バザァッ
「…さぁ起きましょう“太子様”! 朝ですよ!朝朝っ!」
今までのしおらしさを叩き出したかの様な勢いで神子の膝から立ち上がった屠自古は、彼女をも布団から叩き出しに掛かった
どこにでもある、早朝の主婦そのものであった
「ぇ~…」
それに渋って布団を引き寄せる豊聡耳神子は実に亭主らしかった
「えーじゃありません! さぁ起きて下さい!」
「あーれー」
布団をひっくり返す屠自古の表情は、すっかり普段の強気で手厳しいものとなっていた
これにて今宵は御開き
そう言う事なのだ
湯明け時の目覚めた直後と言うのは、最も頭が働かない
画策も誤魔化し駆け引きも利かせ難い、そして欲が最も強く現れる、最も自分に素直になれる時間である
隠し事の通用しない神子に腹を割って胸の内を自白するには、その時間に行うのが一番負担が軽かった
実際そうでもなければ理性が秘密を守ろうとしてしまう
いざとなれば「寝惚けて洗いざらい話してしまった」と そう言い訳する事も出来る
でなければあんなに失礼な事はそうそう言えない
素面で全てを白状するには屠自古は頑なな女であり、誰もがそうである様に用心深かった
曙の終わりは、二人の逢瀬の終わりを意味した
「さぁ太子様! お布団干しますから、どいて下さい!」
「布団干しなんて屠自古がせずとも下使いの者に任…」
「では遣いの者が干せる様にどいて下さい」
「ちぇー ちぇー…」
「ほら襟を正して…髪を整えますから、鏡に」
「んー…」
神子がダラダラと化粧台の椅子につくより速く、屠自古は手早く戸を開け放ち、布団一式を畳んで干しやすい位置まで動かした
「…自分で言うのもなんですけど、これは直さないでいいんでしょうかね?」
獣の耳の様にピンと立った髪を摘まむ
「それが情報や真実を受け取る耳である、と言う触れ込みです」
櫛を手にした屠自古が、鏡に映る神子の背後に立つ
「話題作りですか…」
「人民には視覚的に印象が残る方がよいかと」
屠自古が櫛で神子の髪を梳き、神子は前の晩に用意した桶の水で絞った布で顔を拭った
会話の内容も今日の日程についてのものとなり、ともすれば御互い無愛想なものとも見て取れた
先程までの甘え合っていた名残は感じられなかった
「いいんですよ 屠自古は、そのままで」
なのに
なのにこの人は、寄りによって神子に(薄めではあるが)化粧をする為に顔を近付け、触れている時に平然と蒸し返して来る
都合、神子の顔を覗き込む様に屈んだままの姿勢で屠自古はギクリとした
「、何の…お話しでしょうか? 太子様」
綺麗な瞳に化粧筆を突き立てず、事務的な表情を維持出来た自分を内心誉めてやる
『彼女には化粧の必要は無いと思うけどなぁ』と毎朝考えてしまう自分が憎たらしい
…そんな愛欲を見透す輩も
「屠自古には…これからも、沢山大変な目に逢わせてしまう事でしょう」
為政者の妻として 異能者の妻として
更なる高みを目指す同志として
「それにより私を煩わしく思い…それを申し訳無いと、思わせてしまうでしょう」
「……」
「そんな…私の事等お気になさらず…」とは言えなかった
蘇我屠自古と言う女性は、そんな献身的な甘い台詞を理性がある時分に言うには意気地が強過ぎる女で、 何より神子の言う未来は大いに有り得たのだから
現にさっき、自らそうであったと話したではないか
屠自古は、大いに気にして欲しかった
「それでも、私は貴女を愛しているでしょう」
(と言うか貴女は何をそんなにハッキリと言っておられるのですか…)
傍目には神子の話を聞く為に膝をついた様に見えたろうが、足腰から力が抜けてしまっただけだった
「だからせめて、貴女の決断だけは自由にさせてあげたいのです」
肩に置かれた手は小さく軽く、熱い
「貴女が私から離れたいのであれば、それに添って計らいます」
「あーでも周りの連中が煩いかなぁ… まいっか」と、素早く目を逸らし一瞬で面倒そうに呟いてまたこちらを向く
「そして貴女が…私と、一緒にいてくれるのならば」
…またそうやって、悲しそうに笑い
「…貴女の一番近くにいる者として、持てる力と気持ちの全てを尽くして貴女を守りましょう」
そうやって、根拠も無しに信じたくなる頼もしさを私に見せる
「ですから…屠自古は“それ”でいいんです」
両の頬を手で包まれるも、視線を正面から受け止めきれない
「朝だけでいいんです、言いたい時だけでもいいんです 貴女が思った事をそのままに、言葉で伝えて欲しいんです」
あぁもう、まだ化粧の途中なのに
「条件付きとは言え私に…と言うより、他人に本音を本音のままに話してあげられる人なんてそうはいませんし、聞く側としても受け入れきれるものではありませんからね」
手が震えて、それどころじゃない
「思った事をそのまま、善し悪しに関わらず伝えてくれる貴女と一緒にいられる事に、私は本当に感謝しています」
勿論、貴方自身にも と
「大好きですよ、屠自古」