Coolier - 新生・東方創想話

鈴奈庵妖魔本貸出記録帳~消えた『御伽草子』

2017/08/20 22:07:34
最終更新
サイズ
22.7KB
ページ数
4
閲覧数
3732
評価数
10/11
POINT
920
Rate
15.75

分類タグ

 梅雨が明けて夏真っ盛りの幻想郷。照りつける日差しが肌をじりじりと焼きつける。厳しい暑さに人々は昼間の外出を避け、朝と夕方に活動するようになる。
 人里で貸し本屋を営む少女も例にもれず、部屋に籠り猛暑を凌いでいた。
「今日も外は日差しが強くて暑そうね。そんなときは読書に限るわ!」 
 鈴奈庵のカウンターテーブルに本を積み重ね、読書に励む小鈴。
 店の品物である本を私物同然に扱っている事が親にばれて何度か怒られたことがあるけれど、中々止めることはできない。客から要望があれば貸し出し、本を傷めないように大事に扱えばなんら問題はないはずと考える小鈴であった。
「外来本を読んでて思うけど、外の世界って想像が及ばないと言うか……本当に不思議な世界よね。写真が付いてる本もあるけれど、現実味がないし空想に思えて仕方ないわ」
 独りごちて外来本を机上に置く。外来本として流れ着いた雑誌には幻想郷の外の文化を特集したものが多く、外の世界を知るきっかけにはなるのだが理解することはとても難しい。そのため、貸し本としてもあまり人気はなく在庫として抱えることが多い。
「外来本の雑誌は扱いに困るわ。溜まる一方で貸し出しも買手も現れない。どうしようかしら……今度阿求に相談してみよーっと」
 呟きながら積み重ねた本を漁る小鈴。新しく入荷した本なのでまだ全部には目を通せていない。次にどれを読もうかとわくわくしながら本を見定めていると興味深い本が見つかった。
「――んっ、これってもしかして、もしかしてだわ! 次はこれを読もう!!」
 久しぶりに価値のある本に出会えて小鈴は興奮した。大まかに目を通したい気分を抑え、最初の頁からゆっくりと読み堪能する。初めて出会った本との接し方に小鈴はいつも悩む。興味のあまり、じっくりと読まずに大まかに目を通して後悔したことは何度もあった。
「先がとても気になるから大まかに目を通したいけれど……いつもそれで後悔するのよね。辛抱して、じっくり読まないと!」
 眼鏡をくいっとあげて意気込んで読もうとした瞬間、来客を告げるドアベルが鳴った。
「あらら……いらっしゃいま――あっ、いつもありがとうございます!」
「いえいえこちらこそ」
 来訪者は小鈴の挨拶に、手を振って答えた。
 笠を被った和服の細身の来訪者はその身体に似つかわしくない大きな籠を背負っている。来訪者は背中から荷物を下ろし小鈴の方を見ると、一瞬肩をびくりと震わせ驚いた素振りを見せた。
「……? あの、どうされました?」
「いや、あっ……。お嬢さん、面白い本を読んでらっしゃるなと思いましてね」
「この本の良さが分るんですか!?」
「えぇ、まぁ……それなりに」
 突如現れた本の理解者に小鈴は喜んだ。ぜひとも語り合いたいと思うが、まだ全部読めてないので先の展開を話されてしまうのは出来るだけ避けたい。小鈴はジレンマに襲われ、どうすべきかと頭を抱えて悩む。そんな小鈴の様子を見て、来訪者は笠を深くかぶり口元を手で覆って何かを考え始めた。己の表情を隠して考え事をする様子はとても怪しく見える。しかし本のことをひたすら考え、葛藤する小鈴には来訪者の怪しい挙動に一切気付く事はなかった。



 梅雨が明けてしばらく晴天が続いていたが、ここ数日は雨模様が目立つようになってきた。今日を含めるとこれで四日連続の雨降りだ。里の人々は涼しくて過ごしやすいが、農作物への被害がでないか心配だと口々にしていた。
 人里の貸し本屋の少女は部屋に籠り、連日の雨を凌いでいた。
「雨ばかりで外に出る気が起きないわ。こんなときもやっぱり読書に限るわね!」
 鈴奈庵のテーブルカウンターに本を並べ、小鈴は読書に没頭する。とはいえ、連日雨が続くと本が湿気で傷んでしまうのであまり雨は降って欲しくない。あまりにも続くようなら対策をしなくては、と考えていると誰かがドアベルを鳴らして入ってきた。小鈴は本から顔を上げて入口を見ると、傘を畳んで水を落としている阿求の姿があった。
「あ、阿求じゃない。今日はどうしたの?」
「新しく入荷した本があるって耳にしたからそれでね」
「それでわざわざ雨の中……ごくろうねぇ」
「わざわざと言うほどでも……。小鈴が引きこもりがちなだけではないかしら?」
「そうかなー……?」
「たまには外に出かけなさいよ。ところで入荷した本ってどんなの? 見せてくれるかしら」
 阿求に促され小鈴は椅子から立ち上がり、書架に向かった。阿求も小鈴の後に着いて行き、背後から小鈴が本を探す様子を覗いた。
「うーんとね、入荷があったのは外来本の雑誌と御伽草子が幾つか。雑誌は相変わらず変なのばかり……所謂、ファッション誌と科学誌かな。中々に理解しがたくて、どこが面白いのかさっぱり分らないわ」
 小鈴はため息交じりに説明し、書架から取り出した雑誌類を阿求に手渡した。阿求は渡された雑誌をパラパラとめくり斜め読みする。
「私も知識として蓄えはするけれど、面白いとは思わないわね。外の世界の人間なら興味を持てる内容なのかしらねぇ」
「外来本の雑誌って扱いに困るのよね。ねぇ、阿求。何とかならない?」
 小鈴に尋ねられた阿求は顔に手を添え、少しばかり考えるとすぐに返答した。
「そうねぇ……。元々外の雑誌だから、幻想郷の人々が興味を持つかと言われたら難しいわね。その雑誌類が必要になるときが来ない限り一般には広まらないと思うわ。一部の好事家を除いてね」
 阿求の言葉を聞き小鈴はなんだぁ、と溜息をついた。阿求に相談すればどうにかなると踏んでいたがこれではお手上げだ。
 阿求は残念そうにしている小鈴に雑誌を返し、入荷した本についてあらためて尋ねた。阿求は雑誌よりもう一方の本が気になって仕方がなかった。
「それで、入荷した御伽草子の方はどうなのかしら?」
「御伽草子ね! 何冊かは以前入荷した本と被りがあったけど、一冊だけ面白そうなのがあったよ」
「へぇ、どれどれ?」
「ちょっと待ってね、あっちの棚にあるから」
 小鈴は雑誌の棚から文芸の棚に移動し、阿求に勧めるべく本を探す。
「えっとね、ここの棚にあるんだけど。あれ、どこにしまったけ?」
「私も一緒に探すわ。本のタイトルは?」
「『浦島太郎』っていう本よ。これがまた凄い内容なんだから!」
「それなら私も知ってるわ。前に読んだことあるから」
「――なんだ、阿求は知ってたのね。せっかく自慢しようと思ったのに」
 小鈴は阿求にこれ見よがしに自慢しようと考えていたが、阿求の素っ気ない反応にがっかりした。落ち込んでいる小鈴を見た阿求は励まそうと、言葉を繋いだ。
「でも、私が読んだのは阿求になる前の代だからあらためて読んでみたいわ。昔読んだ時と内容が違うかもしれないし」
「内容が違う……? どういうこと?」
「『浦島太郎』は日本に昔から伝わっている御伽話だから、作成された時期によって、内容が異なるのよ。伝聞していく過程で違う内容になったり、語り継がれる地方によって差異があるってことよ」
「色々と派生があるってことね……」
「そういうこと。小鈴がさっき言ってたけど、タイトルが被ってる本でも読んでみたら中身が少し違うってこともあるわ。ところで、本当にこの棚なのかしら。全然見当たらないのだけど」
「え、うそ。確かにここに戻したんだけど」
「誰かに貸しちゃったとか?」
「いや、そんなことないわ!」
 小鈴は慌てて貸出記録帳を確認した。しかし、そこには『浦島太郎』を貸し出した記録は一切なかった。
「やっぱり、貸出記録にもなかったわ……」
「もしかして小鈴無くしたんじゃ……」
「ぇえええええええええ、うそぉおおお――――」
 小鈴は頭を抱えショックのあまり大絶叫した。

コメントは最後のページに表示されます。