Coolier - 新生・東方創想話

古明地姉妹の一月戦争!

2018/01/16 22:30:02
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 ふらふらの足でトイレを出た私を出迎えたのはお燐だった。
 「おめでとうございます!」
 笑顔で私を祝うお燐。何かめでたいことなんてあったか。
 「ああ。あけましておめでとう」
 「あけまして……って違いますよ、優勝したじゃないですか。さとりさまが福女ですよ」
 福女、そんな企画もあったなあ。今となってみれば懐かしい響きだ。
 「さとりさま、大丈夫ですか……? 顔も真っ青ですけど」
 「ついさっき大丈夫になったわ。年明け早々一年分のエネルギーを使い果たした気がするけど」
 心配御無用と笑ってみせる。ウヒ、ウヒヒヒ。
 「駄目そうですね……」
 「駄目だわ」
 お燐は心苦しそうに唸った。『何か出来ることはないかな』と私を気に掛けてくれている。何もせずともすでにお燐はさとりダム防衛の立役者だ。彼女はもう十分私を救ってくれた。馬鹿な主のことは放って、正月を楽しんでくれればもうそれでいい。
 「あ、そういえば! 元気を取り戻すのに丁度良いのがありました」
 それでも手を差し伸べるのが火焔猫燐という少女だ。彼女はポケットを洗いざらい掻き回したあと、その一つへ指を滑り込ませ、おもむろに腕を持ち上げた。指の間に透明な小瓶が引っ掛かっていた。
 「特製スタミナドリンクです!」
 「と、特製……?」
 ひと目見ただけで察した。絶対に飲んではいけない。なにせ数分前トイレで見たモノと同じ色をしているのである。
 「あたいが一晩煮込んで作りました!」
 何を? とうっかり尋ねてしまいそうになったが、水際で言葉を飲み込んだ。要らぬことを聞いた前回の反省は活かされた。
 「ガソリンや重水素も入っててエネルギー満点です!」
 「そうね、エネルギーが強すぎて爆発しそうね」
 勝手に言われちゃ仕様がない。
 「さあどうぞ! グビッとイッちゃってください」
 得意気な表情そのままに、お燐はねばつくその液体を差し出した。飲めばグビッと逝っちゃうかもしれない。受け取っていけない、と警告するかのように体が震え出す。
 「で、でも、あなたが飲む為に作ったんでしょう? かなり手間が掛かってるみたいだし、貰うワケには……」
 「いえいえ遠慮はいりません。これは元々レースに備えて用意したもので、結局必要なかったですから。むしろこんな余り物でさとりさまのお役に立てるのならハッピーです」
 「そう。あー気持ちは嬉しいけど、その……」
 うまい口実が考えつかず言い淀んでしまう。
 火焔猫燐は正気だ。ただ知らないだけなのだ。心を読めるからこそ、彼女は100パーセント純粋な善意で、掌の上の劇薬を勧めていると分かる。いつだってそうだ。私の為を想っている。こんな私に対してでも愛情を捧げてくれる。だからペットにした。庇護下に置き、危うきから守ることを私は誓ったのだ。その心やさしき一人の女の子を、泣かせることなど出来ようか。今まさに主に毒を盛らんとしているという残酷な真実を、告げることなど出来ようか。
 私は試されている。飼い主として、保護者として、親として、その器の大きさを。自らの胃と彼女の心、どちらに穴を開けるのか。
 
 
 「そしてさとり選手がそのままゴールし、見事、栄えある福女と相成りました。さて、水橋さんは残念ながら3着に終わりましたが、レースをふり返ってみていかかでしたでしょうか」
 「悔しい……」
 「悔しい!」
 「悔しい……」
 「悔しい! だが、それでいい!」
 「何様だよお前」
 「お腹が減るのは生きてる証拠、だから私たち走ります! PちゃんRちゃんOちゃんの3ピースユニット、マラソン三姉妹です!」
 「だから誰なんだよそれ。腹が減ったらまずは飯を食べろ」
 「ええ、そうですね。白熱したレースになりましたね。」
 「何を受け取った『そうですね』なんだ」
 「この後は表彰式が行われますが、私たちはこの辺で失礼させていただきます。実況は私古明地こいし。解説は水橋パルスィさんでお送りいたしました。ありがとうございました」
 「……ありがとうございました」
 「それではスタジオにお返ししまーす」
 「どこに返すんだよ、ニュース中継かよ」
 「また来年お会いしましょう、よいお年を!」
 キーンとハウリングの音が耳を引っかき、マイクが切れた。椅子からは一仕事終えた充足の笑顔が見える。こいしは周囲に幾ばくか挨拶をして席を立った。
 「あ、お姉ちゃん」
 そしてすぐさま、佇む私を発見した。
 「すごいよお姉ちゃん、優勝おめでとう! 特に最後のバトルは大会史に残る名勝負だったよ」
 「ふーん」
 「この実況席の横でこれから表彰式だよ」
 「そう」
 「ところでお姉ちゃんが持ってるそれ、屋台の方で配ってた甘酒だよね? 私たくさん喋ったから、ちょうど喉が渇いてたんだ。もらっちゃうねー」
 「…………」
 こいしは私の手から湯呑みを一つ掠め取って、私の瞳の奥をじーっと見つめる。
 「どうしたのお姉ちゃん? リモコンで殴られたみたいな顔して。私にあげるつもりは無いって? ははっ、そういってしっかり2つ持ってきてるじゃない。素直じゃないなあ」
 腰に手を当て、こいしは甘酒をグビッと気持ちよく飲み干してしまった。「くぅー効くねぇ!」なんておどけて笑い、軽くなった湯呑みをからから振った。
 「随分いい飲みっぷりね。そんなに渇いてるなら私の分もあげるわよ」
 こいしの瞳がパァーッと輝いた。
 「うわお姉ちゃんやっさしー! 聖人!天使!ヒカ○ン! それじゃあお言葉に甘えていただきます」
 こいしは仰々しく手を合わせる。私の手元に残った甘酒をいちいちオーバーに交換すると、瞬く間に胃に流し込んだ。終わりに上を向き、縁に引っ掛かっていた雫を長い舌先に落とす。とうとう飲みきった。最後の一滴まで、余さず。
 「ありがとう、こいし」
 「え?」
 こいしはまだ、理解できていないようだった。
 「欲深く私の分まで飲んでくれて、ありがとう!」
 「え、どういうこと? 何でそんなに嬉しそうなの? 自分の性格の悪さに絶望してついに頭がおかしくなったの? 大丈夫だよ本当に水橋さんほどではないから!」
 自分が今、地獄に足を踏み入れたことを。
 「ふふーん、人を煽っている余裕があるかしら。さっきの甘酒にはね、お燐特製スタミナドリンクが混ざっていたのよ。これがどういうことか、貴女には分かるわよね?」
 吐き捨てた私の言葉に、こいしは身体中の血が全て抜き取られたかのように青ざめて、唇を押さえた。
 気持ちいい。私の精神の奥深く、闇の底に封印されていた原始的な感情が呼び起こされた気がした。仕返しを決めた。ただそれだけのことに、トイレにありついたときとは比べ物にならない無上の快感があった。私の中で目覚めるサディスティックの魂。勝手に頬が緩んでいく。
 そんな私の心を垣間見たか、こいしは私に糾弾の声を上げる。
 「お姉ちゃんひどい! 鬼畜!悪魔!ヒ○ル!」
 だが私にだって言いたいことは沢山ある。返す刀で怒りの丈をぶつけてやる。
 「いいや、貴女には言われたくないわ。トイレを潰し、腹痛に苦しむ私を20分も走り回らせた。社会的に死ぬ瀬戸際だったのよ! あそこでパンツを奪われていたら、私は今頃どうなっていたか……!」
 対してこいしは、白々しく驚いたような素振りをした。
 「ああ!そうか! お姉ちゃんは福じゃなくて、トイレを求めて地霊殿まで行ったってことか! レースに出るつもりは元々無かったんだ。どうりでキャラじゃないなと思ったよ」
 「とぼけないで。神社を建てさせたのも貴女。私を連れ出したのも、お空を使ってトイレを封鎖したのも、くだらないレースを企画したのも、こいし、貴女の仕業よ。ああやっと分かったわ。そもそも、おつけものを私が食べるように仕向けたのだって、きっと貴女なんでしょう!」
 「勘繰り過ぎだよお姉ちゃん! そこまで綿密な計画ができたらそれこそカミサマだよ。お空に立てこもって貰ったのは、お腹の調子が悪そうだからちょっと悪戯しようと思っただけなんだ。長い間拘束するつもりも無かったし。ただ家を出るとき、お空にひと声掛け忘れてただけで……」
 「『忘れてた』? 苦しい言い訳ね。そのくらいで私は騙されないわ」
 こいしの言い分は取って付けたこじつけだ。今までも私はこいしの巧みな話術で罠に嵌められてきたんだ。もうその手には乗らない。
 「で、でも、神社のトイレが激混みすることまでは読めないでしょ! それに、レースを運営してるのは鬼の人達だよ!」
 「そんなもの証拠にならないわ! 土下座をして謝るまで許さないわよ!」
 「だけどお姉ちゃんだって私にヤバい薬飲ませたんだからおあいこでしょ?」
 あくまでも自分は悪くないと言い張るか……!
 「おあいこだぁ? 全ッ然違うわ。貴女にはトイレという名の絶対安地が与えられている。私には無かった。こたつでぬくぬく寛いでいるおっさんからミカンを奪うのと、ダンボールハウスで凍えるおっさんからミカンを奪うの、どっちが罪深いか! 天と地ほど違う」
 「喩えがよくわからないし、どっちも同じ窃盗罪だよ!」
 「おっさんの前でも同じことが言えるか? えぇ?」
 「もーう怒った! お姉ちゃんには慈悲の心というものが無いの? やっぱり水橋さん以下だ! 地底一の悪だ! 幻想郷の癌だ!」
 「貴女は暗い部分の全てを私に押しつけ、己を善だと嘯くのかしら。汚れた仮面を被って闘う正義のヒーローが悪の化身よりも優れていると? いいや違うね。悪を自覚する悪の方がよっぽど立派で清々しいだろう!」
 「開き直らないでよ! ええい、屁理屈!腐れ外道!頭でっかち!バカ!アホ!おたんこなす!」
 「ハッ、喚け喚け。とうとう単純な言葉しか使えなくなったか情けない」
 「この貧乳!」
 「誰が貧乳じゃあ! どの口が、いやどの胸が言う! 貧乳はあんただって同じよ!」
 「同じじゃないよ!全ッ然違うね! 私はAAだけど姉貴はAAAだもん!」
 「AAAの方がどう見たってスコア上だろ! DJ$チェだろ!」
 「まな板工場め! かなりまな板だよ! まな板にしちゃうよ!」
 「まな板なめるな、まな板は平らであることこそステータス、半端な膨らみなど邪魔なだけ!」
 「ああ、じゃあお姉ちゃんの乳首剃り落とすよ。そこの出っ張り邪魔なんだよね」
 「それは残しておいてるの! 私はイチゴを最後まで取っておく派なんだよ! それを勝手につまむ奴らの横暴が、このストレス社会の誘因になっているのよ判らないのかァ!?」
 「お姉ちゃんのはイチゴじゃなくてレーズンでしょ」
 「なっ、立派なマシュマロ苺だバカ!」
 「バカって言ったなー! バカって言う方がバカなんだよ!」
 「バカって言う方がバカって言う方がバカよ!」
 「バカって言う方がバカって言う方がバカって言う方が――――
 
 表彰式の予定場所で突如繰り広げられた姉妹喧嘩。いつしかそこには、境内にいる殆どの妖怪が集まっていた。尚も不毛な争いは続く。延々と、延々と。その醜い一部始終を捉える衆目に、私たち姉妹が気づくことは終になかった。
 

 「はぁ……はぁ……」
 口論をしているだけなのに私たちはなぜか肩で息をしている。そんな我々を見かねたのか、お燐が二人の間に入った。
 「もうやめましょう! さとりさまも言い過ぎです。こいしさまも素直になりましょう」
 「私は悪くないわ!」
 「姉妹喧嘩は9対1で姉の過失なんだよ!」
 邪魔者を追い払うように姉妹は主張を投げつける。だがお燐は怯まない。強い眼差しで反発の声を跳ね返す。
 「こいしさまがさとりさまの甘酒まで飲んでしまった。たしかにいけないことです。キッパリと、謝るところは謝るべきです。だからといって、罵り合ってしまえば両者とも同じです」
 「待ってよ、私は飲まされたから怒ってるの!」
 「言い訳しない!」
 「えっ……」
 あの図太いこいしがガスの抜けた風船のように縮こまった。
 「さあ、さとりさまに謝ってください」
 納得がいかない。という風にこいしは口をすぼめて視線を逸らしたが、お燐にあごで急かされると、渋々頭を下げた。
 「ごめんなさい」
 うんうんと頷いたのも束の間、柊の葉のような黒目はこちらに向いた。
 「ほら、さとりさまも謝りましょう」
 どうして私も謝らなくちゃいけないんだ。
 「私は甘酒を飲まれたことじゃなく――――」
 「口答えしない!」
 「……ごめんなさい」
 お燐はにこやかに数歩後ろの机へ爪先を向けた。大股に踏み出し前傾する。Uターンして戻ってきた手には湯呑みが収まっていた。
 「さとりさま、代わりの甘酒を持ってきましたから、これを飲んで全てを水に流しましょう」
 「もう全部水に流したわよ。1グラムたりとも漏らしてなんかないわ」
 「変なことおっしゃらず、さあ。もちろん、特製スタミナドリンク入りです」
 湯呑みをまるで思いの込めた手作りチョコかとばかりに、お燐が押しつけてくる。飲む他になさそうだ。特製スタミナドリンク入りというのは気になるが。
 「……ちょっと、ちょっと待ってよ。特製スタミナドリンクってまさか」
 「まだ3本残っています。どうぞ好きなだけ飲んでいってください」
 まだ3本だと……? 死のドリンクバーかよおい。私とこいしで腹痛三番勝負でもやらせるつもりなのか?
 「ダメ。受け入れられない。もうチョコソフトクリームメーカーにはなりたくないわ」
 「あっ、そうですよね」
 お燐は物分かり良く、湯呑みを持ったまま机に向かってくれた。助かった!
 「こいしさまが2杯飲んだ分、2杯じゃなきゃダメですよね」
 甘酒ドン! さらに倍!
 「あぁ……」
 「おねえちゃんっ☆ 飲んで仲直りしよっ」
 こいしめ、調子に乗りやがって。
 「グビッといっちゃってください」
 「あぁぁ~……」
 「はいイッキ! イッキ! イッキ!」
 「イッキ! イッキ!」
 甘酒を飲むには少々場違いな音頭に思えたが、場の空気がそれを肯定していた。イッキコールは観衆にじわじわ波及し、私を包囲する。四面楚歌だった。投降も許されず、集団は私が毒を飲む瞬間を待ちわびている。
 「くそぉぉぉぉぉ!」
 一気飲みした。二杯とも。
 「おーいったー!」
 360度から歓声と共に拍手が湧き起こる。くそぅ、バナナをウホウホ頬張る動物園のゴリラを見物するような目で私を見るな。私は見世物じゃない。私のお腹と一緒に、腸内会長ゴリラにやられてしまえ。
 そんな内心を知らぬお燐は私たち姉妹の手を取って言う。
 「仲直りのしるしに、握手をしましょう。ね、お二人とも」
 引っ張られた私はつんのめって、手のひらに柔らかい感触を受けた。見上げると、間近にこいしの顔。この朗らかな微笑みを今日は何度見たことだろう。脳裏に悔恨の2文字が浮かび上がる。
 「はい握ってください」
 握手。私は嫌な顔ひとつせず腕を結んだ。見守るお燐も群衆も、抗争の終わりを確信したであろう。
 とどのつまりは愛が一番。家族はお互い愛し合うべきで、喧嘩などは何も産まないのだ。そういう共通認識めいた正しい姉妹の在り方を理解して、私たちは改心した。美しいエンディングじゃないか。対の笑顔は愛の象徴で、〆の握手は停戦の証だ。
 
 でも、かなしいかな。
 私たちは地底で最もどうしようもない姉妹だから。
 この握手の意味、それは。
 
 「「トイレは私のものだッ!」」
 
 古明地姉妹の一月戦争が幕を開けた。
私は昨年、コミケに向かう途中の駅舎で微量の茶色バナナを出しましたが、パンツにはついていなかったのでセーフだと思います。

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カラス貴族
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コメント



0.100簡易評価
1.40名前が無い程度の能力削除
ま、40点ってとこですかね

やっぱコメディにしちゃ長い
けど面白かったですよ