「もう、いきなり大声あげないでよ! びっくりするじゃない!!」
「ごめん……だって」
大切な貸し本を紛失して小鈴は意気消沈した。可能性がありそうな他の棚もいくつか見て回ったけれど、『浦島太郎』が見つかることはなかった。
「これだけ探しても見つからないなんて奇妙ね。もしかして、紛失したんじゃなくて誰かに盗られたんじゃないかしら?」
「えぇ……そんな、そんな酷いことする人居るなんて……」
ひたすら嘆き続ける小鈴と、どう声をかけるか悩む阿求の元に新たに訪問客が現れた。
「どうしたんだ! 大声が聞こえたけど何かあったのか?」
小鈴の大声を聞きつけて駆け付けたのは霧雨魔理沙。小鈴は魔理沙を一瞥すると瞬時に駆けより服を掴んで左右に揺さぶった。
「分った! 魔理沙さんがやったんでしょ!! 私許しませんよっ! さあ早く出しなさい!」
「――ぁあっ! なんだなんだ!? どういうことだ説明してくれ!」
突如小鈴に詰め寄られた魔理沙は事態が飲み込めずにいる。阿求を見ると小鈴ほどではないにしろ、怪訝そうな瞳で魔理沙を見つめていた。
「なあ、二人してどうしたんだ。これは一体何なんだ?」
「魔理沙さん白々しいですね! あなたが鈴奈庵の本を盗んだんでしょ!」
「はぁ? それは誤解だぜ。私がいつ、小鈴の所の本を盗んだ? 私は今まで利用金を払ってきたし、今日だってほら。本を返すためにここに来たんだぜ」
魔理沙は小鈴の腕を振り払い、懐から借りていた本を取り出した。その本は確かに小鈴が魔理沙に貸し出したもので、貸与記録にも載っていた。
「それにだ! わざわざ本を盗んだ奴がノコノコと現れたらそいつは馬鹿だ。私なら普段接点のない場所を狙う。そうじゃないと疑われてしまうからな」
「なるほどね……一理あるわ。流石魔理沙ね」
魔理沙の主張を聞き、納得する阿求。しかし小鈴は未だ疑いの目を魔理沙に向けている。魔理沙は自身の疑いを晴らすべく、小鈴にことの詳細を尋ねた。
「なあ、ところで無くなった本はどんなのだ? まだそれすら私は聞いてないんだが」
「『浦島太郎』っていう本よ」
「『うらしまたろう』……?」
本のタイトルを聞いても事態が飲みこめない魔理沙。演技をしているようにも見えない。もしかしたら魔理沙は無関係なのかもしれない。阿求は事態をはっきりさせるため小鈴に質問を投げかけた。
「ねえ、小鈴。『浦島太郎』が入荷してから今日までに魔理沙が鈴奈庵を訪れたことはあった?」
「えーっと……恐らくないわ」
「じゃあ、魔理沙が『浦島太郎』を知るきっかけは今日までなかったんじゃないかしら?」
「――あっ。じゃあ魔理沙さんじゃないってこと……?」
「だから違うってさっきから言ってるだろ!」
早合点をした小鈴は何度も謝罪した。いきなり疑われた魔理沙は複雑な気分であった。
「はぁ……ここまで疑われたんじゃ首を突っ込まずにはいられないな。無くなった本はどんなのだ? もしかして稀覯本だったりするのか?」
「うん。海に関する記述があるから、幻想郷においては稀少価値のある本だと思うわ」
「ほう……それは気になるな。詳しく聞かせてくれ」
「私より阿求の方が詳しいみたいだから、説明お願いできる? 私はお茶を用意するから」
「えぇ、任せて」
「というわけで『浦島太郎』には色々派生があるの。今回無くなった本がどんな内容かは分らないけど、私が知ってる内容で良ければ話すわ」
「ああ、ぜひとも頼むぜ」
「私が読んだ話と阿求の知ってる話に違いがあるのかも気になるわね……」
阿求はお茶を口にすると二人の願いに応えるべく話しだした。
「昔日本に丹後という国があって、そこに浦島っていう人がいたの。その人の息子が浦島太郎と言うの。浦島太郎は漁師をして両親を養っていて、ある日いつものように釣りをしていると亀がかかったの。浦島太郎は『亀は万年というのにここで殺しては可哀想だ。逃がした恩を忘れるな』と言って、亀を海に逃がしてあげたわ」
「自分の都合で捕まえておいて、逃がしたから恩を忘れるなって随分と身勝手な奴だな……」
「まあまあ、魔理沙さん。とりあえず続き聞きましょう?」
阿求の話に横やりを入れる魔理沙を制止させ、小鈴は阿求に話の続きをお願いした。
「それから数日後、女性が浜辺に舟を漕いで浦島太郎に会いに来たの。女性は『私は姫の使いとして貴方を迎えに来ました。姫が亀を逃がしてくれたお礼に宮殿へ招待しています。来てくださりますか?』と言った。浦島太郎はその女性と共に舟に乗り、宮殿へと向かったの」
「なあ、阿求。その宮殿ってどこにあるんだ?」
「諸説あるみたいだけど、舟で渡った先にある島か大陸とされてるわね」
「……そうか。続きを頼む」
「それから浦島太郎は三年間宮殿で暮らしたの。でもある日、両親が心配になって姫に帰りたいと言ったわ。そうしたら姫は『自分はあのとき助けられた亀でございます。ありがとうございました。お土産にこちらの玉手箱をお持ちください』と言って、浦島太郎を浜辺に帰したの。浦島太郎は住んでいた村に帰ろうとするも、村は跡形もなく消え去っていた。混乱しながらも知人を探そうと走り回ったけど見つからず、唯一見つかった一軒家で老人に浦島太郎のことを尋ねた。その老人は『浦島太郎は七百年も昔の人間で近くにある塚がその両親の墓だ』と指をさして言ったの。驚くべきことに、浦島太郎が姫と宮殿で三年暮らしている間に地上では七百年も時間が経ってたわけ。絶望した浦島太郎は手元に残された玉手箱を開けてしまい、老人になってしまいました。というお話よ」
「…………ホラーだな」
「私も初めて読んだ時は魔理沙さんと同じ感想だったわ……」
「あら、ということは小鈴が読んだ『浦島太郎』もこんな内容だったの?」
「うん。ほとんど同じかな」
「そうなのね……それは少し残念。でも、二人の役には立てたみたいだから良しとするわ」
一通り説明を終えた阿求は再びお茶を口にし、喉を潤した。
魔理沙は阿求から聞いた話を噛み砕いているのだろうか、ぶつぶつと独り言を呟いている。そして、何か閃いたのだろう。表情を明るくすると、小鈴の方を向き提案した。
「なあ、小鈴。私が『浦島太郎』を探そうか?」
「えっ、本当ですか! もし見つけてくれたら次回本を借りる際にサービスしますね!」
「よし、私に任せろ。一度疑われた以上、何もしないのは癪に障るからな」
魔理沙は席を立ち、鈴奈庵の入口に立てかけていた箒を手に取って、鈴奈庵を後にした。
「あ、魔理沙。ちょっと待って!」
魔理沙を追いかけ、慌てて阿求も鈴奈庵をあとにした。
「あっ、二人とも……」
阿求と魔理沙に置いてかれ独り、鈴奈庵に取り残される小鈴。悩んでいる間に二人が出て行ってしまったので無くなった『浦島太郎』についての情報を伝え損ねてしまった。
「あの本、微かだけれど妖気を感じたのよね……。きっと妖魔本よ」
鈴奈庵で長話をしている間に雨は止んだ。外はじめじめと湿度を漂わせながら雲間から日差しが差し込んでいる。
「ねぇ、魔理沙。待って」
「ん、阿求慌ててどうしたんだ?」
魔理沙は箒に跨り、飛び立つ準備をしていた。阿求は魔理沙の服の袖をつかんで、飛び立つのを止めた。
「ちょっとまって。貴女、もしかして、今回のこともう目星がついたの?」
「いや。付いてない。ただ、お前の話を聞いていくつか引っかかったと言うか、疑問に感じた事はある。それを手がかりに私なりに探ってみるさ」
「流石、鋭いのね。あの話……『浦島太郎』には隠された事実があるの。小鈴の手前、話せなかったけど……聞いてくれないかしら?」
「小出しにしないでまとめて話してくれればいいのに」
魔理沙は箒から降り地面に足を付けた。ケチをつけつつも、阿求の話を聞こうとしたのは今回の騒動解決の手がかりになるからだろう。
「だって仕方ないじゃない……あの子の前でそんな詳しい話をしたら興味を示して、また妖怪絡みの事件に巻き込まれるだろうし」
「阿求って小鈴想いだよな……ってちょっと待て。今妖怪絡みって言わなかったか?」
「もしかしたら妖怪が絡んでいるかもって思ったの。あれはただの御伽話ではないの。鈴奈庵の前で話しこむのも何だし、どこか休憩出来る場所で話しましょう?」
「ああ、そうだな」
阿求と魔理沙は鈴奈庵から歩き出し、茶屋がある方角へと歩いて行った。魔理沙は茶屋であらためて阿求から話を聞くと、目星がついたと言って箒に跨り、空へ飛んで行った。