『晩秋』
木枯らしが吹く山奥に、身を隠すように佇む館。
その一室で、ひとりの老女が静かに生涯を終えようとしていた。
傍らに座る黒髪の女が、皮の余る、痩せ細った手をそっと握っている。
一見すれば、祖母と孫娘としか思えないふたり──
だが、交わされる視線には、それだけでは言い表せない情が滲んでいた。
「そんな顔をしないで、主様」
「きっとまた……会いに来ますから」
女を見上げて、老女が言う。
皺だらけのその顔は、静かな微笑みを湛えている。
「……それを決めるのは」
「『次』の貴方よ」
対する女はうつむく。萎れかけた花のように、その横顔は力なく見えた。
火鉢の中で、炭火がぱちぱちと控えめに爆ぜている。
その音だけが、やけにはっきりと女の耳に届いていた。
──本格的な寒気が来る前で、良かったのかもしれない。
この数年、彼女は冬になるたびに辛そうにしていた。
「ふふっ、確かにそうですね。でも──」
「次の『私』も……きっと主様に惹かれてしまうわ」
そう言って老女は天井を見上げる。
だがその眼差しが見つめていたのは、もっと向こう側のものだった。
「……よく覚えています。私がこの山に来た日のことを」
「ただ山の頂へ行きたい──それだけのはずなのに、生まれて初めてというくらいに胸が高鳴りました」
「……」
女は、ただ黙って聴いていた。
「今なら分かります」
老女の声は、穏やかで、どこか誇らしげだった。
「『私たち』の魂には、どうしようもない程に貴方の愛が焼き付いている」
「だから、『次』の私のことも……どうか可愛がってあげてくださいね」
老女は再び女の顔を見つめ、静かに微笑んだ。
そこに後悔の色はなかった。
「私は──」
言いたいことは山ほどあった。
だがそのどれも、形にはならなかった。
庭には、初雪が降り始めていた。