終幕 人間的な、あまりに人間的な……
ふたりは歩き、ひとりは宙に浮いている。地霊殿からすこし離れた場所にある、血の池へと向かっている。
あれから、あまり経たぬころ、ついにすべての地獄の鬼がすがたをけした。それにともない亡者を捕らえる、多くの施設が放棄された。しかしべつに、そこへこのんで行く者はいない。誰も死の跡地へ近づきたくはなかったし、むろん用などなかったからである。
じきに、ある覚リが地霊殿に就任すると、話題にあがるはずである。もしかすると、一部では不満の声がひびくかもしれない。しかし、そんなことは一瞬だけだ。退屈をまぎらわせるための、たんなるひやかしでしかないのである。やがて人界の鬼がくれば、話題もそちらへ持っていかれてしまうことだろう
この閉鎖された旧地獄では、誰がどこに住んでもよいし、何をしてもかまわない。互いに過剰な干渉は避け、置きざりにされた者として、ひっそりと生きつづけてゆくのである。この土地は、そんなふうに冷えている。
雲山を、外に待たせて、ふたりは血の池の傍に立つ。
水蜜が座って、血を飲みはじめた。ゆびの隙間から、血は線状になってこぼれおちる。
「おいしい?」
「あんたほどじゃないわ」
水蜜は、手を一輪の口に押しあてる。血は、腐った命でねばついていた。
「どう?」
「どうって? ……分からない。でも、飲めないこともない」
血の池に、ふたりの影が映っている。
ふたりのあいだには、命と死の壁があった。しかしそんなことは、大きな問題でもないだろう。さらに巨大な相違として、ふたりのたもとをねじっているのは、罪の軽重だけだった。その点だけが、いまだにふたりを隔てている。
「聖さまを助けよう」 一輪は言って 「私たちは、あのひとがいなけりゃ会うことなんてなかったの……恩を返さないと」
「生きているかも分からない」
「分かってる。だから、待つの」
「待つ?」
「ここから出られる日を待つの、待ちつづけるの。あんたもいっしょに、待ってくれる?」
「一輪が言うなら、協力するわ。私だって、聖のことを助けたいしね……でも、そのあとはどうするの。聖を助けて、それから?」
「どうって?」
ふと、一輪は気がついてしまう。水蜜が、捨てられる寸前の、犬のような目をしていることに。彼女はなぜか、ほほえんでしまう。それから右手で、頬をやさしく撫でてやる。
「あんた、私をたぶらかして、地獄の道づれにしたかったんでしょう? いまでも、そうなんでしょう……」
「うん」
「いいわ、私も地獄についていってあげる。だから、これまでのことは許してほしい。それで、アイコよ」
「いいわ。でも、それじゃあ釣りが余ってしまうんじゃない?」
「アハハハ、何それ……笑える」
弟子の不始末は、師の不始末……子の失態は、親の失態……罪びとを連れあいにするならば、同じ罪をかかえこんでしまうべきである。それができなければ最初から、幽霊を恋びとになどしないものだ。
一輪が、水蜜の小袖に手を伸ばす。
「できるのかなあ? ふつうの、生者みたいにさ」
「練習しましょう。時間はきっと、いくらでもある。それに、うまくいかなかったら……それはまあ、そのとき考えることにすればいい……水蜜。服、脱がせるわ」
燃えあがり、冷めはしない……ふたりは、互いの皮フの下を這いまわる……そして、ついに血の絶叫も、終着へとたどりつき、もう用はなくなった。
ふたりは別離を屈服させることだろう。
さあ、聖さまを助けよう。仏の力は、信じる者を助けてくれる。
そのあとはまた、いつかきっと、影の国へ!
判決
雲居一輪 幻想郷 第××季 ××ノ×
血ノ池【新】ニテ、終身刑ニ処ス
罪状 殺戮 姦淫
死因 溺死【自決】 情死【自決】
村紗水蜜【仮名】 幻想郷 第××季 ××ノ×
血ノ池【新】ニテ、終身刑ニ処ス
罪状 殺戮 喪失 姦淫 教唆
死因 溺死
喪失者たちの記念碑 終り
それは誰もが肝に命じなければならぬことと、改めて思わせてくれる作品でした
いっぺんに読んでしまったのですが240KBもあったのですね。
合間に入る新聞や報告書のたぐいがどんどん読ませる助けになっているように思います。
ムラいちって村紗が病んでいて一方で一輪はまともっていう作品が多いように感じますが、こういう一輪の方も病んでいるようなのが好きです。
波乱万丈の末に妖怪になった一輪ですからこういう屈折したところがあるだろうというのが自分の中の一輪像なので。
特に結末というか、最後の文々。新聞以降の部分が素晴らしいと思います。
カタルシスを得るというのはこういうことだなと思いました。
普段感想など書きなれないものでうまく自分の持っている感想が文章にできないのですがとてもいい作品でした。
素晴らしい作品をありがとうございます。
暗い雰囲気の退廃的なレズがストライクゾーンにはまって涙がにじみ出る箇所が多々ありましたよ
白蓮の影が薄いところと激しいバトルがなかった分点を引かせていただきました
読み切った余韻が抜けないこの感覚は久しぶりかもしれません。ああ、沼に引き込みやがって、ちくしょう!こんなどろどろの感情たちを読むのは私ゃね、私ゃねぇ……いっぱいちゅき(ポッ)
ひとの概念を失った一輪はともすれば“がわ”のある幽霊みたいで、だからこそ惹かれも嫉妬もするのだと唸ると同時に尊さで胸がはちきれました。小町をはじめ地底時代に関わったキャラたちも魅力にあふれ、個人的にはつんけんしてないパルスィが新鮮で可愛かった(だけでなく本質を潜ませている彼女特有のいやらしさが最高)です
こいしの歪さもああ覚りだなぁとぞくぞくさせてくれる狂い具合でした。彼女もまた渇きを抱えたひとりなだけに、手に入らない寒さはいかほどか、いかほどか。ひとも、化生も、妖怪も、はじまりはいつもだれかの心のなかで、手段は違えど繋がりを求めてもがいているのだなと感じました
里で起きた殺戮は罪状に記されたとおりふたりなのか、一輪を守れなかった雲山の嘆きなのか、それともおまえを吸い過ぎた小刀が付喪神となって魂を求めたのかは私には読み解けませんでしたが、あの事件がふたりをたどる糸となって、彼女たちの存在を確かにする記憶であればよいですね
とても素敵なひとときを楽しませていただきました(そしてあとがきで笑いました)、このムラいち読めてよかったです、ありがとうございました
蛇足かもしれませんが誤字脱字報告にて終わりたいと思います↓
掏り合わされる脚をわざと無視してしばらく胸を弄っていると、→すり合わせ・擦り
もし発生器官があれば、絶叫していたにちがいない。→発声器官
帰依してなんていないかった……→いなかった?
しかしそれ以上に罪の想起はみ、じめで怖ろしいことである。→想起は、みじめで?
「私、思うんですけど。自分をきらうやつが、どうしたらこの世消えるのか……→この世から?
『まったく、責任転換もはなはだしいわ。ところで―――→責任転嫁?
以上です
一番最後のは少し自信がなく、意図して言わせていたのでしたらごめんなさい汗(ほかの報告も違ったら重ねてごめんなさい汗)
ただ、主題から外れるのかもしれないとしても、雲山の扱いがあまりに軽薄で影響力が無さすぎて違和感
全部のキャラクターが、どれもまともでなく、作中でも言われている通り、地獄にはヤマメくらいしかマトモなのがいない。ガワは整っていても、中身はトチ狂っていて、特に一輪の心象は濁流と淀みの繰り返し、読んでいて不安定になってくる、分裂者の言い回し。
果たして私がこの物語をどこまで読み解けているかというと、それは地獄の一丁目までというところなんですが、それでも最高でしたと言いたいから感想を書いてます。
これで終わりか、あっけない、救出のシーンや、その後の小野塚、古明地との絡みも見てみたかった、と思ったのちに、本一冊分を読まされていたのを再確認して、これだけ書いてもまだ足りないのか、広がる世界はどこまであるのかと戦々恐々しました。
幽霊の魂の定義が殊更に好きです。
この作品は氏の幽霊かもしれません。熱を吸われました。
面白かったです。ご馳走様でした