悪魔の館でも、朝は小鳥が囀る可憐な声は聞こえてくる。
その日はとても爽やかな朝だった。
「頼むー! 手を貸してくれー!!」
「きゃー!!」
「こっちで柱が倒れて下敷きになったやつがいんだ! もうちょい待ってくれー!」
「ぅわっ、あっぶねぇー!」
「何よコレー!!」
「掃除とか修理っていうか……もうリフォームするしかないんじゃないっ!?」
「あ、見ろ! あれ、お嬢様じゃないか!!?」
「ほんとだわ! どうしてあんな所に……」
「おーい、お嬢様ー!!」
そう。例え天井が裂けて、その合間から朝日が差し込んでいたとしても。
階段が崩れて歩いては二階に行けなかったとしても。
床に走る行く筋の溝に躓いたり、体ごとはまったりしても。
グラグラと危うい均衡を保っていた柱が、音を立てて崩れてきたとしても。
忠誠を誓った主が、天井へ頭をめり込ませてプラプラと揺れていたとしても。
あぁ、ほら。
朝日に照らされた、ぷらぷら揺れるカリスマのなんと爽やかなことだろうか。
「んぐ! んんー!!」
(って、灰になるよ! 爽やかに灰になるってー!!)
「皆、落ち着いて」
静かな声が、喧騒の中に響く。
音量が著しく足りないのに、その声が皆の耳に届くのは音に魔力が込められていたから。
その場にいる全員の視線が声の方へ向かう。
そこには、時に主の親友として意見を述べ、時に主の想い人として心を支え、そして常に冷静な判断の許に自分たちに指示を下す魔女。
様々な知識を吸ってきた理知的な紫色の瞳が、爽やかな朝日を静かに反射していた。
「昨日ちょっと色々あっただけ。心配ないわ」
何一つ解決してないけど。
心の中でそう付け加え、パチュリーはいつもの冷めているような態度で言う。
一時的に静まった喧騒が、またざわざわと動き始めた。
「ですが……では、何故お嬢様は……?」
一人がパチュリーへ質問する。
皆の視線が、天井でぷらぷらしているドロワ全開なカリスマに向かった。
「レミィは頭蓋骨を鍛えているだけよ。これは他ならぬ貴方たちの為……貴方たちを守る為に、レミィはいつも強くなろうと必死なの」
パチュリーの言葉に、全員が息を呑み、もう一度天井に頭をめり込ませている我が主を見る。
全員の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「お嬢様……!!」
「レミリア様……っ!!」
「カリスマぁ!!」
方々からレミリアを呼ぶ震えた声が上がる。
次第にそれは歓声となり、「レミリアレミリアレミリア!!」と一つの大きな波となる。
パチュリーは「此処の片付けは任せたわ。でも、レミィの邪魔だけはしないであげてね」と、柔らかな微笑を残して去っていった。
「この紅魔館はもうダメだ……」
影から見守っていた小悪魔が、人知れずに滂沱たる涙を流したとは言うまでもない。
……と、門番隊隊員やメイド達が右往左往と大騒ぎしているエントランス付近。
でも、奥の方にある図書館近くや、客室の方はいつもとあまり変わらず、静かな空気を保っていた。
「……咲夜」
「なんでしょう?」
そんな客室の一つ。
大きな鏡の前に立っているのは、件の見事な成長を遂げたフランドール。
身長は咲夜と同じくらいあり、年の頃も咲夜と同じくらい。
蜂蜜色の長い髪が流れる背には、変わった形の大きな翼。
キラキラと輝く七色の水晶体が、紫色に染まっている。
何か不満があるらしい。
フランドールは後ろに控えた咲夜を、鏡越しにじとっとした目で見る。
フランドールは今、物凄く気に入らないことがあった。
「この服ダッサイ!」
そう、それは自分がいま着ている服のこと。
咲夜は大きなショックを受けたようで、驚いたように目を見開いた。
フランドールが今纏っているのは、薄いクリーム色の長袖のハイネックにノースリーブの赤いベスト、白いサスペンダーが付いた赤いスカートに、白いニーソックスに黒いブーツというもので。
きっちりと肩に掛けられたサスペンダーとか、赤いスカートとか、薄い色のシャツとか……毎週日曜日に放映されている海鮮家族の前にやっている番組の黒髪おかっぱなヒロインに見えなくもないというかなんというか。
「そうですか? 可愛らしいと思いますが……」
「咲夜ってさ、そーいうトコは瀟洒になれなかったんだね」
嘆息しながら紡がれたフランドールの言葉は、咲夜のガラスのハートを抉る。というか砕いた。
「まぁ、そのセンスの無さはお姉さまの所為なんだろうけど」
ガックリと膝を付く咲夜のことなんかまるで気にせず、フランドールはサスペンダーを肩から外し、キッチリと閉められたベストの前を全開にした。
息苦しさが少し開放された事に「ふぅーっ」と息を吐いて片手を広げる。
一瞬にして爪が伸び、その鋭い爪でシャツの袖を切り裂く。ベストと同じくノースリーブになったシャツからは、細いが程よく筋肉の付いた腕が露になった。
うざったいサスペンダーも適度な長さに裂き、腰に回してベルト代わり。
そして仕上げとばかりに、シャツの左脇腹辺り斜めに切り裂いた。それはもうかなり派手に。
「あいたっ!」
「妹様!?」
が、間違って自分の腹の肉まで切り裂いてしまったらしく、フランドールは短く声を上げた。
「ちょっ、何をなさっているんですか?」
「だってダサいんだもん。だからちょっと改造してたの」
「だからって自分のお腹まで切ってどうするんですか!?」
「いやぁ~、まだこの体に慣れてなくてね。手足が長いってのも考え物だね」
「……実はかなりの嫌味を仰ってるって分かってます?」
悪気はないんだろう。多分ないだろう。
フランドールは「あいたたた」と露になった脇腹を押さえる。
そこにはパチュリーの魔法が宿っており、「F」の文字が浮かんでいた。
「というか、お腹丸見えじゃないですか」
「だって熱いんだもん。それに、じくじくして痛いし」
フランドールは、自身の体に浮き出た「F」の文字をそろそろとなぞりながら、眉を顰める。
それは身体の成長に伴い、強力になってしまったフランドールの能力と狂気を押さえ込む為にパチュリーが施した封印魔法。
「F」の文字が浮かんだ周囲の皮膚は熱を持ち、昨夜ほどではないが、じくじくとした痛みを訴えていた。
強大な力を上から無理矢理蓋をして押さえ付けているようなものなのだから、身体にその影響が出ている。
という状態なのだが、パチュリーの「私の趣味」という強烈な言葉の所為でそれを分かっていないフランドールは、「パチェのバカぁ。痛いよぉ~」と文句を言った。
しかしともあれ、派手に破ってしまったシャツだがこれは些かまずい。
お腹が見えるとかそんな話ではない。ぶっちゃけ下から風に煽られたら下着まで見えてしまいそうなくらいに、大きく破かれている。
余談だが、ブラは一旦は咲夜の物を貸そうとしたのだが、サイズがちょっと合わなかった為、わざわざ買い出しに行ったとか、そんなことは内緒である。
そして一人買出しに走った咲夜が道中で涙を零したいうエピソードもあるが、そっちはもっと内緒である。
「おはよぉーごじゃいましゅ」
あーじゃねぇこうじゃねぇと言い合う二つの声に、別の声が混じる。
それはたどたどしい言葉と口調、少し高めのトーンの声。
フランドールの顔が、パッと明るくなった。
そこにいるのは、緑色のノースリーブなトップスに半ズボン、頭にぶかぶかな緑の帽子を被った幼女。
美鈴は、二人を見て「みつけました」と、嬉しそうな顔をした。
「メイっ!」
フランドールはいつもの調子で抱き付こうとして、その寸前で思い留まることに成功。
いつもの調子、姉に抱き付く時に行う亜音速にも達する速度での突進ほどではないが、それでも結構な勢いで抱き付くので、美鈴はその場でくるくると二~三回転程して受け止めてくれる。
こんな小さな子にそんな事をさせるわけにはいかないだろう。いや、美鈴なら出来てしまうかもしれないけど、でもダメだろう。
フランドールは寸前でやめた自分を内心で褒めつつ、ちっちゃな美鈴へとゆっくりと手を伸ばす。
昨日みたいに肋骨を砕いてしまわないように、慎重にそっと抱っこした。
美鈴のちっちゃなカラダは、軽かった。
「おはよ、メイ。どうしたの?」
「こあくましゃんに、おふたりはここだってききまして。さがしました」
えと、おはようのごあいしゃつをしたかったんでしゅ。
美鈴はそう言ってにこにこと笑った。
(もぉ~っ、かわいいなぁ~)
言葉とか笑顔の愛らしさに、フランドールは衝動的にぎゅっとしたくなるが、奥歯を食い縛ってガマンする。
だって、この言葉は嘘だ。
途中で気絶してしまった(もとい、気絶させた)ので、フランドールがどうなったのかとか分からず、朝目覚めて直ぐに駆け回っていたんだろう。
その証拠におでこにうっすらと汗をかいているし。
「もう体はいいの?」
「はい、だいじょーぶでしゅよ。ぎゅーにゅーいっぱいのみましたから」
牛乳を飲めば治るのかといったらそうじゃないだろう。
美鈴の頑丈さと今の様子を見るに、恐らく骨はくっ付いたのだろうがきっと完治したわけじゃない。
美鈴の片方のほっぺや膝小僧、肘に大きめな絆創膏を貼ってあるし、湿布の匂いもする。
でも、鼻っ柱に貼った絆創膏が悪戯好きな子供のようで、フランドールは幾分か安心した。
「とゆーかいもうとしゃま、ち、ちがでてましゅよ!?」
しかし今度は美鈴がぎょっとする。
左脇腹から流れている血を見て、美鈴はフランドールの腕の中でわたわたと慌てた。
「あぁ、このくらいへーきへーき」
「いや、けっこうなりょうがながれてましゅって!」
「だいじょぶだって。あ、でもメイが舐めてくれたら直ぐに治っちゃうかも」
「へぇ?」
パシーンッ!
美鈴が小首を傾げるとほぼ同時に、乾いた音が走る。
それは疾風のごとき猛スピードで駆け抜けた咲夜が、フランドールの脇腹にドデカイ絆創膏を貼った音である。
予想外な攻撃を受けたフランドールは「ぐふっ!」と呻いて、体を少しくの字に捩った。
しかも咲夜は絆創膏を貼ると同時にフランドールの腕から美鈴をさり気なく奪取している。さすがは瀟洒である。
「いっったぁーい! もっ、なにすんのよ咲夜!?」
「さ、朝食に致しましょう」
「あしゃごはん!」
何が起こったのか分からずにきょとんとしていた美鈴は、咲夜の言葉に目を輝かせた。
咲夜はフランドールの言葉をサラッと瀟洒らしく流し、ぎゅっと美鈴を抱き締め部屋を出て行く。
「ちょっ! 物で釣るとか卑怯!!」
フランドールはシャラシャラと羽を鳴らして、慌てて二人の後を追った。
そんなこんなで、おぜう様は天井でぷらぷら、ただでさえ危険な悪魔の妹は成長、盾である門番は幼児化、瀟洒はチビ美鈴にメロメロデレデレという、早速崩れ始めているパワーバランス in 紅魔館。
これからどうなっていくのか不安は積もる一方であるが、本人たちは至って暢気だから困りものであった。
東方妖幼女 - Yo-jo in the Miracle Time -
in 紅魔館 ~ブレイクしてからが本当の勝負だって信じてる~
第三話 「戦え! 幻想郷戦隊 カリスマンジャー!!」
in 紅魔館 ~ブレイクしてからが本当の勝負だって信じてる~
第三話 「戦え! 幻想郷戦隊 カリスマンジャー!!」
『食べる』ということは生命の維持にかかせない要素である。
よって“食べる”ということは生きるということに直結している。
バランスの良い食事は健康への第一歩であり、健康というのは楽しく生活する為に欠かせない要素でもある。
……が、そんな理屈が妖怪とかに通じるわけがない。
いや、勿論人肉食いの妖怪ならば、健康な人間を食べることは健康に繋がる……とは思う。多分。
だが、やっぱり上級クラスの妖怪、スキマ妖怪とか吸血鬼なんてものにはこんな理屈は通じない。
しかし、体内に異物を取り込み、エネルギーに変換するということは、やはり必要不可欠。
それを“食べる”という言葉で定義するのであれば、やはり『食べる』ということは人妖関わらず、生命の維持には欠かせない行為である。
そんなわけで、『食べる』ということは、妖怪である美鈴にも、人間である咲夜にも、吸血鬼であるフランドールにとっても重要な行動なわけでありまして……つまり何がいいたいかと言うと、
「なにはともあれ、ごはんはだいじでしゅよね」
まぁ、そういうことである。
だから、一話につき必ずと言っていいほど食事シーンがあるのは、そういうことである。
決してほっぺたいっぱい頬張る幼女の姿が可愛くて仕方が無いからとか、そんな理由では決してない。断じてない。
「えぇ、そうね」
咲夜は美鈴の言葉に相槌を打つと、一口サイズに切り分けたフレンチトーストをフォークに刺し、「あ~ん」と口許に運んだ。
ちょっと遅めの朝食は、フレンチトーストと、たっぷりの野菜が入ったコンソメスープに、フルーツサラダ。
本日のフレンチトーストには、とろっと蕩けたマシュマロが載っていた。
牛乳に卵を加えてかき混ぜ、カットしたパンを浸してフライパンでこんがりと焼く。
というお手軽なレシピとして知られているフレンチトーストだが、これにちょっとだけ工夫を加えるだけで更に美味しく頂くことができる。
今日、咲夜がしたちょっと一工夫というのが、ふわふわのマシュマロを加えたこと。
熱したフライパンにマシュマロを並べ、その上に浸したパンを置いてこんがりと両面を焼いただけ(ちなみにこのマシュマロも咲夜の手作り)。
牛乳ではなく豆乳を使い、油もヘルシーなオリーブオイルを使用しているので、甘いが体に優しくて、美肌効果もあるお洒落な一品である。
「ん~っ! ふわふわしゅわ~」
とろけたマシュマロが、口の中でまた柔らかくとろけ、フレンチトーストと絡み合う。
美鈴のほっぺの中では、マシュマロがまさに「ふわふわしゅわ~」と甘く溶け合っていた。
「ほっぺがおっこちちゃいしょーでしゅ」
両頬を押さえて、楽しそうにころころと笑う。
そうして咲夜の袖口をくいくいっと引っ張って、もっととねだった。
咲夜は「はいはい」と笑顔で返事をして、また「あ~ん」と美鈴の口に運んでいく。
「朝っぱらから甘いなぁ~」
何がとは言わないが。
フランドールはフォークの先端をがじがじと噛みながら、目の前でイチャイチャする二人を冷めた目で見る。
甘いものは好きだし、このフレンチトーストも堪らなく美味しいが、目の前の甘い事象はどうにも美味しく頂けそうにない。
フランドールは野菜たっぷりのスープにブラックペッパーを大量に降りかけて、スプーンでかき回して喉に流し込む。
ちょっと入れすぎたのか、フランドールはあまりの辛さにむせ返った。
「だ、だいじょーぶでしゅか!?」
「こほっ、けほっ……う、うん。大丈夫……」
あまり大丈夫ではないが、涙目ながらもフランドールは頷く。
昨日までは二人の遣り取りなんて気にしなかったし、寧ろ混ざってたのに、今日はなんかダメだ。
羨ましさや妬ましさが先行してしまう。
これもこのみょうちきりんな魔法の所為だろうか。
(メイの場合は知能が下がったとかパチェがいってたけど……)
確かに子供っぽくなってる気はする。
いつも以上に食べ物に目がないし、食べ方だって幼い。
今も、スプーンをぐーで握ってスープを犬みたいに食べているし。
でも、自分の場合は別段変わってない気がする。
いや、こんな小さな子と仲良くするメイドにヤキモチとか妬いてる時点で変わってはいるか。
二人がいくらイチャイチャしてても、羨ましいとはも思ってこんなに「むっ」としちゃうことなんてなかったし。
(もしかして、姿相応の知能になるってこと……?)
そうかもしれない。
だって、こういう風に考えてること自体からして、もうおかしい。
コレはあとでパチュリーに伝えに行かないといけないな。
フランドールはそう思いながら、犬みたいにがふがふとスープの器に顔を突っ込んで夢中になって食べている美鈴の姿を眺めた。
(かわいい~)
食べ方的にはとっても行儀が悪いけど、それが逆に無邪気で可愛い。
咲夜の顔もデレデレだ。瀟洒としてそれはどうなんだとか思うが、自分も同じくらいに緩々な顔をしているだろうから人の事は言えない。
美鈴ははぐはぐとスープを口へ掻き込み終えると、器とフォークを掲げて「おかわり!」と叫んだ。
「はいはい」
「えへへ~。おねがいしましゅ」
咲夜相変わらずデレデレな顔で掲げられた器を受け取ると、厨房へと消えて行き、美鈴は残っていた一口サイズに切り分けられたマシュマロフレンチトーストに手を伸ばす。
とろけたマシュマロは、フォークを上手く扱わないと隙間から零れていってしまう。
肝心のマシュマロが逃げてしまっては、この特製フレンチトーストの意味がない。
焦れたのか、美鈴はやっぱり手掴みでフレンチトーストを口に運んだ。
「メイってば、口の周りベトベトだよ」
唇、顎、頬、頤(おとがい)にパン屑やらマシュマロやら、スープの中に入ってたニンジンやらが付いている。
しょうがないなぁ。
ほんとに可愛いなぁ。
腕を伸ばしくっ付いたニンジンを取ってあげると、美鈴はニンジンを追いかけてフランドールの指にパクッと噛み付いた。
噛み付いたといっても軽くだから全然痛くはない。
(うわっ、うわっ! いま指パクってやった!)
でも、フランドール的にはとっても衝撃的だった。
なんていうか、その……とにかくもう衝撃的だった。
飼い始めたばかりの子犬が初めて手を舐めてくれたような、そんな嬉しさ。
パクッと食いついてくる雛鳥みたいな可愛さ。
それらが相俟って、なんとも衝撃的だった。
フランドールは自分の分であるフレンチトーストを、マシュマロが多めに載っているところを狙って切り分け、美鈴の口の前に差し出す。
勿論、表面では平静を装って「コレあげる」と言いながら。
「わぁー! ありがとうごじゃいましゅ!」
美鈴はフランドールが差し出したフレンチトーストをパクッと食べる。
それから、フランドールの細い指に付いたマシュマロに気付き、その指をペロッと舐めた。
「――!」
舐めた本人はきっと何も考えていない。
だってそこに美味しそうなマシュマロがあったから、だから舐めただけ。
でもフランドールは思ってしまった。
(……これは、イケるかもしれないっ!!)
いや、何が? え、何が? という感じであるが、フランドールは内心で拳をグッと握りながらそう思い、美鈴のほっぺやら顎やらに付いているマシュマロを指先で拭ってみる。
美鈴は指、いや、マシュマロを追い掛けて、フランドールの指を小さな舌でまたペロっと舐めた。
「っ!」
(ヤバいっ……なんかムラムラしてきた!!)
妹様、それは流石にまずいですよ妹様。
え、ちょ、待って下さい妹様! ぱ、パチュリーさんはいずこに!?
「メイかわいっ!」
「ぎゃっ!?」
残念ながら、パチュリーチョップは発動しなかった。
どうやらパチュリーの「そこまでよ!」はレミリア専用らしい。
フランドールは美鈴に飛び掛かる。
ちっちゃくなった美鈴は抵抗出来るわけもなく、そしてしたところで敵う筈もなく、そのまま抱きすくめられてしまう。
「なんでこんなに可愛いかなぁ~! もっ、食べちゃいたぁ~い!!」
言動や口調自体は可愛らしく言うフランドールだが、牙がチラチラと唇の内側から見えているので全然笑えない。
美鈴は顔を青くしてわたわたと手足を動かした。
「い、いたいのはヤでしゅ!」
「だいじょぶだいじょぶ。優しくするから♪」
「しょんなふうにキバみせてなにいってるんでしゅかー!」
マジで泣き出す五……いや、二秒前。
カチッと時が止まった。
「大丈夫、痛くないってば……って、あれ?」
気付けば腕の中に美鈴はおわらず、変わりにレミリアのZUN帽があった。
「ちょっ、カリスマくさっ!!」
フランドールはレミリアのZUN帽を投げ捨て、キッととある方向を睨む。
どうでもいいが、カリスマ臭いとはどんな匂いなんだろうか。
フランドールが睨んだ方向には、片手にはスープが載った銀のトレイ、もう片方の腕には美鈴を抱えた、割と必死な表情をしている咲夜がいた。
「め、美鈴に何をなさる気ですか!?」
「何って……ナニ?」
「なんで疑問系!? ってか、わざわざカタカナ表記にしないで下さい! 削除されでもしたらどうするんですか!!?」
「その時はその時でしょ。わたしはシないでスる後悔より、シてスる後悔を選ぶもん」
「だからわざわざカタカナにして言うなー!!」
顔を真っ赤にして声を張り上げるウブウブさMAXな咲夜。
フランドールは「咲夜ってば頭固いよー。ちょっとくらいいいじゃん」と口を尖らせた。
「良くないですよ! こ、こんなちっちゃい子に……」
咲夜はあわやというところで、まさに魔の手から奪還した美鈴を見下ろす。
美鈴は「えぐえぐ」と半泣き状態で胸にしがみ付き、潤んだ大きな瞳で咲夜を見上げる。
「うっ、ぅ……しゃくやしゃ……」
「っ……!」
正直ドキッとした。
うん。小さい女の子相手になにトキめいているんだろう。
いや、だからそれは相手が美鈴だからであって、だからこんなにも可愛いと思うだけであって。
「ほら、咲夜だってトキめいてるじゃん。きゅんきゅんしてるじゃん。さっきゅんじゃん」
「さっきゅん!?」
「違った? じゃあムラムラしてるから、むっきゅん!」
「あれ? これじゃあどっちかってゆーとパチェ?」とか小首を傾げて真剣に悩むフランドールに、咲夜は「私はムラムラなんかしてません!」と、真っ赤な顔で叫ぶ。
半泣き状態の筈だった美鈴は、咲夜の片腕にあるトレイに載っているスープの存在に気付くと涙をピタッと止め、懸命に腕を伸ばしていた。
ぶっちゃけ自分の貞操にうっすらと危機が迫っているのに、この美鈴はほんとに暢気だ。
「わっ! め、美鈴危ないわよ?」
「あっ、しゅみましぇん。でも……」
貞操よりも、空腹を満たす方が重要か。
そんな美鈴は物欲しげに咲夜を上目遣いで見つめる。
「っっ!!」
鼻の奥にツンとした痛みを感じて咲夜は顔の下半分を手で覆おうとしたが、片手には美鈴、もう一方の手にはスープを持っているので、そんなことが出来るわけがない。
うむうむ。よくあることだ。
なんたって忠誠心は鼻から出るのだから。
咲夜は時を止め、美鈴を椅子を元の席に座らせスープを置き、溢れ出た忠誠心を綺麗に拭う。
そしてまた美鈴を抱き上げてそこに座り、膝の上にその小さな体躯を載せて時を動かした。
「あれ?」
気付けば咲夜の膝の上、手にはフォーク、目の前にはコンソメ野菜スープ。
でも、コンソメのふんわりとしたいい香りや、1センチ角に切り揃えられたじゃがいも・にんじん・玉ねぎ・トマト、ベーコンやセロリが美鈴に「早く食べて」と訴えていたので、美鈴はささやかな疑問は捨て置きスープを掻き込んだ。
「さっきゅんばっかり抱っこしてズルいよ!」
「だからさっきゅんって誰ですか!?」
フランドールは不満や文句をぶーぶー垂らしながら、美鈴と咲夜の隣に座る。
と見せかけて、机に直接腰掛けた。
「行儀が悪いです」
「だってね、座って足組むと膝が机に当っちゃうんだもん」
足が長いんですねそうですかそれは良かったですね。
とは返さず、咲夜は溜息混じりに非難の目をフランドールに向けた。
「それよりさ、メイ。今日何して遊ぶ?」
「ふぁい?」
フランドールの問いに、今度はフルーツサラダのレタスをもしゃもしゃと頬張りながら返事をする美鈴。
美鈴はレタスを小さな歯で小気味良い音で「しゃきしゃき」と咀嚼しながら、「きょーはダメでしゅよ」と答えた。
「えー! なんで!?」
「だって、おしごとがありましゅし……」
「約束したじゃん!」
「しょーなんでしゅけど……でも、みんなやかたのふっきゅーさぎょうでいしょがしいのに、たいちょうがあしょんでたらおこられちゃいましゅ」
心底申し訳なさそう言う美鈴。
フランドールは「うっ」と思わず言葉に詰まった。
そんなにしょんぼりとされてしまったら、これ以上の文句は言えないではないか。
「たしかにこんなしゅがたなので やくにたたないかもしれましぇんけど……でも、みはりくらいならできるとおもうので」
「でも、貴女ケガしてるでしょ? 大丈夫なの?」
「はい。しゃくやしゃんのごはんいっぱいたべましたので」
心配する咲夜に、満面の笑顔を浮かべる美鈴。
咲夜の胸はまたきゅんとした。
もうこの笑顔は「対咲夜用悩殺スマイル」と命名してしまえばいいと思う。
「あ、しょーだ。しゃくやしゃん、ましゅまろまだのこってましゅか?」
「えぇ、いっぱいあるわよ」
美鈴の喜ぶ顔を考えながら作っていたら物凄い量となっていた。とは内緒である。
フランドールはといえば、美鈴が片手で持っていたフルーツサラダのオレンジをパクッと横取りしていた。
「あっ、いもうとしゃまひどいでしゅ!」
「だって美味しそうだったからつい。口移しでいいならあげ」
「マシュマロがどうしたの美鈴!?」
咲夜はフランドールの言葉を遮り、そっちの方に向いていた美鈴の顔を掴んで自分の方へ向かす。
顔は爽やかな笑顔だが、どこか冷や汗が浮いて見えるは気のせいではないだろう。
「あ、えとでしゅね、じゃああとでつつんでいただけましぇんか? おやつのときにたべましゅので」
「あら、おやつならあとで差し入れに行くわよ?」
美鈴の言葉に咲夜は首を傾げる。
結構な量を作ってしまったので、門番の仕事をするのならマシュマロを使ったデザートを持って行こうと今考えていたところだ。
しかし、咲夜の言葉に美鈴は首を振った。
「ちょっときょうはみなしゃんいしょがしいので……だからしゃくやしゃんはもっといしょがしいとおもいましゅ。おじかんとらしぇるのはもうしわけないでしゅよ」
「そんなこと……美鈴の為なら幾らだって時間を作るわよ」
「ムチャはダメでしゅってば」
困ったように苦笑する美鈴は、「咲夜の負担になるのは嫌だ」と咲夜の手の甲を撫でて言う。
寧ろ会えない方が負担だとか、できることなら仕事なんてほっぽって一日中一緒にいたいくらいなのだが、そんな無垢な瞳をして、そんな真摯な言葉を紡がれてしまうと、自分の動機がやけに不純なものに思えてくる。
いや、確かに立派なものではないけど、でも。
咲夜は美鈴の後ろにいるフランドールを見た。
フランドールはオレンジの果汁で汚れた口許を親指で拭ってその指を舐めていたが、咲夜の視線に気付いて首を傾げた。
(これは、強敵だわ………)
ぶっちゃけ一番の不安要素は、フランドールだったりするわけで。
だから咲夜はずっと美鈴の傍にいたかったりするわけで。
昨日まではフランドールと美鈴がじゃれ合っていても別に微笑ましいくらいしか思わなかったが、こんなに成長……自分と同じくらいに成長した姿で同じことされると、なんだかモヤモヤとしてしまう。
外側が変わってしまっても、フランドールには変わりない。
でも、自分が美鈴が好きだと自覚したのは成長してからで。
思考力というものにまで影響与えるらしい魔法だから……少し恐い。
負ける気はない。負ける気はないが、相手は悪魔。さすがに悪魔に勝てる自信は……正直頼りない。
不安そうな顔をしてしまっていたのか、美鈴は自分の帽子を取って咲夜の頭にぽふっと被せて、安心させるようににこっと笑った。
「きょういちにちあじゅかっててくれましぇんか?」
「……コレを?」
「はい。かぶっててもおっこちてきちゃうので、なくしゅといけませんから」
美鈴はぽふぽふと帽子をイジって、咲夜が丁度良いような位置に調整する。
それから「みはりくらいちゃんとやりましゅよ~」と、咲夜のほっぺを小さな両手で包んでむにむにと軽く揉んだ。
そうじゃなくて。
美鈴が仕事をちゃんとできるかを心配してるわけじゃなくて。
(まぁ、いっか……)
でも、ほっぺを撫でる可愛くてあったかな両手に誤魔化されてしまう。
咲夜は「わかったわ」と頷いた。
フランドールは美鈴の帽子を被った咲夜に「いいなぁ~」という視線を送っていた。
今日の天気も晴れだから、いくら成長したフランドールでも外へは出れない。
可哀想だが、その姿で幻想郷を飛び回られてもちょっと困るので今日は大人しくしていて貰うしかない。
(……晴れで良かったなんて……私、嫌な女になってる………)
自己嫌悪が募るが仕方がない。
だって、仕方がない。
詰まらないヤキモチだとは、薄々気付いている。
でも、仕方ない。
「えへへ」
「? どうしたの?」
無邪気に笑う美鈴に、咲夜は自己への落胆を隠して問う。
美鈴はちょんちょんと帽子を指差して、
「だって、これでしゃくやしゃんにあいにいけるこーじつがふえたじゃないでしゅか」
と、嬉しそうにはにかんだ。
あぁ、ダメ。
可愛い。
「美鈴っ!」
「あぅ!?」
咲夜は思わず抱き締めた。
「ってか抱き締めるしかないだろコンチクショー!」という勢いで抱き締めて頬ずりした。
「しゃ、しゃくやしゃっ! あ、ぃっ! あば、あばりゃ」
「ちょっ、咲夜ずるい! わたしも混ぜて!!」
「ぎゃあぁぁ!!」
咲夜の微乳とフランドールの美乳に挟まれて、色々な意味で悲鳴を上げる美鈴。
しかし、傍から見たらもう肋骨の数本くらいいいじゃないかと思えてしまうくらいには幸せMAXな状態だ。
「あぅ、ちょっ、しゃ、しゃくやしゃ……! い、いもうとしゃまぁ……!!」
美鈴は半泣き状態となったが、それがまた可愛かったらしく二人にもみくちゃにされた。
どうでもいいが、三人を見かけたメイドやら門番隊隊員達は「美女に挟まれる幼女マジGJ!!」と、親指を立てつつ鼻から大量の忠誠心を垂らしながら語ったという。