B-2:円軌道の幅 (30th Anniversary Remaster)
小鈴が稗田の家から譲ってもらったレコードコレクションは、店の勘定場の後ろの棚に収まった。いわゆる形見分けというやつだ。
「綺麗だな」
と、プレーヤーの上で回転する特殊デザインのカラーヴァイナルを眺めながら言ったのは、霧雨魔理沙だ。
「阿求のやつ、こういうの色々集めてたもんな……」
「本当に、かつての姿が偲ばれるわ……」
「ぐっすん……」
「およよ……」
「あんたら悪ノリがすぎるわ」
博麗霊夢は呆れかえりながら、滞納していた本を勘定場に積み上げた。
「そうは言うけどさ、生前葬なんてもんをやった以上、こっちだって何も無かったふうを装うのは無理だ。しっかりネタにしてやらないと阿求にも失礼だぜ」
「そりゃ芸人の論理なのよ……でも彼女、まだまだぴんぴんしてんでしょ。小鈴ちゃん?」
霊夢に話しかけられた小鈴は、はっとかぶりを振って、稗田阿求のつつましい生前葬の記憶――なにをどうすればいいのか、どういう気分でやったものか誰にも見当がつかなかったため、なぜか祝辞やお祝いや怪文書が送られてきたり、阿求本人と阿求の遺影による記念撮影コーナーができたり(誰一人として本人に物申せなかった事だが、「いえーい」と言いながら自分の遺影と一緒に写るのを持ちネタにするのだけはやめた方がよかったと、誰もが思っている)、それに献花ばかりがとにかく豪華になっていった事などが印象的だ――を、思考の脇に振り払った。
「あー、まー、そうですねえ。とはいえ身の回りの整理は着々やってるみたいですよ」
「終活ってやつだな」
「気の早いことね、としか思えないわ」
「霊夢……それこそ、私らだって十代の頃からやっておくべき事だったかもしれない。あれとか、あれとか、あれな異変とか……私らなんか、阿求より寿命が短くたって、ぜんぜんおかしくなかったし、これからだってそうだぜ」
「……そういうあんたは、自分が死ぬと思いながらあれやこれやに立ち向かってたの?」
「ん? 思うわけないじゃん。ああいうのは迷った方が死ぬからな」
友人の即答を聞いて、霊夢は苦笑いしながら、ぺっと舌を出した。
「結局、根っから生真面目なのよね、阿求って」
「私たちこそ死に対して不真面目かもしれない。それを悪いとも思ってないだけだ」
魔理沙が突き放すように言った。
やがて二人の友人が出ていって、小鈴一人きりになった店内はレコードの音に満たされた。これを聴き終えたら、今日もまた御用聞きのていで彼女に会いに行ってやろう。たぶん、まだ死んではいないはずだ。
生前葬をする阿求が新鮮で、いかにもやりそうな感じがしてとてもよかったです