『初冬』
深い木々に囲まれるように、その古い建物は村はずれに佇んでいた。
屋根から伸びた高い煙突は、雪の降りしきる冬空へ向かって白い煙を吐き出している。
その煙を眺めながら、駐車場の隅で黒服の男たちが煙草を吸っていた。
「浅間の爺さんも、とうとう逝っちまったかぁ」
ひとりが、煙草の煙を吐き出しながら呟いた。
「あの人は、百まで生きるもんだと思ってたよ」
コーヒー缶に灰を落とし、もうひとりがぽつりと返す。
煙突から上る白い煙が、鈍色の雲へと溶けていく。
それを見上げながら、ひとりがふと零す。
「……ユイちゃんが居なくなってからは、あっという間だったな」
「……」「……」
沈黙を誤魔化すように、ふたりはそろって煙草をふかす。
煙の向こうの煙突を見上げながら、ひとりがようやく口を開いた。
「もう、あれから一年過ぎたんだもんなぁ」
ゆっくりと、男は足元へ視線を落とした。
「……俺らがもうちょっと真面目に取り合ってれば、なんか変わってたのかね」
思い出すのは、山の話をするたびに顔を強ばらせていたあの老人の姿だ。
「馬鹿言え」
もうひとりが言う。
「女神の嫉妬なんて……今時そんな話があるかよ」
男は一度、深く煙草を吸い込むと、空を仰ぐように煙を吐いた。
そして、声を落として続ける。
「運が……悪かっただけさ」
「ユイちゃんも、爺さんも」
「そうなのかねぇ……」
男はそう返したものの、胸の奥には引っかかるものが残っていた。
あの山は──普段は不思議なくらいに遭難者とは無縁だ。
決して小さな山ではないのに、怪我人も迷い人もみな無事に帰ってくる。
それは一見、何かの加護のようでもあったが──
まるで人がそこに留まることなど許さぬと、山がそう告げているように感じる時もあった。
そんな中で、誰の目をも引くような美しい娘だけが、時折山に消える。
ずっと猟師になりたかったのだと、明るく笑っていた──あの娘のように。
「やっぱり……ユイちゃんは山の神様に連れてかれちまったのかもしれねぇな」
ただ、その理由は──
もしかすると、人々が言うような「嫉妬」とは違うのかもしれない。
「案外な? 山の神様も美人が好きで、今頃いい暮らししてるのかもしれねぇぞ」
「馬鹿言えって」
すっかり短くなった煙草をコーヒー缶へ押し込むと、男たちは建物の中へと戻っていく。
古びた煙突だけが、寒空の下で白い煙を吐き続けていた。
──結局のところ、残された者に出来るのは想像を巡らせることだけだ。
それがどこまで真実に近づいたかなんて──永遠に答えは出ないまま。