それに私の許可も取らずに、一週間後に地底へ行こうとしている。いい御身分ですね」
「いやぁ、そこで私が優勝すれば、四季様の鼻も高くなると思って……」
「今はそういう話をしているわけではありませんよ?」
 小町の上司である四季映姫・ヤマザナドゥは閻魔である。それを思い出させるほどに相対している彼女の表情は小町を震え上がらせた。
「も、申し訳ありません!」
 上司であり閻魔である彼女に逆らえるわけもなく、小町は舟に手を付いて謝ることしかできない。
「まぁ、いいでしょう」
 しかし映姫は、殊の外あっさりと小町を許した。
「え……?」
「私も地底には招待されました。その日の休暇は大目に見ましょう」
「し……四季様も参加するんですか!? この大会に!」
「参加……とは少し違いますね。私は審判として呼ばれたまでです」
「……へ?」
「『自分の式神が参加する以上、どこかで贔屓してしまうかもしれない』らしきことを言って、八雲紫は私に審判を依頼しに来ました。八雲紫も今回のゲームは、ただ楽しみたいだけのようですね」
「な……なんだ、そういうことですかぁ。いやぁ、安心しました。四季様に参加されては、私が優勝できる可能性なんて一分の可能性も無くなる――」
「私が参加しないなら、優勝できると?」
「い、いやぁ、それは……」
 苦笑いで誤魔化そうとする小町に映姫は溜息を吐いた。
「冗談ですよ。あなたが地底の妖怪と戦って必ず勝てると思ってる程、部下を買い被っていません。ですがあなたが万が一優勝するならともかく、十が一勝利することができたなら、その回数分、あなたに休暇を渡しましょう」
「十が一って……買い被る以前に随分期待されてないんですね……」
「あなたの性格はともかく、実力を見る目には自信があります。死神であるあなたは、今一つ勝利に対する欲が少ないのです。勝ち負けのどちらでもいい。大勢の場ではっきりと勝敗を付けられることを一度味わいなさい」
「え……もしかしてこれって……サボってたことに対する罰ですか?」
「それもあります。ま、頑張りなさい。あなたが言ったのです。せいぜい私の鼻を高くしてみせなさい」
 閻魔である上司に気付けの言葉を貰い、面倒な事になったと思いつつも、死神は自信ありげに大きく返事をした。



 妖怪の山頂上付近、守矢神社。
 そこの本殿には二柱の神と一人の妖怪がいた。
「ほうほうなるほど。やはり妖怪だけに限らず、あなた達神も大会に参加するとは」
 妖怪天狗――射命丸文は神の言葉を逐一手帳に書き記していた。
「当然さ。そんな面白いお祭り、妖怪だけでやるなんて勿体ないよ。八雲紫の式神から招待されなくても参加するつもりだったさ」
 小さな体躯をしている方の神――洩矢諏訪子は楽しそうに手を動かしていた。
 ちなみに、天狗は『文々。新聞』という需要がいまいち定まっていない新聞を発行している。しかし今回の大会については八雲紫から情報規制を命じられている。人里には妖怪の事を好ましく思っていない者もいるので、大会について大っぴらに知らされるのは地底全域と、地上では一部の人間と妖怪だけである。
「で?」
 文と諏訪子の雑談を遮るように、大きな体躯をした方である乾の神――八坂神奈子は口を開く。
「お前は参加するのか、天狗」
「……ええ」
 文は怪しげに微笑み、一方の諏訪子はより子供っぽい笑顔を見せる。
「おんたも出るのかい! なら、鬼退治はあんたに任せようかね」
「鬼退治……ですか。一体何の話で?」
 文が問うた途端、二柱の神の笑みは途端に邪悪なものとなった。
「鬼を倒すのさ。私達でね」
 小さな神は当然のように言い放つ。
「あなた達が……ですか」
「あんたみたいな積極的に接してくる奴らならまだしも、私達が山の頂上にいることを未だに認めていない天狗諸々は結構いるようだからね。私達をなんとかしてほしい。しかし私達に勝てる奴らといったら鬼ぐらいしかいない。ところが鬼は自由気ままだから、私達と戦うことはない。だからこの大会で見せてやろうじゃないかい。私達が鬼を退治して、名実ともに山の頂点となるのさ」
「……あやや。お言葉ですが、強さでいえば私も鬼を支持していますよ」
「ふふふ。大会が終わってもその言葉を言えるといいねぇ」
 この二柱は人間に信仰されるべき者なのか? そう思うほどに不敵な笑みを浮かべる神達がいるこの場にこれ以上いたくないと、文の妖怪としての直感が伝える。
「そ、それでは私はこの辺で。是非ともお二人とは戦いたくありませんねぇ」
 そそくさと文は襖を閉め、本殿を立ち去って行った。
「あらあら、ちょっと怖がらせすぎちゃったかな」
 けらけらと笑う諏訪子を横に、もう一人の神は表情を崩していなかった。
「なぁ、諏訪子」
「なんだい?」
「『名実ともに山の頂点となる』。その後、何か言葉を続けようとしてなかったか?」
 諏訪子は笑みだけを残して笑い声を止め、本殿中をゆっくりと歩き回りだす。
「名実ともに山の頂点となる。そして……」
「そして……」
 続けるように神奈子も口を開き、しかし次の言葉は同時に放たれた。
 ――最後にお前だ。
 それぞれ、人間離れした鋭さの睨みと不気味な微笑みを見せる。
「神奈子ぉ、今度はお前が眠る番だよ。地獄鴉をそそのかしたり、好き勝手するのはもう終わりさ」
「言うじゃないか。私の心遣いで起きたままでいられるようになっているのが分からないのかい。まぁ、お前がどうしてもというならいいんだよ。手前だけに鉄輪でも持たせてね」
 本殿が震える程の闘気を互いが見せる中、天狗によって閉められた襖が突如再び開く。
「神奈子様、諏訪子様!」
 守屋神社の巫女として仕える人間――東風谷早苗が突然入ってきて、思わず二柱の毒気は抜かれてしまう。
「早苗……どうしたんだい」
 距離が近い諏訪子が思わず尋ねると、早苗は当然といったような表情で答える。
「やっぱり私も参加します! 天下一舞踏会とか、暗黒武術会とか、そういうのにずっと憧れてたんです! これは御二方だけでなく、私も参加するしかありません!」
 意気揚々と喋る早苗に二柱は呆気にとられてしまう。
「さ、早苗、だからこの大会は人間じゃ――」
「そのための奇跡です!」
 諏訪子の言葉を掻き消し、妙に張り切っている早苗は言い放つ。
「私も完全なる神になって、大会に参加します!」
 言うや否や、早苗は力を溜めはじめた。彼女の『奇跡を起こす程度の能力』は時間こそ掛かるが、どのような天文学的に小さい確率を持つ事象でも起こすことができる。幻想郷では後天的に人間から半獣となった者もいる。早苗の言葉を冗談として放っておくにはあまりにも危険だった。
「待てまてまてまて!」
 叫ぶ諏訪子だけでなく、神奈子も思わず「早苗を止めろぉ!」と泡を食って早苗に掛かっていく。
 彼女を止め、人間をやめる事をやめさせるための説得は二柱の神であっても、十数時間にも及ぶこととなった。



 地底のさとり妖怪――古明地さとりの住む、地霊殿。
「失礼します」
 八雲藍は一言添え、主の間に通じる扉を開けた。独特の妖気を感じつつも、まず目に捉えたのは客間の椅子に座る自らの主である八雲紫の姿だった。
「お帰りなさい、藍」
「ただいま戻りました。御所望の通り、幻想郷、冥界等の各地に存在する強者に、この大会の旨を伝えて参りました」
 部屋の奥にいる古明地さとりと側近である火焔猫燐、霊烏路空とあまり目を合わせないようにしつつ、藍は言葉を続ける。
「レミリア・スカーレット、風見幽香を除いて、はっきりと大会の参加を拒否したものはおりませんでした。現在の時点で、既に参加の意思を見せた者は十六人を超えています」
「ご苦労様。それに、ちょうど良かったわ」
 紫の言葉を訝しく思うも、藍は促されるまま横に立つ。
「わざわざ言うまでもないことだけど。私はこの八雲藍を代理として参加させるわ」
 その事に驚く者は誰もいない。藍本人を含めて予想はしていて、さとりに至っては既に八雲紫の心を読んでいた。
「では私は、霊烏路空を参加させますが構いませんね」
「勿論」
 紫から見てさとりの右側に立つ地獄鴉の霊烏路空が気合なのか「うにゅ」と発する中、もう一人の側近である火焔猫燐ことお燐が声を上げる。
「さ、さとり様。私は――」
「あなたは私や八雲紫さんの手伝いをしてちょうだい。信頼しなさい。あなたが強いと思う親友でしょう」
 さとりの言葉に反論できず、お燐が不安気に見合わせる中、空は笑顔を崩さない。
「大丈夫だよお燐。そこの式神にも、鬼にも、私は負けないよ」
 藍は何も動じることなく、部屋を見渡したり、紫に視線を戻したりしている。
「しかし、一つ質問なのですが八雲紫さん。閻魔を審判長にするのなら、わざわざ私を審判の一人にする意味はないのでは?」
「念には念を入れて、よ。妖怪は割かし嘘が吐けないけど、いかさまは得意なのよ。だから閻魔の目でも誤魔化せるそれが起きても、あなたなら見破れるでしょう?」
「なるほど理解しました。ではこれは単純な興味なのですが、あなたの代理として参加する八雲藍さん。彼女が優勝できる可能性はどのくらいだと思っていますか?」
 問われた紫は扇子を開いて口元を隠す。一分弱程度の沈黙が流れた後、彼女は扇子を閉じ、口を開く。
「二十パーセント」
 十六名以上の妖怪達が集まるトーナメントで八雲藍が勝利する可能性は二割、という言葉にさとりは思わず呆れたような眼差しになる。
「さぞかし自分の式神を信頼しているのですね。まぁ、鬼が潰し合うような事があればありえない話でもありませんが。せいぜい、あなたの作る対戦表に贔屓の気がないことを――」
「私は作らないわ」
「…………」
「さっきも言ったけど、対戦方式は一対一のトーナメント。私はその組み合わせには一切関与しない。大会参加者が決定し、一回戦が行われる十数分前に閻魔にくじを引かせ、組み合わせを決める。これ以上平等な方法もないでしょう」
「……そうでしたね。しかし、せっかくの大会なのに、それでいいのでしょうか。もし一回戦で鬼が潰しあうような事があれば、後の戦いが少々つまらなくなってしまうのでは」
 さとりの言葉に紫は口元を押さえて笑っていた。
「あらあら。あなたも鬼が最強なのを疑わない程に視野が狭かったのかしら。それの再認も含めてのこの大会でしょう? 鬼が最強なのかはっきりと言えない程に、今の幻想郷は賑やかになってきたわ。単純に、鬼が強い、なんて時代はもう古い考えなのかもしれないわね」
「ふむ。あなたが言うなら信じてみましょう。八雲藍さんかお空か。どちらかが鬼を倒すことができればいいですね」
「あらあら、私の言葉を聞いてくれないようね。鬼を倒す者なんて、そこら中にいるかもしれないわよ」
 地底で行われる、八雲紫の開催される格闘大会。やはり波乱が起きないわけがないと、藍は一人、溜息を吐いた。
「?」
 そして、ふと、部屋の何処かから自分達五人以外の視線を藍は感じたような気がした。



 博麗神社とは別に人里から離れた場所に建ってある妖怪寺――命蓮寺。
「仕方がありませんね。分かりました。その大会を除いて、地底でも戒律を守るのであれば許可しましょう」
 寺の住職である長身の魔法使い――聖白蓮が根負けしたように言い放つと、彼女の部下である妖怪達が歓喜の声を上げていた。八雲藍から聞かされた格闘大会は、戒律と精進のために欲を抑えつけている寺の妖怪達にとって絶好の息抜きの機会に思えた。数時間前は曖昧ながらも参加する事を禁じていた白蓮だったが、部下の妖怪のほとんどが参加に反対しようとはしないのを見て、あくまで仏教での戒律は護る事を条件に大会への参加を許可した。これで部下達が大会までは戒律の一部である『酒を飲む、人を襲う』等、己の欲望を抑える事を守ってくれるだろうと彼女なりにも考えがあった。
 そんな事があった日の夜、白蓮が部屋で一人写経を書いていると、襖の向こうから「夜分失礼します」との声が上がる。自らの信仰する毘沙門天の代理を務める妖怪――寅丸星の声であると白蓮は悟る。
「どうぞ」
 星を招き入れ、筆を置いた白蓮は一本の蝋燭だけが灯す部屋で星と向かい合った。
「どうしましたか?」
「いえ、少しお話がしたくて。八雲藍が言っていた格闘大会の事ですが」
「私は気にしていませんよ。仏の教えを学んでいる者とはいえ、ムラサや一輪達も一人の妖怪です。その者達を頑なに縛る道理は――」
「そうではなく……。聖は……参加しないのですか?」
 星の問いかけに、白蓮は困ったように目を下に逸らす。
「私の事は心配ありません。わざわざ公の場で発散する鬱憤など溜まっていません。これでムラサ達がより熱心に教えを身に着けようとしてくれるのなら、それで十分です。もし誰かが優勝したならば更に嬉しいだけのこと」
「私と……戦っていただけませんか?」
 戦いの時以外は温厚であり、部下の中で一番争うような性格ではない星が言ったとは思えない言葉に、思わず白蓮は口が回らなかった。
「もちろん、聖のお力の程は理解しています。博麗霊夢や東風谷早苗達との戦いも見ていますし、道教の者達との戦いも知っています。ですから……その……。私も、一妖怪として、あなたと戦ってみたいのです。この爪牙がどこまであなたに通用するのか、試してみたいのです」
「星……」
「勿論、そんな事など気にせず祭事だと思って参加しても、文句どころか、きっと皆喜ぶでしょう。そ、それに道教の者達もきっと参加するはずです。そいつらを聖が打ち倒せば、仏教を信仰する者達もより増えるかと――」
「もう結構よ」
「え……」
 星の気持ちが伝わったのか、薄闇の中でも分かる程に白蓮は微笑んでいた。
「そうね。あなた達が参加するのに、上の者である私が逃げているのでは示しがつきませんよね」
「け、決してそのような事では……」
「迷っていました。妖怪を救うべき立場にいる私が、妖怪と拳を合わせる必要があるのかと。あなたの言う通り、重く考える必要はないのかもしれない。私も人間ではない者の一人として、腕を試す。それだけでいいのでしょうね」
「え、ええ。聖が優勝しても、文句を言う人間や妖怪などいるはずがありません。前の宗教戦争の時だってそうだったではありませんか」
 天邪鬼と一寸法師による下剋上の異変が起きる前、宗教家同士での対立を巡り戦いが起きた。しかしそれを目にした人間達は大いに盛り上がり、少しばかりの人間と僅かな妖精ではあるが仏教を信心する者も増えた。妖怪寺の者達が目立てば、またもや人間は妖怪と敵対するかもしれない。というのは自分だけの杞憂なのかもしれない、と白蓮は思った。
「分かりました、私も参加しましょう。あなた達にそれ以上心配されては、上に立つものとして情けないですね」
 白蓮は星の後ろ側にある襖に目をやる。
「もういいですよ、入っても」
 何のことかと星が振り返ると、開いた襖からはぞろぞろと他の部下妖怪が入ってくる。
「いやーよかったよかった。というより、一輪だけでなく、私やぬえも聖と戦ってみたかったんですよねぇ」
 妖怪達の一人である舟幽霊――村紗水蜜が嬉しそうにはにかんでいた。
 彼女の他にも、参加する妖怪である入道――雲居一輪、鵺――封獣ぬえがいる。この場にはいないが、化け狸である二ッ岩マミゾウも、昼時に来た八雲藍を挑発しながら参加する意思を見せていた。
 参加する意思を見せていないのは、今は寺の部屋で眠っている山彦――幽谷響子と、この場にいる一人の妖怪鼠だった。
「そういえば、ナズーリンは参加しないのですか?」
 星の何気ない言葉に、直属の部下であるナズーリンは答える。
「その催しは、逃げてしまえば負けなのだろう? そういうのは、私に適していないさ」
 彼女は以前、最強の人間である博麗霊夢と三戦し、無敗という結果を出しているが、それらは全て逃走と言う名の無効試合である。能力自体もあまり戦闘には適していない故、今回彼女は参加を拒否している。よって、星や白蓮を含めて命蓮寺からの参加者は六人となる。
「負けませんよ、星」
「私もです、聖」
 それぞれが大会について昼の時と同じく楽しそうに話し出すのを見て、やはり私が参加しても問題はないのだろうと、白蓮は安堵から笑みを零していた。



 今は誰もいないはずの、宙に浮かぶ城――輝針城。
 先程から城の中を歩き続けていた一人の小さな妖怪は、ある場所で足を止める。仮初とはいえ仲間だった妖怪の気配を彼女は覚えている。
「私だよ正邪や。お前を捕まえる気もない」
 言うや否や、部屋の隅に感じた妖気から一人の妖怪が姿を見せた。
「久しぶりですねぇ一寸法師さま。というより、よく私が此処にいると分かりましたねぇ」
 天邪鬼――鬼人正邪の問いに、小人族の末裔――少名針妙丸は得意気な顔になる。
「簡単なことじゃ。お前は追われる身。つまり本拠地であるここから逃げなければならない。天邪鬼であるお主は、だからこそ此処にいる」
「御名答。予想以上に来る奴が少なくて、逆に私が驚いてるよ。それとも皆、私程度の力では下剋上などできないとでも思い、相手をしないだけなのかもね」
「その言い方、私以外にも誰か来たのかい。いるかどうかも判らない、お前に会うために」
「ええ。共に下剋上をしたよしみで教えますよ。私と最後に戦ったあの大妖怪――八雲紫の式が来ました」
「なんだ、お主の所にも来てたのか」
「おお? まさかあなたまであれに招待を……?」
「最近異変を起こした者として、それなりの強者と思われているのか……。私のような者まで地底の格闘大会に招待されたんだ。お主が招待されないわけがなかろう」
「というか、脅されましたよ。『参加しなければ、次は容赦なく滅ぼす』と八雲紫からの警告を貰いました。参加するだけで殺されなくて済むなんて、大妖怪だけあって懐が広い」
 そう捻くれるか。と、針妙丸は逆に感心して会話を続ける。
「と言うことは、参加するのかい?」
「ええ。聞けば、八雲紫と同等の強さを持つ奴らも多く参加するようだからな。言っておくけど、私はまだまだ下剋上を諦めてはいませんよ。八雲紫の代理として出る八雲藍、そして地底で最も強いと言われているらしい星熊勇儀という鬼。その二人を倒せば、私の下剋上への道があっという間に近付く。参加する意味は大いにあるのさ」
「なるほど、では私も参加の意思を固めよう」
「ほう、あなたも手伝ってくれるか」
「ああ、私はいつでもお前の仲間だよ」
 問いを肯定した針妙丸は、しかし武器である針を正邪に向けた。
「だから、今度こそ友であるお主を止めてみせるよ」
「ほーう」
 小馬鹿にしたような笑みで、正邪はかつて仲間だった小人を見据え続ける。
「お前や私が、あの式神や地底の鬼に勝つなんて、無理な話だ。無意味な恥をかく前に、参加を取り消そうじゃないか。私やお前が逃げたって、笑う者は誰もいないさ」
「そうか……。そこまで、捻くれ者である私を慮ってくれるのか。なら私は、きっとこう言わないといけないんだろうな……」
 次に見せた正邪の表情を見て、いつも通りだがこれでいい、と針妙丸は思い、溜息を吐く。
「やなこった」
 中空で逆さまにひっくり返った正邪は小馬鹿にするかの如く舌を出していた。



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