「そうなのよ。みんな来世に旅立っちゃったから、水子のおかわりが欲しいの」
邪仙でなければ一生喋らないであろう、そんな台詞が霍青娥の口から飛び出した。
「お姉さん……私たちをご飯みたいに言うのはやめようね?」
水子のリーダーである戎瓔花が、ぐらぐらと震える石塔から目を離さぬままそう受け答える。
いつものように、それしかやる事がないので、三途の河原でひたすら石を高く積むのが彼女の一日だ。今日はあえて丸い石限定でどれだけ積めるかの縛りプレイ中だった。
「あらごめんなさい。でもお茶碗の上に乗ったら結構近いんじゃないかしら。白くてふわふわだもの」
「何でも食べちゃう芳香ちゃんがいるでしょ。冗談に聞こえないの!」
ぐらり。
「だめだめ。おちつけ、おちつけ……」
ちょっとだけ上がった声量にも積み石は敏感に反応する。平常心、平常心だ。
新記録を前にした瓔花は、一往復すぅはぁと呼吸を整えた。
「……まだかかりそう?」
岩に腰かけて瓔花の真剣な顔を見つめる青娥。子供と言えど、いや子供だからこそ、その独創的な遊びを邪魔してはならないのだ。
「あと一個なの。そしたら点呼するから……」
丸み、重心、角度、あらゆる要素を満たせる石は、きっとこれだ。瓔花は選び取った精鋭の石を、既にバランス限界は間近な塔の頂点にそっと置いた。
「おおー……」
青娥も思わず感嘆の声を漏らす。乗せられた石は、あたかも最初からそういうオブジェだったかのように静かだった。
「ふっ……新記録達成だね」
「おめでとう。それで、新記録を出すとどうなるの?」
「決まってるでしょ。それが次の超えるべき目標になるんだよ」
水子は石を積むものだ。水子をやめない限り石積みに終わりは無く、そして瓔花はこれからもずっと石を積み続けるのである。
「次もがんばってね。それじゃあ今度はお姉さんの話を聞いてくれる?」
「もちろん。悪いお姉さんが来たよー! みんなー、集まって~!」
瓔花の声に反応し、河原に散らばっていた人魂がふよふよと寄ってきた。ついでに、せっかく積み上げた石も瓔花が動いたせいで崩れてしまったが、目標は達成済みなので気にしない。どうせ放っておいても鬼が崩しに来るのだから、自分で壊してしまった方が腹を立てずに済む。水子流のライフハックだ。
「……で、また弾幕ごっこで何人かお手伝いが欲しいんだよね?」
「そうそう、ごっそり転生しちゃったから人手不足なの。今は素早いのが欲しいから臆病や陽気な子がいると良いのだけど……」
改めて言うが、霍青娥とはその素行の悪さで天界から拒絶された邪仙である。
分かりやすく邪な要素として、死体である宮古芳香を蘇生して護衛に使っている事が挙げられるがもう一つ、水子を用いたヤンシャオグイという儀式も青娥の代名詞であった。
もっとも、青娥が弾幕勝負でスペルカードとして繰り出すそれは、水子を追いかけっこで遊ばせて慰めるだけだったりするのだが。
「おくびょうか、ようきか……うーん、せっかちな子なら居たかなあ」
「それでも良いわ。ここの子達は瓔花ちゃんのおかげか最初から仕上がってるもの」
「褒めてくれるのは嬉しいんだけど……お姉さんも来てみて分かったよね?」
「気になってはいたんだけど、やっぱりそうなの?」
二人が浮かない顔で嘆いた理由は集まった水子にあった。別格の力を持つ瓔花と共に石積みで情操教育された水子は、邪仙も認めるほど質が高い。では、質に問題が無いのならば、もう一方の量はどうだろうか。
「彼岸まで少子化だなんて。若者の性離れ問題は深刻ねえ……」
そう、明らかに水子が少なくなっていたのだ。非現実的な幻想郷で直面する社会問題に、思わず青娥の口からもため息が漏れる。
「よく分からないけど、私たちが少ないのって良いことじゃないかな」
水子とは流産や中絶等で生まれてこれなかった赤ん坊であるから、居ないに越したことはない。それは常識外れの青娥とて理解できる話だが、彼女が気にしているのは目の前の存在だ。
「貴方はそれでいいの? お友達は多い方が楽しいわよね」
「おっきい死神さんとか、おっきい牛のお姉さんとか、あと地蔵のお姉ちゃんもたまに来てくれるから、そこまで寂しくはないかな。もちろん、おっきくて青くて悪いお姉さんもいるしね」
「そうなの、ありがとうね」
しんみりとした様子でそう答える瓔花に、青娥はにっこりと純粋な笑顔を向けた。
「ただね、急に減ったのはやっぱり不思議と言えば不思議だよね」
「……急に? ちょっと前まではいっぱいいたの?」
「そうそう、ちょっと前にみんなで動物の幽霊がいっぱい川を渡ってくのは見たんだ。その後、かなあ?」
「と言うと、早鬼ちゃん達がハッスルしちゃってたあの事件の辺りね」
動物が落ちる地獄である畜生界には、その縄張りを奪い合う三つの極道組織がある。饕餮尤魔の剛欲同盟、吉弔八千慧の鬼傑組、そして驪駒早鬼の頸牙組だ。
早鬼は聖徳太子の愛馬であった甲斐の黒駒という噂がある。そして聖徳太子とはすなわち豊聡耳神子、青娥の愛弟子の一人であるので、知らない馬というわけではない。本当に甲斐の黒駒本人(馬)なら、だが。
そんなふわふわした話はともかく、そのヤクザの三組が地上に縄張りを広げようと暴れ回り、いつものように博麗の巫女がボッコボコにして終わったのは紛れもない事実だった。
「動物さんも楽しそうだったなあ。もしかして、みんなも動物霊の仲間になっちゃってたりして」
「そうね…………」
青娥はトレードマークである稚児輪の髪を指でくりくりと弄りながら、しばらく考え込んだ。
幽霊が他の存在に変質する事はある。例えば、青娥の弟子であり親友でもある蘇我屠自古。彼女も始めこそ怨霊だったが、今頃は亡霊として自分を殺した相手とのんきにお茶菓子をいただいている時間のはずだ。
しかし水子は、生まれる以前に摘まれた魂であるから自発的に変質する精神力などまず培われていない。変わるとしたら外部から手を加える存在がいるのだ。そう、邪法を極めた仙人のような。
「……私のような邪仙が何人もいたら商売あがったりね。それで水子のみんなだけど、憧れで動物霊になるなんて事はないわ」
なぜ断言できるのか、それは青娥も散々実験したからに他ならない。具体的には動物のアニメを見せる、ぬいぐるみを与える等々。
「えーと、つまり?」
「それだけよ。極道さんみたいな悪い人が水子を見つけました。じゃあ誘拐してお金でも要求する? 誰から、いくら? 連れて行くのは簡単でも割に合わないわ」
「んー……そうかも」
水子の親は、いると言えばいるし、いないと言えばいない、デリケートな存在だ。少なくとも身代金を求めても無駄なのは確かだろう。
失踪と畜生界の百鬼夜行には何の関連も無い。今のところ、そうとしか言えない。言えないのだが――。
「水子を誘拐しそうな悪い奴なら、すぐそこにいるじゃんかよ。なあ?」
「なにおぅ! 青娥は水子もカネも間に合っておるわー!」
ネジの外れた大声が、三途の川に漂うしめやかな雰囲気をぶち壊した。青娥が溺愛するキョンシーである芳香が、砂利の上にぐしゃっと突き刺さるように着地したのである。
「よ、よっ!?」
瓔花が危険な捕食者(芳香)に悲鳴を上げたのも束の間、さらに死人仲間の屠自古も芳香の頭の上までふわりと降りてきた。どうやら彼女が芳香を空輸してここまで来たらしい。
「あら、耳が良いのねえ。それより死者の貴方たちが三途の川に来るとあっちに引っ張られる……って前に言わなかった?」
「その死者が、居ちゃいけない場所に居たから来たんだよ」
屠自古が着物の襟を指でちょいと開く。その隙間からぴょいと飛び出たのは一塊の人魂であった。その数、およそ10以上。
「あっ! ごーちゃんに、すーちゃんに、ゆーちゃんと……!」
他に居てはならない魂とはすなわち水子だ。傍から見る分には全部同じじゃないですかと言いたくなるが、違いの分かる瓔花は両手でその魂たちを迎え入れた。
「緑色の服ってことは……お姉さんのお友達のトジコちゃん? 連れてきてくれてありがとう!」
「とっ……っと。ああ、どういたしましてな」
友達じゃねえよ、と雷のような反射速度で普段なら言い返すところだが、子供の前で見せる姿ではないと瞬時に悟った屠自古は素直に礼を受け取った。幼子に私をどう説明したんだよとは後で詰める事にする。
「屠自古さん、居ちゃいけない場所っていうと? 本屋さんのえっちなコーナーとか?」
「幻想郷にそんな悲しいもんがあってたまるかアホ。墓だよ墓、命蓮寺の所のな」
「……つまり、破壊工作の帰りに見つけたって事なのね。貴方一人で?」
「いんや、布都とこころもいたんだけどな、今頃は張り付けられて火炙りの刑に処されてるんじゃないか?」
生きている頃から宗教戦争、そして死んでからも仏教徒に復活を邪魔されていた屠自古達はそれが大嫌いである。よって仏教関係へ嫌がらせをするのがルーティンワークと化していたわけだが、当然仏教徒側も黙ってやられはせず、今回は生身でない屠自古だけが逃げられたようだ。
なお、二人にとっては破壊工作も布都が焼かれているのもいつもの事なので特に気にしていない。晩ご飯の時間になれば黒ずんだ体でひょっこり戻ってくるだろう。
「んで、水子ならお前と思ったんだが芳香しかいないし。三途の川に行ったってこれが言うからわざわざ来てやったんよ」
「把握したわ。お留守番ありがとうね」
「おー」
青娥が芳香の顔を両手でわしゃわしゃと揉みほぐす。人でなく犬を扱うような可愛がり方だが、芳香は緩みきった表情でただご褒美を享受するのだった。
「……じゃあ、はぐれちゃったの?」
一方、神霊廟の三人がじゃれている間、瓔花は瓔花で話を進めていた。居なくなった水子は今帰ってきただけでは全然足りない。他の子は一緒じゃないのかと聞いている最中である。
「……うん、うん。だいじょうぶ、私が見つけてくるからね」
「瓔花ちゃん、探しに行くの?」
「私たちが少なかったらお姉さんもがっかりでしょ? やっぱり動物さんを追いかけて行っちゃったんだって。たぶん私が石磨きに夢中だった時かも」
水子のすーちゃん曰く、面白そうだからと水子のみんなで追いかけたものの、元よりのんきで足の遅い自分たちは途中で置いていかれてしまった。たまたま墓地という三途の川っぽい場所があったのでそこをうろうろしていたら、偶然通りがかった屠自古に保護されたというわけだ。
「動物……ってことは畜生界か」
屠自古の口元はにたにたと緩んでいた。目を閉じて脳裏に理想の動物イメージを広げているようだ。
「貴方が思っているような小動物触れ合いパークじゃないけどね」
「わ、分かってらあ! っていうかさ、水子って一応は囚人みたいなもんだろ? そんな散り散りになってるんならまず見張りの鬼とかが騒がないのかよ」
「あー鬼のおじさん? なんかパチンコ?行ってるから、河原には行けたら行くって言ってた」
鬼といえば仙術を学ぶ者にとっては敵に等しい。それの事実上の職務放棄宣言に、屠自古はがくんと肩を落とした。
「それでも鬼かよ。クラゲが相手だからって骨抜きなんてレベルじゃないな……」
水子が石を積み、積んだ石を鬼が崩す。
それを延々と繰り返すのが三途の川の光景だが、実際のところそんな役職に就けられた鬼に士気があるかという話だ。
「子供が積んだ石を崩すなんて陰湿な仕事、閑職も閑職だもの。まあ出世コースには縁遠いのが回されるのよ」
「納得。つまり是非曲直庁はアテにならんって事だな」
「もっと上の……そうね、四季映姫様ならぐちぐち文句を言いながらきびきび探してくれると思うけど、呼ぶ?」
「バカ言え。私らが地獄の仲間入りだわ」
迷子の水子探し程度で地獄の最高裁判長を駆り出そうものなら各所が大騒動であろう。下っ端の獄卒の首など容赦なく飛び、地獄からは無条件で命を狙われる存在である仙人も文字通り首が飛ぶ事になる。もっとも、千年以上襲われ続けてなお邪仙をやっている青娥にとって、それすらも刺激的なイベント扱いなのであるが。
「じゃあじゃあ、やっぱり私が探すしかないよね! 動物さんの所でいいのかな?」
「そうねえ、幻想郷中に散らばっていたらとっても厄介だけど……屠自古さんもお墓以外では見てないのよね?」
「まあな。お前もってんならやっぱり畜生界まで付いて行っちまったと考えるべきか」
「確証は無いですけどね。念のため豊聡耳様や茨華仙様にも気を配ってもらいましょうか」
懐からスマートフォンを取り出した青娥が、慣れた手付きで画面を弄くり回す。初めて見る文明の機器には瓔花も興味津々で、青娥の背中によじ登って左肩に顎を乗せた。
「これ、お手紙なの?」
「そうよ。今は華扇ちゃんっていう桃色のお姉さんにお願いしてるの」
こういう時の青娥が案外常識的な事は屠自古も知っているが、変なスタンプとか送ってないかと心配は心配なので、瓔花の逆の肩から画面を覗き込んだ。
「しかしあの仙人様、スマホかパソコンかは知らんが持ってたんだな」
「持ってるわよお。あの方ったらアプリで食べ放題の割引スタンプとか集めてる立派な俗物だもの」
その俗物であるが、青娥が『デパ地下で買ったケーキとかありますけど』と送った途端に『OK』のスタンプを押した。交渉成立だ。
「気にしてくれるって。良かったわね」
「よし! だったら私は、いざチクショーカイへ!」
瓔花はちっちゃなお手々で意気揚々と川の向こう岸を指差した。
「……瓔花ちゃん? そっちは現世よ。動物さんが居るのはあっち」
「いざ!!」
瓔花は指を突き出したまま180度くるりと反転し、先程よりも大きく声を張り上げた。
やはりこの子は畜生界どころか三途の川以外の世界を知らないのだ。これが一人で行ったところでミイラ取りがミイラになるだけだろう。いかに利己的な青娥と言えど、いや利己的だからこそ、これは一肌脱いでやるかと思いやって、口を開――。
「ならば私も行こう! 小さい体ながら仲間を思うその偉大な心、感動した!」
開くより先に、その傀儡である芳香が共鳴してしまった。
「芳香ちゃん……! いいの?」
「当たり前だ! 我が主だってきっとそう言う!」
いや、今言おうと思ってはいたけど。青娥は閉口したまま顔で訴える。けどお散歩で主人を引きずり回す駄犬みたいに育てた覚えは毛頭ない。
「へっ、お前だけに良い格好させるかよ……」
次いで屠自古も顔が瓔花と同じ高さになるまで地面に沈んだ。
「当然私も協力する。お化け仲間として放っておけないな」
「トジコちゃんも……ありがとう、すっごく嬉しい!」
やはり幽霊同士だから気が合うのだろうか。確かに、青娥もよく知っている。屠自古は自分を殺した相手とも引き続き同居するとんでもないお人好しなのだ。なのだが、それにしても。
「おい、あとはお前だけだぞ。まさか芳香が行くのに飼い主のお前だけ拒否とか有り得ないよなあ?」
「青娥を信じろ! 我らが主は水子を決して見捨てぬはずだ!」
「お姉さん、お願い。こういう時に一番頼れるのはお姉さんなの」
瓔花が子供の純粋な瞳でまっすぐに見つめてきた。これを無下にしたら人の心とか無いんか?と蔑まれるところであろう。
実際は人の心とか関係無しで行くつもりだったのだが、一人の冷血女に対して三人の熱血漢(体はヒエヒエの)が揃ってしまったが故の悲劇だった。
「いや、行くわよ。言われるまでもなく。行きますけどね」
「おう、そうこなくっちゃな!」
私が先に言おうと思っていましたけどね。どうにも納得いかない表情を浮かべる青娥の感情など露知らず、屠自古はその女性らしい嫋やかな肩を両手でバンバンと叩き歓迎するのであった。
邪仙でなければ一生喋らないであろう、そんな台詞が霍青娥の口から飛び出した。
「お姉さん……私たちをご飯みたいに言うのはやめようね?」
水子のリーダーである戎瓔花が、ぐらぐらと震える石塔から目を離さぬままそう受け答える。
いつものように、それしかやる事がないので、三途の河原でひたすら石を高く積むのが彼女の一日だ。今日はあえて丸い石限定でどれだけ積めるかの縛りプレイ中だった。
「あらごめんなさい。でもお茶碗の上に乗ったら結構近いんじゃないかしら。白くてふわふわだもの」
「何でも食べちゃう芳香ちゃんがいるでしょ。冗談に聞こえないの!」
ぐらり。
「だめだめ。おちつけ、おちつけ……」
ちょっとだけ上がった声量にも積み石は敏感に反応する。平常心、平常心だ。
新記録を前にした瓔花は、一往復すぅはぁと呼吸を整えた。
「……まだかかりそう?」
岩に腰かけて瓔花の真剣な顔を見つめる青娥。子供と言えど、いや子供だからこそ、その独創的な遊びを邪魔してはならないのだ。
「あと一個なの。そしたら点呼するから……」
丸み、重心、角度、あらゆる要素を満たせる石は、きっとこれだ。瓔花は選び取った精鋭の石を、既にバランス限界は間近な塔の頂点にそっと置いた。
「おおー……」
青娥も思わず感嘆の声を漏らす。乗せられた石は、あたかも最初からそういうオブジェだったかのように静かだった。
「ふっ……新記録達成だね」
「おめでとう。それで、新記録を出すとどうなるの?」
「決まってるでしょ。それが次の超えるべき目標になるんだよ」
水子は石を積むものだ。水子をやめない限り石積みに終わりは無く、そして瓔花はこれからもずっと石を積み続けるのである。
「次もがんばってね。それじゃあ今度はお姉さんの話を聞いてくれる?」
「もちろん。悪いお姉さんが来たよー! みんなー、集まって~!」
瓔花の声に反応し、河原に散らばっていた人魂がふよふよと寄ってきた。ついでに、せっかく積み上げた石も瓔花が動いたせいで崩れてしまったが、目標は達成済みなので気にしない。どうせ放っておいても鬼が崩しに来るのだから、自分で壊してしまった方が腹を立てずに済む。水子流のライフハックだ。
「……で、また弾幕ごっこで何人かお手伝いが欲しいんだよね?」
「そうそう、ごっそり転生しちゃったから人手不足なの。今は素早いのが欲しいから臆病や陽気な子がいると良いのだけど……」
改めて言うが、霍青娥とはその素行の悪さで天界から拒絶された邪仙である。
分かりやすく邪な要素として、死体である宮古芳香を蘇生して護衛に使っている事が挙げられるがもう一つ、水子を用いたヤンシャオグイという儀式も青娥の代名詞であった。
もっとも、青娥が弾幕勝負でスペルカードとして繰り出すそれは、水子を追いかけっこで遊ばせて慰めるだけだったりするのだが。
「おくびょうか、ようきか……うーん、せっかちな子なら居たかなあ」
「それでも良いわ。ここの子達は瓔花ちゃんのおかげか最初から仕上がってるもの」
「褒めてくれるのは嬉しいんだけど……お姉さんも来てみて分かったよね?」
「気になってはいたんだけど、やっぱりそうなの?」
二人が浮かない顔で嘆いた理由は集まった水子にあった。別格の力を持つ瓔花と共に石積みで情操教育された水子は、邪仙も認めるほど質が高い。では、質に問題が無いのならば、もう一方の量はどうだろうか。
「彼岸まで少子化だなんて。若者の性離れ問題は深刻ねえ……」
そう、明らかに水子が少なくなっていたのだ。非現実的な幻想郷で直面する社会問題に、思わず青娥の口からもため息が漏れる。
「よく分からないけど、私たちが少ないのって良いことじゃないかな」
水子とは流産や中絶等で生まれてこれなかった赤ん坊であるから、居ないに越したことはない。それは常識外れの青娥とて理解できる話だが、彼女が気にしているのは目の前の存在だ。
「貴方はそれでいいの? お友達は多い方が楽しいわよね」
「おっきい死神さんとか、おっきい牛のお姉さんとか、あと地蔵のお姉ちゃんもたまに来てくれるから、そこまで寂しくはないかな。もちろん、おっきくて青くて悪いお姉さんもいるしね」
「そうなの、ありがとうね」
しんみりとした様子でそう答える瓔花に、青娥はにっこりと純粋な笑顔を向けた。
「ただね、急に減ったのはやっぱり不思議と言えば不思議だよね」
「……急に? ちょっと前まではいっぱいいたの?」
「そうそう、ちょっと前にみんなで動物の幽霊がいっぱい川を渡ってくのは見たんだ。その後、かなあ?」
「と言うと、早鬼ちゃん達がハッスルしちゃってたあの事件の辺りね」
動物が落ちる地獄である畜生界には、その縄張りを奪い合う三つの極道組織がある。饕餮尤魔の剛欲同盟、吉弔八千慧の鬼傑組、そして驪駒早鬼の頸牙組だ。
早鬼は聖徳太子の愛馬であった甲斐の黒駒という噂がある。そして聖徳太子とはすなわち豊聡耳神子、青娥の愛弟子の一人であるので、知らない馬というわけではない。本当に甲斐の黒駒本人(馬)なら、だが。
そんなふわふわした話はともかく、そのヤクザの三組が地上に縄張りを広げようと暴れ回り、いつものように博麗の巫女がボッコボコにして終わったのは紛れもない事実だった。
「動物さんも楽しそうだったなあ。もしかして、みんなも動物霊の仲間になっちゃってたりして」
「そうね…………」
青娥はトレードマークである稚児輪の髪を指でくりくりと弄りながら、しばらく考え込んだ。
幽霊が他の存在に変質する事はある。例えば、青娥の弟子であり親友でもある蘇我屠自古。彼女も始めこそ怨霊だったが、今頃は亡霊として自分を殺した相手とのんきにお茶菓子をいただいている時間のはずだ。
しかし水子は、生まれる以前に摘まれた魂であるから自発的に変質する精神力などまず培われていない。変わるとしたら外部から手を加える存在がいるのだ。そう、邪法を極めた仙人のような。
「……私のような邪仙が何人もいたら商売あがったりね。それで水子のみんなだけど、憧れで動物霊になるなんて事はないわ」
なぜ断言できるのか、それは青娥も散々実験したからに他ならない。具体的には動物のアニメを見せる、ぬいぐるみを与える等々。
「えーと、つまり?」
「それだけよ。極道さんみたいな悪い人が水子を見つけました。じゃあ誘拐してお金でも要求する? 誰から、いくら? 連れて行くのは簡単でも割に合わないわ」
「んー……そうかも」
水子の親は、いると言えばいるし、いないと言えばいない、デリケートな存在だ。少なくとも身代金を求めても無駄なのは確かだろう。
失踪と畜生界の百鬼夜行には何の関連も無い。今のところ、そうとしか言えない。言えないのだが――。
「水子を誘拐しそうな悪い奴なら、すぐそこにいるじゃんかよ。なあ?」
「なにおぅ! 青娥は水子もカネも間に合っておるわー!」
ネジの外れた大声が、三途の川に漂うしめやかな雰囲気をぶち壊した。青娥が溺愛するキョンシーである芳香が、砂利の上にぐしゃっと突き刺さるように着地したのである。
「よ、よっ!?」
瓔花が危険な捕食者(芳香)に悲鳴を上げたのも束の間、さらに死人仲間の屠自古も芳香の頭の上までふわりと降りてきた。どうやら彼女が芳香を空輸してここまで来たらしい。
「あら、耳が良いのねえ。それより死者の貴方たちが三途の川に来るとあっちに引っ張られる……って前に言わなかった?」
「その死者が、居ちゃいけない場所に居たから来たんだよ」
屠自古が着物の襟を指でちょいと開く。その隙間からぴょいと飛び出たのは一塊の人魂であった。その数、およそ10以上。
「あっ! ごーちゃんに、すーちゃんに、ゆーちゃんと……!」
他に居てはならない魂とはすなわち水子だ。傍から見る分には全部同じじゃないですかと言いたくなるが、違いの分かる瓔花は両手でその魂たちを迎え入れた。
「緑色の服ってことは……お姉さんのお友達のトジコちゃん? 連れてきてくれてありがとう!」
「とっ……っと。ああ、どういたしましてな」
友達じゃねえよ、と雷のような反射速度で普段なら言い返すところだが、子供の前で見せる姿ではないと瞬時に悟った屠自古は素直に礼を受け取った。幼子に私をどう説明したんだよとは後で詰める事にする。
「屠自古さん、居ちゃいけない場所っていうと? 本屋さんのえっちなコーナーとか?」
「幻想郷にそんな悲しいもんがあってたまるかアホ。墓だよ墓、命蓮寺の所のな」
「……つまり、破壊工作の帰りに見つけたって事なのね。貴方一人で?」
「いんや、布都とこころもいたんだけどな、今頃は張り付けられて火炙りの刑に処されてるんじゃないか?」
生きている頃から宗教戦争、そして死んでからも仏教徒に復活を邪魔されていた屠自古達はそれが大嫌いである。よって仏教関係へ嫌がらせをするのがルーティンワークと化していたわけだが、当然仏教徒側も黙ってやられはせず、今回は生身でない屠自古だけが逃げられたようだ。
なお、二人にとっては破壊工作も布都が焼かれているのもいつもの事なので特に気にしていない。晩ご飯の時間になれば黒ずんだ体でひょっこり戻ってくるだろう。
「んで、水子ならお前と思ったんだが芳香しかいないし。三途の川に行ったってこれが言うからわざわざ来てやったんよ」
「把握したわ。お留守番ありがとうね」
「おー」
青娥が芳香の顔を両手でわしゃわしゃと揉みほぐす。人でなく犬を扱うような可愛がり方だが、芳香は緩みきった表情でただご褒美を享受するのだった。
「……じゃあ、はぐれちゃったの?」
一方、神霊廟の三人がじゃれている間、瓔花は瓔花で話を進めていた。居なくなった水子は今帰ってきただけでは全然足りない。他の子は一緒じゃないのかと聞いている最中である。
「……うん、うん。だいじょうぶ、私が見つけてくるからね」
「瓔花ちゃん、探しに行くの?」
「私たちが少なかったらお姉さんもがっかりでしょ? やっぱり動物さんを追いかけて行っちゃったんだって。たぶん私が石磨きに夢中だった時かも」
水子のすーちゃん曰く、面白そうだからと水子のみんなで追いかけたものの、元よりのんきで足の遅い自分たちは途中で置いていかれてしまった。たまたま墓地という三途の川っぽい場所があったのでそこをうろうろしていたら、偶然通りがかった屠自古に保護されたというわけだ。
「動物……ってことは畜生界か」
屠自古の口元はにたにたと緩んでいた。目を閉じて脳裏に理想の動物イメージを広げているようだ。
「貴方が思っているような小動物触れ合いパークじゃないけどね」
「わ、分かってらあ! っていうかさ、水子って一応は囚人みたいなもんだろ? そんな散り散りになってるんならまず見張りの鬼とかが騒がないのかよ」
「あー鬼のおじさん? なんかパチンコ?行ってるから、河原には行けたら行くって言ってた」
鬼といえば仙術を学ぶ者にとっては敵に等しい。それの事実上の職務放棄宣言に、屠自古はがくんと肩を落とした。
「それでも鬼かよ。クラゲが相手だからって骨抜きなんてレベルじゃないな……」
水子が石を積み、積んだ石を鬼が崩す。
それを延々と繰り返すのが三途の川の光景だが、実際のところそんな役職に就けられた鬼に士気があるかという話だ。
「子供が積んだ石を崩すなんて陰湿な仕事、閑職も閑職だもの。まあ出世コースには縁遠いのが回されるのよ」
「納得。つまり是非曲直庁はアテにならんって事だな」
「もっと上の……そうね、四季映姫様ならぐちぐち文句を言いながらきびきび探してくれると思うけど、呼ぶ?」
「バカ言え。私らが地獄の仲間入りだわ」
迷子の水子探し程度で地獄の最高裁判長を駆り出そうものなら各所が大騒動であろう。下っ端の獄卒の首など容赦なく飛び、地獄からは無条件で命を狙われる存在である仙人も文字通り首が飛ぶ事になる。もっとも、千年以上襲われ続けてなお邪仙をやっている青娥にとって、それすらも刺激的なイベント扱いなのであるが。
「じゃあじゃあ、やっぱり私が探すしかないよね! 動物さんの所でいいのかな?」
「そうねえ、幻想郷中に散らばっていたらとっても厄介だけど……屠自古さんもお墓以外では見てないのよね?」
「まあな。お前もってんならやっぱり畜生界まで付いて行っちまったと考えるべきか」
「確証は無いですけどね。念のため豊聡耳様や茨華仙様にも気を配ってもらいましょうか」
懐からスマートフォンを取り出した青娥が、慣れた手付きで画面を弄くり回す。初めて見る文明の機器には瓔花も興味津々で、青娥の背中によじ登って左肩に顎を乗せた。
「これ、お手紙なの?」
「そうよ。今は華扇ちゃんっていう桃色のお姉さんにお願いしてるの」
こういう時の青娥が案外常識的な事は屠自古も知っているが、変なスタンプとか送ってないかと心配は心配なので、瓔花の逆の肩から画面を覗き込んだ。
「しかしあの仙人様、スマホかパソコンかは知らんが持ってたんだな」
「持ってるわよお。あの方ったらアプリで食べ放題の割引スタンプとか集めてる立派な俗物だもの」
その俗物であるが、青娥が『デパ地下で買ったケーキとかありますけど』と送った途端に『OK』のスタンプを押した。交渉成立だ。
「気にしてくれるって。良かったわね」
「よし! だったら私は、いざチクショーカイへ!」
瓔花はちっちゃなお手々で意気揚々と川の向こう岸を指差した。
「……瓔花ちゃん? そっちは現世よ。動物さんが居るのはあっち」
「いざ!!」
瓔花は指を突き出したまま180度くるりと反転し、先程よりも大きく声を張り上げた。
やはりこの子は畜生界どころか三途の川以外の世界を知らないのだ。これが一人で行ったところでミイラ取りがミイラになるだけだろう。いかに利己的な青娥と言えど、いや利己的だからこそ、これは一肌脱いでやるかと思いやって、口を開――。
「ならば私も行こう! 小さい体ながら仲間を思うその偉大な心、感動した!」
開くより先に、その傀儡である芳香が共鳴してしまった。
「芳香ちゃん……! いいの?」
「当たり前だ! 我が主だってきっとそう言う!」
いや、今言おうと思ってはいたけど。青娥は閉口したまま顔で訴える。けどお散歩で主人を引きずり回す駄犬みたいに育てた覚えは毛頭ない。
「へっ、お前だけに良い格好させるかよ……」
次いで屠自古も顔が瓔花と同じ高さになるまで地面に沈んだ。
「当然私も協力する。お化け仲間として放っておけないな」
「トジコちゃんも……ありがとう、すっごく嬉しい!」
やはり幽霊同士だから気が合うのだろうか。確かに、青娥もよく知っている。屠自古は自分を殺した相手とも引き続き同居するとんでもないお人好しなのだ。なのだが、それにしても。
「おい、あとはお前だけだぞ。まさか芳香が行くのに飼い主のお前だけ拒否とか有り得ないよなあ?」
「青娥を信じろ! 我らが主は水子を決して見捨てぬはずだ!」
「お姉さん、お願い。こういう時に一番頼れるのはお姉さんなの」
瓔花が子供の純粋な瞳でまっすぐに見つめてきた。これを無下にしたら人の心とか無いんか?と蔑まれるところであろう。
実際は人の心とか関係無しで行くつもりだったのだが、一人の冷血女に対して三人の熱血漢(体はヒエヒエの)が揃ってしまったが故の悲劇だった。
「いや、行くわよ。言われるまでもなく。行きますけどね」
「おう、そうこなくっちゃな!」
私が先に言おうと思っていましたけどね。どうにも納得いかない表情を浮かべる青娥の感情など露知らず、屠自古はその女性らしい嫋やかな肩を両手でバンバンと叩き歓迎するのであった。