Coolier - 新生・東方創想話

『東方聖魔録』

2026/03/30 18:50:16
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第六節:癒しの葉、再び

木札と経典を受け取った住民たちは、
それぞれの家へ戻ったり、広場の隅で話し込んだりしながら、
ゆっくりと散っていった。
玄関に盛り塩を置いてみる者。
神棚の位置を整え直す者。
子どもに経典の読み方を教える者。
人里全体が、
まるで柔らかな布で包まれたような“信仰の余韻”に満ちていた。
優葉はその光景を見渡し、
胸の奥からそっと息を吐いた。
「……ふぅ……」
その横で、ココアがぱたんと腰を下ろす。
「優葉さん、すごかったです……!
なんか、みんなすっごく嬉しそうで……」
魔理沙も腕を組んだまま、
けれどどこか満足げに頷いていた。
「いやぁ、あれだけの人数を相手に講座するなんて、
普通じゃできないぜ。
あたいも途中から聞き入っちまった」
三人の間に、
穏やかな風が通り抜ける。
その時――
コツ、コツ、と規則正しい足音が近づいてきた。
振り向くと、鈴仙が足早に歩いてくる。
表情は落ち着いている。
けれど、その歩幅はいつもよりわずかに速く、
耳の動きもどこか緊張を帯びていた。
「鈴仙さん……?」
優葉が立ち上がると、
鈴仙はすぐ目の前まで来て、軽く頭を下げた。
その仕草は丁寧だが、
その奥に“急ぎの氣配”が確かに宿っていた。

――――――――――――――――――――

◆ 鈴仙の要請
鈴仙は優葉の前で足を止め、
軽く頭を下げた。
「優葉さん……すみません、少しよろしいですか。
怪我人の治療に、また力を貸してほしいのです」
その声音は落ち着いている。
けれど、耳の動きとわずかな息遣いが、
“急ぎの用件”であることを物語っていた。
優葉は迷いなく頷いた。
「もちろんです。すぐに向かいましょう」
その返事は、
まるで“当然のこと”のように自然だった。
隣で聞いていたココアが、
勢いよく手を挙げる。
「私も行きます!」
魔理沙も立ち上がり、
腰に手を当てて言う。
「よし、あたいも――」
しかし鈴仙が眉を寄せて制した。
「魔理沙、あなたはまだ本調子じゃないでしょう」
「いや、もうほとんど治ってるって!
ちょっとくらい――」
強がる魔理沙の肩に、
優葉がそっと手を置いた。
その手は温かく、
魔理沙の言葉をやわらかく包み込む。
「魔理沙さんも来てください。
まずは……あなたの治療からです」
魔理沙は一瞬だけ目を丸くし、
すぐに視線をそらして頬をかいた。
「……ま、まぁ……そういうことなら……」
照れ隠しの声は小さかったが、
その表情にはどこか安心が滲んでいた。
鈴仙はそんな魔理沙を横目に、
小さく息をついて微笑む。
「では、案内します。
皆さん、こちらへ」
こうして――
信仰の余韻に包まれた人里から、
再び“癒しの現場”へと歩みが始まった。

鈴仙に案内され、
三人は宿の一室へと入った。
畳の香りがほのかに漂う静かな部屋。
魔理沙は促されるまま座布団に腰を下ろし、
少し落ち着かない様子で腕を組む。
優葉はその前にそっと膝をつき、
静かに手をかざした。
「魔理沙さん、少し力を抜いてくださいね」
その声は、
湯氣のように柔らかく温かい。
次の瞬間――
優葉の掌から淡い緑の光がふわりと広がり、
魔理沙の身体へ染み込むように吸い込まれていった。
光は派手ではない。
けれど、確かに“生命の氣配”を帯びていた。
魔理沙の体内で、
植物由来の薬効が血流に乗って巡り始める。
冷えた土に春の雨が染み込むように、
じわり、じわりと身体の奥へ広がっていく。
魔理沙は思わず息を呑んだ。
「……あれ? 身体が……軽い……?」
腕を持ち上げると、
昨日までの重さが嘘のように消えている。
優葉は微笑み、
魔理沙の肩にそっと触れた。
「朝食と昼食で栄養が入っています。
今なら、治癒の力がしっかり働きますよ」
魔理沙は腕を回し、
足を伸ばし、
軽く立ち上がってみる。
「おお……!
これなら……明日から動けるな!」
その声には、
いつもの魔理沙らしい明るさが戻っていた。
鈴仙も腕を組み、
感心したように頷く。
「……本当に、すごいわね。
これなら自警団の活動にも支障はなさそう」
魔理沙は照れ隠しのように鼻を鳴らし、
優葉の方をちらりと見る。
「へへ……助かったぜ、優葉」
優葉は静かに微笑み、
その言葉を温かく受け止めた。

魔理沙の治療を終えた一行は、
鈴仙に案内されて宿の奥へと進んだ。
襖を開けると、
そこには昨日は動くことすらできなかった重傷者たちが横たわっていた。
昨日は食事も喉を通らず、
治療を施すにも身体が受けつけない状態だった。
だが今は――
優葉の食材による炊き出しで栄養が入り、
消化も進み、
身体が“癒しを受け入れる準備”を整えていた。
優葉は一人ひとりの枕元に膝をつき、
静かに手をかざす。
掌から淡い緑の光が広がり、
患者の身体へ染み込むように吸い込まれていく。
光は柔らかく、
まるで春の雨が乾いた土に染み渡るように、
ゆっくりと、しかし確実に広がっていった。
患者の体内で、
植物由来の薬効が血流に乗って巡り始める。
冷えた身体に温もりが戻り、
固まっていた痛みがほどけていく。
「……身体が……軽い……」
「痛みが……引いていく……」
弱々しい声ではあるが、
その表情には確かな安堵が浮かんでいた。
呼吸が深くなり、
胸の上下が穏やかになっていく。
優葉は一人ひとりの変化を確かめながら、
丁寧に、丁寧に癒しの氣を送り続けた。
その姿を見つめていた鈴仙は、
医療者としての目を細め、
深く息を吐いた。
「……優葉さんの力は……本当に“癒し”そのものね」
その声には、
驚きでも嫉妬でもなく、
純粋な敬意が込められていた。
優葉は振り返り、
静かに微笑む。
「いえ……私はただ、植物の力を少しお借りしているだけです。
癒すのは……皆さん自身の身体ですよ」
その言葉に、鈴仙は小さく頷いた。
(……この人は、本当に“神霊”なんだわ)
そう思わずにはいられないほど、
優葉の癒しは自然で、温かく、そして深かった。

――――――――――――――――――――

◆ ココアのお手伝いと優葉の薬箱
重傷者の治療が始まる前、
ココアは小さく息を吸い込み、
自分が寝泊まりしていた部屋へと走った。
畳の匂いが残る静かな部屋。
北の方角に置かれた箪笥の上に、
ココアはそっと木札と経典を取り出した。
優葉から受け取った、大切なもの。
その二つを丁寧に並べ、
両手を胸の前で揃える。
そして――
二礼、二拍手、一礼。
動作はまだぎこちない。
けれど、その一つひとつに
ココアの真剣さと、優葉への尊敬が込められていた。
祈り終えたココアは、
木札に向かって小さく呟く。
「……優葉さん、今日もがんばります」
その声は、
まるで自分自身に言い聞かせるようでもあり、
優葉への誓いのようでもあった。
祈りを終えると、
ココアはすぐに踵を返し、
鈴仙のもとへ駆け戻る。
「鈴仙さん、戻りました!」
鈴仙は包帯を手に取り、
ココアに向けて軽く頷いた。
「じゃあココア、ここを少し強めに巻いてみて」
「はいっ……こうですか?」
ココアは小さな手で、
けれど真剣な表情で包帯を巻いていく。
鈴仙はその様子を見て、
ふっと優しく微笑んだ。
「上手よ。助かるわ」
褒められたココアは、
胸を張るでもなく、
照れるでもなく、
ただ静かに頷いて――
再び怪我人の手当てに集中した。
その横顔は、
もう“ただの子ども”ではなく、
優葉の教えを胸に刻んだ
小さな治療者のようだった。

重傷者たちの治療がすべて終わり、
部屋に静けさが戻った。
鈴仙は深く息を吐き、
ココアは包帯を片付けながらほっと肩を落とす。
魔理沙も壁にもたれ、
「ふぅ……」と満足げに息をついた。
そんな中で――
優葉はそっと両手を胸の前で合わせた。
目を閉じ、
静かに祈るように指先を重ねる。
次の瞬間。
淡い緑の光が優葉の掌からふわりと広がり、
空氣の中に木の香りが満ちていく。
光が収まると、
優葉の手の中には
温もりを帯びた木製の薬箱が現れていた。
木目は優葉の御神木と同じ、
柔らかく、どこか呼吸しているような質感。
優葉は薬箱の蓋を静かに開き、
中へひとつひとつ薬を詰めていく。
・香りの立つ漢方
・小さな丸薬
・傷口を癒す軟膏
・植物由来の薬効を凝縮した薬草の粒
どれも優葉が“植物の力”を借りて生み出したもの。
その手つきは、
まるで宝物を扱うように丁寧だった。
さらに優葉は、
白い和紙を一枚取り出し、
筆を取るような仕草をすると――
和紙の上に文字がすうっと浮かび上がった。
薬の使用用途、効果、注意点。
それぞれが読みやすく、丁寧に記されている。
優葉はその和紙を薬箱に収め、
そっと蓋を閉じた。
そして、鈴仙の前に歩み寄る。
「鈴仙さん。
これからの治療に役立ててください。
使い方は……ここにすべて書いてあります」
薬箱を手渡す優葉の表情は、
どこまでも穏やかで、
どこまでも優しかった。
鈴仙は薬箱を両手で受け取り、
胸の前で大切に抱きしめる。
その瞳には、
医療者としての敬意と、
ひとりの人としての感謝が宿っていた。
「……ありがとう、優葉さん。
本当に助かるわ」
その声は震えてはいない。
けれど、深い感情が静かに滲んでいた。
優葉はただ微笑み、
鈴仙の言葉を静かに受け止めた。

治療を終えた部屋に、
ようやく静かな空氣が戻ってきた。
鈴仙が薬箱を大切そうに抱えている横で、
魔理沙はその薬箱にぐいっと顔を近づけ、
興味津々で覗き込んでいた。
「おお……これは……」
丸薬をひとつ指先でつまみ上げ、
光に透かすように眺める。
瞳が、完全に“研究者の目”になっていた。
「これ……全部植物から作ってるのか?
どうやって薬効を抽出してるんだ……?」
声には驚きと興奮が入り混じり、
まるで新しい魔法素材を見つけた時のようだ。
優葉はそんな魔理沙を見て、
ふわりと微笑んだ。
「植物の力を少しだけ借りているだけですよ。
魔理沙さんなら……きっと理解できます」
その言葉は、
魔理沙の好奇心にそっと火を灯すような響きだった。
魔理沙は拳をぎゅっと握りしめる。
「よし……絶対に研究してやる!」
その宣言は、
まるで新しい魔法の開発を決意した時のように力強い。
鈴仙が苦笑しながら肩をすくめる。
「魔理沙、まずは治りきってからにしなさい」
「うっ……そ、そうだな……」
魔理沙は頬をかきながら視線をそらし、
少し照れたように頷いた。
その姿に、
部屋の空氣がふっと和らぐ。
優葉はそんな魔理沙を静かに見つめ、
心の中でそっと思う。
(……魔理沙さんは、本当に真っ直ぐな方ですね)
治療の緊張が解け、
部屋には柔らかな温もりが満ちていった。

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