Coolier - 新生・東方創想話

円軌道の幅

2024/08/16 21:58:59
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B-1:円軌道の幅 (Album Version)

 はたちになった阿求が急に体調を崩した原因は、幼い頃、左手人差し指の、肉のやわらかい部分に木のとげを食いこませてしまった記憶だった。不意にちくちくと食いこんでくる指の痛みは、とんでもない焦燥と腫れになって幼い彼女の体を責めさいなみ、やがては高熱まで発してしまった。そんな思い出だ。
「でも、それがどうしてこのレコードの記憶に紐づいていたのかしら」
 と、見舞いにやってきた小鈴は首を傾げながらレコード盤を手に取って言った。阿求曰く、このなんの変哲もない円盤こそが、発作のトリガーだったのだという。
「……あ、熱を出して魘されていた時に、ちょうど聴いていたとか?」
「そんなのんきな事、熱出してる時にしてたわけないじゃない」
「箱入り娘だものねえ」
「ただ、魘されていたというのは間違っていないわね。どうしてかわからないけれど、悪夢の中では、それよりちょっと前に聴いたその曲のワンフレーズが、なぜかぐるぐる同じ場所ばかり廻っていたのよ。」
「……阿求ほどひどくないかもしれないけど、そういう事は私にもあるわ。ひっどい二日酔いの朝とかね」
「なんだ、誰にでもある事だったのか」
 阿求は、この異様な現象が誰にも起こりうることを初めて知って、少々失望しながらぶるっと身を震わせた。
「それにしても、これはいい気がしないわ。その音だってまだこのへんを(身振り)舞っているし、いつまで経っても消える気配がないもの」
 面白い事に、まっさらに傷一つないはずの人差し指まで、過去の通りに腫れてしまっている。
「そうは言っても一過性のものなんでしょうけど、いつになったら消えてくれるのかしら」
「いずれ忘れるわよ」
「本当に?」
 熱病に浮かされて上気した顔で、挑戦的にほほえんできた阿求を見て、小鈴は少し不気味な気持ちになりながら、ようように言った。
「……こう、なにか楽しかったり……気持ちいい事をやって、その音楽と指先に紐づいた記憶を上書きしてみたらどう?」
「言いたいことはわかるけど、浅はかね」
 小鈴の提案は、阿求にとっては突拍子もない発想ではなかったようだが、現実的でもなかった。
「もう、私は何度も上書きしようとして、そのたびにむちゃくちゃになってるのよ。ばかみたいでろくでもない記憶がもう一つ増えるだけだわ。悪夢第二部って感じ」

(了)

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