Coolier - 新生・東方創想話

けんかする小鳥たち

2020/12/04 19:19:19
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 そうして少女に案内されたのは、私がさっきまで行こうと考えていたのとまったく同じカフェだった。そのことを告げると、目の前の少女もとてもびっくりしていたような表情をしていた。どうやら彼女もこのカフェの行きつけで、これまでも幾度となく足を運んでいたらしい。
 そうすると、気が付いていなかっただけで、今までもこの少女と会っていたことがあるのだろうか。あぁ、「世界は意外と狭い」ということばはこういう時に使えば良いんだなって。お互いにおかしげにくすくす笑った。
 その後、私は、その少女について、様々なことを聞いた。

 少女の名前がアリス・マーガトロイドということ。
 アリスが、魔理沙やパチュリーと同じ、魔法使いであるということ。
 特に人形を使った魔法に長けており、いつか完全に自律する人形を作ることが夢であるということ。

「へぇ…それは素敵な夢だね」

 フランはアリスの人形の頭―――シャンハイっていったかな――――を撫でながら、そう返す。撫でられたシャンハイは、「シャンハーイ…」気持ちよさそうに私の方に身をゆだねている。今でも十分すごいと思うんだけどなぁ。これが完全に自分の意志で動けるようになったらどうなっちゃうんだろう。

「ふふ、ありがとう」

 アリスは、上品なしぐさで焼きりんごを切り分けて、ゆっくりと微笑む。アリスもここの焼きりんごがとても気に入っていたらしい。

「それで、アリスは、その魔法の研究のために、人形劇を開いているの?」

 フランは、上海の頭からゆっくりと手を離して、そう聞いてみる。
 パチュリーや魔理沙といった知り合いを見る限り、魔法使いは、自分の魔法の鍛錬・勉強のためなら時間を忘れてしまう程没頭してしまうイメージを私は持っていた。それでお姉さまが倒れたパチュリーを見ては呆れていたのをよく見たし、魔理沙もそれで体調を崩したことがあると、本人が笑いながらに話していた。
 だからアリスもそうなのかな、と気になったのだけれど。

「そうね…けど、それだけじゃないかな」

 ふふ、と意味ありげに笑いながら、アリスは焼きりんごを口に運ぶ。「うん、おいしい」とのこと。

「フランは、今日の人形劇見てくれたのよね?」
「うん。最初からではなかったけど…」

 フランが頷くと、アリスは、焼きりんごを今度はホイップクリームに一撫でさせながら、首をゆっくりと横に振る。

「それでも良いの。人形劇、見てみてどう思ったかしら?」

 あの人形劇を見て…か。
 すごかった。ひたすらすごかった。そんな語彙でしか表現出来ない程に、あの人形劇はフランにとって、胸に刻まれるものになった。
 けれど、さすがにそんな単純な感想だけしか伝えられないのはどうなのか。アリスは、何を、どんな感想を求めているのだろう。フランは改めてあの人形劇の景色を思い出す。

「そうだね…とても面白くて、作品にすぐ引き込まれた。何というか……」

 あの人形劇を見た時、フランの中には、いつも馴れ親しんでいるというか、そういう身近な感覚があった。
 誰でも分かる、シンプルで穏やかな語り。絵に描かれた、綺麗な舞台背景たち。ひたすら楽しげに動く魅力的なキャラクターたち…そう、それはまるで。

「もしも絵本の中の世界があるとしたら…こんな世界なんだなって。こうして登場人物たちは動くんだろうなって…そう思った」

 そうだ。やっと表現出来た。フランがいつも読んでいたような、絵本の世界が、あの場にはあったのだ。

「そう。そういう感想を聞けて、とても嬉しいわ」

 フランの感想を聞いたアリスは、とても満足そうな、安心したような笑みを浮かべていた。アリスの横をよく見ると、人形が一体鞄を持ちながら浮いており、その鞄からは、色彩豊かな装丁が施された、通常よりも少しサイズが大きめな本が見え隠れしていた。

「絵本みたいな世界…それを描き出したいなと思って、人形劇を始めたのだもの」

 アリスが横の人形に指示をして、鞄をフランの方に持ってこさせたので、フランは中から一冊取り出して開いてみた。動物たちが秋の木の葉が降り舞う中、各々楽器を持って演奏会をするお話で、フランも読んだことがある作品だった。

「アリスも、絵本が好きなの?」
「そうね」

 …へぇ。なんか、ますますアリスが身近な存在に見えてきた。

「特に小さい時は本当に熱心に読んでいたかな。絵本の登場人物がどうなるのか、入りこんじゃって、時間忘れてしまうこともしばしばだったの。その時は…そうね、絵本作家になりたいと夢見たこともあったかしらね」

 「読むだけじゃなくて、自分でも作ってみたいという熱が抑えられなくなって」と、アリスは懐かしそうに笑う。そういえば、今フランの隣にいる人形も、アリスが着ている服も、全てアリスの手作りだそうだ。昔から手先がものすごく器用で、何かを作ることが本当に好きな人だったんだろうな、とフランは想像した。

「結局、魔法使いとして生きることを決めたんだけど。意志を持つ人形を作ろうって決めて、こうして、操れるようになって…ふと、考えたの。この魔法を活かせば、あの時夢見た絵本の世界を、また作り出すことが出来るんじゃないかなって」

 すっと、鞄を持つ人形を自分のもとに手繰り寄せながら、アリスは呟く。

「自分が見ていた世界を…今の子供たちにも見せることが出来るんじゃないかって」

 はー…とフランは息をつく。自分の中で、アリスという少女が、もっと気になっていくのが分かる。もっともっと知りたい。彼女は、今までどんな世界を見てきたのだろう?どんな作品を、世界を、その手で紡いできたのだろう?

「人形劇のストーリーは、アリスが考えたものなの?」
「そうね。既に出ている絵本とか童話の作品をそのまま人形劇として再現することもあるけれど…絵本の場面とかをもとに自分でストーリーを考えてみる、ということもあるかな。今日のは後者ね」

 そう呟くアリスの表情は、どこか得意げだった。

「おもちゃの楽器にかけることで、本物の楽器の演奏する音を再現する魔法が開発出来たから、せっかくだからそれを使ったストーリー作れれば、と思って」

 あぁ。やっぱり、あれも魔法だったんだ。魔理沙やパチュリーが操るのとはまた違うけれど、魔法っていろんなことが出来るんだなぁ。
 他にもたくさん気になることがある。絵本のどんな場面をストーリーの参考にしたのか、とか。…けど、今一番気になってるのは、あのことかな。

「そうだ。あそこで小鳥が来たのって、たまたまなの?」

 あの人形劇に突然参加してきた、あの来客のこと。

「そうよ。あの時はさすがにびっくり」
「嘘だぁ。全く慌ててるように見えなかった」
「慌ててたわよ。何であの小鳥たちを手なずけることが出来たか、私にも分からない」

 んー、とアリスは考え込むように、ティーカップに目を落とす。そして、ぽつり。

「…似ていたから、かなぁ」
「似ていた?」
「いるの。知り合いに。あの小鳥たちみたいな子が」

 ふふ、と困ったような笑みを浮かべながら、アリスはまたフランに向き合う。

「息がぴったりで、同じ方向に歩いてる時のタッグはすごいんだけど、ことあるごとにぶつかり合っては喧嘩するの」

 ほんのちょっぴり、ため息が挟まれて、アリスは話を続ける。

「もう、私はその場にいたら巻き込まれることもしょっちゅうでね。間に入って頑張ってなだめていたな。もーたいへんなの」

 …なるほど。いつもそんな喧嘩を見てきて、なだめてきた…というより、重なったから、アリスはあの小鳥たちを落ち着いてなだめることが出来たんだ。
 それにしても。

「…あの時のアリスは」
「うん?」

 口では、呆れているかのように話していたけど。

「戸惑ってるとか、そんなんじゃなくて…自分も楽しんでいる、というか。穏やかに見ているというか。そんな、とてもあたたかい表情してた」

 そんな表情を見たから、なんとなく分かる。

「きっと、アリスにとっては、その人たちのことを本当に良く分かってて…そんな喧嘩っ早いところまで、愛すべき空間になってるんだね」

 …それほどまでに、アリスにとって、その人たちは、気心が知れた…「友達」なんだろうなって。

「…そこまで大層な関係ではないわ、きっと」
「うぅん。とても素敵な関係だよ」

 良いな。なんだか、羨ましい。そんな、何でも分かっている、許せてしまう「友達」って。

「会ってみたいな、そんな小鳥みたいな人たちに」

 気が付けば、フランはそんな願いを声に出していた。会ってみたい。アリスたちが築き上げている「友達」の関係というのを、自分でも見てみたい。
 そのフランの詞に対し、アリスはというと、刹那、きょとん、として。けれど直後、ふふふ、と何だかおかしそうに笑っていた。

「?どうしたの、アリス」
「うぅん。なんでもない」

 戸惑うフランに対し、アリスは、ふむ、と人差し指を口に当てて、にっこりと笑った。

「そうね。フランならすぐに会うことが出来るでしょうね」
「…?そう、なの?」

 もちろん、会えるならそれは私にとってとても嬉しいことではあるんだけど…
 『すぐに会うことが出来る』……か。
 …何だろう。引っかかる、というか。
 何で、私がその人たちと会えるだなんて、そんな確信をもって言えるのだろう?

 そして、これもまた何となく、だけど。
 確かに、あの小鳥たちのような関係、どこかで見たことがあるな、なんて。
 あの小鳥たちに対し、すごく身近というか、親近感を感じる、というか。
 そんな気がするのだ。

「もちろん。そして…」

 そんなフランの疑問に構わず、アリスは、いたずらっぽい笑みを浮かべながら、フランに対してちょっとだけ身を乗り出し、こう続けた。
 

「きっと、すぐに仲良くなれるんじゃないかしら?」


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