どうも、妖精です。
この度わたしは就職を志すことにいたしました。
わたしの神の才能が、輝ける場所を求めて――――。
早速ですが、わたしはいま紅魔館へ来ております。この場所が今回の面接会場かつ、私の目指す就職先です。未来の仕事場でもあります。
「ふふ、ちょっと気が早かったかな」
独り言ちたところを、通りかかりのメイド妖精に笑われました。変な奴が迷い込んだとでも思われたのでしょう。まあ構いません。わたしはいずれ、この館の頂点に立つ女です。彼女は踏み台係としてこきつかわれ、今日の不遜を一生悔やむことになるのです。
わたしは鮮血のような紅一色の廊下をしばらく歩いていきました。壁からは胸焼けする血の臭いが漂ってきそうで、両脚には液体のような空気がねっとりと纏わりつきました。趣味の悪い配色ですね。
「あ、そうだ」
やることリストに新しい項目を追加します。
「丸ごとカラーチェンジ、と。よし」
これで、あと3年もすれば辺り一面がショッキングピンクに変貌するでしょう。紅魔館ならぬショッキングピンク魔館の誕生です。いい響きですね、ショッキングピンク魔館。
頭の中で中流な燭台をピンクに塗り替えていると、ようやくそれらしい部屋を発見しました。これまた真っ赤な扉には、ド親切にひらがなで「めんせつかいじょう」との張り紙。漢字の読めない子も面接に来ているのかな、と思いましたが、他の応募者らしき姿はさっぱり見かけません。きっと遅刻でしょう。
「情けないなあ、まったく」
嘆息が漏れます。
しかし他人の心配ばかりしていても仕方ありませんね。気を取り直して懸案事項をさっさと終わらせてしまいましょう。ひとつ、咳払いをして、ドアノブに手をかけます。
「おっと」
危うく忘れるところでした。扉を開ける前の重要なマナーがありましたね。
コン、コン、コン、コン、コン
ノックを5回。
コ・ン・ニ・チ・ハ のサインです。
そして間もなく「どうぞ」の声が掛かりました。
いよいよです。敷居を跨ぐ次の足跡は、わたしによる紅魔館、いや、ショッキングピンク魔館征服の記念すべき第一歩です。主の座を奪いにきたのですから、いわば道場破りのようなもの。よって、入室の挨拶は一択しかありえません。
「たのもー!」
今日はいつにも増して声の調子が良いですね。
さて、まずは着席です。
わたしくらいの逸材になると、面接は形式的なものでしょう。むしろこの「面接」は、わたしが面接官を評価する試問の時間といえます。面接官を審査する立場として、押しも押されぬ威厳が必要です。ナメられてはいけません。
「よっこいしょういち」
大股を広げ、どっかりと腰掛けてやりました。ついでに古い言葉で豊富な人生経験もアピール。手前味噌ながら100点の出来です。
「……座り心地はどうですか」
面接官が第一声を発しました。皮肉? と一瞬疑いかけましたが、面接官はときに、簡単な質問を最初にすると聞いたことがあります。応募者の緊張を解すためだそうです。彼女なりの気遣いなのでしょう。こちらも出来る限りフランクに、愉快な感想を述べなくてはいけませんね。
「ま、40点ってとこですかね」
冗談めかして創想話の辛口採点を真似てみました。わたしはジョークの腕も一線級、さぞかし場が和んだことでしょう。今ならホットコーヒーを嗜みながらのんびり語らうことも許されそうです。
ところが、彼女の表情を見てみると、ピクリとも動いていないのです。ずいぶんと無愛想な人だなぁ。
「そうですか」
吐き捨てるように呟いて、面接官はそれきり押し黙ってしまいました。鉄仮面の裏では何を思っているのでしょうか。手持ち無沙汰になったわたしは、しばし彼女を観察してみました。
彼女のきりりと鋭い目つきはキャリアウーマン然としていました。身に纏うメイド服の襟はベニヤ板のようにパリッとして、全身のどこを探してもシワ1つありません。普段から規律に厳しいのでしょう。厳格と言いますか、いかにも真面目ちゃんというイメージを受けます。
もしかしてジョークとか分からない人なのかな……。
わたしがそんな懸念を抱いたそのとき、面接官はやっと重い口を開きました。
「貴女のような応募者は始めて見たわ」
正直ホッとしました。わたしがそこらの一般妖精とは格が違うことを、彼女はちゃんと見抜いていました。いくらわたしが比類なき才能を持っていようとも、相手の見る目が無ければどうしようもありませんからね。タメ口は気になりますがまあ良しとしましょう。
「本当ならもう帰ってもらうところだけど、いま数が足りてないから一応聞いていくわね」
なんの数でしょうか。わたしの武勇伝? それとも給料の額? やっぱり真面目なだけあって、形式を大事にする人のようですね。
「弊社を志望する理由は?」
いきなり定型文のような質問が飛んできました。でも大丈夫、不意にお堅い質問をされようとも、優秀なわたしは狼狽えません。
「御社を――――」
いや、もう入社は決まったようなものだから。
「弊社を志望したのは、何者かになりたかったからです。なので取り敢えず、この館でトップに立とうと思いました」
「あのねえ。貴女、どういうつもりなの」
おっと。面接官の気に触ってしまいました。
流石に「弊社」呼びは気が早かったでしょうか。反省です。
「以後気をつけます」
「まあ、いいわ。次」
彼女はやれやれ、と首を振って質問に戻ります。
「今までは何をして生きてきたの?」
出ました。経歴の空白をチクチクつついてくる嫌らしい質問です。これまでわたしは仕事をしてきませんでした。まさに玉にキズ、わたしの唯一と言っていいネガティブな面ですが、巧みな話術でプラスに引っくり返さねばなりません。過去の出来事より未来志向をアピールしていきましょう。
「たしかに、昔は紅魔館に不法侵入、紅魔館を盗撮、紅魔館に落書き、紅魔館にピンポンダッシュ、紅魔館のネガキャン、紅魔館へプロパガンダ放送、紅魔館の食べログに星1投稿もしました。
ですが入社した暁には、紅魔館の更なる発展に尽力しようと思っております」
面接官がまたも怪訝な表情をしました。すらすらとした弁舌を発揮できたので自信はありますが、答えがちょっと長過ぎたでしょうか。紅魔館への執拗な嫌がらせ、でひと括りにする手もあったかもしれません。
「貴女、紅魔館に恨みでもあるの?」
変なことを訊ねますね。恨みがあったら面接になど来ませんよ。
「今はありません」
適当に返しておいて問題はないでしょう。あとは放っておいても、「更生した不良が著しく立派に見える法則」がわたしのイメージアップを果たしてくれます。人事は尽くしたので天命を待つだけです。
だから対いのしかめっ面も、少しは緩んでくれてもいいのですけれどね。どうにも彼女は手元の作業に没頭しているようでした。コピー紙にペンを走らせて、まるでアンケートを片手間に回答するみたいに、縦長の楕円形のみをひたすら書き連ねています。
項目がいくつも並んでいますが、文字が霞んでよく見えません。ただ辛うじて「10段階評価」という単語を識別出来ます。これは評価シートというものでしょう。テストでいう40点だの100点だのをつけられる、採点結果。たった今面接官が整列させた無数の楕円形こそが、わたしの能力を示す試金石になります。
おや?
そう考えると妙です。10段階評価における縦長の楕円形、これってつまり…………
……ああ!
なるほど、丸を書いているのですね。わたしの規格外の才能は10段階では表しきれないから、満点越えの丸印。きっとこの面接官には、真円を書こうとしても縦に伸びてしまうクセがあるのでしょう。よく居ますよね、丸が綺麗に書けない人。
「……ふ」
まだです。まだ笑ってはいけません。わたしの圧倒的才能には笑いすら込み上げてきます。しかしシートにはまだ幾ばくかの項目が残っています。おうちに帰るまでが面接です。次の質問に備えなくては。
面接官は丸印の大量生産を止め、ペンを置きました。わたしをねめつける顔は相も変わらず眉根を寄せっ放なしでした。
「特技はあるの?」
先程までの高揚を悟られないよう、慌てず騒がず落ち着いて答えましょう。冷静に、冷静に…………よし、メンタルリセット成功です。
ところで、なんて答えるんでしたっけ。えーと、特技ですか。あー。
「キャ、キャベツ」
キャベツ。わたしが捻り出せた全てでした。
「キャベツ? 農業をやっていたのかしら。それなら、多少の知能はあるとみてもいいかな」
農業ですって? 何が悲しくてそのような土くさい労働を、わたしがしなくてはならないのですか。田舎者だからって皆が皆自然と戯れていると思わないでください。
「いえ、大食いです。キャベツの大食い」
面接官は呆気に取られた様子でした。ろくにリアクションもせず黙ってペンをつまみ上げ、評価シートに目線を下げます。丸印がまた1つ増えました。
再び頭を上げた彼女は、困り顔です。
「大食いって言われてもね。それが仕事にどう役立つのかしら」
いちいち重箱の隅をつつく人ですね。ただの特技では不満ならば、前提条件として仕事に役立つものと指定すべきでしょう。あなただってね、お嬢様が「夕飯は何でもいい」などと宣いながらいざ時分になって「お肉の気分じゃない」だのケチをつけてきたら、少しはイラッとしませんか。面接とはかくも回りくどいものなのですか。
むむむ。わたしの心にささやかな反骨心が芽生えました。こうなったら押し通してやります。わたしは天賦の才を持つとはいえ、なにも正しさだけが信条ではないのです。清濁併せ呑む度量もまた、リーダーに求められる資質。無理を押して相手に思い知らせてやることも時には必要です。
「大いに役立ちますよ。キャベツの大食い」
わたしは堂々と胸を張って答えます。
「私はそうは思わないけれどね」
しかし面接官は冷たく突き放します。いいでしょう、あなたが納得するまで付き合ってあげます。
「キャベツを食べることは意外と難しいのですよ」
「簡単よ。妖精たちのまかないにサラダを出す日は一気に5玉も無くなるわ」
まったく見当違いな反論です。彼女は知らないようですね、キャベツの本当の恐ろしさを。
「その通り、キャベツは簡単に食べられます。でもあなたは忘れている。そこにはドレッシングの恩恵が多大に寄与していることを。あなた方はドレッシングの味でキャベツを食べている、いや、ドレッシングを食べていると言っても過言ではありません。もし紅魔館からドレッシングを無くなったとき、果たして妖精の皆さんは真のキャベツの味を受け入れられるでしょうか?」
「何が言いたいの?」
面接官が結論を急かしますが、ペースを譲ってはいけません。
「あの変に甘くて青臭いキャベツの味。そんじょそこらの妖精に耐えられるハズがありません。ですが、ここで朗報です。広い広い幻想郷において、生キャベツをドレッシング無しで食べられる程度の能力を持つ妖精が、実は唯ひとり存在します。誰だと思います? そう、このわたしなのです!」
ビシッと、とどめに人差し指を自分に向けました。
やりきりました。弾けるような達成感が脳を駆け巡ります。21世紀最高のスピーチではないでしょうか。朴念仁の面接官にも、さぞやわたしの特技の素晴らしさが伝わったことでしょう。
「面接は以上です。結果は郵送にてお知らせします」
………………あれ?
面接は終了? おかしいですね。わたしの言葉が響かなかったのですか? わたしの話術に掛かれば黒も白に、レタスもキャベツに変わるものなのですが。
「待ってください、紅魔館からキャベツが溢れ出る異変がいつ起こるかもしれないんですよ。わたしが必要でしょう?」
面接官はまったく理解できないという風に両手を挙げました。
「妄想の域を出ないわね。貴女の理屈は、いつか来る10万年に一度の火山噴火に怯えて暮らせと言っているようなものよ。さあ、どうぞお帰りください」
冷酷に言い放った面接官は、瞬間移動のような技でわたしの視界から消えました。直後、ガチャリ、という音がしました。背後からです。思わず振り返ると扉が開いています。彼女はその脇。薄い唇を真一文字に結び、頑固に腕を組んで、わたしの退出を待ち構えていました。
「そんな……!」
失敗しました。てっきり、面接官は合格を決めていると思っていました。普通はそうするだろうと、高を括っていました。だってわたしの才能を目の当たりにしたのだから。
でも現実は違いました。彼女はわたしをショッキングピンク魔館から追放するつもりです。もちろん結果は不合格。CEOへの夢は閉ざされてしまうでしょう。今更になって、わたしは気づかされたのです。致命的な勘違いをしていたこと、わたしの受け答えは全て間違いだったことに。
畢竟、わたしは真実に辿り着きました。辿り着いてしまいました。
面接官は神の才能に嫉妬し、わたしを落とそうとしている!
ああ!わたしはなんて愚かなのでしょう。わたしは才能を晒し過ぎたのです。
人間は愚行を犯すもの。わたしが出世したなら、彼女はポストを失います。自らを上回る才媛に取って代わられることが、どれだけの苦痛を伴うか。彼女が道を踏み外したとしてもなんら不思議ではないのです。出る杭は打たれる、ことわざにもあったじゃないですか。わたしってばほんとバカ。こんな簡単なことにも気づかないなんて。
「どうされました? 早くお立ちなさい」
面接官が退出を催促します。徹底抗戦、といきたい所ですが、こちらは今いち応募者の身。拒めばかえって不採用の口実を与えてしまいます。出口に向かいながら、水際での説得に全てを賭けます。
「本当にいいんですか。キャベツは必ずやってきます。このままでは、ショッキン――――紅魔館はキャベツに飲み込まれてしまいますよ。紅魔館を守りたい気持ちはあなたも同じではないのですか!」
しかし、彼女の視線は冷ややかなまま。
「それはもう聞き飽きたわ」
人はどうしてこうも無慈悲で居られるのでしょう。
扉はもはや目と鼻の先です。敷居を跨ぐ次の一歩は、天才妖精によるサクセスストーリーの終焉を意味するでしょう。それだけは、それだけは阻止せねばなりません。
「キャベツの可能性に殺されますよ! 私怨で紅魔館を滅ぼすんですか――――」
トンッ。
と、無防備な背中を押されました。踏ん張りもきかず、つんのめったわたしの身体は部屋を出ていきます。説得も叶わず、か。終わってしまったのですね。嗚呼、さようなら、わたしの夢。さようなら、わたしのショッキングピンク魔館。
いよいよ最後に残っていたかかとが浮いて、この景色も見納めです。趣味の悪い内装も、ふと行く手を塞ぐ物体も…………え?
「メイド長ォォォォォォ!!」
ドンッ。
と、突如駆け込んできた何者かに、今度は後ろへ突き飛ばされました。派手に尻餅をついてしまいました。一体何のつもりですか、わたしはクラッチではないんですよ!
ところがぶつかった当人は、わたしに謝罪するどころか、わたしのことなどアウトオブ眼中といった様でした。鬼気迫る表情で面接官に訴えかけます。
「緊急! 第一種非常事態発生! これは訓練ではありません!」
彼女のセメントのように凝り固まっていた眉がピクリと動いたように見えました。動揺があったのでしょう。それでも、彼女はあくまで平静を装っていました。
「メイドF、言いなさい。何があった?」
引き締まった口調で面接官は問います。それとは対照的に、メイドFと呼ばれた妖精はあたふた焦りを隠し得ず、言葉に詰まりました。意味を為さない吃りが数秒。彼女なりに必死で思案した結果、口をついて出たワードは、
「キャ、キャベツ!」
わたしの大好きなあの野菜でした。
「は?」
面接官の反応は当然で、話に脈絡を作らなければなりませんでした。メイドFはしどろもどろになりながらどうにか続きを述べます。
「キャベツの増殖が止まりません! パチュリー様によると、新しい魔法薬を試した際の事故ということ! 被験体の複製にこそ成功したもののコピーが止まらず、キャベツが5分毎に倍増しています!」
詳細を聞いてもなお、面接官のリアクションは冷ややかでした。
「ふざけてるの? 面接を盗み聞きして悪戯しているなら白状なさい。でないとクビに――――」
「真面目に大真面目です! 嘘だったらクビでも晒し首でも、何でもしてください! とにかく早急に対応を!」
メイドの報告はどうやら本当のようです。ほら言わんこっちゃない。キャベツ異変は必ず起こるんですよ。突き飛ばされた痛みも吹き飛び、わたしは意気揚々と立ち上がってみせます。
さあ、わたしの力が必要なのではないですか?
「メイド長ォォォォォォ!」
バンッ。
また突き飛ばされました。一体何のつもりですか、わたしはサンドバッグではないんですよ!
「報告! 付近を通り掛かった妹様が当該領域に到着。妹様の『破壊』によりキャベツはバラバラになりました。しかし増殖は止まらず、可能な限りの人員を注ぎ込み、食べて対応に当たっています」
さしもの紅魔館も対応に辟易しているようです。わたしの英雄譚に向けて、機運が高まっているようですね。
「そんなことはいいわ。メイドA、現状は?」
「メイド部隊全28名中21名が対象を処理中。現在6玉と2/3が残存。次の増殖まで1分!」
この調子ではあと1分で12玉、次は20を超えるでしょう。事態はすでに瀬戸際まで来ていました。あれだけ冷静だった面接官も、声が上ずります。
「6玉!? どうして20人居てそんなに残っているのよ!」
メガネをかけたメイドAは深く頭を下げました。
「申し訳ありません! ドレッシングを全てぶちまけてしまいまして、各員生キャベツの味に苦戦しています。メイドDに台車を運ばせたわたしの失策です……!」
意外にも、冷徹な彼女が部下を叱ることはありませんでした。ジェスチャーでメイドAの頭を上げさせ、指示を与えました。
「わかった。聞きなさい。あなたはお嬢様を図書館に呼んで。『デスソース一気飲みをした小悪魔の胃痙攣が見られる』と言えば必ず来るわ」
「は、はい!」
さらには舌の根も乾かぬうちに、メイドFに正対します。
「メイドFは冥界に行って、西行寺幽々子を連れてきなさい。キャベツ食べ放題の文言で釣るだけでいい。それで最悪幻想郷の滅亡だけは回避できるわ」
「はい!」
それぞれの返答に強く頷き、彼女は両者の肩を掴みました。そして、仕上げにこう述べました。
「私はすぐ現場へ行くわ。私の能力でキャベツの増殖を遅らせる。私たちの手で紅魔館を必ず守るのよ、いいわね?」
「「はい!」」
2人は精悍な顔つきで敬礼をし、直後、風を切る勢いで廊下へ駆け出します。そういえば。思いきり突き飛ばされたというのに、結局文句のひとつも言えていないではないですか。しかし時すでに時間切れ。部屋に残されたのは、面接官とわたし二人きりです。
まだ遠ざかる足音が消えないうちに、面接官はわたしに語りかけました。
「ごめんなさい。面接は終わりにさせてもらうわ。けど、良ければ貴女も手を貸してくれないかしら」
ハッ、何を今さら。わたしの答えはもう、決まりきっています。
「あなたは面接官失格です」
「なっ……」
面接官は当惑の表情を浮かべました。驚いたのはこちらの方ですよ。この様子では、断られるなんて微塵も思っていなかったようですね。面接ではあれだけこき下ろしておきながら。
まったく、仕方のない人です。
「あなたは質問を間違えています。面接の最後には、お決まりのパターンがあったでしょう?」
でもまあ、大いなる野望の為には、敵に手を差し伸べることも厭いませんけどね。それこそ清濁併せ呑む度量というもの。
面接官も、わたしの意図を汲んだようです。彼女は問います。今までになく厳粛に。面接における最後の質問、恒例のアレを、今度こそ。
「…………最後に何か、質問はありますか」
今こそ、今日一番の美声をもって逆質問をぶつけてやりましょう。
「そのキャベツ、わたしに任せてもらえませんかね」
そう言って、わたしは小粋にニヤリと笑ってみせました。
するとどうでしょう、散々苦い表情を貫いてきた面接官が、初めて笑みを浮かべたのです。なんだ、あなたもいい顔できるじゃないですか。
わたしは、彼女の笑顔にキャベツ異変の解決を確信しました。どんな難局だって笑顔であればきっと乗り越えられます。つまり、笑っているわたしは無敵なのです。やいキャベツども、どこからでも掛かってきてください。5玉だろうが10玉だろうが、わたしが食べつくしてみせましょう。
わたしと面接官はもう一度笑いあって、走り出しました。
ショッキングピンク魔館の明るい未来に向かって――――。
読者の皆様
本日はお忙しい中、本書を読んでいただきまして有難う御座いました。
慎重かつ総合的に異変解決へ尽力いたしましたところ、キャベツ1玉しか食べられず、残念ながらご期待に添えない結果となりました。不本意ながら採用が見送られたことを、何卒ご了承くださいませ。
末筆ながら、わたしの益々のご活躍をお祈り申し上げてください。
この度わたしは就職を志すことにいたしました。
わたしの神の才能が、輝ける場所を求めて――――。
早速ですが、わたしはいま紅魔館へ来ております。この場所が今回の面接会場かつ、私の目指す就職先です。未来の仕事場でもあります。
「ふふ、ちょっと気が早かったかな」
独り言ちたところを、通りかかりのメイド妖精に笑われました。変な奴が迷い込んだとでも思われたのでしょう。まあ構いません。わたしはいずれ、この館の頂点に立つ女です。彼女は踏み台係としてこきつかわれ、今日の不遜を一生悔やむことになるのです。
わたしは鮮血のような紅一色の廊下をしばらく歩いていきました。壁からは胸焼けする血の臭いが漂ってきそうで、両脚には液体のような空気がねっとりと纏わりつきました。趣味の悪い配色ですね。
「あ、そうだ」
やることリストに新しい項目を追加します。
「丸ごとカラーチェンジ、と。よし」
これで、あと3年もすれば辺り一面がショッキングピンクに変貌するでしょう。紅魔館ならぬショッキングピンク魔館の誕生です。いい響きですね、ショッキングピンク魔館。
頭の中で中流な燭台をピンクに塗り替えていると、ようやくそれらしい部屋を発見しました。これまた真っ赤な扉には、ド親切にひらがなで「めんせつかいじょう」との張り紙。漢字の読めない子も面接に来ているのかな、と思いましたが、他の応募者らしき姿はさっぱり見かけません。きっと遅刻でしょう。
「情けないなあ、まったく」
嘆息が漏れます。
しかし他人の心配ばかりしていても仕方ありませんね。気を取り直して懸案事項をさっさと終わらせてしまいましょう。ひとつ、咳払いをして、ドアノブに手をかけます。
「おっと」
危うく忘れるところでした。扉を開ける前の重要なマナーがありましたね。
コン、コン、コン、コン、コン
ノックを5回。
コ・ン・ニ・チ・ハ のサインです。
そして間もなく「どうぞ」の声が掛かりました。
いよいよです。敷居を跨ぐ次の足跡は、わたしによる紅魔館、いや、ショッキングピンク魔館征服の記念すべき第一歩です。主の座を奪いにきたのですから、いわば道場破りのようなもの。よって、入室の挨拶は一択しかありえません。
「たのもー!」
今日はいつにも増して声の調子が良いですね。
さて、まずは着席です。
わたしくらいの逸材になると、面接は形式的なものでしょう。むしろこの「面接」は、わたしが面接官を評価する試問の時間といえます。面接官を審査する立場として、押しも押されぬ威厳が必要です。ナメられてはいけません。
「よっこいしょういち」
大股を広げ、どっかりと腰掛けてやりました。ついでに古い言葉で豊富な人生経験もアピール。手前味噌ながら100点の出来です。
「……座り心地はどうですか」
面接官が第一声を発しました。皮肉? と一瞬疑いかけましたが、面接官はときに、簡単な質問を最初にすると聞いたことがあります。応募者の緊張を解すためだそうです。彼女なりの気遣いなのでしょう。こちらも出来る限りフランクに、愉快な感想を述べなくてはいけませんね。
「ま、40点ってとこですかね」
冗談めかして創想話の辛口採点を真似てみました。わたしはジョークの腕も一線級、さぞかし場が和んだことでしょう。今ならホットコーヒーを嗜みながらのんびり語らうことも許されそうです。
ところが、彼女の表情を見てみると、ピクリとも動いていないのです。ずいぶんと無愛想な人だなぁ。
「そうですか」
吐き捨てるように呟いて、面接官はそれきり押し黙ってしまいました。鉄仮面の裏では何を思っているのでしょうか。手持ち無沙汰になったわたしは、しばし彼女を観察してみました。
彼女のきりりと鋭い目つきはキャリアウーマン然としていました。身に纏うメイド服の襟はベニヤ板のようにパリッとして、全身のどこを探してもシワ1つありません。普段から規律に厳しいのでしょう。厳格と言いますか、いかにも真面目ちゃんというイメージを受けます。
もしかしてジョークとか分からない人なのかな……。
わたしがそんな懸念を抱いたそのとき、面接官はやっと重い口を開きました。
「貴女のような応募者は始めて見たわ」
正直ホッとしました。わたしがそこらの一般妖精とは格が違うことを、彼女はちゃんと見抜いていました。いくらわたしが比類なき才能を持っていようとも、相手の見る目が無ければどうしようもありませんからね。タメ口は気になりますがまあ良しとしましょう。
「本当ならもう帰ってもらうところだけど、いま数が足りてないから一応聞いていくわね」
なんの数でしょうか。わたしの武勇伝? それとも給料の額? やっぱり真面目なだけあって、形式を大事にする人のようですね。
「弊社を志望する理由は?」
いきなり定型文のような質問が飛んできました。でも大丈夫、不意にお堅い質問をされようとも、優秀なわたしは狼狽えません。
「御社を――――」
いや、もう入社は決まったようなものだから。
「弊社を志望したのは、何者かになりたかったからです。なので取り敢えず、この館でトップに立とうと思いました」
「あのねえ。貴女、どういうつもりなの」
おっと。面接官の気に触ってしまいました。
流石に「弊社」呼びは気が早かったでしょうか。反省です。
「以後気をつけます」
「まあ、いいわ。次」
彼女はやれやれ、と首を振って質問に戻ります。
「今までは何をして生きてきたの?」
出ました。経歴の空白をチクチクつついてくる嫌らしい質問です。これまでわたしは仕事をしてきませんでした。まさに玉にキズ、わたしの唯一と言っていいネガティブな面ですが、巧みな話術でプラスに引っくり返さねばなりません。過去の出来事より未来志向をアピールしていきましょう。
「たしかに、昔は紅魔館に不法侵入、紅魔館を盗撮、紅魔館に落書き、紅魔館にピンポンダッシュ、紅魔館のネガキャン、紅魔館へプロパガンダ放送、紅魔館の食べログに星1投稿もしました。
ですが入社した暁には、紅魔館の更なる発展に尽力しようと思っております」
面接官がまたも怪訝な表情をしました。すらすらとした弁舌を発揮できたので自信はありますが、答えがちょっと長過ぎたでしょうか。紅魔館への執拗な嫌がらせ、でひと括りにする手もあったかもしれません。
「貴女、紅魔館に恨みでもあるの?」
変なことを訊ねますね。恨みがあったら面接になど来ませんよ。
「今はありません」
適当に返しておいて問題はないでしょう。あとは放っておいても、「更生した不良が著しく立派に見える法則」がわたしのイメージアップを果たしてくれます。人事は尽くしたので天命を待つだけです。
だから対いのしかめっ面も、少しは緩んでくれてもいいのですけれどね。どうにも彼女は手元の作業に没頭しているようでした。コピー紙にペンを走らせて、まるでアンケートを片手間に回答するみたいに、縦長の楕円形のみをひたすら書き連ねています。
項目がいくつも並んでいますが、文字が霞んでよく見えません。ただ辛うじて「10段階評価」という単語を識別出来ます。これは評価シートというものでしょう。テストでいう40点だの100点だのをつけられる、採点結果。たった今面接官が整列させた無数の楕円形こそが、わたしの能力を示す試金石になります。
おや?
そう考えると妙です。10段階評価における縦長の楕円形、これってつまり…………
……ああ!
なるほど、丸を書いているのですね。わたしの規格外の才能は10段階では表しきれないから、満点越えの丸印。きっとこの面接官には、真円を書こうとしても縦に伸びてしまうクセがあるのでしょう。よく居ますよね、丸が綺麗に書けない人。
「……ふ」
まだです。まだ笑ってはいけません。わたしの圧倒的才能には笑いすら込み上げてきます。しかしシートにはまだ幾ばくかの項目が残っています。おうちに帰るまでが面接です。次の質問に備えなくては。
面接官は丸印の大量生産を止め、ペンを置きました。わたしをねめつける顔は相も変わらず眉根を寄せっ放なしでした。
「特技はあるの?」
先程までの高揚を悟られないよう、慌てず騒がず落ち着いて答えましょう。冷静に、冷静に…………よし、メンタルリセット成功です。
ところで、なんて答えるんでしたっけ。えーと、特技ですか。あー。
「キャ、キャベツ」
キャベツ。わたしが捻り出せた全てでした。
「キャベツ? 農業をやっていたのかしら。それなら、多少の知能はあるとみてもいいかな」
農業ですって? 何が悲しくてそのような土くさい労働を、わたしがしなくてはならないのですか。田舎者だからって皆が皆自然と戯れていると思わないでください。
「いえ、大食いです。キャベツの大食い」
面接官は呆気に取られた様子でした。ろくにリアクションもせず黙ってペンをつまみ上げ、評価シートに目線を下げます。丸印がまた1つ増えました。
再び頭を上げた彼女は、困り顔です。
「大食いって言われてもね。それが仕事にどう役立つのかしら」
いちいち重箱の隅をつつく人ですね。ただの特技では不満ならば、前提条件として仕事に役立つものと指定すべきでしょう。あなただってね、お嬢様が「夕飯は何でもいい」などと宣いながらいざ時分になって「お肉の気分じゃない」だのケチをつけてきたら、少しはイラッとしませんか。面接とはかくも回りくどいものなのですか。
むむむ。わたしの心にささやかな反骨心が芽生えました。こうなったら押し通してやります。わたしは天賦の才を持つとはいえ、なにも正しさだけが信条ではないのです。清濁併せ呑む度量もまた、リーダーに求められる資質。無理を押して相手に思い知らせてやることも時には必要です。
「大いに役立ちますよ。キャベツの大食い」
わたしは堂々と胸を張って答えます。
「私はそうは思わないけれどね」
しかし面接官は冷たく突き放します。いいでしょう、あなたが納得するまで付き合ってあげます。
「キャベツを食べることは意外と難しいのですよ」
「簡単よ。妖精たちのまかないにサラダを出す日は一気に5玉も無くなるわ」
まったく見当違いな反論です。彼女は知らないようですね、キャベツの本当の恐ろしさを。
「その通り、キャベツは簡単に食べられます。でもあなたは忘れている。そこにはドレッシングの恩恵が多大に寄与していることを。あなた方はドレッシングの味でキャベツを食べている、いや、ドレッシングを食べていると言っても過言ではありません。もし紅魔館からドレッシングを無くなったとき、果たして妖精の皆さんは真のキャベツの味を受け入れられるでしょうか?」
「何が言いたいの?」
面接官が結論を急かしますが、ペースを譲ってはいけません。
「あの変に甘くて青臭いキャベツの味。そんじょそこらの妖精に耐えられるハズがありません。ですが、ここで朗報です。広い広い幻想郷において、生キャベツをドレッシング無しで食べられる程度の能力を持つ妖精が、実は唯ひとり存在します。誰だと思います? そう、このわたしなのです!」
ビシッと、とどめに人差し指を自分に向けました。
やりきりました。弾けるような達成感が脳を駆け巡ります。21世紀最高のスピーチではないでしょうか。朴念仁の面接官にも、さぞやわたしの特技の素晴らしさが伝わったことでしょう。
「面接は以上です。結果は郵送にてお知らせします」
………………あれ?
面接は終了? おかしいですね。わたしの言葉が響かなかったのですか? わたしの話術に掛かれば黒も白に、レタスもキャベツに変わるものなのですが。
「待ってください、紅魔館からキャベツが溢れ出る異変がいつ起こるかもしれないんですよ。わたしが必要でしょう?」
面接官はまったく理解できないという風に両手を挙げました。
「妄想の域を出ないわね。貴女の理屈は、いつか来る10万年に一度の火山噴火に怯えて暮らせと言っているようなものよ。さあ、どうぞお帰りください」
冷酷に言い放った面接官は、瞬間移動のような技でわたしの視界から消えました。直後、ガチャリ、という音がしました。背後からです。思わず振り返ると扉が開いています。彼女はその脇。薄い唇を真一文字に結び、頑固に腕を組んで、わたしの退出を待ち構えていました。
「そんな……!」
失敗しました。てっきり、面接官は合格を決めていると思っていました。普通はそうするだろうと、高を括っていました。だってわたしの才能を目の当たりにしたのだから。
でも現実は違いました。彼女はわたしをショッキングピンク魔館から追放するつもりです。もちろん結果は不合格。CEOへの夢は閉ざされてしまうでしょう。今更になって、わたしは気づかされたのです。致命的な勘違いをしていたこと、わたしの受け答えは全て間違いだったことに。
畢竟、わたしは真実に辿り着きました。辿り着いてしまいました。
面接官は神の才能に嫉妬し、わたしを落とそうとしている!
ああ!わたしはなんて愚かなのでしょう。わたしは才能を晒し過ぎたのです。
人間は愚行を犯すもの。わたしが出世したなら、彼女はポストを失います。自らを上回る才媛に取って代わられることが、どれだけの苦痛を伴うか。彼女が道を踏み外したとしてもなんら不思議ではないのです。出る杭は打たれる、ことわざにもあったじゃないですか。わたしってばほんとバカ。こんな簡単なことにも気づかないなんて。
「どうされました? 早くお立ちなさい」
面接官が退出を催促します。徹底抗戦、といきたい所ですが、こちらは今いち応募者の身。拒めばかえって不採用の口実を与えてしまいます。出口に向かいながら、水際での説得に全てを賭けます。
「本当にいいんですか。キャベツは必ずやってきます。このままでは、ショッキン――――紅魔館はキャベツに飲み込まれてしまいますよ。紅魔館を守りたい気持ちはあなたも同じではないのですか!」
しかし、彼女の視線は冷ややかなまま。
「それはもう聞き飽きたわ」
人はどうしてこうも無慈悲で居られるのでしょう。
扉はもはや目と鼻の先です。敷居を跨ぐ次の一歩は、天才妖精によるサクセスストーリーの終焉を意味するでしょう。それだけは、それだけは阻止せねばなりません。
「キャベツの可能性に殺されますよ! 私怨で紅魔館を滅ぼすんですか――――」
トンッ。
と、無防備な背中を押されました。踏ん張りもきかず、つんのめったわたしの身体は部屋を出ていきます。説得も叶わず、か。終わってしまったのですね。嗚呼、さようなら、わたしの夢。さようなら、わたしのショッキングピンク魔館。
いよいよ最後に残っていたかかとが浮いて、この景色も見納めです。趣味の悪い内装も、ふと行く手を塞ぐ物体も…………え?
「メイド長ォォォォォォ!!」
ドンッ。
と、突如駆け込んできた何者かに、今度は後ろへ突き飛ばされました。派手に尻餅をついてしまいました。一体何のつもりですか、わたしはクラッチではないんですよ!
ところがぶつかった当人は、わたしに謝罪するどころか、わたしのことなどアウトオブ眼中といった様でした。鬼気迫る表情で面接官に訴えかけます。
「緊急! 第一種非常事態発生! これは訓練ではありません!」
彼女のセメントのように凝り固まっていた眉がピクリと動いたように見えました。動揺があったのでしょう。それでも、彼女はあくまで平静を装っていました。
「メイドF、言いなさい。何があった?」
引き締まった口調で面接官は問います。それとは対照的に、メイドFと呼ばれた妖精はあたふた焦りを隠し得ず、言葉に詰まりました。意味を為さない吃りが数秒。彼女なりに必死で思案した結果、口をついて出たワードは、
「キャ、キャベツ!」
わたしの大好きなあの野菜でした。
「は?」
面接官の反応は当然で、話に脈絡を作らなければなりませんでした。メイドFはしどろもどろになりながらどうにか続きを述べます。
「キャベツの増殖が止まりません! パチュリー様によると、新しい魔法薬を試した際の事故ということ! 被験体の複製にこそ成功したもののコピーが止まらず、キャベツが5分毎に倍増しています!」
詳細を聞いてもなお、面接官のリアクションは冷ややかでした。
「ふざけてるの? 面接を盗み聞きして悪戯しているなら白状なさい。でないとクビに――――」
「真面目に大真面目です! 嘘だったらクビでも晒し首でも、何でもしてください! とにかく早急に対応を!」
メイドの報告はどうやら本当のようです。ほら言わんこっちゃない。キャベツ異変は必ず起こるんですよ。突き飛ばされた痛みも吹き飛び、わたしは意気揚々と立ち上がってみせます。
さあ、わたしの力が必要なのではないですか?
「メイド長ォォォォォォ!」
バンッ。
また突き飛ばされました。一体何のつもりですか、わたしはサンドバッグではないんですよ!
「報告! 付近を通り掛かった妹様が当該領域に到着。妹様の『破壊』によりキャベツはバラバラになりました。しかし増殖は止まらず、可能な限りの人員を注ぎ込み、食べて対応に当たっています」
さしもの紅魔館も対応に辟易しているようです。わたしの英雄譚に向けて、機運が高まっているようですね。
「そんなことはいいわ。メイドA、現状は?」
「メイド部隊全28名中21名が対象を処理中。現在6玉と2/3が残存。次の増殖まで1分!」
この調子ではあと1分で12玉、次は20を超えるでしょう。事態はすでに瀬戸際まで来ていました。あれだけ冷静だった面接官も、声が上ずります。
「6玉!? どうして20人居てそんなに残っているのよ!」
メガネをかけたメイドAは深く頭を下げました。
「申し訳ありません! ドレッシングを全てぶちまけてしまいまして、各員生キャベツの味に苦戦しています。メイドDに台車を運ばせたわたしの失策です……!」
意外にも、冷徹な彼女が部下を叱ることはありませんでした。ジェスチャーでメイドAの頭を上げさせ、指示を与えました。
「わかった。聞きなさい。あなたはお嬢様を図書館に呼んで。『デスソース一気飲みをした小悪魔の胃痙攣が見られる』と言えば必ず来るわ」
「は、はい!」
さらには舌の根も乾かぬうちに、メイドFに正対します。
「メイドFは冥界に行って、西行寺幽々子を連れてきなさい。キャベツ食べ放題の文言で釣るだけでいい。それで最悪幻想郷の滅亡だけは回避できるわ」
「はい!」
それぞれの返答に強く頷き、彼女は両者の肩を掴みました。そして、仕上げにこう述べました。
「私はすぐ現場へ行くわ。私の能力でキャベツの増殖を遅らせる。私たちの手で紅魔館を必ず守るのよ、いいわね?」
「「はい!」」
2人は精悍な顔つきで敬礼をし、直後、風を切る勢いで廊下へ駆け出します。そういえば。思いきり突き飛ばされたというのに、結局文句のひとつも言えていないではないですか。しかし時すでに時間切れ。部屋に残されたのは、面接官とわたし二人きりです。
まだ遠ざかる足音が消えないうちに、面接官はわたしに語りかけました。
「ごめんなさい。面接は終わりにさせてもらうわ。けど、良ければ貴女も手を貸してくれないかしら」
ハッ、何を今さら。わたしの答えはもう、決まりきっています。
「あなたは面接官失格です」
「なっ……」
面接官は当惑の表情を浮かべました。驚いたのはこちらの方ですよ。この様子では、断られるなんて微塵も思っていなかったようですね。面接ではあれだけこき下ろしておきながら。
まったく、仕方のない人です。
「あなたは質問を間違えています。面接の最後には、お決まりのパターンがあったでしょう?」
でもまあ、大いなる野望の為には、敵に手を差し伸べることも厭いませんけどね。それこそ清濁併せ呑む度量というもの。
面接官も、わたしの意図を汲んだようです。彼女は問います。今までになく厳粛に。面接における最後の質問、恒例のアレを、今度こそ。
「…………最後に何か、質問はありますか」
今こそ、今日一番の美声をもって逆質問をぶつけてやりましょう。
「そのキャベツ、わたしに任せてもらえませんかね」
そう言って、わたしは小粋にニヤリと笑ってみせました。
するとどうでしょう、散々苦い表情を貫いてきた面接官が、初めて笑みを浮かべたのです。なんだ、あなたもいい顔できるじゃないですか。
わたしは、彼女の笑顔にキャベツ異変の解決を確信しました。どんな難局だって笑顔であればきっと乗り越えられます。つまり、笑っているわたしは無敵なのです。やいキャベツども、どこからでも掛かってきてください。5玉だろうが10玉だろうが、わたしが食べつくしてみせましょう。
わたしと面接官はもう一度笑いあって、走り出しました。
ショッキングピンク魔館の明るい未来に向かって――――。
読者の皆様
本日はお忙しい中、本書を読んでいただきまして有難う御座いました。
慎重かつ総合的に異変解決へ尽力いたしましたところ、キャベツ1玉しか食べられず、残念ながらご期待に添えない結果となりました。不本意ながら採用が見送られたことを、何卒ご了承くださいませ。
末筆ながら、わたしの益々のご活躍をお祈り申し上げてください。
どっちも嫌味とジョークのラインも見えない下品な笑いしか出ない作品。10点ですらもいれたくないので無評価で。
面白かったです
本作ほどの長さであれば、こちらも単純に面白く読めると思いました。
しかし、その1玉をどんな顔して食ったのか目に浮かぶようであるのは貴方のキャラクター造形の御上手さというものでしょう。
面白かったです。
オチに予想を裏切られた感じが悔しい。
前半が特に好きかな