Coolier - 新生・東方創想話

くはふこ、紅白

2023/07/06 08:30:17
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ごはんは、二人で食べるのが日課になった。

「調停者? よくわかんないな。妖怪なら全部殺せば良いじゃない。私は人間なのだから」
「あのなあ……我々が人間(おまえ)を畏れてどうするのだ。我々妖怪には、人間を守っている側面もあるのだぞ。人が夜の闇を畏れるようにあり、そして妖怪は、人を畏れさせると同時に監視しているのだ。さながら自然の如し。お前はそんな人間を護る人間側の……」

藍という妖狐はすっかりこの神社に入り浸っている。
ダメじゃないし、身の回りの世話をしてくれて教えてくれて助かるけれど、なんというか説教癖があるのよね、コイツ
説教が嫌いなのではなく……困ったことに、そのドヤ顔して宣う説教がちょっとだけ好きになりかけているのが嫌なのだ。

「面倒臭いなあ……だったらやっぱり妖怪に逢ったら即殺れば良いでしょうに。台風だの地震だのとか言われたって、それその気になればなんとかできるし」
「……それじゃあ、お前は私と別れて、また何処か別の場所で逢ったときに即殺すのか?」
「しないかな」
「なぜ?」
「……狡い質問だわ。あんた、自惚れてやいないでしょうね」
「ハハッ、多少はそういうのもあるよ。お前は私が嫌いかい?」
「……自分を食べるヤツを好きになるのって、難しいわ」
「好きにならなくても、敬うことは出来るだろう? お前は強さ弱さだけで何かを判断しないことを識ったはずだ」

結局こうしてやり込められる。
自分を未熟だと思ってはいるけれど、子供だとはあんまり思っていない。
だって子供だってもう産める。
やり方は知らんけど藍がそう言っていたし。
そんな或る日のことだった

「妖怪退治の依頼をしたい」
「いいよ」

言われたから即答したのに、藍は眉を顰めている。
わたし、何か悪いこと言ったかしら。

「……私の教育が間違っているのかなあ……」
「あら弱音? 大丈夫よ、ちゃんと勉強できているわ」
「そうかなぁ」
「いいから殺りたい相手を教えなさいよ」
「……妖蜘蛛だ。場所は天狗の山の向こう二つ、その辺りの岩場を毒塗れにして手下を増やしている。とても手強い相手だ」
「おっけー」
「かるいよ、お前は……もう少し躊躇とか、思惑をだな……」
「だってあんたの頼みだもの。大妖だろうが荒神だろうが、なんであれ殺してみせるわ」
「――」
「どうしたの?」

唐突に、藍のヤツが声を失って部屋を出て行った。
わたし、何か悪いこと言ったかしら。
あんたの教育は間違ってないって言いたかっただけなのになあ。
仕方ない、襖向こうに向けて言う。

「それじゃあ出かけるわ。ウチに来てんだから、おゆはんは用意してよね」
「……気をつけて、いきなさい」

どうしたのかしら藍のやつ。顔も見せずに応えが返る。
まあ、いいか。
さっさと帰って、おさかな焼いて貰おう。

……そして、蜘蛛を見付けてさっさと斃した。

ああいう奴儕って本当、私を見て嗤うのよね。そこそこ成長してきたつもりなのだけど。
なんというか、相手を畏怖させることで戦闘を回避できるようになりたいわ。
威徳ってやつが必要な理由は少しわかってきた。
……道具を使うように決めたせいで、綺麗に勝てるようにはなったけど、時間はかかるし反撃はあるしでおよそ効率的ではない。だけど、敵を殺すという行為に「決定」、「終了」、それだけに留まらない「過程」を見いだす意味を感じるようにはなってきた。
奪うのは嫌いだけど、そうせざるを得ないのであれば、せめて慈悲の一つも与えるべきなのかもしれない。まあ、その程度の心境だが。

「ただいま」

夕暮れに、降り立った。
朝に出てすぐ出立したけど随分遅くなってしまった。
途中でまたしても天邪鬼な物言いする面白妖怪に出会ってしまい、予定外に帰りが遅れてしまったのだ。
また会えるかなあ。
ああいう面白いヤツばかりなら、妖怪とやりあうのももう少し楽しいと思えるのかもしれない。道筋を見いだせるのかもしれない。
そんな風を思いながらとことこと社殿の奥へ向かう。
……奥の居間には灯りがついていなかった、

「……あれ? 藍、いないの?」

障子戸を開く。そこに生活の臭いはなかった。
おゆはんすら作っていないのか、アイツは。
腹を立たせるというよりは、はて、なにかあったのかと訝しく思い、見れば、部屋の茶卓に書き置きが一つ、残っていた。

「…………」

拾い上げて、読む。
「今後の指示は書面にてのやりとりに変える。今までの教えを忘れることなく精進しなさい」……とだけ、書いてあった。そして、最後に見たこともない文字が書かれていた。

「…………そっか」

ああ、そうか。程度の気持ちしか動かないことが自分でも嫌になる。
でも、これでいいのだろう。喰うものと喰われるもの、殺すものと殺されるものが同じ卓を囲むこと自体がおかしいのだから。

「だけど、それをおかしいと思うなら。此処、この土地、この決まり、この世界そのものが歪んでいるじゃない」

小さく呟いた言の葉が、夕闇に溶けていった。
矛盾した世界、矛盾した規則。矛盾した有り様。それを調整し、存続させる。
そうだった。その為に自分は此処にあるのだ。
……精進せよって書いてあるし、その通りにしよう。
彼女の残した言葉を大事にしたい。
その程度には、あの時間を気に入っていたのだから。

「おゆはんつくろ」

……このとき、どうしてわたしはその書面をもっと、もっとよく確かめなかったのだろう。
火種にした紙に残っていた数滴の染みに気付けなかった。
もしかしたら、無意識にそれを避けていたのかもしれない。
……その日の夕飯は、あまり美味しくなかった。

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