「上空から里を眺めたら見つかるか? まあ、もしダメならダメで別の方法を使えばいいさ」
魔理沙は箒に跨り、人里の上空を飛び回っていた。自身の推測が正しければ『浦島太郎』は人為的に無くなり、その犯人は人里に紛れているはず。と、魔理沙は考えていた。
「ん、あれは……。いた、あいつだ」
民家から出てきた人影を確認すると、魔理沙は急降下し逃がさないようにその人物の前に降り立った。
「よう。御勤め御苦労様だな。薬売り」
魔理沙に薬売りと呼ばれた和服姿の人物は、笠を被り細身の体に似つかわしくない大きな籠を背負っていた。薬売りは笠から視線を覗かせ、魔理沙を見つめる。
「……なによ魔理沙。あまり人里で話しかけられると困るんだけど」
薬売りが魔理沙と話したがる素振りは見せないのは、彼女が人間ではないからだ。人里で素性を隠して活動している以上、自分と面識がある人物との接触は極力断ちたいと考えている。
「そうか? じゃあ正直に答えるんだな。優曇華」
「その前にせめて場所を移してくれない? 別に逃げはしないから」
優曇華と呼ばれた少女は民家から離れ、魔理沙と共に木々が生い茂る森へと移動した。少女は笠を取り、竹製の水筒を取り出して水を口にすると魔理沙に尋ねた。
「それで、何の用。手短に済ませてくれない?」
「……あくまでシラを切る気か。それなら端的に言おう。お前、里で悪さをしてないか?」
「するわけないでしょ。前に言ったと思うけれど、私たちは妖怪の社会にも人間の社会にも属せない部外者なの。わざわざ孤立するようなことするはずがないでしょ」
優曇華院は何回も説明させないで、と呆れながら魔理沙に自身の置かれている立場を説明した。しかし魔理沙は引き下がることなく、優曇華院に追撃する。
「確かにそれは前にも聞いたな。じゃあもし、何者かが不用意に接触しそうになったらどうする? その要因が鈴奈庵に在ったとしたらお前はどうする?」
「――げっ!」
先程まで涼しい顔をしていた優曇華院の表情が一気に崩れた。冷や汗を垂らし焦る優曇華院を見て、魔理沙は確信をついた。後は一気に畳みかけるだけと、魔理沙は自身の推理を得意げに披露し始めた。
「薬売りである優曇華はもちろん、鈴奈庵にも出入りしている。そこでたまたま月の住人に関して記述された本を見つけたんだろう。お前はまず平和的に事を収めようと、小鈴に本を譲ってくれるように言った。でも小鈴が断ったので手に入らなかった。だから何らかの手段を使って本の存在を隠した。違うか?」
「うわっ、そこまでばれてるの? それなら観念した方が良さそうね……」
魔理沙の推理に優曇華院は眉を寄せ苦い表情を浮かべる。魔理沙は優曇華院のことを指さし、ケタケタと笑いながら言い放った。
「やっぱりお前の仕業なんじゃないか。何もしてないなんて嘘を吐きやがって。嘘は良くないぜ、泥棒の始まりだからな。あ、でもお前は嘘が下手だから泥棒にはなりきれないかもな」
「ぐっ――言わせておけばこいつ……」
優曇華院は懐からスペルカードを取り出し、戦闘態勢を取った。その様子に魔理沙は手を上にあげて戦う意思はないことを示し、自身の主張通そうとした。
「おっと、待つんだ。別に私はお前をどうこうする気はない。ただお前が持ち去った『浦島太郎』を返してくれたら良いだけだ。元々穏便に済まそうと本を隠したんだろうが、私が気付いた以上逆効果だろう。返してくれたら黙っていてやる。どうせお前の独断なんだろ? このことが永琳にばれたらまずいんじゃないか?」
魔理沙の言葉を聞き、懐にスペルカードを収める優曇華院。魔理沙の高圧的な言い方に腹を立てるが、彼女の主張には正当性がありこのままだと自身の立場が危ういと優曇華院は理解した。
「はぁ……分ったわよ。元に戻すよ。でも、別に私は魔理沙とは違って泥棒じゃないから本は盗ってない。存在の位相をずらして認識できなくしただけ」
「……つまりお前の能力で隠蔽したってことか?」
「そうよ。本を見つけたきっかけは概ね魔理沙が言った通り。鈴奈庵で何があったかと言うとね――」
優曇華院は定期的に配置薬の補充と集金を行っている。永遠亭の住人が人間社会に貢献するために始めた活動だが、その管理を行っている者が妖怪兎だとは里の者に知られてはいけないという約束になっている。
鈴奈庵を訪れた優曇華院は規則通り、配置薬の集金を行っていた。すると、小鈴が読んでいる『浦島太郎』が目についた。『浦島太郎』は月の住人にまつわる記述があり、驚いた優曇華院は思わず小鈴を注視してしまった。視線に気づいた小鈴は優曇華院に声をかける。
「……? あの、どうされました?」
「いや、あっ……。お嬢さん、面白い本を読んでらっしゃるなと思いましてね」
「この本の良さが分るんですか!?」
「えぇ、まぁ……それなりに」
「薬売りさんも本の良さが分るんですね! いやー嬉しいなぁ!」
優曇華院はこの本が多くの人の目についてはいけないと、咄嗟に思った。興味を持った者が不用意に月の住人に接触してきたら密かに暮らしている意味がなくなってしまう。
「あの、お嬢さん。もしよろしかったらその本。お譲りいただけないでしょうか? お代はいくらでも払います」
「――えっ! そんな。急にそんなこと言われても困ります。まだ棚に並んでいない商品ですし、値段も決まってないので……。それにこの本は多くの人に読んで欲しいので貸し本として扱うつもりです。もし手元に置きたいのであればお時間がかかりますが、写本しますよ」
「――いや、いい。それには及ばない。今度借りに来るとしよう。それではまた」
優曇華院は捲し立てる様に話すと、慌てて荷物を纏めてその場を後にした。
「今日の薬売りさん変なの……。元々怪しい感じはあったけど。まあ、いっか。とりあえず『浦島太郎』の続きを読もーっと!」
薬売りの奇妙な反応に怪しく思う小鈴だったが、本の内容が気になって仕方なくそのときはあまり気にも留めなかった。その為、薬売りが本に仕掛けた幻術に気付くことはなかった。