第三幕
冬 雪山のロッジにて
大きい机一台と椅子が六脚置かれた暖炉のある洋室。スキー用具や荷物が部屋のあちこちに乱雑に置かれている。部長と部員三名は既に椅子に座っていて、そこにレティが来る。彼女は半袖である。彼女は暖炉から一番遠い椅子に座る。
レティ「おまたせしました」
部長「別に待ってはいないよ。そんなに急ぎのスケジュールではないし。こちらこそ一人別棟でという形になってしまって悪かったね」
レティ「いえいえ。一応友達も何人か誘ってはみたのだけれど、誰もスキーには興味がなくて……」
部員C「そんな……。スキーはナウでヤングにバカウケな趣味だとばかり思っていたのに……」
部員A「その言い方がおっさんっぽいっすね」
部員B「この場ではレティさんと並んで一番若いはずなんですけれどねえ」
部員C「みんな酷い……」
レティは苦笑する。
レティ「全員が全員冬型の人間ってわけじゃないから仕方ないわ」
部長「そんな朝型夜型みたいな」
レティ「それに、私と同部屋なんてしたら凍えてしまうから」
部員B「そうでした。レティさんは暑いのが駄目なんだった」
部員Bが暖炉の火を消しに立ち上がるがレティは止める。
レティ「お気になさらず。ここの室温はせいぜい十七か十八ってところでしょ? そのくらいなら少し気をつければ支障はないので」
部員B「そうですか。でも無理はなさらず」
部長「まあ撮影のことを考えても雪山のシーンなのに暖炉の火が消えてるというのもおかしいからな……。おかしいといえば、撮影のときは流石に長袖になってもらうが大丈夫かね?」
レティ「大丈夫。そう言われるだろうと思って上着も持ってきてるわ。というか割と外に出てからの時間の方が長いでしょう? いくら私といえども雪の外では長袖でなきゃ凍えてしまうわ」
部長「それならよいが……。じゃあ早速だが撮影を始めるか。いくら急ぎではないとはいえゆっくりとし過ぎて休養したものの撮影は終わりませんでした、では余りにも間抜けだからな」
部員A「そっすね」
部員Aは床に横たわる。
部長「何をしてるんだ」
部員A「撮影の準備っすよ。俺って被害者役っすよね」
部長「馬鹿者が。こんな限界大学生の部屋みたいなそこら中に荷物が転がった場所で撮影するのかね」
部員B「まあ限界大学生の部屋で間違ってはないですし、『犯人と被害者が争った』感を出すために崩す必要はあるんですが、いい感じに汚くするために整理する必要があるのはその通りですね。ということでどいてください」
部員A以外が荷物や机を動かす。遅れて部員Aも立って部屋の片付けに参加する。
明転。
舞台の中央に扉が置かれ、これを境に半分は雪が積もる外である。残り半分は机と椅子が無秩序に置かれたロッジであり、そこで部員Aはナイフを胸に突き立てられて血を流して倒れている。
部長「惨たらしい……」
部員B「殺されるんだ……。俺達全員ここで殺されるんだ……」
風の音が鳴り、舞台の外に雪が舞う。
部員C「吹雪いてますね」
部員B「待った待った。そんな台詞なかったでしょ」
部員A「なかったけどこれはこれでありじゃないっすか?」
部長「そうだな。じゃあ撮り直しだ」
部員B「今の台詞入れてですか? その後はどうするんです」
部長「あー、それはいい感じにアドリブで繋げてくれ。こういうのはライブ感が大事なんだライブ感が」
部員B「えー」
レティ「えー」
部長「つべこべ言うな。はい、スタート!」
部員A以外は一度袖に引き、部員Aは再び床に倒れる。
部長「惨たらしい……」
部員B「殺されるんだ……。俺達全員ここで殺されるんだ……」
少しの間。
部員C「吹雪いてますね」
部員B「そうだ……。吹雪だ……。冬に殺されるんだ……」
部長「冬と言えば、あの冬みたいな女の安否は大丈夫なのか?」
部員C「そうだ!」
部員Cは慌てて外に出ようとするが、部長が引き止める。
部長「待て、お前が犯人だった場合彼女が危ない」
部員C「僕を疑うんですか?」
部長「可能性の話だ。私も行こう」
部員C「でもそうしたら、仮に犯人がこいつだった場合証拠隠滅に動いてしまいます」
部員A「俺を疑うのか?」
部員C「可能性の話ですよ」
部長「つまり、全員で動くべきということだ」
三人は外に出て外側の袖から退場。少ししてレティを引っ張って再入場。部員Aは一旦立ちカメラを持って再入場組を撮影する。
レティ「殺人事件が起きたから警察が来るまでまとまって動きましょうなんて、そんな突拍子もないこと信じられるわけありせんわ。おおかたそんなことを言って連れ込んでよってたかって辱めようという算段なんでしょう?」
部長「野郎ばかりなのでそう疑われるのも仕方ないことなのかもしれませんが今はそうは言ってられない非常事態なのですよ」
レティ「だから、私は非常事態なんていう出鱈目は信じないと言っているの」
部員C「残念ながら出鱈目ではないのです。しかしどうも決定的な証拠を見ないと信用してはくれないらしいですね。貴方が信用してくださっていれば斯様な非道をしなくてもいいのですが」
レティ「何? 何をするというの?」
部員C「現場を見てもらいます。本当にショッキングな光景です。もし今のうちに我々のことを信用するというならば見ずに貴方のロッジで警察が来るまで安全に過ごせるでしょう」
レティ「……。いえ。貴方達の部屋を見て判断します。あと離れて下さらない? これでは事件の有無に関わらず、私を拉致しているのと何ら変わらないわ」
部長「それもそうですな。我々は先に入り部屋の奥で待機してます。決して貴方には手出ししないと約束しましょう」
レティと部員A以外が部屋に入る。部員Aはレティの背後から撮影を行う。
レティ入室。
レティ「そんな……」
部長「カット!」
部長が手を叩く。
部長「いい感じだ。この調子でどんどん撮っていこう」
幕が閉じ、開く。部員BとCは殺害され、部長もナイフで刺され瀕死である。レティのみが冷たい笑みを浮かべて立っている。
部長「まさかお前が犯人だったとはな……。全く気が付かなかった……」
レティ「貴方、鈍いのね。お連れの御二方は自力で気が付いたわ。そのせいで殺さざるを得なかったけれど」
部長「全員、ナイフで体のどこかを刺されるという殺害方法だった。お前のような華奢な女性に可能とは思えないではないか……」
レティ「そう、それこそが油断なの。油断している相手を騙し討ちするのなら私と貴方達との体格の差はさして問題にはならないのにね。一人目は本当に油断していたから呆気なかったわ。二人目、三人目は私が黒幕ということに半ば気が付いていたから少し大変だったけれど、貴方みたいに『いやまさか』という思いがどこかであったようで隙はあったわね。貴方が私を過剰に守ろうとしてそのくせ私自身の行動には無警戒だったおかげで動きやすかったのも大きかった。感謝するわ」
部長は肩で息をしている。
部長「……。確かに、殺そうと思えば、殺せた、のだろうな。しかし、まだ、分からないことが、一つ、たる。なぜ、殺した? お前とは、初対面、だったはずだ」
レティ「私が犯人であることに気が付いたから。警察に捕まっておしまいなんて嫌だわ」
部長「A、最初にお前が殺した奴にはその動機は当てはまらないではないか!」
レティ「ああ、そもそもの話ね。私は冬なの」
部長「はあ?」
レティ「私の親は冬に殺された。雪道を車で走っているときに、吹雪で視界が悪い中スリップした対向車に正面衝突された。それを機に私は冬であることを決めたの」
部長「事故とはいえ親を殺された復讐……。いや、筋が通らん。……あいつは、免許を持っては、いなかった」
レティ「最期まで察しが悪いのね。私は復讐なんてちゃちな動機で動いてるんじゃないの。私は冬なのよ」
レティは扉を開ける。
レティ「冬とは残酷な季節よ。生命にとって残酷なことに、その厳しい環境は否応なしの死をもたらし、冬にとって残酷なことに、続く春の季節に誰も彼も冬に死があったことなど忘れてしまうの。貴方、私の親が冬に死んだことを覚えているかしら? 貴方のお仲間ではない冬の死を。覚えていないでしょう?」
部長「覚えてもなにも、初耳だ。無茶苦茶だ……」
レティ「そう、無茶苦茶なの。冬とは無茶苦茶な死。忘れて欲しくはないのだけれど……。その前に貴方の生命の火が潰えるでしょうね。冬を忘れさせないことが目的だったのにこれでは失敗ね」
レティは部屋の内外の境界に進む。
レティ「ああ。最初の一人を殺した後、第三者ぶるんじゃなくてただ静かに立ち去ればよかったのだわ。次からはそうしましょう。ありがとうね。おかげでいい教訓を得られたわ」
レティは屋外へと出ていく。部長は追いかけようとするが最早体は動かず、「待て……」とか細い声を上げながら片腕を振るのみ。
少し沈黙。吹雪く音。
部長「カット!!」
レティは止まらず進み続ける。
部長「カットだ!! カット!!」
レティはなおも止まらず、ステップを踏むように進み舞台袖に消えていく。部長は立ち上がって走り、雪道をぎこちなく走り袖に消える。
部長「まさか、お前は本当に冬なのか? 残酷に死をもたらし春とともに忘れ去られる冬なのか? いや、そんなはずはないよな? お前は白岩レティ。ごく普通の英国人と日本人とのハーフの人間。少し暑さに弱く寒さに強いだけの普通の人間。そうだよな?」
一方ロッジの中では部員達が起きるかカメラを止めて少し欠伸をしながら吞気に集まる。
部員A「いやあ、名演っすねえ」
部員B「本当の雪女みたいですね」
部員C「それ、本人の前で言ったら微妙に失礼な言い方になるかもしれないですからね。にしても寒いなあ」
部員Cは扉を閉めて暖炉の前に陣取る。少しして部長とレティが戻ってくる。
暗転。