『贈り物』
「ふたりが出会った日」が、もうすぐそこまで迫っていた。
お祝いをしようと決めたからには、何か贈り物をしたい。
けれど、私が阿梨夜に贈れる物って何なんだろう。
部屋の中を見渡す。
毛布にランタン、薪ストーブ。
それに……このログハウスそのものだって。
ここにあるのは、阿梨夜が私のために用意してくれた物ばかりだ。
「改めて思うと」
「私って……もらってばっかりだな」
ある意味では、それは当然のことなのかもしれない。
阿梨夜はこの山の神様で、なにより私の幸せを考えてくれる。
──不自由をさせるつもりはないから。
出会ったばかりの頃に彼女が言っていた言葉を思い出す。
きっとそれは、彼女なりに感じている責任でもあるのだろう。
私が家族や村のことで物思いに耽っている時、決まって阿梨夜は隣に寄り添ってくれる。
私が元の暮らしを離れることになったことを──
彼女は、自分のせいだと思っている節があった。
(そんな風に、思うことないのに)
阿梨夜と出会ったあの日こそ、不思議な熱に浮かされていたところはあったかもしれないが──
その後、この山に残ると決めたのは、紛れもない私の意思だ。
(……阿梨夜が、神様だからって)
貰いっぱなしでいいとは……私には思えなかった。
「ねぇ、阿梨夜」
その日の夕食。
阿梨夜とふたり、鹿肉のシチューを囲んだ席で私は切り出した。
「『お祝いの日』の料理はさ、私が用意したいと思うんだ」
「ユイが?」
「そう」
「薪ストーブでの料理も、結構慣れてきたような気がするし!」
努めて明るく、そう言ったものの──
「それに──」
一度零れだした言葉は、もう止められない。
「私が阿梨夜にあげられるものって……それくらいだと思うからさ」
──こんなことまで、言うつもりじゃなかったのに。
「ユイ……」
阿梨夜は少しだけ、困ったような顔をして口を閉ざす。
「……分かった」
「それが貴方の気持ちなら」
「……ありがとう阿梨夜」
「あっ、けどケーキだけはお願いね」
「えへへ、今度はチョコレートケーキとかにする?」
初めて巡る、「ふたりが出会った日」がやってきた。
食卓の中央に置かれたのは、錦堂のケーキ。
艶やかにコーティングされたチョコレートケーキの上を、薔薇を象った薄紅色の飾りが彩る。
その横に添えられたプレートには、流れるような文字で"Happy Anniversary"と書かれている。
それを囲むように、ユイが作った料理が並ぶ。
この日のために獲った鹿肉の赤ワイン煮。
たっぷりのきのこを入れたスープ。
山姥さんたちにもらった野菜のロースト。
それから──少し、焦げぎみのパン。
「それじゃあ」
「ええ」
「私たちの『出会いの日』おめでとー!」
「おめでとう」
グラスの音を皮切りに、祝いの晩餐が始まろうとする。
その時だった。
グラスを置いた阿梨夜が、静かにユイを見つめる。
「ユイ」
「なに?」
静かに席を立つと、阿梨夜はユイの隣に膝をつく。
「これを」
「……?」
渡されたのは、小さな布袋。
その中身を手のひらへあけると、かちゃりと小さな音を立てて──
素朴な指輪がふたつ、ユイの手の中に収まった。
「え、指輪? ……えっ、どうしたのこれ」
「今の時代は、こういう物を印として贈るって聞いたから」
その声は、いつもの淡々とした調子だった。
「印って……」
「手を、出して」
「あっ」
私が返事をするより早く、阿梨夜の手が私の左手を取った。
ゆっくりと、薬指へ指輪が滑る。
ぴったりだ。
見上げて、阿梨夜と視線が合う。
その面持ちは、彼女としては珍しく──
緊張しているようにも見えた。
「ユイ」
支えられたままの手に、彼女のもう片方の手が重ねられる。
「貴方はああ言ったけど……私は貴方から、もらい過ぎなくらいに色々なものを受け取ってる」
「阿梨夜……」
「だから貴方に、私からちゃんとお願いしたいの」
「貴方の人生を──私にください」
「それって……」
「え」
一拍遅れて、理解が追い付いてきた。
「えっ、あれ……そういうこと?」
かぁっと、顔が熱くなる。
「……嫌だったかしら」
「いやいやいや!?」
「違うの!」
「そうじゃなくて!」
「……阿梨夜が、そんな風に考えてたなんて知らなかったから」
この山で出会い、阿梨夜と過ごしてきた一年。
それはとても温かで、幸せな日々だった。
それでも──
この関係に名前が付くことはないと、なんとなく、そう思っていた。
改めて、薬指に収まった指輪を見る。
しなやかな若木を思わせる、飾り気のないデザイン。
きっと、私に似合うものをと、考え抜いて用意してくれたのだろう。
「うん……」
指輪を見つめたまま、私は頷く。
「嬉しい」
「とっても嬉しいよ、阿梨夜」
視線を上げると、阿梨夜の顔がわずかに和らいだのが分かった。
「私も──この先もずっと、貴方の隣に居たい」
「ユイ……」
右手の中に残った、もうひとつの指輪へ視線を落とす。
──貰いっぱなしでは、いられない。
「……ねぇ」
「阿梨夜も……左手、出して?」
「……こう?」
阿梨夜は、少しだけ不思議そうな顔で手を差し出す。
──ああ。
この人、本当に詳しいところまでは知らないんだ。
そう思うと、なんだか可笑しくて。
頬が緩むのを感じながら、その手を取った。
胸の鼓動を落ち着かせるように、ひとつ息をついて──
私は彼女の薬指に、指輪を填めた。
「えっと……」
何を言えばいいのか、少し迷うけれど。
「これからも、よろしくお願いします……?」
結局、最後に出てきたのはそんな言葉だった。
「……」
「ふふっ」
「ええ。こちらこそ、よろしくお願いします」
そうして私たちはどちらともなく笑いあい、改めてお祝いは始まった。
来年からはきっと、もうひとつ意味が重なる特別な日を。
ふたりの時間が、続く限り。