Coolier - 新生・東方創想話

古道具屋探偵森近霖之助/超能力探偵宇佐見菫子 File.001 封獣ぬえ殺人事件

2020/05/05 10:02:50
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「おっと」
「ぐえっ」

 僕の体を強烈なGが襲い、潰れたカエルのような声が出た。くらくらする頭で周囲を見渡せば、僕たちは幻想郷の空、人里が一望出来る場所にいることが分かった。香霖堂からここまでは結構な距離があるはずなのに、飛んでいた時の記憶が一切ない。

「そういえば、音より早く飛んでいては喋ることも出来ませんね。これは失敬」
「……そう思うならもう少し優しく運んでほしいものだ」
「今日の寅の刻、人里に住む男性が被害者を発見しました」

 僕の不満も彼女には届かず、事件のあらましを聞かされている。どうして僕の身の回りの人間はこうも人の話を聞かない者ばかりなのか。

「被害者の名前は封獣ぬえ。人里の通りで、背中を矢で貫かれた状態で倒れているところを発見されました」
「まった、被害者というのは……もしかして妖怪なのかい?」
「ええ。言ってませんでしたっけ?」
「僕は殺人事件があったとしか聞いていない」

 殺“人”ではないなどと揚げ足を取る気はないが。
 妖怪が殺される。これは言葉以上に大きな意味を持つ。
 そもそも、妖怪というのは簡単に殺されるような存在ではない。こと肉体的な損傷については人間とは比較にならないくらいに強く、腕や足を切り落とされた程度では簡単に治してしまう。

「そもそも、妖怪が弓矢なんかで殺せるものなのかい? ましては封獣ぬえといえば、幻想郷の中でもかなりの力を持った妖怪だ」
「鵺、だからじゃないですか? 伝承上、鵺は源頼政という武将に打ち取られていますが、なんでもとどめを刺したのは弓矢だそうですよ? 妖怪はそういった云われに弱いですからね」

 妖怪が云われや伝承に弱点を持つというのは知っているが、どうも釈然としない。例え鵺という妖怪が弓矢に弱いとして、だとしても大妖怪である彼女をそうも易々と殺せるだろうか。それこそ、実際に源頼政が使用した矢でも使わない限り……。

「まさか、本当にその矢が……?」
「さあ? 私も、香霖堂へ行く前にちらりと見てきましたが、見た目には普通の矢と変わりありませんでした。でも貴方なら、触るだけで分かるでしょう?」

 僕の能力。道具の名前と用途が分かるという、その程度の力。もしかしたら、その矢に触れることが出来れば、何かが分かるのかもしれない。

「もしかして、そのために僕を連れてきたのかい?」
「はてさて、それはどうでしょうか。それよりも着きましたよ、現場に」

 人里の道。いつもは多くの人が行き交っているが、今日ばかりは皆一か所に集まり動かないでいる。
 恐らくその中心にあるのだろう。奇怪な死を遂げた大妖怪、封獣ぬえの遺体が。

 §

「これは霖之助さん、お疲れ様です」

 僕を見付けるなり敬礼で迎えてくれた彼女は上白沢慧音君。人里で自警団のリーダーを務めている。事件の度に顔を合わせており、ここにいるということは彼女も自警団として事件の捜査を行っているのだろう。

「敬語なんてやめてくれ。僕は自警団とは違ってあくまでも一般人だ。それなのに敬語なんて使っていては、自警団として人里の人たちに色々と示しがつかないだろうに」
「いえ、霖之助さんには何かといつもお世話になっておりますから」

 彼女は生真面目なのだが、こういうところではなかなか譲らないのが玉に瑕というべきか。僕は誰かに敬礼とかされるような大層なではないし、それになんというか落ち着かないのでやめてほしい。

「それで、何か分かったことは?」
「詳しい検死は出来ていませんが、脈や瞳孔反応は無し。死因は背中から刺された矢による出血死だと思われます」
「ふうむ……文君から聞いた通りか。となると、気になるのはその矢か」
「見た目には普通の矢のようでしたが……何か気になる事でも?」
「それを調べに来たようなものさ。それより……」

 ちらりと事件現場から目を逸らす。そこには地面に手をついて泣き崩れている女性がいた。

「彼女は?」
「ああ、彼女は聖白蓮さんです。命蓮寺の住職で、被害者である封獣ぬえさんとは命蓮寺で一緒に暮らしていました。封獣ぬえさんが被害に合ったと命蓮寺に連絡したところ直ぐに来てくれまして」
「ご遺族……ということになるのかな」

 彼女になら何か情報を持っているかもしれない。話を聞いてみるか。

「あの……少しよろしいですか」

 僕が声を掛けると、しゃっくり混じりではあるが、それでもこちらの声に答えてくれた。

「……貴方は?」
「僕は森近霖之助。まあ……不本意ながらこれでも探偵みたいなことをしていまして」
「探偵……ですか」
「今回の事件、解決のためによろしければお話を聞かせてもらえませんか? ぬえ君のことを聞かせてほしい」

 僕の質問に対し、彼女はぽつりぽつりと漏らすように話し始める。

「ぬえは、……とってもいい子でした。少々いたずら好きで、周りの人達を困らせることはありましたが、寺のお手伝いもしてくれる、優しい子です」
「優しい子、ですか」
「ええ。あの子はあまり自分のことを話す子ではありませんから、空回りしてしまったり分かってもらえないこともありますが、それでも優しい子です」
「それでは、彼女が被害に合った原因に心当たりは? 誰かから恨まれていたとか」
「そんなことはありません! 彼女はとてもいい子です! 誰かから恨まれるなんて、そんなこと……!」
「例えですよ例え。ほら、いたずら好きと言ってましたし、そのいたずらの標的にされた人が腹癒せに……なんてことも」
「ぬえは、いたずら好きではありますが、誰かに殺されるような強い恨みを買うような、そんな質の悪いことをしたなんて話は聞いたことがありません。それなのに、……それなのに……どうして……」

 そこまで話すと、彼女は再び泣き出してしまった。どうしていいか分からずあたふたとしていると、「失礼しました。ほら、聖様。後は自警団たちに任せて」と尼さんのような恰好をした人に連れていかれてしまった。彼女が落ち着いてから話を聞けるといいのだが。
 話を聞く限りでは、素行に問題があった、という訳でもなさそうだ。怨恨の線は薄い……のだろうか。とはいえ、聖さんは被害者の身内。誰かを庇って嘘を……ということが出来る人には見えないが、多少の色眼鏡がかかっていても仕方のないこと。今は話半分に留めておくくらいが良さそうだ。
「それより、被害者の遺体は?」
「それでしたら、こちらに」
 手で示されたほうを見れば、不自然に盛り上がった茣蓙が敷かれている。おそらくその下に封獣ぬえの遺体がある。ここは人通りもあるし、子供に見せないための処置だろう。
「中を見ても構いませんか?」
「ええ。ご遺体には触れないようにお願いします」

 茣蓙を軽く持ち上げ、中を覗き込む。そこには黒髪の少女の骸があった。背中からは3対6本の羽、間違いなく封獣ぬえだろう。幻想郷縁起に書かれていた挿絵と一致する。
 そしてその背中には、深々と刺さった矢。これが死因であることは素人目にも明らかだった。

「うわ~これはえっぐいわね」

 確かに、血だまりに沈む彼女の姿は、あまり見ていて気分の良いものではない……

「って菫子君! いつの間に!」
「失礼ね! 私を置いていったのは霖之助さんじゃない!」
「いや、正確にはそこにいるブン屋が勝手に僕を拉致したわけで……」
「いいからもうちょっと中を見せてよ。まだ手掛かりが残っているかもしれないし」

 中を覗き込もうとする菫子君。そんな彼女を、僕は脇で抱え込むようにして持ち上げる。こんなもの、子供が見ていいもののはずがない。

「ちょ、ちょっと! 何するのよ!」
「流石に、子供に死体なんてものを見せるわけにはいかない」
「え……ええ!?」
「ここは僕が見ておくから、君は別の場所を見てきてほしい」
「分かった! 分かったから! ……降ろしてよ、恥ずかしい」
「……ああ、それは済まない」

 慌てて彼女を地面に降ろす。彼女は顔を赤くしてその場に降りると、無言でスカートの裾を手で叩く。
 そしてコホンと咳払い。その後には、さっきまで赤くなっていた顔はなく、自信満々……というより傲慢不遜なんて言葉が似合いそうなほどにキリっとした顔をした菫子君がいた。

「さあ! 超能力探偵宇佐見菫子こと私が来たからにはもう安心して! 大丈夫! 事件の犯人は私が必ず暴いて見せるから!」
「いいから、付近の探索をお願いしたよね? 早く言ってきて」

「……はい」

 §

「全く……霖之助さん、私をいつまでも子供扱いするんだから。私だって高校生、立派なレディーだってのに……」

 ぶつぶつとぼやきながら歩く私。
 今、私は道に点々と落ちている血の跡を追いかけている。血の跡はほぼ人里の中心で倒れた遺体から大通りを一直線に伸びており、相当長い距離を歩いたことが分かる。
 聞き込みによると被害者は矢で射抜かれたままこの道を歩いてきて、目撃者の前で倒れたらしい。『今朝、命蓮寺に住む封獣ぬえさんが殺害された。背中を矢で刺された状態であっちから歩いてきたとの話だから、そこを調べてほしい』とは霖之助さんの言葉。今の私にはその霖之助さんの言葉以上にこの事件のことを知らないわけで、調べてほしいというならもう少し情報共有をしてほしいものだ。
 それに付近を調べてくれだなんて……霖之助さんは私を助手か何かと勘違いしてるんじゃないの? そもそも、自分では超能力探偵なんて名乗ってはいるが、超能力は荒事にしか使っていない。サイキッカーではあるけどエスパーじゃないし。手を使わずに物を動かしたり瞬間移動したり火を出すことは出来ても、透視も千里眼もテレパシーで相手の考えを読むことも出来ない。結局は自分で見て聞いて調べて考えるしかないのだ。

「それにしても、……あの命蓮寺に住んでいる妖怪が被害者……ね。前に入道を従えた尼さんを見た事あったけど、色んな妖怪がいるのね。……尼さんって妖怪だっけ?」

 命蓮寺というところは確か人と妖怪の平等を謳うお寺だと聞いている。ホウジュウ ヌエさんとやらには気の毒だが、妖怪が沢山いて面白そうだ。今度遊びに行くのもいいかもしれない。修行はちょっとごめんだが。
 となると、あのホウジュウ ヌエさんも妖怪だったのだろうか。さっき遺体を見たときは「人里に住む一般男性」くらいにしか思わなかったけど、ここ幻想郷では妖怪の見た目と中身の違いほど当てにならないものは無い。もしかしたら彼も大妖怪の一人かもしれない。
 事件現場から離れたここは人の往来もいつも通りだが、血の跡は点々と残っている。そりゃあそうか。血の跡なんて不気味なもの、わざわざ踏んで歩こうなんて思う人はいない。
 しばらく歩き続けると、血の跡が途切れているのを見つけた。

「ここで終わっている……ということは、ここでヌエさんは矢で射抜かれた……ということになるのかな」

 人里の外れ、ちょうど中と外の境目の門の前で途切れている。門の外には田畑が広がっており、農作業にせっせと勤しむ人たちが見える。
 周囲には争ったような痕跡もなく、門の前には一際大きな血だまりがあるだけだ。建物も近くには何件かあることから、おそらくどこかから隠れてヌエさんを射抜いた……ということだろうか。そうして背中を貫かれて、それでも完全に命を落としていなかったヌエさんはヨロヨロと人里を歩いたがやがて力尽きた……と考えるのが自然か。
 ここにはそれ以上のものは見つからなかった。とにかく、今は霖之助さんのところへ戻って共有を……。

「……あれ?」

 そう思ったことでふと気付く。
 命蓮寺は人里の外れにある。
 もし、背中を射抜かれたヌエさんが人里の外れにある命蓮寺に戻ろうとしたのなら、なぜわざわざ人里の大通りの中心をすすんだのだろう。
 なら助けを呼ぼうとした? だったらわざわざ人里の中心まで行かなくても手ごろな家の扉を叩けばいい。じゃあ治療のため永遠亭に? それも同じで人里の外にあるのだからこの道を通るのはおかしい。

 なら、……どうしてヌエさんは矢で射抜かれた状態で、人里の中心へ向かったんだ?

 §

「——それからは、自警団の方がここに来やして、あとはあんたらの知っている通りです」
「そうですか。貴重な情報をありがとうございます」

 目撃者の男性から話を聞くことが出来たが、依然として事件の全容を掴めていない。それに、事件は早朝。今のところ目撃者はこの男性以外にはおらず、事件解決は難航しそうだ。

「あややや、そろそろ矢のほうも見てくれませんか? やっぱり気になるのはそこです。かつての大妖怪を屠った矢がここ幻想郷に流れ着いたのなら大スクープですからね!」
「あ、ああそうだね。済まない」

 こうなれば、目下最大の手掛かりはやはり目の前の遺体に刺さっている矢だろう。
 再び茣蓙をめくる。そこには変わらずぬえ君の遺体が横たわったままだ。一応、慧音君に断りだけいれておこうか。

「被害者の背中の矢に触れても構いませんか?」
「え、ええ……それは構いませんが」

 どこか戸惑う慧音君。確かに、遺体に刺さった矢に触ってみたいというのも変な話かもしれない。
 最も、それも僕の能力があるが故。この手で触れれば少なくともこの矢が云われのあるものかどうか分かるだろう。事件解決の頼みの綱は僕が握っているのだ。
 だが、その綱はあっけなく僕の手からするりと逃げて消えてしまった。

 突如としてぬえ君の遺体が燃え出したのだ。

「な、なんだ!?」

 慌てて手を引っ込める。どうにか火傷しなくて済んだ。

「な、なんということだ……お前たち! 早く水を!」

 慧音君が叫ぶ。僕や文君もバケツリレーに参加して水を掛けるが、まるで遺体を油にでも漬け込んでいたみたいに火は消える気配がない。

「ぬえ……ぬえー!」

 白蓮さんの悲痛な叫び声が聞こえる。
 そんな中。人里が突如発生した火災に混乱し叫ぶ中でも、僕の耳には聞こえた。
 ヒョウヒョウという、まるで恐怖心を煽り立てるような不吉な鳴き声が。鵺という妖怪、平安の世を恐怖に陥れた大妖怪の鳴き声が。

「火災!? これどういうこと!?」

 聞き覚えのある高い声。菫子君が血の跡の調査から戻ってきたようだ。

「ちょうどいいところに! 君も火を消すのを手伝ってくれないか!」
「まかせて! 超能力『ハイドロキネシス』!」

 菫子君は超能力で井戸から大量の水を持ち上げ、そのまま火の上に落とす。大量の水によってどうにか鎮火することが出来たが、後に残されたのはそのほとんどが燃え尽きた茣蓙と、もはや誰なのかすら分からないほどに燃えてしまった、かつてぬえ君だった黒い人型の塊。矢に至ってはもう見る影すらない。
 風が吹き、黒い塊の表面がポロリと剥離する。
 火は消えたが、それを見た人々に植え付けられた恐怖まで消えることはなかった。そしてその恐怖は、謎の鳴き声によって増幅されていく。

「なあ……おい、聞いたか今の?」
「ああ、聞いた。……ありゃあ間違いなく鵺の鳴き声だ」
「ばっか、何言ってんだ。鵺なら今目の前で燃えたじゃねえか!」
「じゃあさっきの鳴き声は何なんだよ!?」
「俺が知るかよ!」

 阿鼻叫喚に包まれた人里。
 誰が封獣ぬえ君を殺害したのか、あの鳴き声は誰のものなのか。手掛かりは炎に包まれて消え、後に残されたのは恐怖と謎だけだった。

「霖之助さん、……これはどういうことなの?」

 菫子君が聞いてくるが、僕にだって何がどうなったのか分からない。

「これは……参ったな。まさに正体不明じゃないか」





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