Coolier - 新生・東方創想話

紅白くはふこ

2023/05/20 02:26:26
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最悪の出逢いではあった。
まぁ元より最悪な毎日なのだ。
それはどうでもいい。
だが、どうしても赦せないことがあった。

「……なにしてんの?」

それが最初に聞いた一言だった。
身体の痛みが酷くて首を動かすのすら面倒だった。
だから、そっちも見ないで言ってやった。

「見りゃあ解るだろうが、死にかけているんだ」
「なんで?」
「見りゃあ解るだろうが、怪我しているんだ。見ろ、この深い疵痕を。肩からザックリ、まぁまぁ、もうすぐ死ぬるだろうよ」
「……死ぬ癖に平気そうね」
「まぁね、痛くないし苦しくもない、敢えて言うなら無念があるくらいか、それもまあ、どうでもいい」

一息に言うと、口から血がごぼりと漏れた。
腸をやられているのだろう。そもそも痛みすらない。もうじき死ぬのだ。
この月の下、薄暗い森の中で、ただ弱いという理由だけで、惨めに屍を晒すのだ。

――せいせいする。

ふひっと鼻で笑うと、また声が降ってきた。
そうそう、飛び逃げているところを追いつかれ斬り墜とされたのだった。
どうやら落下中に、無様に枝葉に引っ掛かったらしく、奈落へと至らなかった様だ。
で、この声はその奈落、つまりは地上から昇ってきているのか。
そんな事を認識している内、声がまた登り上がって聞こえてきた。

「あんた誰?」
「無礼なヤツだな、人の名を聞くときは自分から名乗るモンだ」
「私には名前がないから名乗れないわ」
「あー? ンな訳あるか。生まれたからには名前ってのは付くものだ」

この私にすらあるのだから。
……とまでは言わない、流石に卑屈に過ぎる。
返事を待つが、帰ってこない。
どうやら本気で名を持たないか、こんな所で死にかけている木っ端妖怪には名乗る名を持ち合わせていないかの、どちらかだろう。
……まあ、どうでもいい。

「……なんか、死にそうにないわね」
「何故解る」
「あんた、しぶとそうだもの」
「ンだとォ……」
「勘よ、勘」

名前のやりとりはガン無視で、事もなげに言ってのける声。
人の死を勝手に決めるンじゃネェよと怒鳴りつけたくなるが、生憎そんな余力はない。
だが、このさっぱりとしたやりとりは悪くない。
幼い様に聞こえるが、その冷淡さには興味が湧いた。面倒臭いが見てやろう。
ぐりぐりと首を動かす。
……木の枝葉の合間から、ぼさぼさ髪の合間から、ようやっと片目だけでも見下ろすことができたのだが、其処には……鮮やかな紅袴と白い上衣を着た幼女が此方を見上げていた。
黒髪黒目、どっからどうみても幼いだろうその有様と、くりくりした大きな瞳が印象に残る。
十中八九は美しいと分類される方に当たるのだろう。ガキだけど。
まあ、どうでもいいが。其れよりも気になるのは、

「お前巫女か」
「そうよ」
「だからこんな妖怪の出る処を餓鬼の分際で歩いているというわけだ」
「まだ飛ぶのは未熟なの」
「いやそう言う意味じゃ――」

ない、と言いかけ血痰を吐いた。
身体の怠さもいよいよ極まってきた。これにて終幕、はいおしまい、どっとはらい、とっぴんぱらりのぷう。だ。

「ほれみたことか、もうすぐ死ぬぞ、さまあみろ」
「何怒ってんの?」
「……しぶといだけで生き残れる様な疵痕に見えて堪るか。私の死は私が決める。勝手に決めるなってこった」
「何言ってんの?」
「お前が死なないと言った以上、私は死ぬと決めたんだよ……もう良いから、何処へ為りとも消えちまえ」
「じゃあ、助けてやるわ」
「は?」

次の刹那、身体を支えていた枝葉が全部吹っ飛んで消えた。
何がなんだか解らぬうちに、身体が支えを失い今度こそ地面、奈落へ――堕ちず、もふっとした感触に包まれた。
目を開けばなんと幼女がその小さな身体で我が身を支えているではないか。

「なっ……」
「重いな」

大変失礼な台詞を吐きつつ、幼女がふわりと地面に降り立つ。
降り立つ? つまりコイツは飛んでいた。
枝葉を切るかなんかして、落ちた自分を飛んで支えて、ゆっくり降ろした、つまりはそういうことだ。只の餓鬼にできる曲芸ではない。

「お前……なんなんだ」
「巫女だって言ったじゃん」
「巫女だからってほいほい空飛べるわけねえんだよ、阿呆」
「じゃあ、私は妖怪退治の巫女よ」
「じゃあってなんだ、阿呆……って、妖怪退治!?」
「うん」

なにか、妖怪の間で噂だけは聞いたことがある様な、ない様な。
人里の外れに人の命を、人の有り様を護る巫女がいるとか、そんな噂だ。
馬鹿馬鹿しい、人間は只の餌であって妖怪は捕食者だ。
そして、私はそんな妖怪の有様の中でも最底辺を行くもの。
そう思っていたのに――。

「あんたはどうにも妖怪ね」
「…………」
「あらだんまり」
「…………」

どういうことなのか、まずは考えた。
そして、すぐ諦める。
まずこうなったことを遡る。
単純だ、弱い妖怪だから、殺されかけた。
強い力を求めてしくじった。
其処に後悔はないし、寧ろ其れで死ぬるなら本望だ。
天上天下よ、我は我の望むままに我であったぞと、あっかんべーしながら死ぬるところだ。
だのに、なんだこれは。

「お前、なんで助けた」
「えー? 先ずはありがとうって言うのが普通じゃないの?」
「バーカ、この疵痕を見ろ、どうしたって死ぬる、ン、だ……あれ?」
「ふふん」

傷口が、「大入り」とか書かれた札に隠れてしまっていた。
おまけに血が止まっている。
ウソだろう?
こんなあっさり血が止まるとか。死が止まるとか。
あってはならないことだ、人間が妖怪を助けるなんて。
あってはならないことだ、妖怪が人間に助けられるなんて。
二つの禁が同時に破られた。
同時に破ったこいつはなんなのだ。
なんだか平気なツラでこっちを見下ろしている。
寧ろ笑っているぞ、なんだこいつは全然可愛くない面ァにやけさせやがって。
そ・れ・に……!

「ずが……」
「ずが?」
「頭が高ェんだよ……見下ろすんじゃネエ……!」

無理くりに、立ち上がる。
袈裟斬りに斬られた傷、札に覆われた其処から血が滲み出すが、そんなのは知ったことではない。コイツを見下ろしてやったぞ、ざまあみろ。
なんだか知らないがコイツに勝った気分になれた。
見下ろしてやったら、何処となく不満そうな顔になったからだ。
だけどその不満顔は、見下ろされたからではないらしい。

「…………お礼は?」
「……あ?」
「あ?」
「……あ、あ、阿呆か! 死は私が決めると言ったバッカじゃネエか! 何を邪魔してけつかる!」
「ふふん」
「ふふんじゃねェよ!」
「元気じゃん」
「………………」

糞ッ、“またしくじった”
死ぬるなら此処だと思ったのに、消えるなら此処だと思えたのに。
こんな、思い通りにいかぬ世にさっさとおさらばと決め込んでいたのに。

「あーっ! 畜生!」
「わっ」
「手前、その顔憶えたからな、二度とその面ァ見せるんじゃねえぞ、妖怪巫女!」

そこまで言ったら、一気に飛び去る。
そうだ、アイツは飛ぶのが苦手と言っていたからな未熟だったっけ?
まぁどっちでもいい。
みるみる間に小さくなっていく紅白巫女、そして木々。
月を横にするまで昇りきり、そこでようやっと落ち着いた。

「畜生が、一体全体ナンだってんだ。正しく厄日だ、ああ、いやだいやだ」

どうにも死ぬるには日が悪かったらしい。
仕方ない、また悪巧みから始めねばならない様だ。
まったくまったく、面倒臭いったらありゃしない。


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