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古道具屋探偵森近霖之助/超能力探偵宇佐見菫子 File.001 封獣ぬえ殺人事件

2020/05/05 10:02:50
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 幻想郷の人里を、男が鍬を肩に担いで歩いていた。

「ふあぁ~あ~」

 男の口から大きな欠伸が出るが、それも仕方のない頃だろう。なんせ今は寅の刻、まだ日も昇っておらず空が薄っすらと明るくなっているかいなかくらいの早朝なのだから。
 季節は春の半ば。特別暑がりなこの男は、日中に農作業を行えば暑くて作業にならないので、春から夏に掛けては日が昇り切る前に家を出て農作業を始めるのが習慣だった。
 とはいえ、夏場なら同じように早朝から農作業を開始する同業者も多いが、今は春の半ば。早朝はむしろ肌寒く、こんな時間に外を歩いているのはその男だけだった。

「とっとと終わらせて家に帰って寝てえもんだ……」

 男の独り言も、誰の耳にも届かず人里の闇に消えていった。
 今、ここには男しかいない。独り言を話すのも、足音を立てるのもその男だけだ。
 男もそう思っていたのだが……。

「……ん?」

 正面に人影が見えた。
 フラフラと歩くその姿。俯いていて顔は見えないが身長は低く少女のそれ。それに何よりも特徴的な3対6本の羽には見覚えがある。いや、実際に見るのは初めてだが、稗田の嬢ちゃんが書いた本で見た。
 間違いない。正体不明だとか言われている妖怪、封獣ぬえだ。
 確か命蓮寺に住んでいると聞いていたが……こんな時間に人里で何をしているのだろうか。妖怪は夜に出るものと相場が決まっているが、……不気味だ。寺で飼っている妖怪なら夜中に出歩かないようちゃんと躾けてもらいたいものだ。

「触らぬ神に祟りなし……ってな」

 とはいえ、あんな子供みたいな見てくれだが妖怪は妖怪。関わるとろくなことにならないし、ここは素知らぬ顔で目を逸らして横を通り抜けるのが一番だろう。

「……フフッ」

 笑い声が聞こえ、思わずそちらを剥いてしまう。封獣ぬえがこちらを見ており、目が合ってしまった。
 そして、その顔は笑っていた。青ざめてはいたが、間違いなく笑っていた。
 どのくらい男と妖怪は目を会わせていただろうか。永遠のような一瞬の間、お互いに見つめ合った後、その妖怪は膝から崩れ落ち、道端に倒れてしまった。

「おっ……おい! あんたどうした!?」

 男は人並みには厄介ごとが嫌いだが、人並みにはお人好しだ。妖怪とはいえ、少女の姿をした誰かが目の前で倒れられては流石に放ってはおけない。とっさに駆け寄り、声を掛ける。
 しかしその妖怪からの反応はない。声を掛けるだけでは無駄だと思い、揺さぶって起こそうとその体に触れて……。
 にちゃ、という湿った感触が、妖怪の着ている服越しに伝わってきた。嫌な感触だった。
 べっとりと男の手を赤く染め上げたそれはどう見ても……

「な……なんでぇこりゃあ!」

 血だ。
 鉄臭く赤い液体がべっとりと男の手にこびりついていた。よく見れば背中には矢が突き立っているのに今更気が付く。そこから出た血が地面に滴り落ちてゆっくりと血だまりが広がっている。

「だ……誰かー!」

 気が動転した男には、もう鍬を投げ捨て大声で助けを呼びながら走り回ることしか出来なかった。いや、腰を抜かして動けなくなるよりはよっぽど上出来か。
 そして、男が走り去ったそこには、血を垂れ流しながら人里の道に倒れる妖怪一人だけになり、再び人里は静寂に包まれた。



「アハッ」

 §

 その日の僕が目を覚まして最初に聞いた音は、どんがらがっしゃんという大きなものだった。いや、正確にはその音に叩き起こされたというべきか。
 時計を見れば卯の刻。朝っぱらという言葉が一番似合う頃合いだ。
 音が響いてきたのはここ香霖堂の店のほう。少なくとも今自分が寝ているこの部屋で何かが崩れたような痕跡はない。店のほうで積み上げていた道具が崩れでもしたのだろうか。

「やれやれ……騒がしいものだ」

 いつもの作務衣を羽織って店へと向かう。最もここ香霖堂は僕の店であると同時に家でもあるわけで、ドアを開ければ店はそこなのだが。

「あ痛たたた……テレポート失敗しちゃった」

 ドアの先。多くの貴重な品々が並ぶその中心には、大量の道具に埋もれている少女がいた。紫の制服とマント。最近この香霖堂によく来るようになったお得意様だ。
 寝る前に鍵は掛けたはずだが、明けられた痕跡はないしそもそも鍵は僕しか持っていない。大方、ドアからではなく瞬間移動で入ろうとした先で転んだというところだろうか。

「はあ……菫子君。また君か……。テレポートじゃなくて普通にドアから入ってくれといつもいっているだろう」
「あはは……ほら、まだ朝早いし? ノックして起こしちゃ迷惑かな~? ……な~んて」
「その結果、君が起こした騒音によって僕の目覚めは最悪なものとなった訳だが?」
「むぅ……それは、あれよ。重要なのはその行いではなく、相手を気遣うという心情そのものだと思うのよ」
「つまり結果はどうであれ自分は僕を起こさないように気遣ったのだから問題はないと? よくもまあそんなことをぬけぬけと……」
「それに、現役の女子高生に起こしてもらうなんて、外の世界じゃお金を払ったっていいっていう人がいっぱいいるんだから。むしろ感謝してほしいくらいよね」
「君に起こされて喜ぶ? ……………………ハッ」
「あっ!? この人鼻で笑った! 笑いやがった!」

 ただ、彼女と僕は口論が絶えない。世間一般的には仲が良くない、というべきか。ひっそりと暮らしたい僕と秘密と刺激が何よりも好きな彼女とは多分馬が合わないのだろう。

「とにかく、この崩した商品はちゃんと片付けておくように。……まったく、昨日は遅かったんだ。僕はもう少し寝かせてもらう」
「その前に謝罪しろー! 乙女の純情を傷付けるのは万死に値するのよ!」

 カシャ。
 僕と菫子君が言い合っていると、聞き捨てならない音が聞こえた。

「ふぅむ。『古道具屋の店主と外の世界の女子高生が痴話喧嘩。破局か!?』……ですかあ。うーむ、ゴシップ、三面記事もいいところですねぇ。まあ、新聞のネタにはさせてもらいますが」

 音のしたほうを見れば、カメラをこちらに向けている者がいた。まだ開店前だというのに、どうしてこうも朝から人が集まるのか。それも目の前にいるのは多分客ですらない。
「あ、どうも。清く正しい射命丸です。いつも文々。新聞を御贔屓にしていただきありがとうございます」
「別に贔屓にはしてないさ。投げ込まれるから読んでいるだけだ」

 彼女は射命丸文。以前から香霖堂に度々来ては取材だの宣伝だのと何も買わないのに来ていたが、ここ最近は僕たちの振舞いが原因でその頻度が増えているわけで……。

「ちょ、ちょっと! 痴話喧嘩って何よ!? そんな記事書いたりなんてしたら承知しないわよ!」

 などと考えていると菫子君が記事の内容について文君に噛みついた。菫子君と文君。以前はドクモなどと呼ばれて喜んでいたが、今では仲があまりよろしくない状態だ。

「痴話喧嘩ではないと。ならなぜ言い争いを? お二人は恋人同士ではないのですか?」
「「違う!」」

 文君の素っ頓狂な発言に、思わず声をそろえて否定してしまった。

「あややや、仲がよろしいことで。この様子じゃ、破局ということはなさそうですね。……残念。流石にデマを記事にするわけにはいきませんから」

 彼女の新聞趣味は好きにして構わないが、その趣味に僕たちを巻き込むのは勘弁してほしい。見たまえ。菫子君なんて顔をこんなに真っ赤にするくらい怒っているじゃないか。

「それより、わざわざ君がこんな早朝に来たということは、ただ新聞を手渡ししに来た……というわけじゃないんだろう?」

 その一言で、スッと空気が冷える。文君は変わらずニコニコとした笑顔のままだが、さっきまでの飄々とした態度が明確に変化したのが分かる。

「お鋭いことで。実は今朝、人里で遺体が発見されたんです。それも他殺の疑いあり」
「他殺!?」

 菫子君が驚いた様な声を出す。そういえばこれまで多くの事件に(不本意ながら)絡んできた僕たちだが、人死にに関する事件に絡んだのはこれが初めてかもしれない。

「……遺体とは、また不穏な話だね?」
「ええ。そんな訳で同行取材をお願いしたいのです。貴方と一緒ならより事件の本質に踏み込めて新聞の信憑性もグッと上がるんです。私も知っていることはお話するのでここはギブアンドテイクといきましょう」

 要は、新聞のネタに僕たちを使わせろということだ。流石に殺人事件であることないこと書くようなことはしない……と思うが。事件は憶測が広がれば広がるほど、どうしても推理に不要な色眼鏡が次第に出来てしまうもの。余計な情報をばら撒かれないよう、彼女の目付役がいるに越したことは無いだろう。

「ちょ、ちょっと霖之助さん!」

 色々考えていると横から菫子君が袖を引っ張りながら小声で話してくる。心なしかどこか高揚しているように見える。むふーという鼻息が聞こえてきそうだ。

「霖之助さん! これは事件よ!」
「まあ、そうだろうね」
「これを引き受けないようじゃ探偵の名が廃るってものよ! ここでズバッと解決すればこの探偵事務所も一躍有名になるってものよ!」
「別に僕は探偵じゃないし、殺人が起きてそれを笑顔で言うのは流石に不謹慎だと思うが」
「何よ。じゃあ霖之助さんは殺人事件を放置してていいっていうの?」
「いや、そうは言ってないが」
「なら決まりね!」

 それだけ言うと菫子君は文君と向き合う。相変わらず僕の話を聞かない子だ。

「それじゃあ、改めて……ようこそ! 我が探偵事務所へ! 散らかっているけど歓迎するわ!」
「いや、ここは僕の古道具屋だから。事務所じゃないから。それと散らかしたのは君だ」

 とはいえ、この様子じゃ引き受けるのは確定だろう。僕も殺人事件なんて聞いて放っておくことなんて出来ない。

「……やれやれ。仕方ないな」



 ここは香霖堂。僕が経営する道具屋だ。魔法の道具から外の道具まで幅広く取り扱う、自慢の店。
 当然、そんなものを取り扱えば摩訶不思議な事件に巻き込まれるのも日常茶飯事なわけで。最近この店に入り浸るようになった菫子君と一緒にそんな事件を解決していくうちに、不本意ながら僕たちはこう呼ばれることになった。
 ——古道具屋探偵 森近霖「あややや、折角ですが移動しながら説明しますので」
 文君は僕を米俵でも抱えるように片手で持ち上げると、そのまま飛び上がった。

「おい! 人が考えている時に何をしているんだ! 今すぐ降ろしなさい!」
「殺人事件なんて、こんな美味しいネタ、他の天狗に先を越される訳にはいきません。このまま人里までひとっ飛びしますよ。じっとしていてくださいね」
「そもそもまだ引き受けるとは言ってな……」

 彼女は幻想郷最速を自負する烏天狗。僕の言葉なんかよりも速い速度で連れ去られてしまった。



「え? 私は?」





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