Coolier - 新生・東方創想話

水と千里の星海ホロスコープ

2020/07/28 22:03:12
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数日後、椛との待ち合わせを目前に控えて、にとりは機材にノギスを当てていた。
「調整難しいなぁ、流石は外の世界から来た舶来モンだよ」

買ったものを買ったまま使うなんて、そんなことはエンジニアとしての血が許さない。
そもそも季節の移ろいで金属が膨らんだり縮んだりして、この機械は本来の性能を発揮できる状態になかった。
だから、一つずつ分解して人間がここへ込めた想いを撫でる作業を、このところずっと続けていた。
寝るのも食べるのも時間が惜しい。食事は南瓜を入れた芋粥だけ。
一寸? 米粒? いや、髪の毛一本ほどの隙間や狂いも許されない。
幻想郷で使うものは、この際多少の隙間があっても、鍋底でもなければ案外何とかなったりするものだ。
ところがこれはそんな代物じゃなくて、しかも椛まで誘っている。失敗は許されない!
昨日人里にも行って、彼女が好きそうな干し肉も買っておいた。
ちょっと味付け薄めで、大きめに切り出してガッチリ噛めそうなものだ。そのためだけにたっくさんの勇気を使った。
いつフラッシュフラッドをぶっ放してもおかしいくらい心臓がバクバクだった。
でも、椛にお願いされたものだけは、絶対に手に入れたかった。そして成功した!
そしてそれは今、忘れないように他の荷物と同じ場所へ丁寧に包んで置いてある。
再び機械に向き合う。精密ドライバーでぴったり嵌合を固定すると、にひーと顔を綻ばせた。
完璧だ。これなら絶対、星を捕まえられる!
「こんにちはぁ。にとりちゃーん、いるー?」
「あぁ、いるよー。ちょっと待ってて!」

椛の、ころころと甘くて舌っ足らずな彼女の声が家の中に響く。彼女の声を聞くと、機械ばかりの日常に安心がやってくる。
にとりは顔を上げて返事をすると、「それ」以外にもテントだの飯盒だの色々風呂敷に詰めた。干し肉も忘れずにポケットへ入れる。
椛の前にぱたぱたと姿を表した。そして開口一番、彼女が頭を指差してきた。
「あーっ、また髪がぼさぼさー! また機械弄りに熱中してたんでしょう? めっですよ、女の子なんだからちゃんとおめかししないと」
「ふぇ? あははー、驚異的な集中力と引き換えならこれくらい惜しくもなんともないさ」
「だーめーでーす! 出かける前に身だしなみは整える!」

お前は私のかーちゃんか……そう言おうとしたが、自分の服を見てなるほどと思った。
「分かったよ、ちょっと待ってて」

油で黒く汚れたツナギ。こんな格好で椛と出かけるのは、確かに嫌がられてもおかしくはない。そもそも椛が汚れちゃう。
椛の服を見る。白い装束に赤と黒のスカート。こんな可愛さに勝てる訳がない。第一大きいし。
彼女ほどには可愛くならないにしろ、最低限身だしなみは整えていこう。
軽く水を浴びる。この季節はとにかく汗が流れて気持ちいい。
服を水色のワンピースに変える。
後は髪を──と思っていたら、椛が仁王立ちしていた。
「私が梳かします!」
「えぇ、いいよ、自分でもできるよー」
「だーめーでーす! ボサボサ頭のままになるのは見えてます!」

椛はちょっとガンコなところがある。こうなると聞かない。
にとりは半ば諦めの境地で、鏡台の前に座って櫛を渡した。
「全くもう、これならもう少し早く来れば良かったです。っていうか予想はついてたのに」
「ごめんごめん、でも星は一つや二つじゃないから、ゆっくり行こうよ」
「むぅ。でも謝ってくれたので許しちゃいます!」

椛に櫛を入れてもらう。心地良いような、こそばゆいような感覚が頭と胸に走った。
他の娘にしてもらうのは、ちょっと抵抗感がある。でも椛なら平気だ。
何度も何度も椛に髪を触られる……何だか落ち着かなくなってきた。
「で、そろそろ教えて下さいよぅ。それは何なんですか? あんまり重いと運べませんよ?」
「そうだね。これは『望遠鏡』っていうんだ。二ヶ月くらい前、香霖堂で売っててさ。月と星を見る道具だっていうから買ってみたんだ。そしたら色んなところが凄くてね──っと、椛に関係ある話をしとこう」

風呂敷から飛び出ている、白く塗られた棒。その太い方の先端は、今は空っぽだ。長さは椛の腕くらい。
次に風呂敷の中をがさごそやって、レンズも見せる。蓋を被せて中身は見えないが、ピッカピカなるまで磨き上げた。
そして折り畳まれた三脚。これまた同じくらいの長さで、夕陽に照らされてキラキラするくらいにはキレイにした。
「これを使うと、すっごく遠くにあるものをハッキリ見れるのさ。それこそ、彗星のしっぽも、月でウサギが餅つきしてるところも、きっとね。重さは三貫くらい、かな? いや四貫あるかも」
「四貫! 大丈夫かなぁ、お休みの日でも太刀は外せないんですよぅ」
「あら。それならちょいちょい休憩しながらでお願い」
「はぁい」

しばらくして、できましたよと肩を叩かれる。ここからは自分の仕事だ。
髪を結い上げて、ホオズキの種みたいな髪飾りで結ぶ。
今日は一発でぴったり結べた!
「へっへっへー、ありがとね椛。やっぱりしっかり整えた方が気分がいいや」
「でしょう?」

改めて荷物をまとめ直し、いよいよ家を出る。ちょっと雲は出てきたが、多分問題ないだろう。
「あの山のてっぺんってさ。雲より上らしいんだよね。それを確かめに行くのも一つの目的さ。『雲より上』ってどんなとこか、知らないでしょ?」
「あぁ、だから星降山なんですね! 確かにあそこは他よりも頭一つ高いですよね? いつも稜線を見てはいましたけれど、行ったことはなくて。えぇっと、何でしたっけ、あそこの二つ名?」
「『流れ星のゆりかご』だよ。あそこなら絶対星がいっぱいある! だから私らは行くんだよ! これは大いなる冒険なんだ!」

拳を握って、親指をグッと高く掲げる。椛は拍手ぱちぱち、テンションはアゲアゲ。
絶対成功させてみせる!
「ということで、この荷物で乗れるかどうか試してみたいんだけど?」
「ええ、いいですよ。にとりちゃんはちっちゃくて軽いですから、短い距離なら何とかなると思います」
「むうー、それどういう意味だい?」

椛はくすくす笑いながら、頭をなでなでしてきた。いやなんか子供扱いされてないか? 確かに身長は低いけど! ついこの間撫でたけど!
ふわり──と椛が純白の翼を広げる。いつもは畳んでいるそれが、夕陽に照らされて輝いている。羽の一枚一枚にツヤがあって、眩しいくらいだ。
一枚で三尺とも四尺ともいえるくらい大きい。何度か見た光景ではあったが、しばらく見とれてしまった。
彼女がしゃがむ。風呂敷を担いでその上に乗る。
こうやって移動するのは初めてかもしれない!
「うっ、これは時々休憩しないとやっぱり厳しいですね」
「ごめんごめん、でもちょっと頼むよ」
「はぁい」

干し肉を渡す。椛はぱぁっと顔を輝かせて、彼女は一口だけかじった。しっぽの動きがいつもより激しい。嬉しいのがよく分かる。
そうして、ふぁさふぁさと翼を振り始める。
「しっかり捕まってて──でも首は掴まないで下さいね!」
「あいさ、よろしく!」
ふわっと椛の身体が浮き上がる。にとりは正座の体勢で椛の背中に乗って、脇の下から腕を回して抱きつく。
「じゃぁ、行きます!」

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