Coolier - 新生・東方創想話

■緑茶婦人と饅頭亭主の朝■

2014/10/02 19:26:00
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「『…人の欲を聞き取るその御耳が、本当に忌々しい…』」


普段は耳当てに隠れている、可愛らしい肉の耳

屠自古のか弱い手でも引き千切ってしまえそうだ


「『胸の内を暴かれる等…裸で引き回され、身を犯され、腹を裂かれて腸(はらわた)を撒き散らされる様な心地です…』」


簾の向こうでは闇夜が白み初めている

もうじき夜が明ける


「『それでも貴女なら構わないと…私は、貴女を慕う愛欲しか持ち合わせていないから…暴かれて恥じる様な欲は無いと…たかを括っておりました…』」


屠自古の呟きが更に小さくなる


「『その想いは今でも偽り無きもの…なれど』」


神子の背中を擦る手は、自分を励ます様だった


「『何故に…貴女に悪意を抱きましょうか…私めは…』」


視界がぼんやりと歪む

欠伸を噛み殺したせいに違いない


「『私は…貴女を好きなだけでいたいのに… 好ましい欲だけを抱えていたいのに…』」


とは言え所詮は粗捜しの類にも至らない 大抵はそれに数百倍する好意に塗り潰され表に出る事は無い

表に出す事を自他も望まないのだからそれでいい


自身の心を読まれない限り、面倒事にはならないのだから


「『貴女が欲を御聞きになれなければ…私はぐずでとんまな妻として、気兼ね無く貴女のと向き合えますものを…』」


道を行く夫婦を眺めながら思うものだ
『あの二人は、普段から自分の恥部を覗かれまいか等と言う悩みを抱いてはいないのだろうなぁ』、と




「…神子様」


遠くで烏が鳴いている

戸の隙間から入り込む朝の空気が頬を撫でる中、屠自古は調子を変えずに呟いた



「起きていらっしゃるのでしょう?」





「…むぅ」


もぞり と
余計な動きは抜きに、神子が顔を上げた

眠たげに半分閉じた目蓋
寝起きの頭に空気を入れようと括約する肺
一晩包まっていた布団から立ち上る彼女の匂い
普段の彼女とは対照的に、頭や首に貼り付く様な髪型

産まれたばかりの雛の様な可愛らしさの中、眼差しだけが静かに向けられていた


こちらを向いた顔は、悪戯がバレてしまいバツの悪くなった子供の様だった


「おはようございます、神子様」


「おはよう…屠自古」


枕の方によじ登る様に神子が這いずり、屠自古と額を合わせる


「……」


「…『可愛い御顔』」


目元を擦る神子に、やはりぽつぽつと語り掛ける


「『こんなに近くで、目覚めたばかりの神子様の御顔や吐息を感じる事が出来、屠自古は幸せです』」


「私もですよ、屠自古」


仲睦まじい事この上無い会話だと言うのに、二人の表情は揺らがない
演劇の中で台詞を読んでいる様であるとも捉えられる


「それはそれは… 狸寝入りを決め込む前には、私の寝顔も御覧になったのでしょうか?」


「ん~? えぇ、まぁ…はは」


すぐに降参して笑ってしまうのは神子が起きたばかりではない証拠

かと言って険悪な風ではなく、むしろ神子は静かに微笑み、屠自古は淋しげにも見える


「…ですが」


あまりに、寂しそうである


「ですが…『そうして見つめられていると、腹の底を見透かされている様で…目を逸らしたくなります不安になります』…とも、思います」


神子の苦笑がやや質を変え、頭を振る


「ごめんなさいね」


「いえ、私が っあ…」


苦笑した神子が更によじ登り、屠自古を胸に抱き締めた

さっきまでと姿勢が入れ代わった


「ん… …聞こえていらしたのでしょう?私の声と、欲も」


見た目には薄く小さな胸なのに、こうして抱かれるととても広く、大きく感じる


「…えぇ」


言葉に合わせて喉の埋まった胸が震動し、それが鼓膜を震わせぞわり身を撫で上げる


「『御聞きの通り、私は貴女に対して多くはない…しかし確かな悪意を孕んでしまいます…』」


例によって淡淡とした口調とは対照的に、布団の中の神子の手を取り、自分の胸元に当てる手付きには熱が籠っていた

女としての多大な悦びと、自分でやっておきながら相手に対する僅かな不快感が芽生える


「『貴女の全てを好きでいたいのに…必ずなにがしか、貴女を憎もうとするのです 粗捜しをする様に』」


手を両手で掴み、抱き締め、情欲と苛立ちに沸き立つ鼓動を抑える様に抱え込む



「『貴女の全てに対し、愛だけを感じ、想い…貴女にはそれだけを聞いて欲しいのに… 貴女を欲しがる、声と欲だけを…』」


屠自古の声が段々と小さくなっていく


可愛い飼い犬の糞尿を嫌う様に
我が子の“おいた”に呆れる様に
愛した男の悪癖にうんざりする様に

愛する者だからと言って、全てが好ましい訳ではない

人間何かしら、無意識の内に良からぬ感想も抱いてしまうものだ


好きな人を好きなだけでいられない
自分の心の筈なのに、自分の思う通りにならない


「『嗚呼…神子様、どうか見ないで… 聞かないで…』」


頭上から感じる あの優しい眼差しを

きっと、自分を気遣う様に見守ってくれているに違いないのに



「…『…気持ち悪い、から…』…」



そんな彼女を無意識の内に疎ましく思い、顔も合わせられない自分が、大嫌いだった

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