Coolier - 新生・東方創想話

二ッ岩マミゾウぷろでゅーす ~子狐のデート大作戦!~

2016/03/31 23:18:59
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 その日、人里の貸本屋──鈴奈庵にはとある来訪者がいた。
 本の貸し借り。二人はお客と店員という立場ではあったが、その取引には金銭の授受がない。店員は商品でない白紙の雑記帳を渡し、客は寺子屋で板書した雑記帳と交換する。
 鈴奈庵の看板娘、本居小鈴はその客に対し、朗らかな笑顔でその中身を確認していた。
「君は勉強熱心ねえ。私が寺子屋に通っていた頃は、こんなに必死になって先生の話に耳を傾けていなかったもの。毎度ながらとてもえらいわ~」
 小鈴は目の前にいる客……彼女より頭一つ分以上小さい少年に感嘆の声を上げた。
「そ、そんなことないよ。普通だよ」
 少年は顔を赤くしながら、小鈴の言葉を受け止める。
 普通と返したものの、実のところ寺子屋でも教師から努力を認めてもらえるほどに、彼は周囲から評価を得ていた。そのことを実感もしているし内心自慢でもある。
 ただ、目の前にいる人間の娘には見栄をはりたかった。
 一目置かれたくて。
 自分に興味と好意を抱いてほしくて。
「正体はばれたりしてない? 誰かに怪しまれたりとかは」
「それは大丈夫だよ。みんな僕のことを人間だって信じ込んでるし、博麗の巫女もたまに見回りにくる程度だから」
「そう、なら良かったわ」
「おねえちゃんも大丈夫? 妖怪を匿ってるなんて知られたら……」
「私のほうも大丈夫……とは言えないかも。相変わらず霊夢さんや魔理沙さんが入り浸るし、何か事件があれば鈴奈庵が疑われるし。まあ、いつもどおり事なきは得てるんだけど」
「そう、なんだ」
 少年──子狐の妖怪は不安げに眉根を寄せた。
 本来なら彼は鈴奈庵に留まり、小鈴ともっと話をしていたいと思っている。
 しかし、妖怪退治屋がよく訪れるここは、何かしらのはずみで自分の正体がバレる可能性があることを鑑み、あまり長居はしないようにするというのが二人の約束ごとだった。
 彼女ともっと一緒にいたい。
 そう想いを馳せるモノの、その願いは未だに叶わず仕舞い。
「心配しないで、気持ちだけ受け取っておくわ。別に君のことを霊夢さんたちは勘繰ってるわけじゃなくてね、妖気が漂うここを気にかけてくれてるのよ。あなたのことは絶対誰にも言わないから」
「……うん、ありがとう」
 とは言うものの、子狐には別の心配ごとがあった。単に、自分が原因で彼女が糾弾されやしないかと不安になっているのだ。
 鈴奈庵には小鈴が親に無断で蒐集した妖魔本がいくつも保管されている。そこから漏れ出る「気」が、まれに起こる人里での事件に関わっているのではと、退治屋に疑われるのだ。そのため、ここは博麗霊夢や霧雨魔理沙の出入りが多い。
 だから、あまりここには来ないほうが良い。小鈴のことを想うならなおのこと。しかし、彼女とはもっと一緒にいたいという気持ちのほうが強く、そんなジレンマを子狐は抱えていた。
「おねえちゃん」
「ん?」
「また、辞書借りていっていいかな?」
「あ、うん。どれでも好きなモノ持っていってね」
 子狐はお辞儀をして本棚のほうに向かった。辞書の貸し出しは、彼が人間の文字を勉強するのに必要で、雑記帳を無償で提供する代わりに自由にしても良いという取り決めが二人の仲に存在している。
 適当な本を抜き出し、それを抱える。彼の腕には、小鈴が用意してくれた新しい雑記帳と辞書の二冊。
 ふと目に留まるものがあった。おそらく鈴奈庵が印刷したのであろう張り紙。新聞サイズのそれが壁に張り付いている。そして、こんな大きな見出しがでかでかと書かれていた。

 ──おいでませ参拝客。お花見祭やります!

 博麗神社での花見の案内だ。博麗の巫女は、生活に困窮するか金儲けを思いついたときに、こうやって不定期に縁日や祭事を催したりする。人里の人間や妖怪は祭が好きだからか、それとも巫女を憐れんでか、参拝者はその日に限って盛況するが。
 開催日時と場所が記されているのを見てふり返ってみる。そういえば、鈴奈庵以外の商店にも、これと同じ張り紙はあった気がした。
(お祭り、かあ)
 ちらりと小鈴のほうを見遣る。彼女は事務作業に没頭しているようで、こちらの視線にはまったく気づいていない。だが、子狐にとってその横顔は、見惚れるほどに清楚で優しさが満ちあふれていた。
 彼女が視線に気づき小首を傾げる。が、子狐はその仕草に慌てて目を逸らした。
(おねえちゃんと祭に行けたらなあ……)
 叶わない願いを内心でぼやいてみる。
 博麗神社の縁日自体には一人で行ける。あそこは妖怪も多く参拝し、自分がそこにいても誰も不思議に思わないからだ。
(おねえちゃんは誰かと行くのかな)
 彼女の交友関係はある程度知っている。
 稗田の阿礼乙女──稗田阿求も鈴奈庵と縁のある人物だ。小鈴と年齢も同じで、何かと鈴奈庵でお茶をしているのだそう。一緒にできかけるとしたらこの人物になる。
(誰か男の人が誘ったりは……しないよね)
 そう考えると、子狐は途端に胸がざわついた。彼女は好奇心旺盛ではあるものの、気立てはよく、本の読み聞かせ会を開くなど、人当たりの良い性格をしている。
 自分のように好意を向ける人間がいてもおかしくはない。
(やだな……)
 嫌悪感はあるものの、しかし、それが人間である彼女にとっては良いことなのかもしれない。自分は妖怪。彼女を危険な目に合わせる存在であり、いまの関係がよくても、いつかはお互い離れなければならないと思っている。
 遠くない未来の話。
「…………」
 めぼしい辞書を見つけ、それを小鈴のもとへ持っていく。貸し出しの記帳をしてもらったらお辞儀をして、子狐は静かに鈴奈庵をあとにした。


「はあ」
 憂鬱な気分のまま、子狐は露店の茶菓子屋で緑茶と水羊羹を注文し、ひと息ついていた。お腹がすいたわけではないのだが、どこかで少し休憩したかったのだ。
 買い食いもほどほどにね、などとと店の女将さんにたしなめられたが、苦笑して誤魔化しておく。そして、街道に流れる人々を見つめ、子狐は過ぎゆく時間の早さを呪った。
 妖怪と人間とでは、生きている世界が違う。
 借りた本は横に置き、運ばれてきた水羊羹を竹串で口に運んでいく。涼しげな口当たりとほんのり香る甘さが清涼感を生み出し、食べきるのがもったいないくらいに美味しいのだが、味覚は感情を揺さぶらない。
 花見。妖怪と人間。小鈴。博麗の巫女。幻想郷。
 自分の周囲で織りなす世界を、次々と思い浮かべては消していく。そうするほかないと諦めるのも、この世界で生きていく上では必要な勇気でもあり──
「誘えばいいじゃないか」
「……っ」
 貸し出された本を挟んで反対側。ぎょっとして振り向くと、そこには見覚えのある人物が隣に座っていた。
 長い髪に丸めがね、頭には枯れ葉の髪飾り、黄緑の紋付き羽織を着た女性。
 知っている。彼女も鈴奈庵によく出入りする人物だ。小鈴の妖魔本蒐集に協力していて、彼女のお得意様の一人でもある人間。
「吸っても良いかの?」
 懐から取り出されたのは煙管だ。訝しみながらも子狐は頷き、相手の出方を注視することにした。
 それにしても、どうしてこの人間は自分の感情を知っているのか。
 丸めがねの女性は一度大きく煙をはき出したあと、こう切り出してきた。
「人と妖はこの世界では互助関係にある。二つは結ばれても良いとワシは考えるんじゃがの。そのあたり、お前さんはどう思っておるんじゃ?」
「なっ、どうして!?」
 人と妖、だって?
 正体がばれている。危機感を覚え子狐は腰を浮かせる。
 しかし、女性から腕を握られすぐに制止の声がかかった。
「これこれ、早とちりするでない。お主もお仲間ならちっとは頭を働かせい。ここでワシが騒ぎを起こすはずないじゃろう」
「え、仲間?」
 そう言われて元の席につく。
 新たなお客に気づいた女将が、隣の女性にも注文を聞きにくる。彼女は白湯と三食団子を二人前頼み、それを子狐にも分け与えた。どうやら話を聞けということらしい。
 女将が立ち去ったのを見計らい、小さな声で尋ねてみる。
「仲間って、あなた何者なの」
「狐の端くれなら、ちっとは自分で探る力も身につけい。妖気で判別する以外にも方法はいくらでもあるじゃろ。ま、今回は特別サービスじゃ」
 団子にかぶりつきながら、女性は顔を正面に向けた。
 ほんの一瞬だけ、真の姿があらわになる。焦げ茶色の耳、肥大化した枯れ葉、そして彼女の体ほどもある大きな尻尾。
 その姿を見て、子狐は憎々しげに呟く。
「狸……」
「フン、やはり嫌われておったか。まあその気持ちはわからなくもない。狐と狸は因縁の仲じゃからのう。その昔──」
「そんなこと僕には関係ない。先祖たちに昔なにがあったかなんて興味もないけど」
「ほう? ならなぜワシをそんな目で見るんじゃ?」
「どうしておねえちゃんに近づいてるのさ。そうやって人間に化けてまで」
「ハッハッハ、なるほど。確かに、お前さんにとっては不愉快なことじゃの。これはこれは失敬した」
 大げさに肩を揺らし、笑みを浮かべながら狸の女性は頭を下げた。
 次に、彼女はこう自己紹介をする。
「二ッ岩マミゾウ、という。お主は?」
「名前は……ない。生まれたてだから。人間の名前ならあるけど」
「そうか。では、仮に『キツネ』と呼ばせてもらうが構わんか?」
 呼ばれ方にはこだわりはないので了承しておく。ついで名前がある妖怪となれば、彼女は自分とは違い、永くを生きてきた妖怪なのだと知る。
 そんな経験豊富な妖怪が自分に一体なんの用なのか。
「僕の質問に先に答えてくれるかな? そうしたら、あなたの話も聞くよ」
「あいわかった。なぜあの小娘に近づいているのか、じゃったな」
 そこでひと息煙管を加えて煙を吐き出す。独特の渋みある匂いが霧散し、景色を薄く染めては消えていく。
 そんな間を置いて、彼女はこう語った。
「ワシはな、あの小娘の行く末を見てみたいと思っておる」
「…………」
「幻想郷は不安定なバランスでできている世界じゃ。そのバランスを巫女が時折調整しておるようじゃが、非常に危ういことこの上ない。そんな誤魔化しは、いつか崩れ去るんじゃないかと睨んでおる」
「それと、おねえちゃんの将来とどう関係があるのさ」
「なに、難しい話じゃないさ。ワシは、あの小娘は近い未来、そういった幻想郷のバランスやルールを是正してくれる存在なんじゃないかと期待しているのさ」
「人間一人にずいぶんと大きな話だね」
 あまりの壮大さに子狐は鼻で笑った。
 博麗の巫女がウラでどういったことをしているのかは、虫の知らせで聞いている。
 妖怪になった人間を無条件に処断したり、自分に不都合な異変が起こるとそれをもみ消したり。
 彼女一人だけでこの世界は正常に保てないのだ。だから、幻想郷は不安定なのである。
「いやいや、鈴奈庵の小娘もバカにできんぞ? 危うさはあるが、妖怪に興味を抱いているのはお主も知っているところだろう? ワシらが生きていくのに必要な『畏怖』……それに代わる何かをあやつから感じるんじゃよ。もし小娘のような人間が増えれば、ワシやお主のようにコソコソしなくてもいい里に生まれ変わるやもしれぬ。そうは思わんか?」
「ふ~ん、一理あるかもね」
 そうは返事するものの、現実味のある話ではなかった。里は人間の聖域だ。ここで妖怪が狼藉を働けば、巫女に即退治される。だから、自分のように人間に化けるのだ。
 人間は妖怪の敵。それは疑ってはいけない真実である。
 人間からの畏怖を得られなければ、妖怪は死に絶える。
 しかし、狸の言うように「畏怖」に代わる何かを得られる手段があるなら、それを探す価値はあるかもしれない、が。未だ妄想の域をでない考えだ。いまどきの宗教家のほうがもっと魅力的な甘言を講じるはず。
「でな、それに必要な要因の一つに『恋』が必要なんじゃないかと思っておる」
「ゴホッ」
 団子をノドに詰まらしかけてむせてしまう。
 途端うさん臭さが増した。どうして自分に祭に誘えばいい、などと進言したのか理解もする。湯呑みを手にとって一口ノドを潤す。
「そ、それで僕とおねえちゃんを?」
「そうじゃ。悪い話ではなかろう?」
「わ、悪い話もなにも僕の一存じゃ決められないよ。き、きちんとおねえちゃんにも確認をもらわないと」
「頭が硬いのう。その確認をもらうために、お主は小娘を祭に誘うんじゃよ」
「いやいや。それ以前に、どうしてあなたの都合で僕が動かなくちゃいけないんだよ」
「なんじゃ、小娘と祭に行きたくないのか?」
「い、行きたいけどそれとこれとは別じゃ」
 話がすり替えられてる気がする。相手のペースに飲まれっぱなしで、子狐は気分を落ち着けるために一度大きく深呼吸をした。狸の言い分ばかりが押し寄せてきて、自分の意見を言っていない。
 子狐はマミゾウに、こう異論をぶつけた。
「僕は確かに、おねえちゃんと仲良くしたいさ。でも、おねえちゃんの幸せはおねえちゃんが決めるものだし、僕はそれを守るだけで……見守るだけで充分なんだ」
 そう伝えると、二ッ岩マミゾウは地震でも来たかのように身を揺らし、後ろに倒れんばかりに天を仰いだ。
「かーっ、腑抜けを通り越してタマなしじゃったか」
 どう嘲りをもらおうが一向に構わなかった。それがお互いのためだと思っているし、深窓の令嬢でも良いとも思っている。先ほどのように、ほんの少しお喋りをするだけでも。
「見守るだけじゃと? それは建前にすぎんはずじゃ。例えば、小娘の前にお前以外の男が現れたとしよう。キツネよ、お主はそれで平気なのか?」
「別に……平気さ」
「ウソじゃな。お主は小娘の幸せを願っているのではない。お主は自分の幸せをありもしない幸運に頼って、あわよくば小娘と添い遂げられるよう夢みておるだけじゃ。幸福など、自分から掴みとらなければ意味はないのに。この二つの違いを悟れんなら、待っているのは破滅じゃぞ?」
「……っ」
 知ったような口を、と犬歯をむき出しにして狸を睨む。だが、マミゾウは素知らぬふりを装い、煙管を吸った。
「強情はるなら仕方ないの。子分を小娘に遣わそう。確か気のあるやつがいたはず」
「ダメだ!」
 子狐は叫んだ。街道に行き交う人々に注視されるも、そんなことは気にしない。
「なぜダメなんじゃ? さっきワシが言った例えと何が違う?」
「お前のは単なる下心だ。それと僕の気持ちを一緒にするな!」
「ハッ、下心と恋心の違いなんてさほども違いやせん。それともなにか? お主は違いを証明できるのか?」
「できるさ」
「どうやって?」
「そりゃあ、僕がおねえちゃんと」
 言いかけてハッとする。貸本屋の看板娘とどうするのか。なにをするのか。
 なにを公言しようとしたのか。
 気づくと、さも楽しげに口元を歪める狸が目の前にいた。
「小娘と? どうするのじゃ?」
「~~っ」
 口車に乗せられた。しかも選択の余地がない。
 どこまで本気なのか見当はつかないが、狸が人里の仕組みを憂えているかどうかはもはや関係なかった。わかるのは、自分が鈴奈庵の娘を祭に誘わなければ、狸が代わりを用意すると言っていること。
 言葉につまっていると、バンバンと背中を強く叩かれる。
「カッカッ。若い、若いのうキツネよ。うぶすぎて手ほどきを教えたいくらいじゃ」
「手ほどき?」
「女の抱き方じゃよ。お主についてる逸物、まずはワシが直接筆を下ろしてやろうか?」
 そういって狸は子狐の太股に妖しく手を伸ばした。
 それを、子狐は顔を赤くして払いのける。
「き、気安くさわるな色ボケ狸。腰だけじゃなくて、その頭の中も軽いんじゃないの?」
「なんじゃい、折角の親切心を。夜伽に困ってもワシは知らんからの」
 そんなこといまはどうでも良い。目下の問題は、どういうわけか自分が鈴奈庵の娘を祭に誘わなければいけない状況にある。
(おねえちゃんを守るためなんだ……この狸の言いなりになってるわけじゃない)
 そう自分に言いきかせて決心する。鈴奈庵に戻り、彼女に声をかけてみる。
 下心と恋心の違いを証明するため。想い人を守るため。
(やましい気持ちじゃない、うん。僕はおねえちゃんと──)
 しかし悲しいかな、子狐自身は気づいていなかった。
 恋心を証明するための行動と決意ではあるが、その実、本居小鈴を守るという大義名分を盾にした下心でしかなかったことを。
 その事実に気づいているのは、二ッ岩マミゾウただ一人だけだった。

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