Coolier - 新生・東方創想話

レミリア、秋神様を羨む

2020/11/09 00:25:23
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 秋神様の家は、祠からもう少し山へ入ったところにある、古き良き日本民家…そう表現するのが正しいような、茅葺き屋根の家だった。レミリアは、畳の上に慣れた様子で正座しながら、緊張した面持ちの秋神様――――確か、秋穣子と名乗っていたか―――と対峙していた。
 ふぅ、と一息。とりあえず、まずは相手の懐までは入ることが出来た。
 霊夢たちから聞いた話によると、秋神様は、収穫と大きく関わりがあることから、特に人間と近い関係にいる神様らしい。なので、信仰に来たり関係を持っていたりする者も人間中心で、妖怪の知り合いはほぼほぼ妖怪の山の者が主だそうだ。
 そんな自分の祠に、自分みたいな見慣れない妖怪がやって来て、しかもお参りまで始めたら、もしかしたら気になって顔を出してくるかもしれない、と思っていたが、思った以上にうまく事が運んでくれたようだ。まぁ、お参りしたかったというのも本当だったから、出てこなかったとしても、それはそれで良かったのだけど。
 さて、こうも相手が緊張したままだと、話がなかなか進まないだろうし…―――まぁ、見知らぬ、それも、自分で言ったらあれだけど強力な妖怪相手ならそうなるかもしれないが―――こっちから切り出していこうか。
「穣子…で、良かったかしら?」
「は、はい」
「これ、手土産として持ってきたの。受け取ってちょうだい」
 そう言いながら、バスケットから、立派な瓶を取り出して、穣子に手渡す。
「ありがとうございます。…あの、なんですか?これ」
 穣子は、戸惑った様子で瓶のラベルとにらめっこする。あぁそうか。そこに記されているのは西洋の言語だから、ここの者たちが読めなくても無理はないかもしれないわね。
「紅魔館で醸造しているワインよ。葡萄酒…といった方が分かりやすいかしらね?」
「葡萄酒!!」
 途端、穣子は目をランランと輝かせて、レミリアの方を見つめた。あまりの変わりように、レミリアは一瞬気圧されそうになりながらも、ことばを紡ぎ続ける。
「えっと…もしかして、葡萄酒を見るのは、初めてかしら?」
「はい!」
 おぉう。とても元気が良い。
「はるか西の国では、葡萄からお酒を造るという話だけは聞いていたんです。最近幻想郷でも葡萄自体は普及して食べられるようになってきたから、今度はそのお酒を造ってみたいなと常々思っていて。けど、そもそも実物を見たことがなかったので、まずは一口飲めたらな、と気になっていたところだったんです」
 なるほど。
 西洋文化になじみのある自分たちからすれば、葡萄から醸造されるワインこそが秋の恵みの象徴みたいなところがあったけれど、遠く離れた幻想郷では、そうではないのだろう。…なんにしても、自分は、意図せずして、とても良いお土産を持ってきたらしい。
「あ、すみません…嬉しさのあまり、はしゃぎすぎてしまいました」
「ふふふ、良いの良いの」
 はしゃぎすぎたのを恥じて縮こまる穣子に、何でもないようにレミリアは手を振る。
「そうだ。あなたさえ良ければなのだけど、今度、ワインの醸造法を教えてあげましょうか?」
「良いんですか?」
 再び目を輝かせる穣子に、レミリアはにっこりと笑う。
「えぇ、もちろん。うちのメイド長がとても優秀でね、ワインの醸造も得意としているの。一声かけてくれれば話を通しておくから、いつでも声をかけてちょうだい」
「ありがとうございます!」
「良いのよ。私も、幻想郷に合ったワインが何か、気になっていたところだったし。あと、神様なんだから、簡単に頭を下げなさんな」
 とにかく、これで緊張はある程度は解けたらしい。「お姉ちゃんと一緒に後で飲もうっと」と呟きながら、穣子はいそいそと、ワインを棚にしまいに行った。
「ところでレミリアさんは、今日はどうしてこちらに来たんですか?」
 ワインを棚にしまいながら、穣子が本題を尋ねてくる。
「私、紅葉が好きでね。この季節になると、いつも真っ赤に染まる景色を楽しませてもらっているの。ここに、紅葉を赤く染める神様がいると聞いて、お礼参りに来たの」
 レミリアが答えると、穣子は、あー、と呟きながら、レミリアの前にお茶とお茶菓子を持ってくる。どうやら芋ようかんらしい。
「だとすると、私じゃなくて、お姉ちゃんに対する用事、てことですかね」
「お姉ちゃん?」
 黒文字で切り分けた芋ようかんを口に運びながら、レミリアは穣子に聞き返す。ふむ。さつま芋本来の甘みが出ていて、おいしい。これならお茶にもよく合う。
「秋の神様というのは、私と静葉お姉ちゃんの、二柱からなるんですよ」
 穣子の話を要約すると、目の前にいる穣子は、秋の神様の中でも豊穣や秋の作物の収穫を司る神様で、紅葉を赤く染めているのは、彼女の姉である秋静葉という神様である、ということらしい。なるほど、豊穣の神様だからワインに対する食いつきがあそこまで良かったのか、とレミリアは納得した。
「それで、静葉は今どちらにいるの?」
「ちょうど、まだ紅葉しきっていないところを染めにあちこち回っているところかと…そう遅くないうちに帰ってくるかと思いますけど、良ければ帰ってくるまで待ちますか?」
「そうね…それなら、そうさせてもらおうかしら」
 穣子からの申し出に、レミリアはこくりと頷く。お茶を一口。ふぅ。この時期だと、これくらいの温かさがちょうど良い。
「きっと、」
「ん?」
「お姉ちゃん、こうして来てくれる方がいるって聞いたら、とても喜ぶと思いますよ」
「………」
「お姉ちゃんは、自分の紅葉がお気に入りみたいで、いつも私に自慢しているんですよ。それはもう、しつこくてうるさいくらいに」
 そう話す穣子の笑顔は、ことばとは裏腹に、まるでほくほくに焼けた焼き芋かと思うくらい、温かく、朗らかだった。
「けど、祠に参拝客が来ても、祈りの対象になったり感謝されるのはいつも私ばかりで…だから、こうして静葉お姉ちゃんのために参拝に来てくれた方がいる、というのはお姉ちゃんにとって、とても励みになると思うんです」
 ……なるほど。豊穣や収穫という、人間の生活に直結する性格を持つ穣子に対し、木々を紅葉させる…という、少なくとも一見直接生活に関係しなさそうな静葉は、人々の信仰の対象になりにくいのだろう。しかも、人々からの信仰が厚い穣子と共に祀られている分、意識されることすら少ないのかもしれない。それがおかしい…とは、レミリアも思わない。世の中きっとそういうものなのだ。
 …それにしても。
「さっき、静葉はいつも自分の自慢をしている、と話していたけれど」
 レミリアは、思ったことを、素直にことばにする。

「…穣子にとっても、静葉は、自慢の存在なのね」

 なんだか、そんな穣子が、レミリアにとっては、とても身近で、眩しい存在に見えた。
 自分にとってそこまで自慢の存在だから。
 姉である静葉のことが、本当に大好きだから。
 穣子は姉のことに対して、そこまで笑顔でいられるのだろう。

「…そうかも、しれませんね」
 穣子は照れくさそうにえへへ、と笑う。それに対し、レミリアもにっこりと、笑い返した。
 …気になる。もっともっと、この姉妹にがどんな姉妹なのか、聞いてみたい。

 そして、「聞いてみたい」という関心と共に。
 …何やら、表現出来ないような。ちょっと複雑な感情が自分の中に出てきていることに、レミリアは気付いていた。
 …穣子の話を聞いていれば。静葉に会うことが出来れば。
 この良く分からない気持ちも、うまく説明することが出来るのだろうか。

 ―――ふっ、と。虹色の羽が、頭をよぎった。白い手が、自分の目の前に伸ばされた。そんな気がした。

「穣子」
「はい?」
「…良ければ、静葉が帰ってくるまで…あなたから見た静葉のこと、聞かせてもらえないかしら?」
 穣子は、その申し出に対し、一瞬びっくりしたような表情を浮かべるも、すぐに嬉しそうに微笑みながら返した。
「はい、もちろん!」

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