「おねーさん! コインコイーン!」
「はいはい、はいはい……ねえ、お姉さんにはもう水子は全部掬ったように見えるけど?」
「これは帰ったらみんなで食べるので。必要なものなので!」
「……ふふ、じゃあ仕方ないわね」
「青娥、こっちも! あとちょっと、あとちょっとなんだ!」
「屠自古さん……死んでるくせに死相浮かばせるのやめてくださらない?」
「こンのクソ台ちょっと傾斜が付いてるんだよ! 卑劣な手ェ使いやがって!!」
「そりゃあ簡単に出るような慈善事業じゃないでしょうに。お貴族様なんだからおパチンコもお上品におプレイなさい」
「おーおーおーおーうっせえわ! 瓔花ちゃんにはあっさりコイン渡したのに何が違う、可愛さか!?」
「初々しさよ。お金は出すからバチバチするのはやめなさい。玉が引っ張られちゃうから」
「……ん?」
「青娥ぁ、あれを見ろ! ボウリングの玉とピンになって遊んでおるぞ!」
「あれこそ本当にスタッフが止めなさいよ。ストライクでも出せば良いのかしら」
「あっちではカラオケボックスを占拠しておる! 歌うのだ!」
「100点出すまで帰りませんって? そんな番組あったわねえ……」
「あそこで転がってるのはサッカー……ではなく、なんか物部みたいな名前のやつ!」
「フットサルね。サッカーやろうぜお前ボールな、を本当にやる子達は初めて見たわ」
「ボールプールにもいっぱいだぞ! 何かこう……どうすれば良い!?」
「だからどうしてボールに紛れ込みたがるの! とりあえず飛び込んでらっしゃい!」
――とまあ、ほとんどの遊戯コーナーを遊び尽くす勢いで回る羽目となった。
長時間のゲーム後は休憩が不可欠という事で、一度フードコーナーに集まって体を休めながら成果の確認だ。芳香はゲップなどまるで恐れず炭酸飲料を一気に胃の中へと流し込んでいるが、その腹は既に炭酸ガスなど関係無く臨月かのようにパンパンなのだった。
「……ぐぇえええっぷ。ここまでの満腹感はフライングシャークと戦った時以来……」
芳香はそう言うが、その胃袋に詰まっているのはコーラだけだ。疲労の甲斐あって大量の水子が下腹部を膨らませているのである。
「はあ…………一年分くらい遊び倒した気がする。瓔花ちゃんは眠くないか?」
「大丈夫だよ! 水子は元気の子なので寝ないから!」
「むしろ疲れて眠くなる屠自古さんの方が不思議なのよ。まあ、そう調整したのも私だけど」
「はいはい私が人間臭くいられんのは邪仙様のおかげだよ。んで、その腹に詰まってる分で全員揃ったのかい?」
「えーっとねー……みんな、いったん出てきてー」
瓔花の声に反応した水子達が芳香の腹からぽこぽこと飛び出した。それを小さいお手々で頑張って指折り数えていく。
「……まだ半分だね」
「はあ!?」
屠自古はやっとの思いで倒したボスに第二形態があった時の表情で叫んだ。
その気持ちも理解できるが、しかし畜生界中に散らばった水子を一つの施設で半分見つけられただけでも幸運である。逆に言えばもう一回同じぐらい疲れる事をすれば全員見つかる、かもしれないのだから。
「でも、これだけ居ればお姉さんも気に入る子がいるんじゃない? もう河原に帰ってもいいよ?」
「それはもう、この子たちが素早くて大胆な事は十分に理解してるけどね」
改めて確認するが、瓔花が水子を探している理由は青娥の為である。弾幕に協力してくれる水子が足りないから、わざわざ畜生界まで出向いて連れ戻しに来ているのだ。
「……だけどね、あの弾幕だって別に使えなくたって全然構わないのよ?」
「うむ。青娥の剣であり盾は私で間に合ってるからなー。ここで遊ぶ方が楽しいならそれも良いであろう」
河原に帰ったところで石を積むだけ。その罰の理由も水子本人ではどうにもできない理不尽なもの。どうせ転生するまでの時間潰しに過ぎないならば、石積みより楽しい体験をすべきである。だからこそ、青娥も邪仙なりに水子を思って連れ出しているのであり、自分無しでも満足出来るならばそれで良いのだ。良いのだが――。
「良くはないだろ。ボウリングのレーンに入ったりさあ、生きてる子供だったら何度も死んでるぞ」
「うむ。それもそうであろう」
それはそれとして、誰も統率しない水子など海水浴場を漂うクラゲ同然、居るだけで危険で迷惑な存在だ。とにかく一度全員に指導しなければ互いに平穏は訪れない。
「……じゃあ、最後まで探すの手伝ってくれる?」
「もちろんよ。お姉さん達は時間だけは有り余ってるから、かくれんぼならいくらでも付き合ってあげる」
ほぼ不老不死の仙人に死体に亡霊。生きる為の仕事だの何だのに縛られる事は無い。瓔花たち水子と何が違うかと言えば体の大きさと人生経験ぐらいだ。
「みんな、ありがとね。じゃあこのお菓子を食べたら出発するぞー!」
「うむ。どこへ?」
「……どこだろう。みんな、どこ?」
そう、探すのは良いとしても問題はそれだ。ここでは団体様だから助かったが、先にカニの看板の上に居た子のように単独行動されていたら一人ひとり虱潰しに行くしかない。せめて他にも水子が集まりそうなランドマーク的な場所があれば目標に出来るのだが。
「青娥よう、畜生界も詳しいんだろ? なんか子供が好きそうな場所とか知らないのかよ」
「私だって何でもかんでも知ってません。それにここって抗争で建物のオーナーもころころ変わるから、お風呂屋だった所が一週間後にはマッサージ屋になってましたとかもザラにあるのよ」
「……それって実質同じじゃないのか?」
「そうとも言うわね」
「そうなの?」
そういう話は瓔花にはまだ早いので置いといて、ここからまた広い畜生界をノーヒントで探し回るなんてあまりにも地獄なので手掛かりが欲しい。そうなると、途中までは一緒だったはずの水子達に聞くのが当然の流れであり、瓔花が先ほどから向き合って事情聴取を続けていたのだが。
「……そっかあ。この子たちはここで遊ぶことにしたけど、もう半分はもっと奥まで行っちゃって知らないって」
「予定なんか決めてるわけが無いものねえ。別れた時に残りが固まってたって分かるだけでも上々だわ」
「奥なあ。でかい建物って言えばヤクザの本部になっちゃうよなあ。そんな所に捕まってたら面倒極まりないぞ」
剛欲な所か、搦手を好む所か、力こそパワーな所か。どれにしても話だけで解決する場面が想像できない。まあどうせ、幻想郷なのだからその流儀に従って拳で語らえば良く、瓔花一人では頼りないが狂人(青娥)に狂戦士(芳香)にバーサーカー(屠自古)と雑魚を散らしつつボスを叩けるだけの仲間は揃っている。
そういった覚悟もしつつ、休憩を切り上げて次の遊び場を探すかと立ち上がった一行。ところが、そうは問屋が卸さぬと駆け寄る一匹の獣が居たのである。
「お・ま・え・ら・かぁあああ~!?」
ドスドスと分かりやすく怒気が込められた足音に、ガチガチとこれまた殺意が込められた両手の音。それは犬でありながら、我々の想像する犬とはかけ離れた二足歩行の生物だった。
「あら店員さんかしら? ちゃんと声の大きいワンちゃんもいて安心したわ」
「その安心をぶち壊した張本人が何を抜かすの! 私が何で怒っているかぐらい分かってるでしょう!」
どうやらこの犬は青娥に対して怒っているらしい。何故かと言えば、いやむしろ青娥の行動で怒られない事を探す方が大変なのだが、今の状況で指摘されているのは間違いなくアレだろう。
「だって、ねえ。1万円入れたらちゃんと等価交換で1万円分出てこない両替機なんて詐欺じゃない。最初からお店専用コインだって言われたら素直に受け入れたんですけど」
「あのお金に何の問題があるのよ。百歩譲って問題があったとしても、穴を開けて抜いて良い理由にはならないわ!」
「あー……妖怪じゃ幻想郷の外のゲンナマなんか見た事ないよな」
「地獄だから集まるお金も死んでるって事なんでしょうね、きっと」
何がどう問題なのかは諸兄諸姉で察していただきたいが、それよりも重要なのはこの犬が人の姿に近い妖怪だという事である。元は白い犬だったのか、白髪の中から突き出ている犬耳に白い尻尾。そして何よりも特徴的なのは両手に取り付けられた――。
「ねえねえ犬さん。タンバリンはカラオケボックスに戻さないとダメだよ?」
「……あのね水子さん、これはトラバサミっていうの。今大事な話をしてるからちょっと静かにしてて」
そう、両手にトラバサミだ。彼女は頸牙組の中では新参でありながら、卓越した力ですぐに側近に取り立てられた精鋭。今日は組の系列店であるここからのヘルプ要請により、森の住処からわざわざ徒歩で飛んできたのだ。
「そうそう思い出した。早鬼ちゃんの部下のケルベロスキャラの三頭慧ノ子ちゃんだわ」
「ケルベロス? 両手にトラバサミ付けて? これじゃあケルベロスっていうかサザンに近くないか?」
「それなら私も両手にハサミを持ったらカニさんになれるかなあ?」
「おーおーその辺どうなんだー、エノ公ー?」
「私にどういう答えを期待しているの!」
胡散臭い女に柄の悪い女に天然ボケが二名では口が追い付かない。なので慧ノ子は口代わりのトラバサミをガチンガチンと鳴らして雑音をかき消した。
「いいから不正で取った物を置いていきなさい!」
「取った物と言われても、ねえ……」
「大半は芳香の腹の中だよな」
遊び人の中には何故か景品を換金してくれる場所を利用して生計を立てる者も居たりするが、瓔花達の主目的は水子を連れ戻す事だ。
他に取った物と言えば、水子が紛れていたので一緒に取れてしまったお菓子と、もう一つ。
「そのウサギのぬいぐるみ! 台をどすんどすん揺らして取ったって連絡が来てるわよ!」
「これは絶対譲らん!!」
屠自古は千切れんばかりにぬいぐるみの胴体をぎゅっと抱きしめて抵抗した。心なしかウサギの表情も泣き出しそうに見える。
「この子はちゃんと両替した金で取ったんだ! 台を揺らしたとかそんな事は知らん!」
「何を白々しい! 確かに叩いていたとうちのスタッフが……!」
「ですが、屠自古さんはやってないって言ってるものでして」
青娥もどっちが嘘かはよ~く分かっているが、やったやってないの言い争いはとことん不毛なので割って入る。雷バチバチ女と鋏ガチガチ女の間に挟まるなんて、常人ならば肝もヒエヒエだろうが邪仙的にはよくある事だ。
「台を叩いちゃダメだったらその時に言えという話でしょう? なのに貴方を呼ぶだけの情けないスタッフしか居ないのだからご立腹なのも分かりますよ」
「ぐ…………!」
まさに怒りの源の八割ぐらいを見透かされた慧ノ子は三つの牙を食いしばる。
実際そうであった。彼女も今日は犬の集会というかほぼ合コンパーティーに呼ばれていたというのに、迷惑客がいるから何とかしてくれと来た。お前が自分で言えよこのヘタレ〇〇(好きな放送禁止ワードを入れてね)と、そう怒鳴りたいところを何とか嚙み殺して急行したのだ。
「まず、両替機の穴は私の能力でとっくに塞がっています。そしてコインは全て使い切るまで遊びました。つまり金銭的にそちらの損失は無いわけです」
「本当だよ。全部お菓子とぬいぐるみになっちゃった」
瓔花が両手いっぱいの袋を見せびらかした。砂糖に油、カカオやチーズや乾物の入り混じった匂いが犬の嗅覚をこれでもかと刺激する。
「そして景品ですが、そもそもおたくのスタッフがこの水子達をちゃんと言って聞かせていれば私達も長居しなかったのですよ。本来すべき仕事を肩代わりしたのでチャラとしませんか?」
「そもそもで言えば水子はお前がけしかけた可能性もあるわ。その青い服に羽衣、悪名高い邪仙とはお前の事でしょう」
「この子達を突撃させて目的が景品ですか? それとも、他の組に雇われて営業妨害に来たとでも? 割に合いませんわ」
「そうだよ、やってないよ。本当にみんなが迷子になっちゃったから来たんだもん」
その幼子の目は純粋で真っ直ぐだ。瓔花だけではなく、他の無数の水子達も初対面の自分に冷たい視線を送っているのを肌で感じる。精神的にも物理的にも死地に飛び込んでしまったと慧ノ子は気付き始めていた。
「……とはいえ、何かしら落とし前が無いと頸牙組の面子が立たないでしょうね。それも分かりますよ」
「だな。何も成果が無しじゃ黒駒に合わせる顔が無いよな」
青娥が喋っている間に落ち着いてしまったのか、あるいは既に勝ちを確信しているのか。屠自古は生暖かい表情で慧ノ子に寄り添ってきた。その片手には瓔花から拝借した袋がぶら下がっている。
「走って腹減ったよな。ビーフジャーキー食べるか? それとも骨のおやつの方がいいか?」
「ワ……!」
耳がピンと立ち、尻尾をぶるんぶるんと震わせ……そうになる慧ノ子だったが、そこは畜生のプライドで辛うじて堪える。そんなジャンクフードで買収しようなんて、そもそもうちの景品だろと吠えようかと思ったが、野生の本能で感じたのだ。何というか、ぬいぐるみと同じ目で自分を見ているかのような、そんな不気味さを。
そして慧ノ子の直感は正しい。一度劣勢になってたじろいだ彼女はもはや屠自古にとって敵に非ず。妖怪フィルターを外してよくよく見れば可愛いワンちゃんではないか。例え両手にトラバサミの凶悪なビジュアルであっても、物理的トラップが効かない屠自古には威嚇にならないのだった。
「肉だけじゃなく野菜スティックもあるぞー。黒駒の所にも持ってってやんなー」
「……さっきから、早鬼ちゃんだの驪駒だのって馴れ馴れしいわよ! 貴方達はうちの組長の何だっていうの!」
「あー、うちの太子様が飼ってた馬が甲斐の黒駒ってだけなんだが……」
「たい、し…………?」
慧ノ子の頬にたらりと一滴の汗。そういえば、酒の席で管を巻いていたような覚えがあった。私はかの聖徳太子を背中に乗せて飛んでいたペガサスなんだぞー凄いんだぞーと。そんな凄い天馬だったら畜生界にずっと堕ちているのおかしくない?と眉唾物扱いしていたが、まさかのご本人様の関係者登場。もしや自分はとんでもない過ちをしでかしたのでは。悪寒が背中を一気に駆け廻った。
「な、ならどうして最初に言わなかったのよ、です!」
「いやあ、それは、なあ」
「豊聡耳様の御威光がこんな地の底にまで浸透してるとは思いませんし、ねえ」
つまり、勝手に威を借りた挙句通じなかった場合、オートで神子に失望する羽目になるからだ。自分達がその情けない姿を拝むのはいい。しかし居ない所で知らぬ者に舐めた口を利かれるのは許せないのである。
「昔の太子様は白い犬も飼っててさ、よく撫でさせてもらったよ。だもんでお前と争うのは私としても嫌だから、これを受け取ってくれないか?」
そうは言ってもこの場には聖徳太子と甲斐の黒駒のどちらも居ない。有名な人物なのだからこの二人が嘘のエピソードを語っている可能性もまだある。
しかし、今この場で強情を張って何になるだろうか。景品を取り戻した所で得る物なし、ボーナスもなし。黒駒本人はホワイトだと言い張るが、労働環境は普通にブラックなのだ。
「……貴方の誠意はよく分かりました。驪駒様もきっとお喜びになると思います」
だから、慧ノ子は丁寧にビーフジャーキーやその他の袋を受け取った。
どっちみち、殴り合いになったら数の暴力で慧ノ子が不利。だのに向こうから利を捨てて牙の収め処を作ってくれたのだから乗っかるべきだろう。戦わずして従うのは頸牙組の名折れかもしれないが、彼女は利口な犬なのである。
「ああ良かった! それで、来ていただいたついでと言ってはなんですが、そんな慧ノ子さんに一つお願いしたい事がありまして」
「な、なんでしょうか」
これが邪仙なのか、怒りを鎮めた途端に厚かましい。しかし話には流れがあるので聞かないわけにもいかない卑怯なタイミングであった。
「あらやだ、警戒なさらないでくださいな。犬である貴方の能力に頼りたいだけですから」
「うむ。ゾンビの私も鼻には自信があるがー、花より団子と言うしなー」
「……餅は餅屋か?」
「おーそれそれ。屠自古、キョンシー検定仮免合格じゃ」
「これで仮かよ。本試験どれだけ理不尽な問題出す気だよ」
「はいあちらの死んでる方々は置いときましてー、その通り嗅覚をお借りしたいのですよ。引き受けてくださいますか」
そういえば、仙人の肉も食べれば莫大な妖力を得られるのだとか。やっぱり特別な肉の持ち主は他人を使うのが好きなのかと、かつて自分が齧ってしまったあの人鬼の顔を慧ノ子は思い出していた。
「……嗅ぐもの次第だけど」
とは答えたものの、何を嗅がされるかなんて分かりきっている。まさか床に転がってるパチンコ玉をかき集めてくれだとか、ひっ迫した賭博中毒者の末路みたいな事は言うまい。彼女も犬である以上、それらしい事が出来るならやぶさかではないのだ。
「人捜し、正確には人魂探しね。瓔花ちゃん、ちょっと来てくれる?」
「うー……私もレディだからちょっぴり恥ずかしいけど、お願いします!」
わざわざこの子を嗅がなくてもそれは既に辺り一帯を漂っていた。人の心など無い畜生界の住人ですら悲しい気分になりそうな、乳臭さに淀んだ水、血生臭さが入り混じった臭いだ。しかし慧ノ子の知る水子の臭いとは違う点が一つあって、それは甘い桃の香り。一番強く放っているのは青娥だが、他の水子達も微かにそれを纏っていたのだ。
「……お嬢ちゃん達、身だしなみをちゃんとしてて偉いわね。貴方の仲間の場所なら心当たりがあるわ」
ここに来る前、慧ノ子は通りがかったそこで感じ取っていたのだ。それは抗争を繰り返し続ける畜生界の中で唯一の中立地点。畜生達にとって最大の娯楽施設でありながら、現在は畜生共通の敵であるファッキン邪神によって支配される聖地で、であった。