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アリスと出会ってから数日後のこと。
フランがいつも通り自分の部屋で本を読んでいると、ふぅっと、頭上から小さな光の玉が自分を照らしてきたことに気が付いた。
『フラン、フラン』
光からパチュリーが、自分のことを呼んでいる。この光の玉は、館内で何か連絡があればすぐに伝えられるように、とパチュリーが展開している魔法のようだった。魔法ってのはつくづく便利だなぁ、と考えつつ、フランは本から顔を覗かせて、光の玉に応対する。
「なぁに、パチュリー」
『この前話してた絵本を借りていた魔法使い、今来たわ』
お。来た来た。そろそろかな、とは思っていたけど。
「そっか。ありがと」
フランは軽い身のこなしでベッドから降りると、急ぎ足で部屋から出て図書館へと駆けていく。といっても、なんとなく、絵本を返しに来たのが誰か、もうフランには見当がついていた。
「あ…」
絵本の棚の前に着くと、ほら。何日か前に見た、落ち着いたトリコロールの女性が、ちょうど本を棚に戻しているところで。向こうもこちらに気付き、驚いた様子もなく、手を振ってくる。
「ごきげんよう、フラン」
「ごきげんよう。やっぱり、アリスだったんだね」
フランはアリスのもとに駆け寄って、再会を喜ぶ。アリスの後ろからは、パチュリーが、少しだけ驚いた様子でこちらへと歩み寄ってきた。
「あら…2人共、知り合いだったのね」
「うん。この前、たまたま人形劇しているところに会ったんだ」
「ふぅん…人形劇、ねぇ」
「パチュリーは、見たことないの?」
「ないわね。それを見ている時間があるなら、魔法の研究にあてた方がよっぽど有意義だもの」
「もー、1回くらい見てみれば良いのに…というかそれ、本人前にして言うことじゃあないでしょう」
「ふふ、良いの良いの」
まったく関心も見せずばっさりと切るパチュリーに口を尖らせるフランを、アリスは特に気にした様子もなくなだめる。
「パチュリーはそういう人だって、私は分かってるから」
「むぅ。駄目だよそれじゃあ」
だって、アリスの人形劇って本当にすごいのに。見もしないうちから気にもならないなんて告げられたら、なんだか悲しくなる、というか。…まぁ確かにパチュリーならこう返すだろうって、自分も考えていた訳だけどさ。口を尖らせたままのフランに、アリスはふふ、と笑う。
「そう言ってくれる気持ちだけでもとても嬉しいもの」
そう話すアリスの口調は、なんとなくだけどちょっとだけ弾んでいた。お世辞でもなんでもなく、アリスのために怒ってくれたのが嬉しいのかな。そうなら、まぁ…こちらも嬉しいけれど。
…と、その時。
今まで動じていなかったパチュリーが、ふと何かに気が付いたように、フランたちがいる本棚から、まっすぐ別の本棚へと向かっていった。なんか険しい表情をして。急にどうしたのだろう、とフランが本棚から顔を覗かせていると…
どぉん!
パチュリーが向かっていった本棚から、爆発音がして、思わずフランは耳をふさぐ。
…あー。また始まったかなぁ。図書館から爆発音がするのは、だいたい2つの場面にしぼられる。
1つは、パチュリー自身が、魔法の実験に失敗した時。けれど、パチュリーの様子を見る限り、実験中なんてことはないだろうから、それは違うだろう。
………と、すれば。
「…とと。あっぶねぇなぁ~」
あぁ、やっぱり。けほ、けほ、とせき込みながら、フランもよく知っている魔法使いが遠くの本棚から現れた。
「ま~~り~~さ~~……」
そして、そんな魔理沙の後ろから、ゆらりゆらりと現れるパチュリー。怖い怖い、鬼みたいな形相してるよパチュリーさん。軽くひいちゃう。
「あなた、今そこの本棚から、一冊、鞄の中に入れたでしょう?」
「だっから~これは借りるだけなんだったって。ここは図書館だ、本を借りるのは何の不思議もないだろ?」
「じゃあ!なんで!こうして!こそこそと!入ってくるの!」
「お前が気付かなかっただけだろ~。こそこそ入ったつもりなんてないんだぜ」
「ぐぬぬぬ…!」
パチュリーがぐいぐいと来るのに対し、魔理沙はからから笑ってかわそうとする。それがさらにパチュリーを怒らせる。魔理沙ってば、パチュリーが怒っている表情すら楽しんでいるものだから、タチが悪い。簡単に乗せられるパチュリーもパチュリーだけど。だから時々お姉さまにもいじられるというのに。
「今日という今日は観念しなさい…今まで持っていった本全て、ここに返してもらうわ」
「げげっ、そういう訳にはいかないな。まだ読み終わっていない本が山ほど積みあがってるしな…」
パチュリーが魔導書を構えるのを見て、魔理沙はぐぐっと箒を握る。あ、これは今日も始まっちゃうなぁ。
「つーことで…さらばっ」
「させないわ」
「うおっ、こっちから出られなくなってる!しゃーない、かくなる上は…強行突破だ!」
「のぞむところよ!来なさい!」
…ということで、図書館のあちらこちらで弾幕が散りばめられる。魔導書から展開されるパチュリーの弾幕を、正面から魔理沙がすいすいと避けて、パチュリーは逃がすまいと追いかけながら手を変え品を変え弾幕を放ちながら、後を追いかける。引きこもりの設定はどこにいったんだろう、とその身のこなしに呆れてしまう。
「まったく…本当、しょうがないなぁ」
ふと、後ろからそんな声がして、フランは振り返る。そこには、魔理沙とパチュリーの喧嘩の様子を、呆れたように、けれど薄く微笑みながら眺める、アリスの姿があった。
………
何だろう。
…あのアリスの表情、どこかで見たような…
………
…あぁ、そうだ。
あの人形劇の時、小鳥に対して向けていたのと同じ表情だった。
…あれ。それじゃあ、あの「小鳥」たちって…
ちょうどその時、ぱちり、とアリスと目が合い。
…ぷっ。あはははは。なんだかおかしくなっちゃって、気が付けばお互いに笑ってしまっていた。
『すぐに会うことが出来る』『すぐに仲良くなれる』…か。
なぁんだ。そういうことか。
アリスが紅魔館に来ている魔法使いってことが分かってたのに。
なぁんで今まで気付くことが出来なかったんだろう。
それにしても。私は身近な人のことさえも、知らないことばかりだったんだな。
考えてみれば、パチュリー、魔理沙が来なかったら来なかったで、ちょっと退屈そうにしてたもんね。魔理沙が来ない、とか。よく見てみると、今しているけんかも、生き生きしている、というか。とても楽しそうに見えるなぁ。まぁ、本人に聞いたらぜーったいに否定するだろうけど。
…ふふ。うん、やっぱり。この人たちは、何だかんだいって、素敵な「友達」なんだろうな。今まで、どんな話を交わして、どんな風景を、見てきたのかな?
「フラン」
「なぁに?」
「本当はね、これからみんなで魔法の勉強がてら、お茶会するつもりだったの。このままだと始められないから…あの2人なだめるの、手伝ってくれるかしら?」
困ったような笑みを浮かべながら、アリスが手を合わせてフランにお願いする。
「良いよ」
フランは、にっこりと、いたずらっぽい笑みを、アリスに向けた。
「その代わり、そのお茶会というのに、私も混ぜてね」
せっかくの機会だもの。あなたたちのことについて、もっともっと知りたいから。
懐かしい雰囲気の作品で良かったです。
とても綺麗なお話でした