レティは失踪してしまった。
LINEにも既読がつかず、これはよくないことが起こっていると思い警察に通報した。私が彼女の住所を知らなかったので当初は真面目に取り合ってもらえなかった(この警官にとって普通は住所を知らされているものであって、そうでないということはレティは私のことをたいして重要視しておらず単に無視しているだけ、という理屈らしかった)が、ナマケモノのごときゆっくりとした手で大学、大学が親にそれぞれ連絡したことで彼女が大学にも親にも言わずにどこかに行ってしまったことが判明し、急転直下で大事となった。
皮肉にも、封切りとほぼ同時に主演女優が行方不明になったということが話題性を生み、映画の再上映を望む声が相次いだ。果たして行方不明者が登場する映画を上映することは倫理的に許されることなのかという葛藤はなくもなかったが、姿を公開することで捜査の一助になるのではないかという部員達の判断もあり動画サイトを使った公開に踏み切った。これがバズり、また、公開前後で入部希望者が急増した。予想外にも、とは言うまい。白状しよう。この展開は予想できていて、そして内心そうなることを望んでいた節がいくらかあった。私の心の中にも、多分部員達にも。既存の部員達の顔は暗かった。
ただ少なくとも部の運営という意味では部員が増えるということはそれ自体望ましいことであった。前ほど誰かに頭を下げないと存続もままならないという危機的な状態ではない。後輩に部長の座を押し付け、責任感から解放された足でしばらく部を離れレティを探しに向かった。
そしてあの雪山に向かった。もっとも季節が進んだから、少なくとも七合目くらいまではもう雪山ではない。スキー客がいなくなり静かな場所だったがセンターハウスには緊張感があった。レティが最後に目撃されたのがここで、警察の捜査が入っていたらしい。警察は山狩りまでしたものの成果は得られず昨日下山していったところらしいが、警官達が持ち込んだ空気は未だ残存しているように思えた。
私は山を登ってもいいかとセンターハウスの受付らしき人に聞いた。警察かどこかに規制されていないかという意味で聞いたのだが、受付の人は単に「登山届は書きましたか?」ということや「準備は整えてますか?」ということの方を聞いてきた。ミイラ取りがミイラになる可能性を鑑みて私は登山届はもう提出したし、万年雪が残るところに侵入するつもりだから準備もしていた。
この山の山頂近くにはロッジが一棟建っている。ロッジとは言ってもその語感から想像されるようなお洒落さはないごくありふれた山小屋である。女子大学生が一人、大した装備もなくこのような所に来るわけがないと警察は山頂側はあまり念入りに捜査しなかっただろうが、私はむしろ仮にレティがまだ山にいるならば山頂付近だろうと予想していた。
しかし、私の予想は外れ警察の方の予想通りにレティはロッジには来ていないようだった。入口近くに最近人の出入りがあった痕跡はあるものの(一応警察も見に行ったということなのだろう)、部屋の中央より奥は薄く埃が積もっていて人が過ごしていた感じはしない。
人探しという意味では空振りだったが、ここにロッジがあった事自体は僥倖だった。ロッジの近くまで登った頃から季節外れの雪が降り始めた。あるいは万年雪が残るここではまだ雪が降る季節なのかもしれないが、それが吹雪くほどとなると流石に異常事態という感じがする。仕方がないので雪が収まるまでロッジめ待つことにした。
保存食は大量に置かれていた。暖炉とそれで使う用の薪もあるので凍えることもない。唯一水のみがないが、原料なら現在進行形で空から供給され続けている。暖炉の火を使い鍋で溶かせばよいだろう。しばらくは生き延びられそうだった。
しかしレティはどこに行ってしまったのか。この山の上の方にいるとして、こんな天気ではいくら暑さに弱く寒さに強い彼女といえども凍えてしまうのではなかろうか。それならばここに避難してくる可能性もありそうだ。しかし、数度扉を叩く音を聞いたが全て風が叩いた音だった。
時計が十一時を指した。昼も夜もあったものではない天候とはいえ、白地の闇と黒字の闇との違いから夜の方の十一時と分かりはする。横になるも、もしかしたらレティが来るのではないかという思いがどこかにあるのであまり寝ることができない。そしてその淡い期待に残酷に入り込むように風は吹き続けているのだ。
朝。誰も来ない一人の一日が始まる。
夜。誰も来なかった一人の一日が終わる。
ロッジに避難してから数日が経った。ついに携帯の充電は切れたので日付を正確に確認することは最早できない。相変わらず彼女は姿を見せず、雪風のみが扉を叩く。そのたびに外を見るが、見るたびに雪の地面が高さを増しているように思える。
そして春はまだ、来ない。
レティの地に足の着いたつかみどころのなさが劇中で表現されていて部長やるなと思いました
台本形式であることにちゃんとした意味があって素晴らしかったです
もっとミステリーに寄せた話で見たかったけど、そうなるとたぶん作者様の書きたかったものじゃなくなる気がして難しいところ