* * * * *
とある日。美鈴は門番隊に必要な物資や、館の消耗品や備品を買い揃える為、人里へと赴いていた。
美鈴の留守。それは、つまりはさくやの世話をする者が当然いないという事。メイド長として忙しいながらも、咲夜は仕方なく今日も門の前に来ていた。
別に仔猫の世話など門番隊の誰かに任せればいいのだが、いかせん「さくや」と名前が付いているだけに、他の誰か世話を任せることが何処となく出来ない。
咲夜は門の上に寝そべって日向ぼっこをしている仔猫を見上げ、溜息をつく。
猫は寒さがそんなに得意じゃないと聞く。種類によるらしいが、猫というと人に擦り寄って暖かさを求めたりしているイメージが強い。なのに、この猫ときたら絶対に門から動こうとしないのだ。
無理に連れ出そうとすると牙を剥くし、引っ掻きもする。どうやら、美鈴が帰ってくるまでそこで待っているつもりらしい。
「猫のクセに……なによ、その忠実っぷりは?」
溜息混じりに毒づいてみるが、さくやは知らんぷりで彼方を見詰めている。
この猫が咲夜の傍に寄るのは餌の時だけだった。
さくやは未だ美鈴以外にはあまり懐いていない。
レミリアやフランドールに対しては大人しくしているが、他の者が相手だと逃げたり引っ掻いたりしているらしく、門番隊の中の何人かは、手の甲に傷を作っている者もいた。
「あんた、よっぽど美鈴が好きなのね」
暇なので話しかけてみる。別に返事は期待していない。意味の無い、ただの暇潰し。
だというのに、猫は気まぐれ。
さくやは「にゃぁ」と小さく返事をしてきた。
「……そう」
それは肯定なのか否定なのか。
猫の言葉なんて分からないが、なんだかちょっとご機嫌そうにしているから、きっと肯定なのだろう。
咲夜は思わず苦笑していた。
お嬢様は、一体どういう意図でこの猫に「さくや」という名前を付けたのだろうか。
『十六夜』は満月よりも少しかけた月の意味。その『月』の元に『咲』く『夜』というのが、自分の名前。レミリア・スカーレットが付けた、この世に二つとない名前。
だから、わからない。何故こんな猫に「さくや」と付けたのか。
「あなた、何か特別な猫なの?」
猫は答えない。ただ退屈そうに欠伸をするだけ。
咲夜は門に寄りかかって楽な体勢を取りながら、空を見上げる。青々とした空が広がっていた。
あの朝、美鈴と一緒に見た空は、本当に綺麗だった。
もう一度見たいなと思う。できれば、また美鈴と一緒に。
「きれいだったな……」
ボーっと空を見上げて、思い出す。
昇る朝日を。
染まる雲を。
照らされる館を。
でも、何より。
陽光に浴びる紅い髪を。繊細な光を灯して優しげに輝く碧色の瞳を。
強く思い描くのは、あろうことか美鈴のことばかりだった。
「美鈴って、あたたかいわよね」
誰に言ってるんだろう。
言葉を発した後に、間抜けにもそう思った。考えていると、門の上で毛繕いに勤しむさくやと目があった。
コイツに話してることにしよう。
咲夜はそう勝手に決める。と、同時に、この仔猫を撫でる美鈴の手を思い出した。
愛おしげに、優しげに。
ゆっくりと、そっと。
骨張った指が顎をくすぐって。
頬を撫でて。
胸の中が、モヤモヤとした。
「……美鈴のコト、好き?」
もう一度聞いてみる。
さくやは返事はしなかった。
変わりに尻尾をゆらゆら揺らした。
なんだか、素直でいいな。
(そういえば……この前お嬢様はなんて仰りたかったのかしら………)
『咲夜は『好き』という感情には、それぞれに名前があると知ってる?』
あの会話は中途半端なところで途切れてしまった。
美鈴がこの猫を拾って乱入してきたから。
(家族に対する好き。友人に対する好き。ぬいぐるみに対する好き、か……)
こう考えると「好き」でも色々あるものだ。
咲夜は一人納得しながら自分なりに整理する。
この会話のどこかにレミリアの意図があるのか、理解するために。
(……他には何かあるかしら?)
好き。
好き。
好き
この単語を浮かべると、何故か美鈴の顔が浮かんでくる。さっき猫に「美鈴のコト好き?」だとか聞いたから? とか、そんな風に考えに耽っていると、さくやが嬉しそうな声で鳴き、門の上から飛び降りた。
さくやの走っていく先を見れば、大きな荷物を肩に担ぎながら歩いてくる美鈴がいた。
「わわっ! 危ないですよ、さくや! 踏んじゃいますって!!」
足許にじゃれ付いてくるさくやを踏まないようにと、美鈴が足取りが途端に慎重になる。
咲夜は居住まいを正して美鈴を迎えた。
「おかえりなさい」
「あっ、ただいまです、咲夜さん。わざわざ出迎えてくれたんですか?」
美鈴は咲夜の顔を見てふにゃっと笑う。
柔らかいというかマヌケというか、あどけないというか、無防備というか。そんな笑みを直視できず、なんとなく顔を逸らしてしまう。ついでに「たまたまよ」と素っ気無く返してしまった。
美鈴が荷物降ろすろと、隊長の姿を見付けた門番隊の隊員、五、六人が駆け寄ってきた。
其々が口々に「隊長ぉー、おかんなさーい!」とか「お疲れ様ぁーっす!」とか「うわ、今回も多いですねぇ」とか「やべっ。俺等で持ってけるか、これ?」とか言いながら、力を合わせて荷物を持つ。
肩に軽々と担いでいるように見えたそれは、実はとてつもなく重たいものだったらしく、日頃から鍛錬を欠かしていない筈の門番隊の者達が、六人がかりでやっと運んでいった。
「あー……だから運んで行くって言ったのになぁ………」
美鈴は申し訳無さそうにして頬を掻く。
力持ちなのは知っていたが、改めて目の辺りにするとちょっと凄いものがあった。
「にゃ~」
美鈴の足許に擦り寄って、さくやが甘えるように鳴く。
顔を最大限に緩めた美鈴が「ただいまかえりましたよ~」と、さくやを抱き上げた。
「さくや、寂しかったですか?」
さくや。
さくや。
さくや。
(あ、また……)
胸がモヤモヤ。チクチクする。
咲夜はわざと難しい顔を作って、悟られないようにした。
「ねぇ、美鈴」
「はい?」
気分を紛らわすように、話題を振る。
振ろうとして、でも何を話せばいいのか咄嗟に出てこなくて。
「美鈴は、好きに名前があるって知ってる?」
だから思わず、さっき考えていたことを口に出していた。
自分でも何を言っているんだろうと思う。
案の定美鈴はきょとんとしてしまって。でも直ぐに何か思案するような顔になり、「どういうことですか?」と首を傾げて来た。
「お嬢様が仰っていたんだけど……好きにはそれぞれ名前があるらしくて……」
「はぁ? 好き、ですか……それって友達に対してだったら『友情』とか、そういうことですか?」
ふむふむと納得して、漸く合点がいったと美鈴は大きく頷いた。
「家族なら、愛だと仰っていたわ」
「そうなりますよね。だったら従者に対しては信頼でしょうか?」
言葉遊びなんだと思ったらしい美鈴は、茶目っ気交じり受け答えてみせる。
「あぁ、そういう考え方もあるわね。いいわね、それ」
「でしょでしょ? あとあとは、好きな食べ物だったら好物とか」
そう至極大真面目に答えるもんだから、咲夜は「まんまじゃない」と笑ってしまった。
レミリアが自分と美鈴に向けてくれる「好き」は、恐らく「信頼」だろう。
妹様やパチュリー、小悪魔に向けているのは「愛」。
いや、きっと主はこの館に住まう全員に「愛」を向けている。
パチュリーが小悪魔や妹様に向けているものも同じ。
この猫の美鈴に対する好きも、きっと同類。
そこまで思考が至って、咲夜ははたと気付いた。
だって、ちょっと違うと思った。
自分がレミリアやフランドール、パチュリーに抱く「好き」の感情と、目の前の妖怪に抱く「好き」が。
前者はとても穏やかなもの。守りたくて、失いたくないもの。心地よいもの。
しかし後者は、モヤモヤして、チクチクして。よく分からなくて、もっと不確定で不安定な気がした。
少し輪郭が見えてきた正体不明のソレ。
だけど見えたら、冷や汗が流れた。自分の中の異質な感情が、少し怖くなる。
(私は、美鈴のことを……どう思ってるいるの?)
好きだと思う。信頼している。
だって幼い頃からずっと、傍にいてくれた。
色々な事を教えてくれた。
だいじょーぶ、だいじょーぶ。と、何度も言ってくれた。
その大きな手で、いつも守ってくれた。
だから、好きだと思う。信頼していると思う。
そう信じて疑わないけれど、でも。
(じゃあ、この感情は……なに?)
知らない。分からない。
だから怖い。
今まで信じて疑った事なんてない、己の心。
自分の事なのに。
「あとは……ん~……あっ! 好きな人だったら『恋』とか!」
咲夜の中の時間が、止まった。
「……え?」
美鈴の発した言葉を、理解できなかった。
でも、その言葉を用いれば全ての疑問が簡単に晴れるんじゃないかと思った。
「……こ、い?」
何かと理由を付けて逢いに行こうとしたのも。
可愛いと思ったのも。
穏やかな笑みを想って頬が緩むのも。
モヤモヤの意味も。
チクチクとした痛みのワケも。
じくじくとするのも、胸の奥がぎゅっとするのも、心臓が爆発しそうになるのも。
あの手が恋しいと思うのも、あの温もりに泣きそうになるのも。
自分じゃないやつを「さくや」と呼ぶのが嫌なのも。
自分じゃないやつに、愛しそうな眼差しを向けられるのが気に食わないのも。
自分じゃないやつに、優しげに触れられるのが嬉しくないのも。
ぜんぶぜんぶ、「好き」だからだ。
「………え?」
(美鈴のことが、好き……?)
正体不明のそれを理解する。
その途端、全身の細胞が熱を持った気がした。
「咲夜さん?」
「っ!?」
美鈴の声が、咲夜の時を動かす。
自覚した途端、世界が変わってしまった気がした。
何もかもが違う。
視界も。音も。感覚も。
ココロも。カラダも。
「っ、ぁ……!!」
好き。
美鈴が、好き。
顔中に血液が集まって、熱くなっていく。全身から発火してしまいそうで。だから多分、体全部紅くなってる筈で。
咲夜は堪らずその場から逃げた。全力で逃げた。
「え、咲夜さぁーん!?」
背中を叩く、美鈴の声。
でも、振り返れない。顔が見れない。
こんな真っ赤な顔、見せられない。
咲夜は全力疾走で自室へ戻ると、扉を閉めて鍵までかけた。それから、扉を伝ってへにょへにょとその場に座り込んだ。
顔が熱い。
恥ずかしい。
もどかしい。
心臓が、ぎゅっとなって苦しい。
「お嬢様が仰りたかったのって、このことだったのかしら……」
頬を覆いながら、やっとやっと理解した咲夜はポツリと呟く。
なら、あの笑みの意味も理解できる。
自分でも分かっていなかったのに、他人が解ってしまっていたということは、それは相当に態度や言動に出ていたということだろう。
自覚がなかったからしょうがないとは言え、それはあんまりにも恥ずかしい。
どうしよう。
どうしよう。
その言葉だけが、オーバーヒート寸前の頭の中でぐるぐるする。
とりあえずこのほっぺの熱が冷めるまでは部屋から出られそうにない。
咲夜は暫くその場に蹲ったまま、脈拍と皮膚の表面温度が落ち着くのを待った。
「どうしよう……」
明日から、いや、もう今からきっと美鈴の顔をまともに見れない。
咲夜は美鈴の顔を思い出してしまって、またほっぺの温度を上げた。
To Be Continued...?
次回があるのなら楽しみかな?
誤字の報告
>割と誰も気にしちゃいながい、やっぱりダメだと思う。
『いながい』ではなく『いないが』ですよ。
それと、『完全に瀟洒な従者』ではなく『完全で瀟洒な従者』です。
「なにこの少女漫画?」ですね。
冒頭から誤字があったので読む気がなくなりました。
話自体は好きですよ~
続きももちろんバッチコイYO☆でお願いします。
なんというめーさく!恋に気付く過程が素晴らしい!!!
これは続きが楽しみ!
なんというか、池野恋のフルカラーな絵柄で脳内再生されたんだがどうしてくれるんだおいw
この作風は素晴らしい。特に冒頭と屋根とラストの乙女チック濃度は悶えるわ。
ヘイマスター! 次はもっときつい乙女チック濃度を頼む! 致死量ギリギリファイブフィンガーで!
ここで終わりだとすると話が中途半端すぎやしないかい?
内容の方ですが、文章力なんかは妬ましいくらいあるので、
推敲をして誤字脱字を減らしていけば良いと思いますよ~
次はもっと甘い作品を期待しております!!
これは続きが気になるな。
誤字報告
>咲夜は予期せぬ自体に
「事態に」かと思います。
めーさく好きにはたまらない作品でした!
続きが気になって眠れないwwww
実に和みました(´ω`*)
ぜひとも続きを!
少女漫画よりもコバルト文庫等の、少女小説を連想させられました。
恋する乙女の世界が広がっていますね。
続きを読みたくなる一編です。
ところでお嬢様のカリスマが、その辺に置き忘れてやいませんでしたか?
糖分たっぷりですぜ!
仔猫を身長に → 慎重 ですね
続きを書かないとは言うまいね!?
読んでるうちに自分の顔がにやけてくのがわかってきもいwww
是非続きを!
砂糖以上の甘さでニヤニヤするぜーーー!!
こんな甘さには出会ったことがねえほどになァーーーッ!!
新参だと!? ちがうねッ!
こいつはよく訓練された新参だッ!
続編にも期待~
紅魔館の家族愛に包まれた二人の「恋」。いや、いいですねえ。
つづき!つづき!!
ここに来たのだった
次いってきます^^
これから全部見るでよ!
自分も最新作からのクチです。
おぜう様と妹様のやりとりに吹いたw
恋愛に不慣れな感じが良く出てていいですね