Coolier - 新生・東方創想話

来歴をめぐる冒険

2013/08/16 02:46:23
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五、終幕?

 竹林を目指し木枯らしの吹きすさぶ幻想郷の高度203mを滑走しながら妹紅は考える。けーねの思いつきから始まったちょっとした冒険ももう終わりである。私はいったい何を得たのだろう?、と。
 今まで知ろうともしてこなかった父の実像を探ることができたのはとりあえずはよかった。だが「実像」とはなんだろうか。後世に様々な形で伝わった父の「実像」に触れてきたわけだが、そのどれもが幼少期に私が直に接した父の実像とはどうにも一致しなかった。月の少女にたばかられた男でもなければ、権力の頂点に上り詰めた男でもなく、保身のために歴史を書き換えた男あるいは愚直に過去を伝えようとした男でもない、私の記憶にあるのはしがない平民の一人の女性を愛しそして捨てた優しく寂しい男なのだ。歴史の中で描かれる父の姿はどれも正しいのだろうが私にとってはどれも正しくなかった。もう頼むからこれ以上あの人のことをあーだこーだこねくりまわすのはやめにしてくれないか。
 あれだけ駆けずり回って私の父に対する見解はたいして変わらなかったことになる。だがもうそれでいいのではないだろうか。旅が無益に終わったというわけでない。父が過去を改竄するほど残念な人ではないことは証明できたし、来歴をたどって「自分さがし」をしたってそんなものは見つかりっこないということもわかった。というか私とて千年以上生きてきたのだからそんなことはもとより知っていた。ただ生きていくうちに自然と忘れていってしまうものだから時折今回のような冒険をして再確認する手続きが必要なだけなのだ。こうして私の来歴をめぐる冒険は幕を閉じ
「なにかがおかしいわ」
「え?」

 振り返るとヤツは深刻そうな顔つきで停止していた。
「聖徳太子の話についてよ。私、納得いかないわ」
「ははぁん」
 私は意地悪くジト目で言った。
「私の父親が悪者じゃなかったということが気に入らないんでしょ。残念ね、太子様本人がちゃんと証言してくれたじゃない、父の歴史書は誠実だって」
「そういうくだらない話ではないの」
 くだらないとは何だ、と口に出かけたが輝夜の常ならぬシリアスさに飲み込んだ。
「阿求の話と豊聡耳神子の話がね、かみ合いすぎだと思うのよ。阿求のいう新説では聖徳太子はロリコン親父が造り出した伝説上の存在にすぎない、でも豊聡耳神子自身によれば、裏の宗教信仰以外それは全て正しいということだった。でもそんなことってありえる? 仮にも貴方の父親の歴史書ができたのは聖徳太子の時代の百年後なのよ? そもそもその記録が正確すぎることのほうがおかしいとは思わない?」
「そんなこと言われても、当人が合ってるって言ってるわけだし…」
「そうよね。でも阿求がこんなこと言ってたの覚えてる? 聖徳太子は後世の人々に愛されるようになって、たくさんの人の話を聞き分けることができるっていう伝説が生まれたって。いにしえの偉人について後代の人々が面白おかしく逸話を造る、いかにもありそうな話だわ。でも豊聡耳神子は本当に『十人の話を同時に聞き分けることができる程度の能力』を持っているという。ここまで伝説と本物が符合するなんてことがありえる?」
「じゃあなんだ、あいつは偽物だとでも言うのか?」
「そういうわけではない、そういうわけではないのよ。ただ…、稗田阿求と豊聡耳神子、どちらも完全には正しくないような…、双方がすり合わせをしているような…、何かそんな気がしてしまうの」
「おいおい疑り深すぎだぞ、さすがに。根拠もへったくれもないじゃないの」
「私、もう一回阿求のところ行って確かめてくる!」
「おい、待てって」

 輝夜は既にばびゅんと向きを変え飛び去っていた。あいつは昔からホント勝手な奴だ。旅の総括を終えて気持ち的にシメに入っていた妹紅はこれ以上の詮索に気乗りがしなかった。しかし輝夜の根拠のない直感にわずかばかりの説得力を感じてもいた。やれやれしょうがない、一応最後まで付き合ってやろうじゃないか。妹紅は、ねずみ色の雲に覆われた日特有の淡白で荒涼とした幻想郷を一瞥した後、輝夜をおいかけた。


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