Coolier - 新生・東方創想話

紅白くはふこ

2023/05/20 02:26:26
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その日は雨が降っていた。
雨霧に煙る森の中には人気などありゃしない。
そんな雨と一緒にこぼれ落ちていく我が血潮。
またしくじった。
だがまあ良いところまでは、行った気がする。
あの大妖とやらはさぞ悔しがったろう。こんな小物に騙されて、いいように踊らされそうになったのだから。いい赤っ恥だ、さぞ恥名も痴れた事だろうさ。

「くひ、くひひ……痛ッ、いてて……」

腹に風穴が開いている。
今度こそ御陀仏だな。いやさ、仏などあるわけもない、ただの屍だ、骸だ、晒し髑髏だ。
ざまあみろ。
我が汚い死に態を見て、どいつもこいつも顔を顰めて遠ざかれ。
それにしても――また木に引っ掛かるとは。
奈落に落ちればすぐ楽になれそうなのに、こうしてしぶとく無様を遺すのは、やはり無念なのだろうか。
結局、遣り残してはいるのだから――。

「またあんた?」

小さく、自責の舌打ちを仕掛けたときに、その声が昇ってきた。
ふざけるなよ、おいふざけるな。
そうそう都合の良いことがあってたまるか。
そう思いながら首をぐりぐり動かした。
……木の枝葉の合間から、ぼさぼさ髪の合間から、ようやっと片目だけでも見下ろすことができたのだが、其処には……鮮やかな紅袴と白い上衣を着た幼女が此方を見上げていた。

「ウッソだろォ?」
「嘘じゃないなあ」
「お前に言ってねえ……! 痛ッ……」
「ああ、毒か」
「…………」

三月ほど前にあったことが繰り返される。
枝が吹き飛び落ちたら受け止められ、ふわりと落ちる。
こんどは、もふっというよりむにゅっという感じだった。
人間ってえヤツの成長は、早い。
しかし残念、今度は毒だ。毒の周りは早い、さて早々に死ぬる事だろう。

「ヒヒヒッ、ようよう考えてみりゃァ僥倖だ、ああ、幸運だ。なにせお前に死に様を見せられる。どうだ、ざまぁみろ、だ」
「……変な奴」
「あぁそうだ、変な奴でござい……ほうれ、ほうれ、さっさと消えろ、今度こそ此方人等くたばるのだからよ、見世物じゃあねえんだよ」

あっかんべーと舌を出してやったら、その舌を掴まれた。
しかもそのままずりずりと引きずり出そうとしてくるから堪らない。
地獄の閻魔かコイツは。
幼巫女は、舌を上に引っ張ったままでしゃがみ込む。右手だけを大きく上に上げ、強制的に上を向かせたまま、コイツは人の腹でなにをしていやがるんだ。

「ひゃひゃひゃひゃひほふふ!」
「五月蠅い」
「ひへー!」
「喧しい」
「ひへへへへへへへへ!」
「元気なヤツだなあ」

どのくらいその体勢を強要されただろうか。
そのうち、ようやく舌が解放される。
ベロが倍に伸ばされたかの様だった。
顎もガクガク。頸はミシミシ。
涙まで出て来た。
なんで今際の際に、こんな目に合わねばならぬ。

「お前ナァ……」
「はい、治った」
「え」

巫女は、口廻りの血を袖で拭き取り、それからぶっと緑の体液を口から吐いた。
下を見れば、風穴の空いていた腹にまたしても「大入り」の札が貼ってある。
ぽかん、とした後、やって来たのは烈しい怒りであった。

「お前ェ……! なんでまた助けやがったよ! 誰が頼んだ、誰が乞うた!」
「お礼」
「あぁ!?」
「お・れ・い」

腹に溜った烈しい怒りが、脳髄を駆け上がって沸騰するかの如くであった。
声にもならない怒りに支配され、叶わぬまでも喉笛に噛付いてやろうかと牙を剥く。
だがしかし、何か言おうとする前に、おでこにあの札を貼られると、
たちまちに身体の力が抜けてしまう。
ふにゃふにゃと、立ち上がれもせず怒りも持続できず、ただただ茫然としていると、幼い巫女は、腕組み見下ろし、こう言った。

「頭が高ェ」

……情けなくて涙が出て来た。
嗚呼、どうしてこんな目に合わなきゃいけないんだ。
強い妖怪に反するのは我が有り様。即ち命の源である。
其れを如何して邪魔してくれる。
私は私の侭に私だったのだ。
何故斯様な仕打ちを与えてくれりゃる。糞天下めが。

「処で聞きたいんだけど」
「あぁ!? もう放っておいてくれよ、いい加減! 弱い者虐めがそんなに楽しいか!」
「愉しくないけど、やらねばならんからね……でさ、コイツ知ってる?」

どさ、と。座り込む自分の足許に転がった首。
……あらら、自慢の牙まで折られてらあ。
どうにもこうにも、この巫女は、どうやら関わっちゃいけない類の輩の様だ。
ちょいと前に、此方人等の腹に風穴開けて、下品に笑った妖蜘蛛の御首は、恐怖に歪み、牙折れひしゃげ、原型だけがようやく留めている有様だ。
さぞ怖ろしかったのだろう恐怖と、嵐の如き暴力を、その顔に貼り付けたままだった。

「…………次は私か?」
「?」
「やるならやればいいだろうが、言っとくが、お慈悲を乞うたり等せんぞ、私は」
「???」
「ナンだよその顔ァ!」
「私はこれを知ってる? って聞いただけなんだけど」
「――」

ぽかん、としてしまった。
コイツはいったい、本当、一体全体なんなんだ。
なんだってこんなのに絡まれにゃならん。
こんな、化物が化物と呼ぶ様なおっかない巫女に。

「……知ってるよ、私をこうしたヤツだ」
「やっぱそっか、ありがと」

そこまで言ったら、手を翻す。
なんか知らんが赤い弾が弾かれ御首が吹っ飛んだ。
どうやらコイツにかかっちゃあ、大妖の頸も、雑魚妖怪を引っ掛けた枝も、同じものに過ぎないらしい。
くわばらくわばら、本当にもう、関わりたくない。
関わりたくないのに、力が湧いてこない。
デコに貼付けられたこの札のせいなのか?

「なあ、この札取ってくれよ」
「放っておくと逃げちゃうからねえ」
「逃げんよ、もう」
「嘘くさいなー」
「……なんで逃げたらいけないんだよ」
「お話出来ないじゃん」
「…………はぁ?」
「だって、逃げちゃったじゃん。お礼もしないし、いかんでしょ」

……それは、三月前のことを言ってるのか。
言葉を喪っていると、目の前にこてんと座り込む。
え、なんのつもり……こわい。

「いい? それがどうあれ親切にされたら“ありがとう”って言うの。世の常識よ、決まり事よ。空から雨が降るくらい、当然の事よ」

鼻息ひとつ、得意げに宣う姿は、年端いかぬ幼女のそのままに見えた。
だがコレのおっかなさは今し方、正にこの目で確認したばかりだ。
どちらにしたって返す言葉なんか……いやいくらでもあるな。

「だからナンだよ!? お前の常識を私に当て嵌めるな! 人には人の、妖怪には妖怪の常識があらぁな、決まり事だってそうだ、空へと雨が落ちていったって、私ァ何にも驚きゃしない!」

ぶふーっと鼻息荒く言ってやった。
どうだ、調伏だか退治だか首狩りだかしらんが、やれるものならやってみろ。
こっちはいつだって覚悟はできてるんだ。
ただ、想いが残っているだけに過ぎない。
巫女は……何故だかしらんがケラケラと笑っていた。

「馬鹿にしてんのか!」
「しないよ?」
「してんじゃん!」
「あんたさぁ、笑ったら、笑われたと思うのは、止めなよ」
「…………む」

口を尖らせると、巫女は不思議そうに小首を傾げた。
こうしてみると、本当に小さなガキだ。
こんなガキが、あの大妖を倒しちまったのか。毒持ちの、妖蜘蛛。確かに自分は弱いが、アイツは大妖と呼ばれるだけの強さはきっときっと、あったはずだ。
……自分が弱いのは認めるけれど。

「どうにも面白い妖怪だねえ、あんた」
「……そりゃどうも」

巫女は、くすりと微笑んだら立ち上がる。
その口元に拭き取り切れていない乾いた緑色を貼り付けて。
やっぱりこいつはどこかおかしい。

「それじゃね」
「ちょ……ちょっと、待てよ」
「ん」
「お前はなんで私を助けた、二回も」

不思議と毒気がなく聞けた。
或いは巫女が吸い出したせいかもしれない。
そういうことにしておこう。

「二回?」
「二回だろ、今と、前」
「んー……一回だね。それだって、一回目も助けたとは言えないなあ」
「?」
「わかんないの? 自分で言ったんじゃん、自分の死くらい自分で決めるって。私はなんかそれ聞いてムカッとしたからその通りにさせなかっただけ。二回目、いま? そもそも今は助けてない。一回目の時のお礼を言わせようと思っただけ。言わないから、もう良いけど」
「もう良いって、お前……」
「じゃあお礼言うの?」
「言わん」
「あそ」

巫女はそこまで言ったらふわっと浮いた。
そのまま、こっちになんぞ興味無さげにふわふわ、ふわふわ。
空に消えゆく紅白金魚。
何故か、目が離せなかった。
まだちょっと下手糞な飛び方を、雲に消えゆくまで見送った。

「あ……あの野郎……札を剥がしていかねぇのかよ……!」

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