最初
第一章 夢見る理由を探すなら
一つ前
第八章 道に明かりが無いのなら
第九章 月で世界を謀るなら
目を開ける。途端に蓮子が居なくなってしまった悲しみが溢れてくる。アメリカへ来た事を思い出しながら体を起こすと、窓からは広大な青い大西洋が見えた。ケネディ宇宙センター。蓮子が一度は行ってみたいと語っていた場所だ。それなのに蓮子ではなく、自分だけが来ている。それが何だか酷く不格好に思えて、悲しかった。
しばらく海を眺めていると、ノックの音が聞こえた。誰だろうかと急いで寝間着から着替えて誰が来たのかを確認する。覗き穴の奥には岡崎夢美が立っていた。メリーは胸を抑えて息を整えると、扉を開けて岡崎を招き入れた。
「おはよう」と笑顔を浮かべて入ってきた岡崎だがその姿は疲れて見えた。助手が連れ去られてしまった事が悲しいのだろうか。同じ悲しみを持つ者としてメリーはそれに共感する。
「体の調子はどう?」
「体は大丈夫です」
体は問題無い。ただ蓮子と会えない事が苦しい。
岡崎は微笑むと一枚の紙を見せてきた。何だろうと思って顔を寄せる。見間違いで無ければそこには大統領による発令と書かれている。一瞥しただけでは理解が追いつかなかった。何だか分からずにそれを見つめていると、岡崎が言った。
「大統領令を取ってきた。緊急予算のね。明日には予算が再編成される。アメリカが本気で月から人質を取り戻すという意思表示を全世界に示す」
「そんな、昨日の今日で大統領令なんてもらえるんですか?」
「それだけ宇宙開発振興財団という組織が強大で、その上、情報操作が上手いという事の証左だよ。軌道エレベータも太平洋チューブもアメリカが主導していたというのもあるだろう。アメリカ世論だけじゃない。世界は完全に反月面へ傾いている。今、世界中のあらゆるメディアで、軌道エレベータと太平洋チューブの爆破、そして月に少女が誘拐された悲惨さが膨大な奔流の如く世界中の人人の意識に叩きつけられて、どんどんその気になっている。多分、今日のお昼ごろには世界中の人間が月を人類の仇敵と勘違いしだすだろうね」
何だか話が大きすぎて恐ろしい。だが「それで良いんだ」とメリーは自分を納得させる。何よりも大事な事は蓮子を助ける事だ。世界中の人達が蓮子を助ける気になってくれるのなら、蓮子の救出は想像していたよりもずっと早くなる。
「理事長の民衆操作は本物だよ。昔、私も世話になった事がある。彼女は民衆の意識上の過去を自由に改竄出来るし、社会としての未来を自由に操れる。蓮子君の救出作戦は人類の総力を挙げての事になるだろう」
それはありがたい。けれど不思議だった。言ってしまえば、蓮子はただの一般人で、理事長や沸き立つ世界とは全く関係が無い。それなのにどうしてそんな助けてくれるのか。
「さあ。ただあの理事長は基本的に金で動く。多分、儲けが出るという試算が出たんだろう」
岡崎はそう吐き捨ててから、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「とにかく蓮子さんの救出には世界中が力を入れる。そういう事よ。だから安心して。さ、メリーさん、お腹は空いている?」
「少し」
「そう、じゃあ、持ってこさせるわ。食堂もあるんだけど、好奇の目があるだろうし、もしかしたら昨日のお偉方に出くわすかもしれないし」
それを聞いて、メリーは慌てて「食堂で食べます」と声を上げた。岡崎が不思議そうな顔をする。岡崎の気遣いはありがたかったが、メリーはこのまま部屋でじっとしている事なんて出来無かった。微微たる力かもしれないが、それでも蓮子の救出の為に何か動きたかった。蓮子の事を分かって上げられて、本当に蓮子の事を助けられるのは自分しかいないと思っている。例えどんな凄い人だろうと任せてはいられない。
「部屋でじっとしていられないんです」
メリーのまっすぐな視線に岡崎は頷いて電話を掛け始めた。メリーが食事に行くから食堂の席を開けておくよう頼んでいる。そんな事までしなくて良いのにと思っている内に電話は終わり、岡崎はついてくる様に言って部屋の外へと出た。メリーは岡崎の後について食堂へ向かう。
メリーは初めこそ物珍しげに辺りを見回していたが、すぐに飽きてしまった。一昔前の無骨で角ばった建物は見ていて面白い物では無い。きっと蓮子と一緒に来ていたら、終始興奮している蓮子を見ていて飽きなかっただろうに。蓮子の反応をあれこれ想像しながら歩いていると、不意に岡崎が振り返った。
「安心して。蓮子さんは無事だから」
驚いて足を止める。
急にどうしたんだろう。
「周りの人達は何か勝手な事を言うかもしれないけど、大丈夫。二人の無事は私が保証するわ」
「ありがとうございます」
岡崎が微笑んで、また前を向いた。励ましてくれた様だが、急にそんな事を言う理由が良く分からない。そんなに気落ちした様に見えていただろうか。ただ蓮子が大丈夫という言葉には頼りになりそうな安心感があった。
「岡崎教授は月へ行く手段を持っていますか?」
「ええ、この基地で建造中よ。沢山の兵士を載せて月へ救出に向かうわ」
「そうではなくて、岡崎教授個人が月へ行く方法を」
「私個人で? どうして?」
岡崎は考える様に顎へ指を添えて斜めを見上げた。
「そうだな。方法としては、幾つか考えられる。肉体を運ぶとなると方法は限られるが」
「すぐにでも行けますか?」
「うーん、すぐというと、小さなロケットを作るとか。単段式のなら発射の爆発に耐えられる頑丈ささえあれば良いし。でもそれじゃあ片道切符だからおすすめはしないな」
「そうですか」
でも少なくとも月へはすぐに行ける。
ふと岡崎が見つめてきている事に気がついた。何だか非難めいた視線で恐ろしい。
「メリー君、止めておきな。急いては事を仕損じるよ。蓮子君はまだ大丈夫だ。宇宙開発振興財団の主導する計画も二三日で実行に移る。私もちゆりが攫われたんだから君の気持ちは分かる。でも焦ってはいけない。焦ったって良い事なんか何も無い。分かるね?」
「はい」
言っている事は分かる。気丈に笑っている教授も心の底では心配なのかもしれないと思うと共感の念が湧いてくる。でも今ここで大事なのはそういう事じゃない。蓮子が攫われていてそれを私が助けなくちゃいけない。それだけだ。
話していると食堂に着いた。食堂ではあちらこちらで談笑が起こっていて、その中央に昨日見た宇宙開発振興財団の偉そうな人達が座っていた。テーブルには既に料理が並んでいる。
あの人達もこんな所で食べるんだと意外に思っていると、財団の理事長が顔を上げて嬉しそうな嬌声を上げた。かと思うと、手招いてきて、まるでそれを見越していたかの様に傍から現れた綺麗な女性が私の背を押してきた。あれよあれよという間に理事長達の座るテーブルへと促される。テーブルの傍にはカメラが漂い、良く見れば近くのテーブルにはメモを構えた人がちらほら。
ああ、そういう事か。
偉い人達がどうしてこんな食堂で食べているのか、という疑問が一気に氷解する。最初から待っていたのだ。きっと教授が電話を掛けた瞬間から。
どうやらこの食事もまた月侵攻の広告にされるらしい。教授が部屋で食べる様に言っていたのは、もしかしたらそんな広告にさせない為に言ってくれたのかもしれない。教授は宇宙開発振興財団の事をあまり好きではなさそうだし。だとすればどうして電話を掛けたのか気になるけれど。掛けなければ最初から待ち受けている事なんて無かった筈だ。
テーブルに座ると、理事長が何が食べたいのか聞いてきた。すかさず給仕が後ろからメニューを渡してくる。見てみたが、ありきたりな料理の名前が並んでいて、何が美味しいのか分からない。適当に、理事長が食べている物を見て、「それが一番美味しそうだからそれが食べたい」と言っておいた。笑いが起こり、理事長が満足そうな顔を見せる。
「良く眠れたかしら?」
「はい。凄く良いお部屋で。でも朝起きて、蓮子が居ないと分かったら悲しくて」
「そう。蓮子というのは攫われたお友達よね」
一転して場が沈み込む。メリーはそれを眺め回して、尋ねてみた。
「蓮子はいつ助かるんですか?」
「もう少しだけ待って頂戴。今、世界中のみんなが月の悪者からあなたのお友達を助ける為に頑張っているの。ロケットももうすぐ完成して、遅くとも三日以内には月へ向かえるわ」
三日。早いようで遅いとメリーは思う。蓮子は囚われて月の手の内にあるというのに、そんなに待っていられない。
「でも、ロケットは外にもう何基もありました。すぐにでも飛ばせないんですか?」
別に見た訳ではなかったが、宇宙センターならきっとあるだろうと当てずっぽうで言ってみた。理事長の表情が幾分驚く様な顔に変化したので、メリーは自分の推量の正しさを知る。
「あのロケットじゃ駄目なんですか?」
理事長が首を横に振った。
「駄目じゃないわ。あのロケットを飛ばそうとしているの。けれど今回は月へ行くだけじゃなくて、蓮子を助けなくちゃいけない。そうすると悪者に気付かれちゃいけないの。だからそういう制御装置を取り付けて、月へ向かう途中で見つからない工夫をしているのよ。そういう万全の準備が整う時間が三日。心配なのは分かるけれど、分かって頂戴。ただでさえ今まで人類は月を恐れて月面に向かおうとしなかったから技術不足で、その上救出作戦まで重なっているから、どうしても時間が掛かるのよ」
理事長が「分かってくれるかしら?」と尋ねてきたので、メリーは「分かりました」と俯いて、運ばれてきた料理に口を付けた。俯いた事を悲しみに沈んでいると考えたのか、同席しているクリフォードが優しげな声をかけてきた。
「大丈夫。僕達の作戦は万全だ。必ずや助けだしてみせるから、どうか安心して」
確か軍隊に同行する実働部隊の人だという事を思い出す。端正な顔立ちに明るい性格。まるで広告塔の様で、だからこそこの席に同席し、だからこそ軍隊についていくのかもしれないとメリーは考える。きっと今回の月侵攻が清廉な正義の下で行われると示したいのだろう。
蓮子はしばらく考えてから、クリフォードに尋ねた。
「あの、クリフォードさん」
「おや、名前を覚えていてくれたとは光栄だね。何だい?」
「月の人達はそんなに強いんですか?」
「強い? いや、僕達の科学力はすでに彼等を追い越している。むしろ彼等を制圧するのは簡単な事だよ。普通の対テロ制圧作戦なんかよりよっぽどね」
「でも前に月へ行こうとしたツアーではみんなのロケットが」
二年前に飛び立ったロケットは三十基全てが謎の爆発を起こした。はっきりと断定はされていないけど、きっと月の人達の妨害だろう。
「あれは民間用のロケットだからさ」
クリフォードが快活な笑みを見せる。
「今回僕達の乗って行くロケットは最新の軍事用ロケットだからね。大丈夫だよ」
「じゃあどうして月へ向かうのに隠れる必要があるんですか?」
「どうして? とは? 悪者に攻撃されてしまうから、隠れて行くんだよ」
「でも月の人達は強くないんですよね。だったらそんな戦う様な真似をしなくても良いんじゃないですか? もしそれで月の人達が傷ついてしまったら」
「優しいね。でも」
「私思ったんです。もしかしたら月の人達は私達が強い事を良く知らないんじゃないかって。前にロケットを追い払った事があるから今回も勝てると思ってるんじゃないかって。だったらむしろ、こちらが凄いって事がはっきり分かる様に、それから蓮子を取り戻しに行くだけで攻撃する気が無い事がちゃんと分かる様に、色鮮やかで綺麗なロケットで行けば、向こうも怖いし、それに攻撃されないのならって、蓮子を安心して返してくれるんじゃないかなって思うんです。だってそれを示しておけば、蓮子を傷つけてしまったら、戦争になってしまって、地球と戦争になったら月はやられちゃうって、幾ら月の人だって分かる筈ですから」
語っている内に「何だかあまり上手い理由じゃないなぁ」とメリー自身思っていたが、案の定クリフォードは困った様な笑顔になった。
「残念だけど、それは駄目だ。幾ら何でもそれは」
ところがそれを遮って理事長が声を張った。
「素晴らしいわ! それで行きましょう!」
「は?」という疑問符がその場の全員の頭に浮かんだ。
クリフォードがあからさまに嫌そうな顔を理事長へ向ける。
「いや、マダム、流石にそんな作戦では」
だが理事長はそんな言葉全く聞いていない。
「ロケットは派手な飾りを付けましょう。こちらに敵意が無い事を見せる為に、何か安心させられる様な。それからこちらに敵意が無い事を示す為に、事前に打診をしておきましょう。これから取り返しに行きますと。初めから見つかっているなら、ステルスは搭載しなくて良いわね。それなら工期を二十四時間に短縮出来るでしょう。早速作業に取り掛かって」
理事長が一気呵成に言い切って、言葉が途切れた瞬間、食堂に居る者達が何の疑問も差し挟まずに一斉に動き出した。一気に慌ただしくなった食堂の中、クリフォードだけが理事長の傍に寄って元の計画から変更しない様、お願いしていたが、理事長の「私はあなたの能力を十二分に評価します」と言う言葉に、あっさりと引き下がった。そのまま理事長はメリーの下へと歩いてくる。
「ありがとう、メリー。あなたのアイディアのお陰で、とても迅速で平和な解決が出来そうよ」
心の底から嬉しそうに笑う理事長に、メリーも立ち上がって笑みを返す。
「お役に立てて良かったです。私は勿論蓮子も助かって欲しいけど、月の人達にも傷ついて欲しくはありません」
「あなたの優しさは宝物ね。安心して、きっとみんなが無事のまま解決する。私も幾ら悪い人達とはいえ、亡くなって欲しくないもの」
理事長が手を差し出してきたので、メリーはカメラの気配を感じつつ、理事長の手を握り返した。多分この場面もすぐ世界へ拡散していくのだろう。平和という幸せな未来が世界中を浸す筈だ。
「それじゃあ、私もすぐに計画の修正に戻らないといけないから。また会いましょう」
忙しげに別れの挨拶を済ませ、理事長が去っていく。
それを見届けると、次第に食堂のどたばたが消えていた。後片付けをする人だけが残っているが、後は誰も居ない。カメラも消えていた。
「困ったら助け舟を出そうと思っていたけど、必要なかったわね」
振り返ると、食べ終えた岡崎が口を拭いていた。
「メリーさんは食べないの?」
「ええ、あまり食欲が無くて」
「食べなくちゃ駄目よ」
そう言われても食欲が湧かない。テーブルに置かれた食事を見て、益益食欲が減退する。
「いえ、今はどうしても」
「そう。これからどうする? この施設の中を案内しましょうか? あるいは救出作戦の概要を聞く? それとも気晴らしに外へ出たい?」
気を遣ってくれている事は嬉しく思うが、今はとにかく疲れていた。疲れて、早く目を瞑りたかった。
「すみませんけど、部屋に戻ります。凄く疲れていて、横になりたいんです」
岡崎の目が訝しげに歪む。さっき起きたばかりなのにとでも思っているのかもしれない。でも疲れているのは本当だ。今すぐに目を瞑って楽になりたい。それに、夢の中で良い事が起こる、という予感もあった。
「体は大丈夫なんですけど、頭が重くて痛くて」
メリーが額を抑えると、岡崎が納得した様子で頷いた。
「そうよね。色色あって、その上、沢山の人が見ている前で、あいつ等と話さなくちゃいけなくて」
やっぱり教授は宇宙開発振興財団の事が嫌いな様だ。
岡崎に連れられて部屋へと辿り着く。別れ際、心配で仕方の無い様子の岡崎が内線の番号をデータにして渡してくれた。
「何かあったら部屋の内線で私に連絡して。ご飯なんかも内線で頼めば持ってきてもらえるから」
「はい」
「どんな事でも良いから、遠慮せずにすぐに電話してね」
「はい」
「それじゃあ」と言って、岡崎が扉を閉める。一人になったメリーはよろめきながらベッドまで歩いて、そのまま倒れこんだ。目が痛かった。痛いというより煩わしい。起きてからありとあらゆるところに境界が見える。食事だって、食べようとするものに境界がびっしり走っていて、気持ち悪くてほとんど口がつけられなかった。何もかもに境界が走っている。部屋にも自分の体にも。こんな事今まで無かったのに。一体どうしたのだろう。原因が分からない。あちらこちらに走る境界が不気味でしょうがない。境界の奥がどうなっているのか、想像するだに恐ろしい。
意識がまどろんでいくのを感じる。きっと夢の世界へ行こうとしている。きっとそこに蓮子を助ける手掛かりがある。何となくそんな気がして、何とか夢の境界を覗こうとしている内に、意識が沈んで眠り込んだ。
「誰だ、この命知らず」
そう呟きながら発行者を見ると、案の定射命丸文だった。文の奴ついに死ぬのかと感慨深げに息を吐きながら、新聞を掲げて霊夢を見る。
「なあ、霊夢、これもう読んだ?」
「まだ。っていうか、基本的に貰うだけ貰って読んでないけど」
「ひでえな。紙の無駄じゃん」
「で、どうしたの?」
「いや、この記事がさ」
魔理沙が指さした新聞の見出しは『幻想郷滅亡の危機』、幻想郷の賢者、紅魔館の吸血鬼が月に攻め込み完敗した事件を取り上げ、月がその報復として近近幻想郷に攻め込んでくるかもしれないという内容だった。
少なくとも前半の、月に攻め込んだという部分に嘘は無い。むしろ魔理沙と霊夢が知っている以上に詳しい経緯が、ほとんど齟齬無く書かれている。特に紫が月へ攻め込んだという部分について、霊夢と魔理沙は僅かな伝聞でしか知らなかったが、記事にはその詳細と共に一枚の写真が張られていた。それは八雲紫が月の使者である綿月豊姫を前に膝を屈している場面だった。
「無茶もここまで行くと尊敬するわね」
それを見た霊夢も魔理沙と同じ感想を述べる。
例えその記事が嘘であれ本当であれ、負けた等と書きたてれば八雲紫とレミリア・スカーレットの顔に泥を塗りつける様なものだ。それが幻想郷の中の関係性であれば笑い話にも出来るかもしれないが、対外を相手取って負けたとなれば意味合いが全く違う。その上、事実を確認出来ないから噂は際限無く膨らんでいくだろう。射命丸文が記事を撤回しない限り、いや撤回しても事が収まらないかもしれない。
そして事が収まらなければ、紫とレミリアは文に報復を行う事もありえる。そして報復をすれば、今度は天狗という種が二人に対して報復を行う可能性がある。そうなれば戦争の勃発だ。
「まさか天狗から喧嘩をふっかけてる訳じゃないよな」
「そういう事をする奴等とは思えないけど」
二人の知る限り天狗は縦社会で、天狗という種の行動はトップである天魔が握っている。そして天魔は保守的な天狗で、いたずらに現状を壊すとは思えない。では射命丸文の独断かと言えば、やはりそれもそぐわない。確かに射命丸文は何かとある事無い事書き連ねるが、少なくとも自分や天狗を殺しかねない記事を書いた事は無かった。
「ま、考えても埒が明かないな。どうする、霊夢」
「どうするって言っても」
「異変になるかもしれないぜ。というより、この記事がもう異変と言えるか」
「まだ何も起こってないし」
「何かあってからじゃ遅い事って結構あると思うぜ」
「それもそうね」
そんな訳で今回の異変を解決する為に、霊夢と魔理沙は立ち上がった。文々。新聞を握りしめて。
まずは射命丸文に事情を聞こうという事で、二人は妖怪の山へと飛んでいく。その途中で「そう言えば」と箒にまたがった魔理沙が後ろに跨がる霊夢に新聞を渡した。
「その新聞、私とか霊夢とか、後は咲夜とか、人間の事が全く書かれてないよな。他は詳しすぎる位に書かれているのに、私達が月で綿月依姫に挑んで負けた事は全く書かれていない。最初から居なかったみたいに」
「そうね。何でかしら」
「幻想郷といや妖怪だからか? ほら、月と幻想郷、月人と妖怪の大戦争なのに、私等人間が混じったらスケールが小さくなるだろ」
「そう? むしろ月に行って戦ったのが血吸蝙蝠だけになって逆に迫力が。そんな風に事実を捻じ曲げるなら、むしろ神奈子辺りを出して神対月にした方が釣り合いが取れるじゃない?」
「そりゃ無理だろ。共存を始めた神奈子を敵に回す様な記事、天狗として書けるもんか」
「どっちにしても紫を出している時点で危ういと思うけど」
「とにかく記事には人間の事が書かれていない。これは大きな手掛かりになるぜ、霊夢」
「そんな事よりもっと手っ取り早い手掛かりが向こうを飛んでいるけれど」
霊夢が指さした先に文が飛んでいた。後ろを向いてまだこちらには気がついていない。
「じゃあ頼んだぜ霊夢」
「はいよ」
魔理沙は霊夢が離れたのを箒の荷重が減った事で確認すると、ミニ八卦炉を構えて声を貼り上げた。
「おーい、文!」
文がこちらを振り返る。
その瞬間、マスタースパークを撃ち放った。
凄まじい光と熱の奔流が文へと襲いかかる。だが当たらないだろう。その為に声を掛けたのだし。魔理沙の冷静な目は文が咄嗟に、けれど易易と回避するのを捉えていた。流石天狗。速さにおいて並ぶ者無し。ふと魔理沙は月で依姫と戦った時の事を思い出した。あの時もマスタースパークは易易と切られ、跳ね返された。当たれば神であろうと月人であろうと倒す自信はあるが、そもそも当たらないのじゃしょうがない。
要らぬ感傷だな。
魔理沙の視界の中、回避した文の背後から霊夢が突如として現れたのを見る。御札を構えた霊夢はそれを文へと貼り付け、その瞬間霊夢と文の周囲に光の立方体が作られる。
「おお、上手く封印出来たみたいだな」
森へと落ちていく立方体を眺めながら魔理沙が独り言ちた。あの夢想封印もマスタースパークと同じで、使えば何だろうと封じる事が出来る切り札だが、強大な相手には接近して直接札を貼る必要がある。月の戦いでは相手を捉えられず使う事すら出来なかった。本来なら素早い天狗を相手にしても同じ様に封印する事は困難だろう。今回は上手く役割を分担して、コンビネーションで捉える事は出来たけど。
魔理沙は首を横に振って過去の敗戦を振り払うと、急降下して墜落する霊夢達を森に落ちるぎりぎりで拾い上げた。
「遅い。危なく激突するところだったじゃない」
「まあまあ、無事拾えたんだから良いじゃないか」
適当に受け応えて、二人を地面に下ろす。霊夢は立ち上がると封印を解いて、倒れた文を問い質した。
「で、何を企んでるの?」
倒れた文が霊夢を睨み上げる。
「いきなり撃ち落とそうとして、封印食らわせて、墜落させておいて、第一声がそれ? こっちの方こそ、あんた達が何を企んで私を攻撃したのか聞きたいんだけど」
「いや、そういうの良いから。で、あんな記事書いておいて何を企んでいる訳?」
霊夢が記事を見せる。
記事を見た文がどんな反応をするのか魔理沙はじっと観察するが、意外にも文は平静だった。
「ああ、それ。そのまんまで、企んでいるも何も」
「こんな記事書いて、紫やレミリアに恨まれるわよ」
「私は新聞記者ですから、例え自分の身に危険が迫ろうと、知った真実を世に広めるのみです」
「妖怪を束ねる八雲紫に泥を塗ったのよ。天狗と妖怪で戦争になるかもしれない」
「真実を書いただけです。もしも八雲紫様が自分の顔に泥を塗られたからという理由で、真実を侵すのであれば我我天狗はそれに抗うだけでございます。まあ、あのスキマ妖怪にかつての権勢があるとは思えないけど」
文が鼻で笑う。本気で紫との戦争を恐れていない様子だった。いや、それどころか望んでいる様な気配さえある。
不気味なものを感じつつ、今度は魔理沙が口を出す。
「真実って言うが、月が攻め込んでくるっていうのは本当なのか?」
「それは、ほら、ちゃんと『月が攻め込んでくる?』とか、『報復も時間の問題か?』とか言葉を濁してあるでしょ」
「そんな言い訳が」
「新聞だと通るのよ」
「じゃあ、私達の事は? この記事には私達の事が書かれていないぜ?」
「私達? どうして魔理沙の事を書かなくちゃいけないの?」
「どうしてって、霊夢も私もそれから咲夜も一緒に月へ行ったからだよ」
「ああ、そんな噂も聞いたけど、残念ながら私は真実しか載せない」
「嘘吐け」
「過去の事に関しては基本的に裏の取れた事しか載せないの。あなた達が月へ行ったなんて、そんなあやふや噂は省いちゃった」
「裏って、どうやって取ったんだ? まさか月まで確認に行ったのかよ。いや、それよりこの写真、紫が屈してる写真なんて一体いつ撮ったんだ?」
文は人差し指を口元に当てて、静かに言った。
「残念ですが、情報提供元は明かせません」
「流石は清く正しい射命丸さんだな」と皮肉を言って、魔理沙は黙る。文は完全にはぐらかす気だ。ほとんど事態が把握出来ていない今、有効に情報を引き出す方法が思いつかない。
何か方策は無いかと霊夢に水を向けたが、霊夢も首を横に振った。
「残念だけど、何も明かす気が無いようね」
「そんな事ありませんよ。新聞に書いている事が真実。これ以上明かす事が無いだけです」
そんな戯言を言う文を無視して、霊夢が踵を返した。
「悪かったわね。手荒い事をして」
「本当ですよ。私でなければ、慰謝料を請求しているところですわ」
「分かったわよ。今度何かお詫びの品を持って行く」
「是非是非」
調子良く笑う文に霊夢が振り向いて最後の質問を放った。
「ところで、私達という確かな情報提供者が居る訳だし、当然人間が血吸蝙蝠と一緒に月へ攻め込んだというのは記事にするのよね」
その瞬間、ほんの微かにだが、文の表情が固まった。が、すぐに調子の良い笑顔に戻る。
「ええ、勿論。ちゃんとその他の情報と突き合わせ、裏が取れたら記事にするわ」
そう言って、妖怪の山へと飛び去っていった。
魔理沙と霊夢も自分達の神社へ戻る。
「最後の質問、私達の事は書きたくないって反応だったな」
神社に帰る道すがら魔理沙が霊夢に尋ねると、霊夢は沈んだ声で同意した。
「そうね」
「どうした?」
「あ、いや、ちょっと考え事」
「何の?」
「いや、別に、ただ、文の様子だと、全面戦争が起こっても構わないって感じだったじゃない? 妖怪と天狗にしたって、幻想郷と月にしたって」
「ああ」
「もし本当にそうなったら、どうやって解決しようかなって」
「そんなの今から考えても仕方が無いだろ。そうならない様にどうにかしないと」
「そうね。ただここ最近、どんどん色んな勢力が増えているのに、何だかその分幻想郷があやふやになっている気がして」
「あやふやに、ねぇ」
「何だか幻想郷がいずれ自重で潰れてしまう気がしてならないのよ」
魔理沙はそれに対して何の返答もしなかった。
魔理沙も霊夢と同じ事を最近良く考えているから。
そして霊夢が同じ考えを持っている事に驚いたから。
何より、霊夢の言葉に同意してしまえば、それが本当になってしまう気がしたから。
だから何も答えられなかった。
神社へと帰った二人は、次に紫から事情を聞こうと考える。もしかしたら怒り狂っているかもしれない。それで天狗に何か報復をしようとしているのなら、少少死ぬ気で食い止める必要が出てくる。
こたつに入った魔理沙が霊夢からお茶を受け取りつつ聞いた。
「さて、紫の家にはどうやって行けば良いんだっけ?」
「会うだけならこうすれば良いのよ」
そう言ってこたつに入りながら霊夢が指を鳴らした。
その瞬間、霊夢の背後から「ぶぐ」という息を押し殺す声が聞こえた。振り返ると、そこに見慣れたナイトキャップを認める。だが「紫」と呼びかけようとした霊夢が固まる。
それは紫に似ているけれど、紫でなかった。
そんな想像の埒外の存在に霊夢が呆然としていると、起き上がったそれは寝ぼけた眼で辺りを見回した後、蕩ける様な笑顔を浮かべて頭を下げた。
「どうも、こんにちは」
霊夢は訳が分からず、「はあ、どうも」と頭を下げ返した。
続き
第十章 愛が全てに勝るなら
第一章 夢見る理由を探すなら
一つ前
第八章 道に明かりが無いのなら
第九章 月で世界を謀るなら
目を開ける。途端に蓮子が居なくなってしまった悲しみが溢れてくる。アメリカへ来た事を思い出しながら体を起こすと、窓からは広大な青い大西洋が見えた。ケネディ宇宙センター。蓮子が一度は行ってみたいと語っていた場所だ。それなのに蓮子ではなく、自分だけが来ている。それが何だか酷く不格好に思えて、悲しかった。
しばらく海を眺めていると、ノックの音が聞こえた。誰だろうかと急いで寝間着から着替えて誰が来たのかを確認する。覗き穴の奥には岡崎夢美が立っていた。メリーは胸を抑えて息を整えると、扉を開けて岡崎を招き入れた。
「おはよう」と笑顔を浮かべて入ってきた岡崎だがその姿は疲れて見えた。助手が連れ去られてしまった事が悲しいのだろうか。同じ悲しみを持つ者としてメリーはそれに共感する。
「体の調子はどう?」
「体は大丈夫です」
体は問題無い。ただ蓮子と会えない事が苦しい。
岡崎は微笑むと一枚の紙を見せてきた。何だろうと思って顔を寄せる。見間違いで無ければそこには大統領による発令と書かれている。一瞥しただけでは理解が追いつかなかった。何だか分からずにそれを見つめていると、岡崎が言った。
「大統領令を取ってきた。緊急予算のね。明日には予算が再編成される。アメリカが本気で月から人質を取り戻すという意思表示を全世界に示す」
「そんな、昨日の今日で大統領令なんてもらえるんですか?」
「それだけ宇宙開発振興財団という組織が強大で、その上、情報操作が上手いという事の証左だよ。軌道エレベータも太平洋チューブもアメリカが主導していたというのもあるだろう。アメリカ世論だけじゃない。世界は完全に反月面へ傾いている。今、世界中のあらゆるメディアで、軌道エレベータと太平洋チューブの爆破、そして月に少女が誘拐された悲惨さが膨大な奔流の如く世界中の人人の意識に叩きつけられて、どんどんその気になっている。多分、今日のお昼ごろには世界中の人間が月を人類の仇敵と勘違いしだすだろうね」
何だか話が大きすぎて恐ろしい。だが「それで良いんだ」とメリーは自分を納得させる。何よりも大事な事は蓮子を助ける事だ。世界中の人達が蓮子を助ける気になってくれるのなら、蓮子の救出は想像していたよりもずっと早くなる。
「理事長の民衆操作は本物だよ。昔、私も世話になった事がある。彼女は民衆の意識上の過去を自由に改竄出来るし、社会としての未来を自由に操れる。蓮子君の救出作戦は人類の総力を挙げての事になるだろう」
それはありがたい。けれど不思議だった。言ってしまえば、蓮子はただの一般人で、理事長や沸き立つ世界とは全く関係が無い。それなのにどうしてそんな助けてくれるのか。
「さあ。ただあの理事長は基本的に金で動く。多分、儲けが出るという試算が出たんだろう」
岡崎はそう吐き捨ててから、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「とにかく蓮子さんの救出には世界中が力を入れる。そういう事よ。だから安心して。さ、メリーさん、お腹は空いている?」
「少し」
「そう、じゃあ、持ってこさせるわ。食堂もあるんだけど、好奇の目があるだろうし、もしかしたら昨日のお偉方に出くわすかもしれないし」
それを聞いて、メリーは慌てて「食堂で食べます」と声を上げた。岡崎が不思議そうな顔をする。岡崎の気遣いはありがたかったが、メリーはこのまま部屋でじっとしている事なんて出来無かった。微微たる力かもしれないが、それでも蓮子の救出の為に何か動きたかった。蓮子の事を分かって上げられて、本当に蓮子の事を助けられるのは自分しかいないと思っている。例えどんな凄い人だろうと任せてはいられない。
「部屋でじっとしていられないんです」
メリーのまっすぐな視線に岡崎は頷いて電話を掛け始めた。メリーが食事に行くから食堂の席を開けておくよう頼んでいる。そんな事までしなくて良いのにと思っている内に電話は終わり、岡崎はついてくる様に言って部屋の外へと出た。メリーは岡崎の後について食堂へ向かう。
メリーは初めこそ物珍しげに辺りを見回していたが、すぐに飽きてしまった。一昔前の無骨で角ばった建物は見ていて面白い物では無い。きっと蓮子と一緒に来ていたら、終始興奮している蓮子を見ていて飽きなかっただろうに。蓮子の反応をあれこれ想像しながら歩いていると、不意に岡崎が振り返った。
「安心して。蓮子さんは無事だから」
驚いて足を止める。
急にどうしたんだろう。
「周りの人達は何か勝手な事を言うかもしれないけど、大丈夫。二人の無事は私が保証するわ」
「ありがとうございます」
岡崎が微笑んで、また前を向いた。励ましてくれた様だが、急にそんな事を言う理由が良く分からない。そんなに気落ちした様に見えていただろうか。ただ蓮子が大丈夫という言葉には頼りになりそうな安心感があった。
「岡崎教授は月へ行く手段を持っていますか?」
「ええ、この基地で建造中よ。沢山の兵士を載せて月へ救出に向かうわ」
「そうではなくて、岡崎教授個人が月へ行く方法を」
「私個人で? どうして?」
岡崎は考える様に顎へ指を添えて斜めを見上げた。
「そうだな。方法としては、幾つか考えられる。肉体を運ぶとなると方法は限られるが」
「すぐにでも行けますか?」
「うーん、すぐというと、小さなロケットを作るとか。単段式のなら発射の爆発に耐えられる頑丈ささえあれば良いし。でもそれじゃあ片道切符だからおすすめはしないな」
「そうですか」
でも少なくとも月へはすぐに行ける。
ふと岡崎が見つめてきている事に気がついた。何だか非難めいた視線で恐ろしい。
「メリー君、止めておきな。急いては事を仕損じるよ。蓮子君はまだ大丈夫だ。宇宙開発振興財団の主導する計画も二三日で実行に移る。私もちゆりが攫われたんだから君の気持ちは分かる。でも焦ってはいけない。焦ったって良い事なんか何も無い。分かるね?」
「はい」
言っている事は分かる。気丈に笑っている教授も心の底では心配なのかもしれないと思うと共感の念が湧いてくる。でも今ここで大事なのはそういう事じゃない。蓮子が攫われていてそれを私が助けなくちゃいけない。それだけだ。
話していると食堂に着いた。食堂ではあちらこちらで談笑が起こっていて、その中央に昨日見た宇宙開発振興財団の偉そうな人達が座っていた。テーブルには既に料理が並んでいる。
あの人達もこんな所で食べるんだと意外に思っていると、財団の理事長が顔を上げて嬉しそうな嬌声を上げた。かと思うと、手招いてきて、まるでそれを見越していたかの様に傍から現れた綺麗な女性が私の背を押してきた。あれよあれよという間に理事長達の座るテーブルへと促される。テーブルの傍にはカメラが漂い、良く見れば近くのテーブルにはメモを構えた人がちらほら。
ああ、そういう事か。
偉い人達がどうしてこんな食堂で食べているのか、という疑問が一気に氷解する。最初から待っていたのだ。きっと教授が電話を掛けた瞬間から。
どうやらこの食事もまた月侵攻の広告にされるらしい。教授が部屋で食べる様に言っていたのは、もしかしたらそんな広告にさせない為に言ってくれたのかもしれない。教授は宇宙開発振興財団の事をあまり好きではなさそうだし。だとすればどうして電話を掛けたのか気になるけれど。掛けなければ最初から待ち受けている事なんて無かった筈だ。
テーブルに座ると、理事長が何が食べたいのか聞いてきた。すかさず給仕が後ろからメニューを渡してくる。見てみたが、ありきたりな料理の名前が並んでいて、何が美味しいのか分からない。適当に、理事長が食べている物を見て、「それが一番美味しそうだからそれが食べたい」と言っておいた。笑いが起こり、理事長が満足そうな顔を見せる。
「良く眠れたかしら?」
「はい。凄く良いお部屋で。でも朝起きて、蓮子が居ないと分かったら悲しくて」
「そう。蓮子というのは攫われたお友達よね」
一転して場が沈み込む。メリーはそれを眺め回して、尋ねてみた。
「蓮子はいつ助かるんですか?」
「もう少しだけ待って頂戴。今、世界中のみんなが月の悪者からあなたのお友達を助ける為に頑張っているの。ロケットももうすぐ完成して、遅くとも三日以内には月へ向かえるわ」
三日。早いようで遅いとメリーは思う。蓮子は囚われて月の手の内にあるというのに、そんなに待っていられない。
「でも、ロケットは外にもう何基もありました。すぐにでも飛ばせないんですか?」
別に見た訳ではなかったが、宇宙センターならきっとあるだろうと当てずっぽうで言ってみた。理事長の表情が幾分驚く様な顔に変化したので、メリーは自分の推量の正しさを知る。
「あのロケットじゃ駄目なんですか?」
理事長が首を横に振った。
「駄目じゃないわ。あのロケットを飛ばそうとしているの。けれど今回は月へ行くだけじゃなくて、蓮子を助けなくちゃいけない。そうすると悪者に気付かれちゃいけないの。だからそういう制御装置を取り付けて、月へ向かう途中で見つからない工夫をしているのよ。そういう万全の準備が整う時間が三日。心配なのは分かるけれど、分かって頂戴。ただでさえ今まで人類は月を恐れて月面に向かおうとしなかったから技術不足で、その上救出作戦まで重なっているから、どうしても時間が掛かるのよ」
理事長が「分かってくれるかしら?」と尋ねてきたので、メリーは「分かりました」と俯いて、運ばれてきた料理に口を付けた。俯いた事を悲しみに沈んでいると考えたのか、同席しているクリフォードが優しげな声をかけてきた。
「大丈夫。僕達の作戦は万全だ。必ずや助けだしてみせるから、どうか安心して」
確か軍隊に同行する実働部隊の人だという事を思い出す。端正な顔立ちに明るい性格。まるで広告塔の様で、だからこそこの席に同席し、だからこそ軍隊についていくのかもしれないとメリーは考える。きっと今回の月侵攻が清廉な正義の下で行われると示したいのだろう。
蓮子はしばらく考えてから、クリフォードに尋ねた。
「あの、クリフォードさん」
「おや、名前を覚えていてくれたとは光栄だね。何だい?」
「月の人達はそんなに強いんですか?」
「強い? いや、僕達の科学力はすでに彼等を追い越している。むしろ彼等を制圧するのは簡単な事だよ。普通の対テロ制圧作戦なんかよりよっぽどね」
「でも前に月へ行こうとしたツアーではみんなのロケットが」
二年前に飛び立ったロケットは三十基全てが謎の爆発を起こした。はっきりと断定はされていないけど、きっと月の人達の妨害だろう。
「あれは民間用のロケットだからさ」
クリフォードが快活な笑みを見せる。
「今回僕達の乗って行くロケットは最新の軍事用ロケットだからね。大丈夫だよ」
「じゃあどうして月へ向かうのに隠れる必要があるんですか?」
「どうして? とは? 悪者に攻撃されてしまうから、隠れて行くんだよ」
「でも月の人達は強くないんですよね。だったらそんな戦う様な真似をしなくても良いんじゃないですか? もしそれで月の人達が傷ついてしまったら」
「優しいね。でも」
「私思ったんです。もしかしたら月の人達は私達が強い事を良く知らないんじゃないかって。前にロケットを追い払った事があるから今回も勝てると思ってるんじゃないかって。だったらむしろ、こちらが凄いって事がはっきり分かる様に、それから蓮子を取り戻しに行くだけで攻撃する気が無い事がちゃんと分かる様に、色鮮やかで綺麗なロケットで行けば、向こうも怖いし、それに攻撃されないのならって、蓮子を安心して返してくれるんじゃないかなって思うんです。だってそれを示しておけば、蓮子を傷つけてしまったら、戦争になってしまって、地球と戦争になったら月はやられちゃうって、幾ら月の人だって分かる筈ですから」
語っている内に「何だかあまり上手い理由じゃないなぁ」とメリー自身思っていたが、案の定クリフォードは困った様な笑顔になった。
「残念だけど、それは駄目だ。幾ら何でもそれは」
ところがそれを遮って理事長が声を張った。
「素晴らしいわ! それで行きましょう!」
「は?」という疑問符がその場の全員の頭に浮かんだ。
クリフォードがあからさまに嫌そうな顔を理事長へ向ける。
「いや、マダム、流石にそんな作戦では」
だが理事長はそんな言葉全く聞いていない。
「ロケットは派手な飾りを付けましょう。こちらに敵意が無い事を見せる為に、何か安心させられる様な。それからこちらに敵意が無い事を示す為に、事前に打診をしておきましょう。これから取り返しに行きますと。初めから見つかっているなら、ステルスは搭載しなくて良いわね。それなら工期を二十四時間に短縮出来るでしょう。早速作業に取り掛かって」
理事長が一気呵成に言い切って、言葉が途切れた瞬間、食堂に居る者達が何の疑問も差し挟まずに一斉に動き出した。一気に慌ただしくなった食堂の中、クリフォードだけが理事長の傍に寄って元の計画から変更しない様、お願いしていたが、理事長の「私はあなたの能力を十二分に評価します」と言う言葉に、あっさりと引き下がった。そのまま理事長はメリーの下へと歩いてくる。
「ありがとう、メリー。あなたのアイディアのお陰で、とても迅速で平和な解決が出来そうよ」
心の底から嬉しそうに笑う理事長に、メリーも立ち上がって笑みを返す。
「お役に立てて良かったです。私は勿論蓮子も助かって欲しいけど、月の人達にも傷ついて欲しくはありません」
「あなたの優しさは宝物ね。安心して、きっとみんなが無事のまま解決する。私も幾ら悪い人達とはいえ、亡くなって欲しくないもの」
理事長が手を差し出してきたので、メリーはカメラの気配を感じつつ、理事長の手を握り返した。多分この場面もすぐ世界へ拡散していくのだろう。平和という幸せな未来が世界中を浸す筈だ。
「それじゃあ、私もすぐに計画の修正に戻らないといけないから。また会いましょう」
忙しげに別れの挨拶を済ませ、理事長が去っていく。
それを見届けると、次第に食堂のどたばたが消えていた。後片付けをする人だけが残っているが、後は誰も居ない。カメラも消えていた。
「困ったら助け舟を出そうと思っていたけど、必要なかったわね」
振り返ると、食べ終えた岡崎が口を拭いていた。
「メリーさんは食べないの?」
「ええ、あまり食欲が無くて」
「食べなくちゃ駄目よ」
そう言われても食欲が湧かない。テーブルに置かれた食事を見て、益益食欲が減退する。
「いえ、今はどうしても」
「そう。これからどうする? この施設の中を案内しましょうか? あるいは救出作戦の概要を聞く? それとも気晴らしに外へ出たい?」
気を遣ってくれている事は嬉しく思うが、今はとにかく疲れていた。疲れて、早く目を瞑りたかった。
「すみませんけど、部屋に戻ります。凄く疲れていて、横になりたいんです」
岡崎の目が訝しげに歪む。さっき起きたばかりなのにとでも思っているのかもしれない。でも疲れているのは本当だ。今すぐに目を瞑って楽になりたい。それに、夢の中で良い事が起こる、という予感もあった。
「体は大丈夫なんですけど、頭が重くて痛くて」
メリーが額を抑えると、岡崎が納得した様子で頷いた。
「そうよね。色色あって、その上、沢山の人が見ている前で、あいつ等と話さなくちゃいけなくて」
やっぱり教授は宇宙開発振興財団の事が嫌いな様だ。
岡崎に連れられて部屋へと辿り着く。別れ際、心配で仕方の無い様子の岡崎が内線の番号をデータにして渡してくれた。
「何かあったら部屋の内線で私に連絡して。ご飯なんかも内線で頼めば持ってきてもらえるから」
「はい」
「どんな事でも良いから、遠慮せずにすぐに電話してね」
「はい」
「それじゃあ」と言って、岡崎が扉を閉める。一人になったメリーはよろめきながらベッドまで歩いて、そのまま倒れこんだ。目が痛かった。痛いというより煩わしい。起きてからありとあらゆるところに境界が見える。食事だって、食べようとするものに境界がびっしり走っていて、気持ち悪くてほとんど口がつけられなかった。何もかもに境界が走っている。部屋にも自分の体にも。こんな事今まで無かったのに。一体どうしたのだろう。原因が分からない。あちらこちらに走る境界が不気味でしょうがない。境界の奥がどうなっているのか、想像するだに恐ろしい。
意識がまどろんでいくのを感じる。きっと夢の世界へ行こうとしている。きっとそこに蓮子を助ける手掛かりがある。何となくそんな気がして、何とか夢の境界を覗こうとしている内に、意識が沈んで眠り込んだ。
「誰だ、この命知らず」
そう呟きながら発行者を見ると、案の定射命丸文だった。文の奴ついに死ぬのかと感慨深げに息を吐きながら、新聞を掲げて霊夢を見る。
「なあ、霊夢、これもう読んだ?」
「まだ。っていうか、基本的に貰うだけ貰って読んでないけど」
「ひでえな。紙の無駄じゃん」
「で、どうしたの?」
「いや、この記事がさ」
魔理沙が指さした新聞の見出しは『幻想郷滅亡の危機』、幻想郷の賢者、紅魔館の吸血鬼が月に攻め込み完敗した事件を取り上げ、月がその報復として近近幻想郷に攻め込んでくるかもしれないという内容だった。
少なくとも前半の、月に攻め込んだという部分に嘘は無い。むしろ魔理沙と霊夢が知っている以上に詳しい経緯が、ほとんど齟齬無く書かれている。特に紫が月へ攻め込んだという部分について、霊夢と魔理沙は僅かな伝聞でしか知らなかったが、記事にはその詳細と共に一枚の写真が張られていた。それは八雲紫が月の使者である綿月豊姫を前に膝を屈している場面だった。
「無茶もここまで行くと尊敬するわね」
それを見た霊夢も魔理沙と同じ感想を述べる。
例えその記事が嘘であれ本当であれ、負けた等と書きたてれば八雲紫とレミリア・スカーレットの顔に泥を塗りつける様なものだ。それが幻想郷の中の関係性であれば笑い話にも出来るかもしれないが、対外を相手取って負けたとなれば意味合いが全く違う。その上、事実を確認出来ないから噂は際限無く膨らんでいくだろう。射命丸文が記事を撤回しない限り、いや撤回しても事が収まらないかもしれない。
そして事が収まらなければ、紫とレミリアは文に報復を行う事もありえる。そして報復をすれば、今度は天狗という種が二人に対して報復を行う可能性がある。そうなれば戦争の勃発だ。
「まさか天狗から喧嘩をふっかけてる訳じゃないよな」
「そういう事をする奴等とは思えないけど」
二人の知る限り天狗は縦社会で、天狗という種の行動はトップである天魔が握っている。そして天魔は保守的な天狗で、いたずらに現状を壊すとは思えない。では射命丸文の独断かと言えば、やはりそれもそぐわない。確かに射命丸文は何かとある事無い事書き連ねるが、少なくとも自分や天狗を殺しかねない記事を書いた事は無かった。
「ま、考えても埒が明かないな。どうする、霊夢」
「どうするって言っても」
「異変になるかもしれないぜ。というより、この記事がもう異変と言えるか」
「まだ何も起こってないし」
「何かあってからじゃ遅い事って結構あると思うぜ」
「それもそうね」
そんな訳で今回の異変を解決する為に、霊夢と魔理沙は立ち上がった。文々。新聞を握りしめて。
まずは射命丸文に事情を聞こうという事で、二人は妖怪の山へと飛んでいく。その途中で「そう言えば」と箒にまたがった魔理沙が後ろに跨がる霊夢に新聞を渡した。
「その新聞、私とか霊夢とか、後は咲夜とか、人間の事が全く書かれてないよな。他は詳しすぎる位に書かれているのに、私達が月で綿月依姫に挑んで負けた事は全く書かれていない。最初から居なかったみたいに」
「そうね。何でかしら」
「幻想郷といや妖怪だからか? ほら、月と幻想郷、月人と妖怪の大戦争なのに、私等人間が混じったらスケールが小さくなるだろ」
「そう? むしろ月に行って戦ったのが血吸蝙蝠だけになって逆に迫力が。そんな風に事実を捻じ曲げるなら、むしろ神奈子辺りを出して神対月にした方が釣り合いが取れるじゃない?」
「そりゃ無理だろ。共存を始めた神奈子を敵に回す様な記事、天狗として書けるもんか」
「どっちにしても紫を出している時点で危ういと思うけど」
「とにかく記事には人間の事が書かれていない。これは大きな手掛かりになるぜ、霊夢」
「そんな事よりもっと手っ取り早い手掛かりが向こうを飛んでいるけれど」
霊夢が指さした先に文が飛んでいた。後ろを向いてまだこちらには気がついていない。
「じゃあ頼んだぜ霊夢」
「はいよ」
魔理沙は霊夢が離れたのを箒の荷重が減った事で確認すると、ミニ八卦炉を構えて声を貼り上げた。
「おーい、文!」
文がこちらを振り返る。
その瞬間、マスタースパークを撃ち放った。
凄まじい光と熱の奔流が文へと襲いかかる。だが当たらないだろう。その為に声を掛けたのだし。魔理沙の冷静な目は文が咄嗟に、けれど易易と回避するのを捉えていた。流石天狗。速さにおいて並ぶ者無し。ふと魔理沙は月で依姫と戦った時の事を思い出した。あの時もマスタースパークは易易と切られ、跳ね返された。当たれば神であろうと月人であろうと倒す自信はあるが、そもそも当たらないのじゃしょうがない。
要らぬ感傷だな。
魔理沙の視界の中、回避した文の背後から霊夢が突如として現れたのを見る。御札を構えた霊夢はそれを文へと貼り付け、その瞬間霊夢と文の周囲に光の立方体が作られる。
「おお、上手く封印出来たみたいだな」
森へと落ちていく立方体を眺めながら魔理沙が独り言ちた。あの夢想封印もマスタースパークと同じで、使えば何だろうと封じる事が出来る切り札だが、強大な相手には接近して直接札を貼る必要がある。月の戦いでは相手を捉えられず使う事すら出来なかった。本来なら素早い天狗を相手にしても同じ様に封印する事は困難だろう。今回は上手く役割を分担して、コンビネーションで捉える事は出来たけど。
魔理沙は首を横に振って過去の敗戦を振り払うと、急降下して墜落する霊夢達を森に落ちるぎりぎりで拾い上げた。
「遅い。危なく激突するところだったじゃない」
「まあまあ、無事拾えたんだから良いじゃないか」
適当に受け応えて、二人を地面に下ろす。霊夢は立ち上がると封印を解いて、倒れた文を問い質した。
「で、何を企んでるの?」
倒れた文が霊夢を睨み上げる。
「いきなり撃ち落とそうとして、封印食らわせて、墜落させておいて、第一声がそれ? こっちの方こそ、あんた達が何を企んで私を攻撃したのか聞きたいんだけど」
「いや、そういうの良いから。で、あんな記事書いておいて何を企んでいる訳?」
霊夢が記事を見せる。
記事を見た文がどんな反応をするのか魔理沙はじっと観察するが、意外にも文は平静だった。
「ああ、それ。そのまんまで、企んでいるも何も」
「こんな記事書いて、紫やレミリアに恨まれるわよ」
「私は新聞記者ですから、例え自分の身に危険が迫ろうと、知った真実を世に広めるのみです」
「妖怪を束ねる八雲紫に泥を塗ったのよ。天狗と妖怪で戦争になるかもしれない」
「真実を書いただけです。もしも八雲紫様が自分の顔に泥を塗られたからという理由で、真実を侵すのであれば我我天狗はそれに抗うだけでございます。まあ、あのスキマ妖怪にかつての権勢があるとは思えないけど」
文が鼻で笑う。本気で紫との戦争を恐れていない様子だった。いや、それどころか望んでいる様な気配さえある。
不気味なものを感じつつ、今度は魔理沙が口を出す。
「真実って言うが、月が攻め込んでくるっていうのは本当なのか?」
「それは、ほら、ちゃんと『月が攻め込んでくる?』とか、『報復も時間の問題か?』とか言葉を濁してあるでしょ」
「そんな言い訳が」
「新聞だと通るのよ」
「じゃあ、私達の事は? この記事には私達の事が書かれていないぜ?」
「私達? どうして魔理沙の事を書かなくちゃいけないの?」
「どうしてって、霊夢も私もそれから咲夜も一緒に月へ行ったからだよ」
「ああ、そんな噂も聞いたけど、残念ながら私は真実しか載せない」
「嘘吐け」
「過去の事に関しては基本的に裏の取れた事しか載せないの。あなた達が月へ行ったなんて、そんなあやふや噂は省いちゃった」
「裏って、どうやって取ったんだ? まさか月まで確認に行ったのかよ。いや、それよりこの写真、紫が屈してる写真なんて一体いつ撮ったんだ?」
文は人差し指を口元に当てて、静かに言った。
「残念ですが、情報提供元は明かせません」
「流石は清く正しい射命丸さんだな」と皮肉を言って、魔理沙は黙る。文は完全にはぐらかす気だ。ほとんど事態が把握出来ていない今、有効に情報を引き出す方法が思いつかない。
何か方策は無いかと霊夢に水を向けたが、霊夢も首を横に振った。
「残念だけど、何も明かす気が無いようね」
「そんな事ありませんよ。新聞に書いている事が真実。これ以上明かす事が無いだけです」
そんな戯言を言う文を無視して、霊夢が踵を返した。
「悪かったわね。手荒い事をして」
「本当ですよ。私でなければ、慰謝料を請求しているところですわ」
「分かったわよ。今度何かお詫びの品を持って行く」
「是非是非」
調子良く笑う文に霊夢が振り向いて最後の質問を放った。
「ところで、私達という確かな情報提供者が居る訳だし、当然人間が血吸蝙蝠と一緒に月へ攻め込んだというのは記事にするのよね」
その瞬間、ほんの微かにだが、文の表情が固まった。が、すぐに調子の良い笑顔に戻る。
「ええ、勿論。ちゃんとその他の情報と突き合わせ、裏が取れたら記事にするわ」
そう言って、妖怪の山へと飛び去っていった。
魔理沙と霊夢も自分達の神社へ戻る。
「最後の質問、私達の事は書きたくないって反応だったな」
神社に帰る道すがら魔理沙が霊夢に尋ねると、霊夢は沈んだ声で同意した。
「そうね」
「どうした?」
「あ、いや、ちょっと考え事」
「何の?」
「いや、別に、ただ、文の様子だと、全面戦争が起こっても構わないって感じだったじゃない? 妖怪と天狗にしたって、幻想郷と月にしたって」
「ああ」
「もし本当にそうなったら、どうやって解決しようかなって」
「そんなの今から考えても仕方が無いだろ。そうならない様にどうにかしないと」
「そうね。ただここ最近、どんどん色んな勢力が増えているのに、何だかその分幻想郷があやふやになっている気がして」
「あやふやに、ねぇ」
「何だか幻想郷がいずれ自重で潰れてしまう気がしてならないのよ」
魔理沙はそれに対して何の返答もしなかった。
魔理沙も霊夢と同じ事を最近良く考えているから。
そして霊夢が同じ考えを持っている事に驚いたから。
何より、霊夢の言葉に同意してしまえば、それが本当になってしまう気がしたから。
だから何も答えられなかった。
神社へと帰った二人は、次に紫から事情を聞こうと考える。もしかしたら怒り狂っているかもしれない。それで天狗に何か報復をしようとしているのなら、少少死ぬ気で食い止める必要が出てくる。
こたつに入った魔理沙が霊夢からお茶を受け取りつつ聞いた。
「さて、紫の家にはどうやって行けば良いんだっけ?」
「会うだけならこうすれば良いのよ」
そう言ってこたつに入りながら霊夢が指を鳴らした。
その瞬間、霊夢の背後から「ぶぐ」という息を押し殺す声が聞こえた。振り返ると、そこに見慣れたナイトキャップを認める。だが「紫」と呼びかけようとした霊夢が固まる。
それは紫に似ているけれど、紫でなかった。
そんな想像の埒外の存在に霊夢が呆然としていると、起き上がったそれは寝ぼけた眼で辺りを見回した後、蕩ける様な笑顔を浮かべて頭を下げた。
「どうも、こんにちは」
霊夢は訳が分からず、「はあ、どうも」と頭を下げ返した。
続き
第十章 愛が全てに勝るなら
財団理事長とクリフォードが実にかっこよくて尊敬します。組織を背負うエリートならば、こうでなくては。事実を事実として拡散しながらも、その見方を操縦し人々をまとめあげる。鉄仮面の建て前を建て前=規範として見せ付けて、正義など信じちゃいない人々を社会的規範へと従わせる。自分たちの代表する利害のために最善の手を打ち続け、そのために部下たちを動員できるリーダーシップ。たとえ戦争がどの道に転んでも、得をできる構造。
少なくとも、自分たちの絶対的正義に矛盾があるとわかっているがために外部装置で脳を書き換えなければならないどこぞの偽善者たちよりは、矛盾をあからさまにわかりやすく人々に提示することで相対的正義を勝ち取る財団のほうが、はるかに健全です。民衆は操作されていると自覚できるし、その上で望んで選び取ることができる。
そして文ですけど、あのシーンの写真を撮ることができた存在なんて、ごくごく限られてきますよね…?紫が好んでやりそうなトリックに見えました。幻想郷は、そもそも正義でなく悪を行動指針として動く妖怪たちが主役ですから、そのまとめ方もかように偏屈になる。
これはもしや第三次を期待してもよいのですか...?
教授と理事長の関係は一体。
幻想郷方面でもきな臭くなってきて、すこぶる面白くなってきました。次回を楽しみに待ちます。
月がエネルギー問題未解決状態の教授の世界ですら到達していない高次元エネルギー扱ってるって分かりそうなもんだけど
そこまでの情報を得るのは不可能だろうから仕方ないところですかね・・・。
そしてまたひと波乱起こりそうな予感。