栄行く境内。祭に訪れた人たちはみな旺盛に神社内を行き来していた。それぞれお座敷で飲んでは食ってはの騒ぎで笑い声が絶えないでいる。
なので、まずは腹ごしらえだと子狐は言い、小鈴をとある露店へと案内した。
彼は小鈴を迎えにいくとき、昨日事前に神社へ寄っていたのである。どこに何が出店、出展されるのか。どんな催しがあるのかをマミゾウと一緒に調査したのだ。
そこで最初に目をつけたのが「イカ焼き」である。
イカは海に存在する生き物だ。外の世界に精通している妖怪の賢者が、この日のために仕入れたものらしい。参拝客は最初、十本の触手のような足を気味悪がり、売り上げは伸びずにいたが、そのほどよい塩っ気と弾力ある歯ごたえが評判になり、今では長蛇の列ができあがっている。
「さすがにこの時間だと、花見ができるような場所は空いてなさそうねえ」
列に並んでいる途中、小鈴は辺りを見回しながら残念そうに言った。
彼女のいうとおり、境内の桜の木の下はあらかた里の人たちで溢れかえっている。
桜を間近でみる場所を確保するには出発が遅すぎたのだ。
「ごめんね。もっと早く出ることができたら、良い席とれたと思うのに」
「ううん、気にしないでおねえちゃん。実はこうなるだろうと思って、こことは別に用意した場所があるんだ。あとで案内するよ」
「え、そうなの? うわあ、なんだか今日のキミは頼もしいわね」
この日のために作戦はいろいろと練ってきてある。主に二ッ岩マミゾウの案だが、感心された子狐は自分の手柄のように表情を崩した。
『どうじゃ、ワシに感謝せい』
(もう充分してるよ)
列はゆっくりとだが進んでいく。あとどれくらいだろうか。あまりに待ち時間が長いのも彼女の負担になると思い不安になる。列の横から顔をだし、客はあと何人いるかを確かめる。すると、小鈴も同じような姿勢で待ち人数を数えはじめた。
と。
「ん、あれってもしかして……。お~い、阿求~。こっちこっち~」
小鈴は子狐と繋いでいないほうの手を振って、誰かをよびかけている。
阿求。聞いたことがある。彼女からもよく聞く名前だ。確か──
『稗田阿求。阿礼乙女じゃな。見たもの聞いたことを忘れない求聞持の力をもつ少女じゃ。幻想郷縁起の執筆者でもあり、小娘の親友でもある子じゃよ』
小鈴と同じ方向を見ると、椿の花の髪飾り、黄色の着物と若草色の長着、赤のスカートという姿の女の子がいた。
呼び止められた少女はこちらを見遣る。
しかし、なぜか首を傾げて訝しんでいるようだった。無言のまま近づきつつ目を細めている。そして小鈴の目の前に立ち、ためつすがめつしてからやっとこう返事をしたのだった。
「えっ、やっぱり小鈴なの!? あんたどうしたのよそれ!? なんでそんな気合い入った格好してんの!?」
普段は見ないその出で立ちに、稗田阿求は心底驚いていた。
「いや~、別に大した理由はないんだけどねえ」
苦笑しながら本居小鈴は頭をかく。その返事を聞いているのかいないのか、稗田阿求は
焦燥を隠しきれない様子でこう返した。
「男? まさか、あんた男と来てるの!?」
「あ、うん。男っちゃあ男の子なんだけど」
「ウッソいつのまに……小鈴なんかに先こされちゃったの私……」
「なんかって何よなんかって。あんたの中で私はどういう扱いになってるのか詳しく聞きたいわね」
青くなる顔を両手で必死に覆う阿礼乙女。どうやら親友に恋人ができたと思い相当ショックを受けたらしい。
小鈴はさらにつづける。
「誤解してるみたいだからいうけど、恋人じゃないから。お得意様が誘ってくれたのよ。だからそういうのじゃないんだけど」
「お得意様……?」
反論された阿求は指を差された方へ、つまり、子狐に視線が渡る。目が合うと、子狐は一礼をして彼女と向き合った。
「あれ、この子ってよくあんたのところで雑記帳をもらいにきてる」
「そうよ。物覚えが良いと説明の手間が省けて助かるわねえ」
「ちょっとあんたこっち来なさい」
「え、なに、なんで?」
どういうわけか、小鈴は阿求によって連れられ、少し離れたところで二人小さく話をしはじめた。それは、子狐には聞かれたくない様子で。
(なに話してるのかな)
『あ~、気にせんでええ。都合が良い。既成事実とやらじゃな。周囲に知ってもらえれば、それは時にお主の力になるじゃろうて』
「まさか、あの子をとって食おうなんて思ってないでしょうね」
「はあ? あんたなに言ってるの? 私にも分別くらいあるわよ」
「じゃなんでそんなキレイな格好してるのよ。あの子の気を惹きたいとかじゃないの」
「え、キレイ? 私やっぱり今日キレイなの?」
「そこじゃないってば! どうしてそんなおめかししてるか聞いてるの!」
「ああ、これはお母さんが誤解しちゃって。男の子と出かけるって言ったら、こんな風に仕立ててくれたのよ」
「ホントに? 明日おばさまに確認とるからね」
「あ~はいはい勝手にして。もう行って良い? あんまり待たせるのも悪いんだけど」
「行っていいけど、お祭だからって節度と風紀はきちんと守りなさいよ。ま、あんな子供相手じゃ破りそうにもないけどさ」
「うわ、阿求ってばどこ見てるのよ。それエロくない?」
「だ、れ、も、あんたの貞操の話はしてないっての」
少女二人の立ち話はすぐに終わった。
終わったものの、小鈴は頭をさすり表情は浮かないままで。
「どうしたの?」
「気にしないで。ったく、グーで殴らなくたって良いじゃない。ちょっとからかっただけなのに」
「……?」