Coolier - 新生・東方創想話

雷鼓と奏でる魂のビート

2013/11/02 20:18:27
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 「ルーミア! それかじっちゃダメでしょ!」

 ルーミアの手からカスタネットを救い出し、もう一度正しい扱い方を説明する。子供の相手がこんなにハードだったなんて……
 数週間前、付喪神達に魔力の転換法を伝えている所を、そこのミニマムなカウガールに見つけられ、寺子屋の音楽教師にスカウトされて今に至る。
 私が生まれたのはまだ最近だけど、物の歴史か奏者の記憶か、それなりに成熟した思考を持って生まれる事が出来た。それもスカウトされた理由の一つらしい。もう一つは妖怪やそれに準ずる者である事、だって私の受け持つ生徒達は妖怪や妖精だから。

 まぁ子供は嫌いじゃないし、と軽い気持ちで受けてみたのが間違いだった。
 初日、挨拶をすると子供達が駆け寄ってきて、その勢いのまま身体(ドラム)を殴られた。グーはダメだよね、ヘッドが一気にたわんだ気がする。ドラムを守って教室を駆け回っていると、授業が終わった。
 二日目、ドラムを隠して行くと今度は執拗にお尻を叩かれた。「ボディーパーカッションよ!」ってチルノは物知りだなぁ、百点あげるからやめて! 家に帰って見るとお尻が真っ赤に腫れていた。痛いけど、このヒップラインは気に入ったよ。
 そして三日目の今日。なんとか私の身体から注意を逸らす事には成功したが、代わりに同胞がその身を削っていた。
 あぁ、声にならない悲痛な叫びが胸を裂く。あなた達の犠牲は無駄にはしない。本当にありがとう。

 「こんなに美味しそうな色なのに、食べられないのかー……」
 「そうそう、この輪っかに指を通して手を叩いてごらん? 綺麗な音がするからね」

 ルーミアにはこの青と赤のカスタネットが美味しそうに見えるのか。覚えておこう。
 ルーミアは手を叩いてカチカチと音を鳴らし、段々楽しくなってきたのかフラメンコもどきを踊り始めた。その熱気に当てられて、他の皆も見様見真似でカスタネットを叩き踊り始める。
 ……よし、今日のテーマは決まった。このままリズムに乗せて、授業終了までこの狂乱の宴を続けてもらう!


 「っだぁー今日も酷い一日だった……」
 「お疲れ様。あの子達の相手は大変だろう。雷鼓が居てくれて助かるよ」
 「どういたしまして。私も助けて欲しいわね、慧音先生」

 元凶が爽やかな顔で声をかけて来た。
 特に何も訊かずに受けた私も悪かったとは思う。素直で可愛い良い子供達って間違いじゃないけどさ、でも、危険性についてもう少し情報が欲しかったよ。
 私に対してはハチャメチャな子供達も慧音に対しては素直だった。もちろん相変わらず元気は有り余ってるけど、しっかり統制がとれている。これが教育者の年季の違いってやつなのかな。新任教師だってこの差には多少は落ち込まされる。

 「慧音ももう帰るでしょ。夕飯でもどう?」
 「そうだな、折角だから家に来るか? 美味しい日本酒をもらったんだ」
 「あんまり飲んだ事ないけど、甘い?」

 私の質問の何が可笑しかったのか、慧音が急に笑い出す。甘いお酒が好きなんだからしょうがないじゃない。ビールも好きだけど、慧音の家にあるとは思えないしね。
 帰りがけに二人分の食材を買って、慧音の家に向かう。白菜に鳥モモ、大根に豆腐にキノコが色々。今日は鍋かな? 楽しみだ。


 「雷鼓、酒のあてを作るからちょっと鍋を見ててくれ」
 「はいはい、火加減くらいだったら見れますからね」

 慧音の料理は豪快で迷いがなかった。まぁ鍋なんて皆そんなものかもしれないけどね。特に手伝う様な事もなく、調理は進んで行く。
 ただ、水炊きかと思ったら、料理酒一本ぶち込んだのはあまりに衝撃的だった。酒と水は一対一、味付けは無しで食材から出るダシで十分らしい。言われてみれば鳥肉とキノコには妙に拘ってたっけ。でも、いくら酒好きだからって日本酒くさい鍋は嫌だなぁ。
 火も鍋も落ち着いてるし、慧音の様子でも見ようかな。ちょっと小腹も空いてきたし、何か摘まませてもらおう。……うん?

 「……ねぇ、なんで塩だけそんなに炒めてるの? お摘みは?」
 「ん、これが摘みだぞ? あと一手間あるからもう少し待て」

 ほう、ここからどうやって塩が料理になるのか。
 肉かな? 野菜かな? なんて考えていると、また料理酒を大量に注ぎ込んだ。そんなに酒が好きか!

 「……これって、この後どうなるの?」
 「煮詰めて漉し取ったら完成だ」
 「塩だよね、これ」
 「塩だな、食べない分は保管して他の料理に使ってもいいし、美味いぞ」

 頭が痛くなってきた。この教師にしてあの生徒ありって事なのか? こんなに酒漬けでこの人の身体は大丈夫なのか? 慧音の家に来たのが間違いだったのか? いくつもの疑問が浮かんでは消え、気が付けば食事の支度が終わっていた。
 ちゃぶ台の上には酒の鍋に、酒の塩に、酒。いつの間にか漬物と串焼きが何本か並んでいるのを発見し、私は心底ホッとした。

 「では、いただきます!」
 「いただきます!」

 こうなったら楽しむしかない! 強烈な日本酒の香りを覚悟して鍋の蓋を取る。白い湯気が立ち上り、美味しそうな匂いに反応してお腹がクークー鳴いてしまう。予想していたような強烈な匂いもなく、ゴロリと大きな鶏肉を例に食べてみたら淡く塩気のある味付けで、どんどん箸が進んでしまう。大根もほろほろと軟らかくて、キノコのダシがよく染みて美味しい。

 「んー! 柚子でもあれば絞って食べたいかも!」
 「ずいぶん不安そうな顔をしていたが、その様子だと杞憂で済んだようだな。ちなみに柚子はない」

 いや、あれを見てたら不安にもなるでしょ。でも美味しいから不問とする。
 酒塩も単品でもいけるし、串につけてもいい感じ。これは食べ過ぎに注意しないと。

 「そうやって美味そうに食べてくれると、私としても作った甲斐があるよ」
 「ふまいほ」
 「はっはっは、そうだろう。そういえば酒だが、吟醸小町と紀州とどちらにする?」
 「貰い物ってのを呑んでみたいわね」
 「それなら紀州・純米大吟醸だな」

 慧音がお酌してくれる。あまーい香り。日本酒って『むわぁ』ってイメージだったけど、これは『ふわぁ』だ。全然嫌な感じがしない。一口呑めば口内に甘みが広がり、二口呑めば鼻腔から抜けるフルーティーな香りに身悶えしそうになる。三口目はもう夢心地だ。

 「あーいいお酒ぇ」
 「それはよかった。私も呑むのは一年振りくらいだが、やはり美味い」

 お互いにお酌をし合って、一本のお酒を呑む。嫌がらせかと思った料理も美味しかった。
 いやー来てよかった。明日への活力をもらった気がする。明日もまた、頑張らなきゃなぁ……
 顔が熱くなってきた。ゆらゆらと揺らめく世界、照明の光が霞の中でキラキラ光って万華鏡みたい。調子にのって呑み過ぎたか。でも、胸に不快さはないし、小一時間もすれば酔いも覚めるだろう。
 折角だし、酔いのついでに管でも巻かせてもらおうかな。

 「ねぇ慧音。私に先生なんて出来るのかなぁ」
 「出来るさ。今日だって上手くやってたじゃないか」
 「いや、上手くないでしょ」
 「初日から掴みは上場。三日目にして音楽をしてたし、何より子供達にあんなに好かれてるじゃないか」
 「好かれてるって言うか、遊ばれてるだけよ」

 随分と評価基準が低い気もするけど、相手はあの子達だし妥当な所なのかな。思い出して、またお尻が痛くなる。確かに負の感情は感じないし、新しい遊び相手として輪に入れてる気はするんだけど。

 「でも慧音の授業みたいに、子供達は着いて来てくれないし」
 「言った事は素直に聞いてくれてるだろう? 後はそれを積み重ねていけばいいんだ。
  ちゃんと約束事を作って、間違った事をしたら叱る。後は私がフォローするよ」

 そういえば、今日はお尻を叩かれなかった。二日連続はお尻が持たないからかなり警戒してたけど、慧音の言葉を信じるならそんな心配いらなかったのかも。ルーミアだって、ちゃんと教えたら正しくカスタネットを叩いてくれた。
 乱暴な扱いさえしなければ私も子供は好きだし、もう少し頑張ってみよう!

 「じゃあ何かあった時には思いっきり頼らせてもらうからね」
 「任せておけ」

 包容力のありそうな胸を張って、優しい笑顔を向けてくれる。慧音と知り合ったのはつい最近だけど、不思議と信頼できる人だって思える。でなきゃ頼まれて教師なんてやらないしね。青い紋様の入ったグラス空け、今度は吟醸小町を頂く事にする。

 「可愛いグラスね。慧音の事だからお猪口か枡で出されると思ってた」
 「私を何だと思ってるんだ」
 「慧音って酒を呑む程度の能力でしょ? 屋台で女将さんに教えてもらったよ」
 「歴史を食べる、だ……」

 少し落ち込んだ様子の慧音を見ていると、もう少しだけいじめてみたい衝動が沸いてくる。でも、この状態で頭突きを食らうと確実に悲惨な未来へ一直線だ。
 慧音いじりはまたの機会に取っておいて、今は酒と料理を楽しもう


 教室に向かう途中、柱の陰から飛び出してきたチルノにお尻を叩かれた。「切り捨て御免!」ってやってる事は辻斬りだよね。それより、私のお尻の為にずっとそこに潜んでたの? 妖精怖いわー
 ほっぺたを引っ張ってやると面白い様に伸びる、若いって素敵。二人でじゃれ合っているとすぐに教室に着いた。

 「皆おはよー。授業するから机寄せてー」

 何が始まるんだろうと期待の視線を向けながら、子供達は素直に机を寄せてくれる。慧音先生が積み重ねてきた時間のお陰だな、感謝しないと。
 私も楽器のセッティングを始める。難しい事はしない、今日は皆で音楽を楽しもう。
 私の前にはコンガが四台、カスタネットにギロ、タンバリンにシェイカーが色々だ。色だってルーミア対策に茶色に近いもので揃えてある。駆け寄ってくる子供達を手で制し、自分の席があった場所に座らせる。

 「今日はこの楽器達を使って、皆で演奏します」
 「しゃあぁぁーっ!」
 「で! 皆は私が何の妖怪か知ってるよね?!」
 「付喪神だー」
 「楽器の妖怪だー」
 「はい正解! 着座!」

 ビークール。子守唄のリズムに乗せて、暴動を未然に防ぐ。そう何度も授業崩壊させてなるものか。

 「だから、私や皆と同じでこの子達も生きてるの。乱暴に扱ったりすると後で酷い目に遭うからね」
 「楽器なんて怖くないし」
 「さいきょーのあたいには関係ない話ね」

 付喪神を前にして、いけしゃあしゃあとそんな事をのたまうか。帯電し始める身体を抑えてチルノを前に呼ぶ。
 大小様々な四連コンガで実力の差と、正しく道具を扱う楽しさを叩き込んでやる!

 「チルノ、叩いてみなさい」
 「えっいいの? やったー!」
 「痛いっ! 私じゃなくてこっちの太鼓! あとグーはダメよ」

 ぷっくりと頬を膨らませ、手の平でコンガをぽこぽこと叩く。得意そうな顔で叩いてるけど、甘い、そんな弱い叩き方じゃコンガ達もつまらなそう。もっと強く、激しく!
 チルノが最後に大きく手を振りかぶって、コンガに叩きつける。でもまだ甘い!

 「――っ! どうだ!」
 「よくできました。50点!」
 「ばかな……」
 「叩き方が違うの。指をそろえて縁に置いて……そう、叩くのはそこね。で、こうっ!」

 手首のスナップをきかせて、勢いよくコンガを鳴らす。チルノの時とは違い、倍音を多く含んだ不思議な音。我ながら良い音だ。オーディエンス、もとい子供達が沸き立つ。

 「こんなもんよ、やってみなさい」
 「よし……」

 真剣な表情で私の教えた通りに楽器を叩く。さっきより随分良くなった。コンガも楽しそうだ。

 「いい音ね。90点!」
 「そんな……」
 「あと10点は楽しむ事。真剣に、でも楽しくね」

 笑顔になったチルノを見て、ホッと胸を撫で下ろす。ちゃんと伝わったみたいでよかった。
 他の子達にもそれぞれ気に入った楽器を取ってもらい、一つ一つ扱い方を教えていく。予想通りコンガに人気が集中しそうになったけど、私の美技を披露する事で上手く分散させる事が出来た。
 チルノにコンガを一台取られたけど、これも想定内。低・中・高と三音揃ったコンガで目眩く音楽の世界へ!

 「さあ、幼き演奏者達よ! 寺子屋に魂のビートを響かせよ!」


 楽器達も正しく扱われて喜んでるみたい、もちろん皆100点だ。今はこの楽器達だけだけど、この経験を通して他の物も大切に、正しく扱えるようになるはずだ。
 あぁ……今の私、先生っぽい!

 調子に乗り過ぎて、いつの間にか授業時間を大幅に過ぎていた。慧音の注意も聞かず演奏を続けていたせいで、鳩尾にいいのを一発貰い、視界が涙で滲む。
 あぁ……先生ってやっぱり大変だ。
 慧音に同僚が欲しい。慧音が文系、雷鼓が理系でピッタリだ!っていう願望と妄想が形になっただけです。子供達に叩かれ、揉まれ、いい先生になると思います。

 雷鼓先生は奏者としては子供が好き、楽器としては子供が怖い。パーカッションは明るく繊細な人が多いですよね。冷静で思慮深い面もあるけど、生まれたばかりで実はまだまだ子供かもしれない。
 慧音先生は背の低いカウガールです。頭突きは鳩尾にヒットし、受けた者は痛みより苦しみでのた打ち回ります。あと日本酒大好き。

 コンガはラテン系の楽曲でよく見かけるかもしれません。高さは人の腰くらい、手で叩く胴長の太鼓です。名前は知らなくても見れば分かる、メジャーな打楽器。


シリーズではありませんが、一部設定を引き継いだ各話完結の連作になります。
 作品集189「上白沢慧音と歴史を呑む会
 作品集189「酒と早苗と小野塚小町
ししとう
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コメント



0.630簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
熱い音楽教師、雷鼓でした。ナイスビート。みんな元気いっぱいで良いと思います。
4.80沙門削除
 読む前に酒を用意していた私に死角は無かった。
 頑張る新米先生の話かと思ったら、酒、サケ、さけの描写でたたみかけられてしまいました。
 雄町米で作られたお酒のみたいなー。
 理数系では藍様。体育系は美鈴とか、寺子屋の先生が増えるといいですね。
5.90奇声を発する程度の能力削除
良いですね、賑やかな感じで良かったです
13.100名前が無い程度の能力削除
これは楽しかった
良いお話でした