Coolier - 新生・東方創想話

レミリア、秋神様を羨む

2020/11/09 00:25:23
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「―――お姉ちゃんの色彩のセンスは、本当にすごいんですよ。今年は秋にしては寒いからってことで、こうしてマフラーを編んでくれたんです」
「へぇ…紅色を中心に、赤、オレンジ、黄色と、グラデーションになっているのね。なかなか良いデザインだわ」
「そうでしょうそうでしょう!」
 静葉の話を聞き始めてからしばらくして。マフラーの話になって穣子が自分のことのように胸を張っていると、さく、さくと、落葉を踏むような音が聞こえてきた。
「…あ、帰ってきた!」
 穣子がどたどたとせわしなく扉に向けて走り出すと同時に、がらり、と扉が開く音がした。レミリアがちらりと後ろを振り返ってみると、そこには、紅葉の髪飾りを身に着け、紅を基調とするワンピースを身に着けた、穣子とよく似た少女が立っていた。
「おかえりなさい、お姉ちゃん!」
 穣子がぱっと笑顔を見せると、相手の少女は、優しげな笑顔を見せながら、穣子の頭をなでた。おそらく、彼女が静葉なのだろう。活発な穣子とは対照的に、落ち着いた性格をしているようだ。けれど、そんな二人でも、本当に仲は良いんだろうな、というのは、レミリアにも見ているだけで分かった。
「ただいま、穣子」
「人里の方の紅葉は染め終わったの?」
「えぇ、とりあえずはこれで一段落よ」
「そっか、良かった!…そうだお姉ちゃん!お姉ちゃんにお客様が来ているの!」
「お客様?」
「うん。お姉ちゃんに対する参拝客だって」
 ここで、静葉は初めてこちらに気付いたようにレミリアの方を見た。レミリアはすかさず、立ち上がって、ドレスの裾を軽く持ち上げて一礼する。
「初めまして。紅魔館という館の主、レミリア・スカーレットよ。幻想郷の紅葉がお気に入りで、今日はお礼参りとしてこちらに参詣したの」
「…そうですか、これはご丁寧に。秋静葉です」
 落ち着いた表情のまま、静葉もワンピースの裾を持ち上げて一礼する。けれど、嬉しさを隠しきることは出来ないようで、少しだけ顔を紅潮させていた。すると、その静葉の背中を、穣子がぐいぐいと押して、レミリアの向かい側まで歩かせる。
「という訳で、座った座った」
「ちょっと、押さなくても良いの」
「待ってて。お姉ちゃんが大好きな芋ようかん持ってくるから!」
 つむじ風のように厨房へ消えていく穣子を見て、しょうがないな、と苦笑を浮かべながら、静葉は、レミリアの向かいに座る。そんな姿すら、じゃれているように見えて、レミリアには少し愛おしく見えた。そんなレミリアに気が付いた静葉は、少し、恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
「お恥ずかしいところを見せてしまい、申し訳ありません」
「いいえ。見ていてとても楽しいわ」
「そうですか…。それなら良いのですけど」
 ふふ、とレミリアは微笑んで、お茶を慣れた手つきで口に運ぶ。
「さっきまでいろいろお話ししていたのだけど、穣子は、とても良い子ね」
「穣子が、ですか」
「えぇ。自分も豊穣神としてたいへんでしょうに、話の端々で、常にあなたのことを気にかけていたもの。今年は秋にしては寒いから、紅葉を赤く染めている最中に風邪を引かないか心配だ、とか、色々ね」
「そうですか…あの子ってば、そんなことを」
 レミリアが素直な誉め言葉に、静葉は、少しだけ頬を赤らめさせる。
「……そうですね。あの子は、私にはもったいないくらい、自慢の妹です」

 ………自慢の、妹。
 そんなことばがすらりと、ごく素直に、口からこぼれ出てくるのか。
 そんなにすらすらと、自分の妹を褒めることばを紡げるのか。

 あぁ、やっぱり…なんて表現したら良いんだろうか、この感情は。
 何か満たされていない、というか。……満たされたい、というか。
 穣子と話していた時もそうだったけど。
 分かる。分かる気がする。あと少しでこの感情の正体が、分かる気がする。
 私が何を望んでいるのか、分かる気がする…のだけど。

 そんなもやもやした何かを抱えながらも、レミリアが静葉と話を続けていると、またどたどたと、足音が聞こえてきた。見上げると、穣子が芋ようかんを持ってこちらへ戻ってくるところだった。
「はい、お姉ちゃん」
「ありがとう」
 穣子が差し出した芋ようかんを、静葉は上品な所作で黒文字で切り分け、ゆっくりと口に運ぶ。そうして、ゆっくりと、頬を綻ばせた。
「ふふ、穣子の作る芋ようかんは、とてもおいしいわ」
「そう?」
「えぇ。本当、毎日料理の腕が伸びていると思う」
「それは…ね。お姉ちゃん最近大変そうだったし。少しでもご飯食べて、元気に過ごしてほしかったからさ」
「そう。ありがとう」
 穣子は、照れたように頬を紅潮させながらへへ、と笑う。その様子を見て微笑んだ静葉は、芋ようかんをもう一口、黒文字で切り分けて…ふと、何かを感じ取ったかのようにレミリアの方を見つめた。
 …何だろう。放っておいてはいけない、そんな気がする。
「……どうかしたかしら?」
「あぁ、失礼しました。別に大したことではないのです」
 レミリアの視線に静葉は、言いづらそうに、困ったような微笑みを浮かべ…けれど、レミリアの「気にしなくて良いの。言ってちょうだい」というような真っ直ぐな瞳を見て…ちょっと言い出しづらそうに、声をしぼり出した。

「なんとなく、レミリアさんが寂しそう…に見えたものでして」

 …………
 なる、ほど。
 刹那、一つの風景が、レミリアの脳裏によぎる。
 見えるは紅魔館の扉。そこでは、前を歩く自分が、虹色の宝石を羽にまとう一人の少女の手を引いて、外に繰り出そうとしていて…そのビジョンを、レミリアは、黙って見ていた。そんな光景だった。

 あぁ、そうか。何となく、自分の中のもやもやが何か、分かった気がする。
 きっと私は…彼女たちみたいに、なりたかったのだ。

「…鋭いのね」

 また一口、レミリアも芋ようかんを口に入れる。改めて味わってみると、やわらかい口当たりと素朴な甘さからは、紅葉を染めて回っていた姉にぴったり合うような…そんな穣子の思いが伝わるみたいで。自分たちには、きっと、なかった、そんな思いが。静葉は、外に広がる紅葉をちらりと見て、またレミリアに向き直る。
「秋の紅葉は、寂寞の象徴でもありますから。なんとなくではありますが、そうした感情も読み取ることが出来るんです」
 …なるほど。秋の紅葉は古く文学でも、秋というもの悲しさ、寂しさなどの象徴として語られてきた景物。人間に近いこともあって、そうした人間が作り出した文化にも身近な彼女は、そうした感情を読み取ることに長けているのだろう。
「…ちょっと、羨ましいなと思っただけよ。私にも、妹がいるものだから」
 外の紅葉をぼんやりと見ながら……あの紅葉のかなたにたたずむ、自分の館のことをぼんやり思い浮かべながら、レミリアは呟く。あぁ。今ごろ妹は…フランドールは、何をしているだろうか。また自分の部屋でぬいぐるみを抱えながら本でも読んでいるのだろうか。
「きっと、仲が良くない、ということはないと思うのだけど」
 けれどそれは、決してポジティブな意味ではない。
 仲が悪くなる、そんな原因が発生することがないほど、フランに接してあげることがなかった、ということ。
「私は、館を、家族を守ることにいっぱいいっぱいでね…あの子に長いこと、向き合ってあげることが出来なかった。構ってあげることも出来なかった」
 私には、あの紅魔館を。フランを初めとする家族を、守る義務があったから。幻想郷にやってくる前、吸血鬼が、異形の者たちが人間に睨まれ、迫害される中で、私は当主として、みんなを守り抜かなければいけなかったから。
 …結果、館のみんなは今も、無事平穏に暮らすことが出来ている。だから、私の行い自体は、間違っていた訳ではない。けれどその中で、私が…フランのことをほぼ気にかけることが出来なくなったのは、事実だ。
「あの子を助けたいと考えるあまり…ずっと、あの子を一人にしてしまっていた」
 私はずっとずっと、あらゆる事物を壊す能力を持っているフランを、部屋に閉じ込めていた。けれどそれは、フランが何かを無差別に破壊することを恐れたのではない。何かを破壊してしまって、傷つくフランの姿を見たくなかったのだ。フランは本来、そういう優しい子だったから。だから、あの子が傷つく前に、と、先に私があの子を傷つけてしまった。
 幻想郷に来て、赤き霧の異変で霊夢と魔理沙が来てから…あの子は紅魔館の中を行き来して、出かけられるようにもなったけれど。そうして傷つけた私が、今さらどうあの子に接してあげれば良いかが、分からなくなってしまった。
 私は、フランの今を何も知らない。魔理沙と何を話しているのかも、あの子が今、どんな本にはまっているのかも。魔理沙のほかに、仲が良い者がいるのかどうかも。声をかける、そんな勇気が、方法が、分からなくなってしまったから。

「そんな私からすると、お互いに足りない部分を支えあうことが出来て、互いに誇りに思うことが出来るような姉妹って…私たちにも、こんな姉妹生活があったのかな、て思うの」

 手を握って、一緒に出かけられるような…お互いに笑いあうことが出来るような、そんな姉妹生活が。

 秋姉妹は、そんな私の独白を、口を挟まずにきちんと聞いてくれた。そうして聞き終えて…静葉はレミリアの隣へと移動して、レミリアと同じ方向を見つめた。
「…私たちにだって、至らない点はたくさんあります」
 そうして、ぽつり、と静葉は呟く。
「本当にちょっと前までは、お互い、相手の持っているものばかり見えて、羨ましいとしか、思えなくなってしまって。だから、それをきっかけに喧嘩したりとかも、しょっちゅうだったんです」
「あなたたちが?…それは、意外ね」
 まるで何ということもないかのように…良い思い出でもあったかのように、穏やかに語る静葉に、レミリアは赤い瞳を大きく見開く。そこへ、穣子もよいしょ、と静葉の隣に座った。
「そうですね。あの時は…お恥ずかしい話ですが、たいへんでしたね」
「ねー。作物の収穫にも影響出ちゃって…後でこっぴどく叱られてしまいました」
 たはは、と穣子は恥ずかしそうに笑う。本当…そんな大変なことがあったというのに、どうして彼女たちは今こうして笑いあうことが出来るのだろうか。レミリアにはそれがすごく不思議だった。
「その後、お互いに向き合って話して、大切なことに気付くことが出来て…私たちは、今に至るんです」
「大切なこと?」
「はい」
 そう静葉は頷きながら、穣子の方に向き直る。

「私と穣子は、どこまでいっても『家族』で…『家族』だという意識がある限り、いつでも互いに向き合うことが出来るんだ、って」

 …「家族」。それはレミリアにとっても、とても重要で、何よりも大切なことば。
「『家族』だという意識がある限り…か」
「はい。だからきっと、レミリアさんも今からでも決して遅くないと思います」
 言葉を復唱してみるレミリアに対し、静葉はゆっくりと、まるで優しく目の前に舞い降りる紅葉の葉っぱのように微笑む。
「レミリアさんは、『家族』を大切にする立派なお姉さんだと…今お話を聞いていて、分かりましたから」

 家族を守るために、ただただ必死に生き続けている、そういう姉だから。
 家族との絆を作るに当たって、何に葛藤しているか、それが分かっているから。
 そして、家族であるフランと、仲良くなりたいと…そう望んでいるから。
 レミリアはまだ、これからでもフランと良い姉妹を築くことが出来る。
 手を取り合って、外に出かける…お互いに誇りをもって、笑いあうことが出来る、そんな未来を、築くことが出来る。
「あの…私がワイン造りのために紅魔館に来た時、その妹さんを紹介してくれませんか?」
 穣子がそう、ひょっこりと顔を出して、レミリアに問いかける。
「ぜひ、妹さんとも…私は仲良くなりたいんです」
 …それはもう。願ってもない話だ。きっと、この子なら。フランの良き友人になることが出来るだろう。
 レミリアは、満面の笑みでもって、穣子の問いに答えた。
「もちろん。あの子もきっと喜ぶでしょうから」

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